流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第五十二話.快晴と暗雲

 ジェミニ・ブラックはリブラ・バランスを信じられない目で見ていた。その隣にジェミニが姿をあらわにする。

 

「リブラ。逆に飲み込まれたか?」

 

 ジェミニの言葉はロックマンにも届いていた。スバルと同じく、リブラ・バランスの行動に驚いていたウォーロックが察し、スバルに解説した。

 

「育田の奴、リブラの精神を逆に乗っ取りやがったみてえだ」

「そんなこと、できるの?」

 

 ウォーロックは首を横に振った。彼が言うには、ロックマン・アイスペガサスの攻撃でリブラが弱ったため、一度は乗っ取られた育田の精神が元に戻ったらしい。今は育田がリブラを乗っ取っている、不安定な状態だ。

 それを理解したジェミニは舌打ちした。戦闘の素人が他人の勝利を邪魔をするだけでなく、二度と学習電波を操作できぬようにと立ちはだかっているのだ。腹立たしいことこの上なかった。

 

「ちっ、屑が……ヒカル、消しちまえ」

「良いんだな?」

「ああ、いても足手まといなだけだ」

 

 ジェミニ・ブラックは立ち上がり、左拳を前に突き出した。

 

「ロケットナックル!」

「フレイムウェイト!」

 

 左手から飛ばされた拳に、火の玉を打ち出した。拳と火が弾け飛ぶ。爆炎に紛れてエレキソードで斬りかかった。

 

「学習電波を使ったのはてめえだろうが! 今更なんだってんだ!」

 

 戦いは無情だ。経験が実力となってリブラ・バランスに突きつけられた。防衛本能が突き出した右手に容赦のない切り傷がつけられる。

 

「ああ、そうさ! 私が犯してしまった過ちだ!」

 

 それでも、戦闘の素人は必死に、慣れない体で約20年ぶりに拳を振り回す。

 

「だからこそ、今度は償う! これ以上、私の生徒を傷付けさせない!」

 

 エレキソードが胴をかすめて行くのを、ロックマンは離れた場所で見ていた。無謀に、けれど懸命に立ち向かうリブラ・バランスの姿を見て、瓦礫となった学習データに手をかけて両足を激励する。

 

「私は教師だ! 子供達も、生徒達も、両方守る!」

 

 左手の皿が大きく空をなでる。隙だらけになった左脇腹にエレキソードを突き立て、抜くと同時に傷ついた場所をえぐるように蹴りを入れる。リブラ・バランスが激痛に耐えれずに、顔を地に埋めるように倒れる。絶命にひんするような悲鳴がヒカルとジェミニの加虐心をくすぐる。

 

「こんな目に合っても、まだガキを守るとか言うのか? 負け犬らしく尻尾巻いて逃げたらどうだ? 教師の職が惜しいあまりに、世間体に囚われた時みたいにな?」

 

 もちろん逃がすつもりなどない。命乞いをした直後に笑って止めを刺すつもりだ。今のリブラ・バランスはどんな表情をしているのだろうか? 命の危機を前にし、怯えているのだろうか? それとも、涙を流しているのだろうか? ジェミニ・ブラックにとって、他人はおもちゃだ。自分の醜い欲望を満たすための道具でしかない。だから、足元に転がっているちょっと大きいお人形の頭を掴み、乱暴に顔を向けさせた。

 

「……なんだよ……おい?」

 

 期待外れも良いところだった。その目には怯えに類する物の一切が無かった。

 迷いも怯えもない。ただ、悔やんでいた。数日前、学校に訪れたスバルと初めて会った時のことを思い出しながら、自分を責めていた。

 

「大切なのは、私が世間に適応することじゃない! 選んだ道を貫き通す思い、守りたい物を守りきると言う覚悟、勇気だ!」

 

 ロックマンは頬を緩めた。先ほどまでの激痛を忘れてしまうほどに嬉しかった。

 

「誰の子供だろうと関係あるか! 私は……私は教師だ! 私は……命に変えても、あの子たちを守る!」

 

 リブラ・バランスの体から鋭利な物体が飛び出した。静寂な世界に響く残虐な音色が、ロックマンの耳に届けられる。

 

「ジェミ……ニ……や……止め…………ロ」

「今更目覚めたのかよ、リブラ?」

 

 ヒカルではなくジェミニが、育田ではなくリブラに問うた。

 

「わ……私は……きょ……うし!」

「やめ……ロ……まダ……た……かえ……」

 

 リブラ・バランスを観察していたジェミニがあざ笑うように言葉を吐いた。そして、手を止めていたヒカルに一言告げた。

 

「……いや、混濁してるってところか?」

「やるのか?」

「消せ」

 

 剣を引き抜いて収め、代わりに帯電させたエネルギーを、風通りの良くなった茶色い胴体へと叩きつける。左手から放たれた黄金色の世界が、リブラ・バランスを飲み込んだ。

 吠えた。地を全力で蹴飛ばし、リブラ・バランスを消し飛ばしたジェミニ・ブラックへと駆けだす。相手も気付きエレキソードを振り上げた。ウォーロックに言われ、力を解放する。

 

「スターブレイク!」

 

 今度は赤だ。ロックマンの体が太陽のごとく輝く。

 

「ロックマン・ファイアレオ!」

 

 肩には獅子の鬣を思わせる装甲、バイザーよりもひと際濃い赤色のヘルメット。ウォーロックには獅子の耳を思わせる装飾がつけられている。

 すぐにバトルカードのタイボクザンを使う。相手は剣を弾くように撃ちつける。応じるようにこちらも間合いを取る。互いに最も剣を効率よく振れる間合いを探すように、火花が生まれる度に二人の足が地の上でステップを踏む。

 

「守るんだ……」

 

 激しくなる剣劇と相をなすように、スバルの胸が激しく鼓動する。

 

「僕が守るんだ! 委員長も、ゴン太も、キザマロも、ツカサ君も、先生も! 僕が……僕が守るんだ!」

 

 舞い散る黄と緑の火の粉の向こうで、馬鹿にしたような笑みがロックマンを捕らえる。それでも、叫ばないとどうにかなってしまいそうで、ただ負け犬のように吠えた。

 それでも、ジェミニ・ブラックがまだ上だった。最初に会心の一撃を振ったのは彼だった。ロックマン・ファイアレオの胸元に大きく傷をつける。悶える様に満足せず、更に一撃を加える。しかし、次の一撃のほとんどはタイボクザンに阻まれ、後退させるだけに終わってしまった。

 

「ロック!?」

「行けるぜ!」

「うん。スターフォースビックバン!」

 

 スバルが右手でウォーロックの口を抑えるようにして、左肘を引く。その両手からは溢れんばかりの深紅が輝いていた。

 ジェミニ・ブラックは対するように、黄金の光を蓄えた、冷徹な右手を引く。

 

「屑なだけでなく、吠えることしかできない負け犬。とんだ貧乏くじを引いたな?」

「そうでもねえぜ? まあ、口じゃあれだ。見せてやるぜ!!」

 

 相手を見下すためだけに出て来たジェミニに、ウォーロックは鼻で笑って返した。口からあふれ出すエネルギーを収束させ、スバルの合図と共に全力で放った。

 

「アトミックブレイザー!」

 

 全てを飲み尽くす烈火の巨柱。撃った本人さえをも吹き飛すがごとく、大気と地を食らって行く。

 

「ジェミニサンダー!」

 

 エレメンタルサイクロンを打ち破ったジェミニ・ブラックの切り札だ。神々しい槍となり、切っ先は雷光の勢いでロックマンの命を摘み取ろうとする。

 二人の奥義がぶつかり合う。膨大なエネルギーは互いの存在を否定し、食らい合う。槍が赤を切り裂き、業火が黄を飲み込む。そのたびに、世界の色彩配合が黄へ、赤へと変わる。。

 

「な……なんでだ……?」

 

 この技でエレメンタルサイクロンを打ち破ったのだ。ロックマン・グリーンドラゴンの奥義を一瞬で消してやったのだ。なのに、なぜ同じ技で返せない? 違う点と言えば属性ぐらいだ。

 

「守って見せる……」

 

 ようやくジェミニ・ブラックは気付いた。ロックマンの力がどこから出ているのか。

 駆け廻る。ロックマンの自慢話をするルナ。幸せそうに給食を食べるゴン太。楽しそうに情報誌を広げるキザマロ。快く忘れ物を貸してくれるツカサ。子供達に蔓延の笑みを向けてくれる育田。皆の笑顔がスバルの脳裏を駆け廻る。

 

「僕が……守る!」

 

 紅蓮の炎が勢いを増す。ウォーロックの口先から広がる炎はその身を更に大きくする。抉れる床と、舞い上がるデータの破片が稲妻の群体を押して行く。その速度を増していく。

 

「僕が、皆を守るんだあぁ!!」

 

 赤い壁となって迫ってくる光。撃ち負けたのだと理解した時は遅かった。

 

「ぐ……が、あああああ!!!」

 

 ただ身を焼かれるしか無かった。

 ウォーロックの口から火が途絶え、すぐに全ての炎がただの熱となって空気に溶けていく。何も無くなっていた。ジェミニ・ブラックの姿も、リブラ・バランスの姿も、この世界には無かった。広がる現実がスバルの体から力を奪う。ロックマンへと戻り、がくりと膝をついた。絶大な力をものにしたことよりも、強敵に引導を渡してやったことよりも、ただ身を震わせる悲しみだけが全身を走る。

 

「先生……」

 

 ウォーロックも何も言わない。ただ、涙を堪えて地を見るスバルの代わりに、辺りを見渡した。途端に声を上げる。

 

「スバル! あれを見ろ!」

 

 顔を上げ、ウォーロックが目で指す方角を見る。相変わらず我が物顔で立ち並ぶ大きすぎる教科書の向こうに、黒い影が横たわっている。力はもう使いきったはず。だが、ふらつく足で、僅かばかりの期待を胸に歩み寄る。徐々に輪郭がはっきりとしてくる。少しずつ期待が膨らむ。歩みが段々と早くなり、駆け足となる。

 靴下の代わりにサンダルを履いた足と、青いジャージのズボン。焼け焦げてはいるが白い上着に、元からぼさぼさだったアフロの髪。見間違いようがなかった。それでも、胸に抱いた希望が、嘘では無いと確かめるために、駆け寄って顔を覗き見る。育田だ。体のあちこちに火傷を負っているが、息がある。

 胸をなでおろし、安堵の言葉を吐いた。

 

「良かった……先生……」

 

 育田は眠っている様子だった。気絶していると言う方が正しいかもしれない。しかし、安定した呼吸を繰り返している。

 

「育田が無事で良かったな? スバル?」

「うん。……ありがとう、先生。先生が、僕に力をくれたんだよ?」

「馬鹿か?」

 

 割って入ってきた、スバルの思いをブチ壊す声。ゾッとして、立ち上がりながら振り返る。ウォーロックもバスターをチャージし、臨戦態勢だ。ジェミニ・ブラックがそこにいた。ただ、体のいたる場所が焦げており、自身の黒色とは別の黒が体に斑点を作っていた。

 

「『先生がいてくれたから、僕も頑張れた』とでも言うのかよ? 馬鹿じゃねえか?」

「……他に、何があるって言うの?」

 

 スバルはヒカルに質問した。ただ、ウォーロックと同じように、いつでも戦えるように構えは解かない。

 ジェミニ・ブラックは静かに応えた。

 

「怒りだ」

 

 呟くような小さな声だ。にも拘わらず、重くのしかかってくるようだった。

 

「そして、憎しみだ」

 

 スバルの背に冷たい汗が走る。何も言い返せない。ジェミニ・ブラックの言葉を否定できなかった。つまり、それは肯定。スバルが意識のどこかで自覚していたと言うこと。

 

「絆は力だとか、ブラザーバンドとか言ってるが、それは嘘だ。人間は……醜い。俺みたいにな?」

「ちっ、違う!」

 

 ジェミニ・ブラックの言葉を否定したかった。

 ミソラとブラザーバンドを結んでスバルは強くなれたし、学校に登校できた。ルナの涙があったから、スターフォースの力を引き出せた。絆は力だ。父の言う通り、人を強くしてくれる。

 そして、全ての人がヒカルのような醜い存在だなんて認められない。認めてはならない。使命感に駆られるように叫んだ。

 

「皆を、お前なんかと一緒にするな!」

「すぐに分かるさ。俺とお前どっちが正しいのか……な?」

 

 ニンマリとどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべると、そんなヒカルの隣にジェミニが姿を現す。

 

「今日は引く。屑が調子に乗るなよ?」

 

 途端に、ジェミニは目がくらむような光を放つ。

 手で目を庇うスバル。ウォーロックも目をつぶってしまう。二人が目を開くと、そこにヒカルとジェミニの姿は無かった。

 

 

 放送室の電脳から出たジェミニ・ブラックは、ウェーブロードを通って校舎の外に向かった。学習電波が解けて少々時間が立ってしまったせいだろう。あらゆる教室から生徒達が廊下に飛び出し、混乱した教師達が対応に追われていた。中には気分を悪くしたのだろう。保健室へと運ばれている子の姿も見える。誰にも見つからない場所を考えると、校舎の裏庭ぐらいだった。外に出ると、そこは肌をほんのりと気持ち良く焼いてくれる世界だった。いつの間にか雲は立ち去ったらしい。見上げるればサンサンと輝く太陽だけがそこにあった。鬱陶しそうに顔を背けて、目的地へと足を運び、ヒカルは電波変換を解いた。

 

「くそっ! なんで俺があんな奴に!」

 

 悔しさに任せて拳を校舎に叩きつけた。今にも荒れ狂いそうなヒカルを、トランサーから出て来たジェミニが抑える。しかし、彼も相当頭にきている様子だった。雷神と呼ばれ、FM星王の右腕というプライドが傷付けられたのだ。怒りはヒカル以上のものだった。

 

「抑えろ……今は体勢を整えて、後でゆっくりと始末してやろう」

「ああ……だが、分かってるよな?」

 

 鋭い眼光の標的が、壁からジェミニへと替わる。

 

「ああ、分かってるぜ……ただ殺すだけじゃない。屑が出しゃばった罰だ」

「俺達が受けた悔しさと憎しみ……両方たっぷりと味あわせてやる!」

 

 次第に、表情は怒りから笑みへと変わる。

 

「その時は、存分にやってくれよ?」

「言われるまでもねえぜ? ……ククク……ハハハハハハハ!!」

 

 ヒカルの怒りと憎しみは狂喜となり、青空へと轟いて行った。


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