流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第五十四話.実際のヒーロー

 大爆笑だ。もう笑わずにはいられない。九年という短い人生では、我慢の経験がまだまだ乏しいらしい。

 

「お、お前がロックマン役かよ! ギャハハハハ!」

 

 スバルはがっくりと項垂れている。額のお面が瞼を擦り、うっとうしさが増す。そんなスバルを指差して、千代吉は抑えようともしない喜の感情で顔を歪ませている。だが、ここは年上として我慢し、ちょっぴり大人な振る舞いをみせておいた。千代吉はつい先日病院から退院したばかりなのだから。

 原因は学習電波ではなく、以前ジェミニ・ブラックに刺されたときのダメージだ。やはり、キャンサーに心を取られていたわけではないため、ある程度のダメージを受けてしまったらしい。だが、今の彼はそんなことがあったなど思わせないほど元気そうだった。腹を抱えてピョンピョン跳ねまわっているのが良い証拠だ。どうやら、彼の身の心配はいらないらしい。

 そんな二人の隣では、ウォーロックをからかった、ちょっとお(つむ)の弱いキャンサーが八つ裂きにされている。心配するならむしろこっちの方だろう。

 

「ところで、キャンサーは大丈夫なの? また、FM星人側に味方するってことは無いの?」

「ああ、心配いらないチョキよ」

 

 キャンサーの悲鳴が大きくなった。千代吉はちょっと心配そうな顔をしたが、スバルと話を続ける。

 

「キャンサーは俺っちの友達になってくれるって言ってくれたチョキ。もう、悪いことはしないはずだし、俺っちがさせないチョキよ」

 

 むしろ悪いことをしたのは千代吉の方である。友達が欲しいと言う理由で、照明を落とすなどと言う、いたずらの範囲では収まらないことを平気でしでかしたのだから。

 だが、頭は良くないが、悪人ではないキャンサーに懐かれるあたり、根は悪い子では無いのだろう。求めていた友達が側にいてくれるのなら、あんな気の迷いは起こさないはずだ。今は、ウォーロックの気が収まるのを祈るだけだ。キャンサーが更に大きな悲鳴を上げる。もうちょっと時間がかかりそうだ。

 流石にかわいそうになって来たので、スバルはウォーロックを呼んだ。話も一段落したので、千代吉とぼろぼろで涙目になっているキャンサーにお別れを告げ、舞台裏へと走りだした。

 

 

 体育館には生徒達が所狭しと敷き詰められている。皆、劇の内容を楽しみにしている様子だった。幕の隙間から覗き見をしたルナが、舞台裏へと戻ってくる。流石に緊張しているのだろう。生唾をごくりと飲み込み、クラスに激を飛ばした。

 

「良いかしら、皆? 今までの私達の練習成果をみせるのよ!」

 

 十人十色の声が返ってくる。しかし、その言に含まれている内容と意志は皆同じだ。クラス全体がしっかりまとまっていることから、ルナのリーダーシップの高さが窺えた。

 緊張の中でも、闘志を滾らせている面々の中で、スバルだけが顔面真っ青だった。お面のせいではない。緊張しているからだ。がくがくと身を震わせている様は、生まれたばかりのか弱い小鳥を思わせる。これが全校生徒職員を救ったヒーローなのだから笑いものだ。事実、ウォーロックは呆れたように笑っている。

 

「ごめんね、スバル君。僕が君を推したせいで……」

「え? い、いや、気にしないで。それに、ツカサ君が推さなくても、多分僕になってたよ。いらない役だったわけだし」

「ははは……かもね?」

 

 無理に笑って見せるスバルにツカサも苦笑した。

 

「それにね。ツカサ君に推してもらって良かったって思ってるよ?」

「え?」

 

 大きい目をぱちくりとさせるツカサに、スバルは今度こそ笑って、しかし強い目で応えた。

 

「仕方ないからって理由で僕が選ばれてたら、多分、嫌々この役をやっていたと思うんだ。けれど、ツカサ君が僕を選んでくれた。だから、ツカサ君の分まで頑張ろうって思えるんだ。僕、頑張るよ!」

 

 ツカサの琥珀色の目が優しく細められた。

 そんな二人の元に、ルナが駆けよって来た。髪の毛が忙しそうに跳ねている。

 

「スバル君、台詞に一個追加よ!」

「え!? 本番前に!?」

「アラ? 何か文句があるのかしら!?」

 

 スバルの抗議はルナの一にらみで無かったことにされる。スバルもようやく理解した。ゴン太とキザマロが、ルナを慕いながらもどこか怯えている理由がだ。様子を見ていたツカサと目を合わせると、彼はスバルの胸中を察してくれたらしい。力無く笑って返してきた。

 緊張と練習不足による不安に押しつぶされそうになっているスバルを無視して、ルナは台本を広げた。それを見て、スバルはぎょっと表情を固めた。

 

 

「助けて―!」

 

 劇本番。今は舞台のクライマックスだ。ヒロイン役のルナが牛男役のゴン太に襲われているところだ。

 

「そこまでだ!」

 

 その台詞を合図にキザマロがライトを照らす。タイミングはばっちりだ。キザマロに賛辞の言葉を送りたい気持ちに駆られながら、ルナは牛男とは逆方向に振り返る。スポットライトの向こうから、ロックマン役のスバルが駆けだしてくるはずだ。

 飛び出してきたのは、青い影だった。

 

「え?」

 

 目を疑った。全神経がルナの金色の瞳へと送られる。現れたのはスバルじゃない。ロックマンだ。本物だ。舞台の床を蹴り、ルナの元へと駆けてくる。

 

「ロックマン様……」

「僕はロックマン!」

「……あら?」

 

 一度目をぱちくりとさせると、世界が変わっていた。目の前にいたのはロックマンじゃない。ロックマンのお面をつけたスバルだ。

 自分で自分に呆れかえった。もやしとヒーローを見間違えるなんて、どうかしている。だが、ルナは自分の異変に気づいていた。

 スバルはルナの前に躍り出て、牛男から庇うように、ルナの前に立つ。

 

「君は僕が守るよ」

 

 追加した台詞だ。学習電波暴走事件で微かに聞こえたあの言葉だ。スバルがやっているのは演技だ。一連の動きも口にした台詞も、全てがルナに言われたからやっていることだ。ただそれだけだ。

 

「……なんで……?」

 

 高鳴る鼓動と熱くなる頬。ルナはスバルの後ろ姿を呆けたように見つめていた。

 

 

 学芸会は学校のイベントであり、ちょっとしたお祭りだ。それが終わった今も、5-A組はお祭り騒ぎだった。劇の受けが予想以上に良かったからだ。ツカサが負傷してしまうというトラブルを乗り越え、クラス一丸となってやり遂げた満足感と達成感が一つの教室を満たしていた。育田は特別だぞと言い、皆にジュースを一本ごちそうしてくれたのも理由だろう。購買でいつでも買えるジュースだが、喜びを分かち合って飲むそれは格別だった。

 だが、スバルにはどうも微妙だった。なぜなら、今、スバルの顔はゴン太の大きなお腹に埋めれている。正面からではなく、側面からだ。太い腕に羽交い絞めにされている状態だ。いじめられているのではない。ゴン太なりに今日のヒーローを祝福しているのだ。ほぼ、ぶっつけ本番だったにも関わらず、スバルは立派に役をこなしてくれたのだ。そんなスバルは、今は5-A組のヒーローだ。悪乗りしたクラスの皆がスバルをもみくちゃにして行く。

 しばらくして解放され、よろよろと皆の輪から離れた。細い体であの集団のど真ん中にいたのだ。疲れないわけがない。教室の端へと寄せられた机と椅子の中から、適当な椅子を選び、どかりと腰かけた。

 

「スバル君」

 

 皆と楽しんではいたが、羽目は外していなかったルナがスバルに声をかけた。どこまでも真面目で責任感の強い女の子だと改めて思いながら、スバルは疲れはてた表情で迎える。

 

「なに?」

「そ、その……」

 

 いつもと違ってはっきりものを言わないルナを疑問に思ったのだろう。能天気にスバルは首を傾げる。そんなスバルに少しいらつきながらも、ルナははっきりとした滑舌で言った。

 

「げ、劇をしている時のあなた、まあまあかっこよかったわよ?」

 

 言いきったは言いが、恥ずかしかったのだろう。それを隠すように、いつもの刺々しい態度に素早く変える。

 

「まっ、ロックマン様には遠く及ばないけれどね?」

 

 ウォーロックはケラケラと笑っている。目の前にいる本人の正体を知らないルナがたまらなく面白いからだ。スバルはルナの気持ちに全く気付かず、罪深い台詞を吐いた。

 

「……そう? ありがとう」

 

 スバルからすると素直なお礼だ。だが、ルナの乙女心から見ればあまりにも素っ気ない。頬を膨らませると、フンと鼻で荒い息を吐いて輪の中へと戻って行った。

 

「何怒ってるんだろう?」

 

 今度は逆方向に首を傾げた。ウォーロックも同じだ。女と言う生き物が時折見せる意味不明な態度に首を捻っている。

 そんなスバルの肩に重力がかかる。見上げると、育田が笑って立っていた。

 

「星河、よく頑張ったな?」

 

 多分、劇の事を褒めてくれているのだろう。育田の顔は下ではなく前に向いていた。スバルも見ると、ルナ達が飽くことなく騒いでいる。スバルと違って、疲れと言う言葉を知らないらしい。

 そんな雰囲気に触れ、フゥと息を吐いた。

 

「先生」

「ん?」

「僕……学校に来て良かったです」

 

 少し穏やかな顔つきになったスバルを見て、育田はにっと白い歯をむき出した。

 

 

「じゃあ、劇は大成功だったんだね?」

「うん。もう緊張したよ。ミソラちゃんは劇なんかとは比較にならないくらい、すごい舞台で歌って来たんだよね? すごいよ」

 

 スバルは素直に画面向こうのミソラを称えた。

 

「へっへ~ん。私のすごさを思い知ったか~?」

 

 無邪気に胸を張って見せる。最近はメールしか話していなかったが、どうやら元気そうだ。

 

「まあ、劇が成功するのは当たり前だよね? 本物がやってるんだもんね? よっ、ヒーロー!」

「ははは、止めてよ。恥ずかしいよ」

「止めないよ~だ。この前言った通り、恥ずかしい二つ名もつけてあげるもんね~だ」

「あれ本気だったの?」

「もちろん!」

 

 先日のメールを思い出し、スバルは頭を抱えた。

 

「まあ、スバル君が学校で上手くやっているようでなにより。私も安心したよ」

「まったく、ミソラちゃんは僕の保護者さんですか?」

 

 偉そうにしているミソラに笑って答えた。本当は心底心配してくれているのだと分かっているから、こんな風に笑える。

 

「本当にありがとう、ミソラちゃん。僕、学校に行って良かったよ。これからも何とかやっていけそうだよ」

「うふふ、私も何とかやってるよ? お互いに頑張ろうね?」

「うん。頑張ろう!」

「それじゃあね?」

「うん、またね?」

 

 それを最後にスバルは電話を切った。トランサーの画面で手を振っていたミソラがいなくなり、画面が暗くなる。

 

「ミソラちゃんも頑張ってるんだね」

「だな」

「……よし! 明日の準備しよう」

「明日休みだぜ?」

「え……あ、ホントだ」

 

 カレンダーを表示させると、確かに明日は休日だった。

 

「そっか、学校はまた今度か」

 

 「ちぇ」と頬を膨らませるスバル。そんな彼を、ウォーロックは穏やかな笑みで見守っていた。

 

 

 

四章.守者戦拓(完)


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