流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
洗い物を済ませた直後にメールに返信が入った。すぐに電波変換して来てくれるということだった。
家に呼ぼうとしたが、『スバルの親の許可なく勝手にお邪魔するのは気が引ける』というミソラの気持ちをくみ取り、別の場所で落ちあうことになった。とは言っても、二人が出会って過ごした時間は短い。互いに知っている場所は少ない。結局、いつもスバルが行っている展望台の見晴らし台が待ち合わせ場所となった。自分の行動範囲の狭さを今更ながらに自覚した。
◇
展望台の手すりから身を乗り出していた。だが、彼の視線が向かう先は上ではなく下だ。茶色い瞳に映っているのは光が乏しくなった角ばった建造物だ。今は側面から見ているが、正面から見ると中央に位置する場所に大きな丸が取り付けられている。それが刻む時間をただ眺めていた。
背後に気配を感じて振り向いた。ピンク色の光が渦巻き、ハープ・ノートがミソラへと戻るところだった。
「やあ! スバル君!」
「ミソラちゃん……ごめんね。いきなり呼び出して?」
「ううん、気にしないで」
気にしないでと言っていたが、ミソラがまっすぐにスバルを見ようとしない。夜に急に呼び出したため、怒らせてしまったのかと困惑してしまう。
「あの……ほんとごめんね? こんな時間に……」
「ううん。そこは別に良いの。ただ……あんな文章送ってくるんだもん。びっくりしたよ」
ミソラの言う内容に見当がつかない。それもそのはずだ。ミソラにメールを送ったのはウォーロックなのだから。確かめるためにメールの送信履歴を見ようとトランサーを開いた。すると、中にいるウォーロックがご丁寧にその文章を開いてくれていた。
「会いたい……君に会いたい! 今すぐに!」
情熱的すぎる文章が飛び込んできた。瞼が限界まで開かれて、頬肉がぴくぴくと痙攣する。そんなスバルを見て、ウォーロックはいたずらが成功した子供の様な表情を浮かべていた。
「ロック!!」
「ギャハハハハ!!」
トランサーから飛びだしてきた異星人を見るためにビジライザーをかける。緑でコーティングされた闇色の世界で意地悪な笑が浮かび上がる。
「どこでこんな台詞覚えたんだよ!?」
「ククク、少し前のドラマでやってたぜ?」
「だからって、こんなことに使わないでよ!!」
「そう言うなよ? 元気になったじゃねえか?」
言われて気づく。さっきまでの自分ならこんな大声は出さなかった。あっけにとられれるスバルを放っておき、ウォーロックは展望台を後にした。
その間にハープがそっとその場を離れ、スバルとミソラを二人っきりにしたのには気づかなかった。
「フフフ、元気そうだね?」
ウォーロックとにこやかなやり取りをするスバルを見て、ミソラはほっとした。
ミソラの言葉に、スバルは適当に頷いた。本当は元気ではない。だからブラザーのミソラに会いたかった。
それだけではないと言うことには、スバル自身はまだ気づいていない。
◇
二人はどちらともなく話を始めた。展望台の手すりに寄りかかり、星明りを眩ませる月光の無い暗闇の中で。
ミソラは学校に行き始めたのだが、あまりうまくいっていない様子だった。学校に行っても周りを囲む者達はファンばかりだ。自分を小学5年生と扱ってくれる友人はいなかった。アイドルになる前にいた友人達も様変わりしてしまい、他の皆と一緒だった。教師達までもが同じだ。教師と生徒ではなく、ファンとアイドルという構図の付き合いとなっている。
彼女は学校一の人気者だ。しかし、裏を返せば孤立してしまっている。それでも、遅れてしまった学業を取り戻すために学校へ通い、音楽の勉強を一からやり直すために通信教育を受けているらしい。音楽専門学校に通うことも考えたが、学校とは別の形で孤立することが目に見えたため止めることにした。夢を追いかける少女達の中に元大スターが入ってきたら、陰湿ないじめが始まるのは分かりきっている。わざわざ、そんな低質な人間達と付き合う必要などない。
「寂しくない?」
「全然! だって……」
細い首の上についた顔を左右に振って、ギターのディスプレイを開いた。ブラザー一覧にスバルがいた。
「言ったでしょ? 広い世界で私は一人じゃないって思えるの。私達はいつでも繋がっている……スバル君がいてくれるから、私は頑張れるの!」
強い子だと改めて認識した。同時に自己嫌悪した。ミソラに比べて自分はどうなのだろう?
次にスバルが自分の話を始めた。ルナ達に絡まれ、学校に連行された話をした。
ちなみに、ルナ達については毎晩行っているメールで話をしているのでミソラも知っている。スバルに学校に来いと言ってくる三人組としてだ。
担任の先生が変わっていはいるが良い人そうだと言うこと、ツカサという不思議な少年に出会ったことを話した。
ただ、ジェミニ・ブラックに襲われたことと、スターフォースについては話さなかった。本当は話した方が良いのだろうが、そうしようとは思えなかった。
スバルが強敵との戦いに敗れたことを話せば彼女はスバルの身を案じるだろう。ミソラに余計な心配はかけさせたくなかった。
スターフォースについては父のことやサテライトのことから話さねばならない。時間がかかるため、別の機会に話すことにした。
今スバルが話したいのはそこでは無い。聞いてほしいのは今日久々に学校に行ったことと、そこで得たものだ。
ミソラはスバルの話をずっと聞いていた。ときおり頷き、質問し、笑いあった。
「僕のこと、ヒーローって言うんだよ? 笑っちゃうよね? いつも、モヤシ呼ばわりしているくせに」
ミソラはクスクスと笑って返す。
「僕は……ただの、学校にも行けない弱い人間だよ……」
「スバル君は、ヒーローだよ?」
ミソラの言葉にスバルはポカンと口をあけて振り返った。
「私を助けてくれたじゃない。少なくとも、私にとってスバル君はヒーローなんだから」
「じょ、冗談……」
「冗談なんて言ってると思う?」
月の無い夜にも関わらず眩い光を放つ瞳を見つめた。美しさと強い意志を持った目は微塵も曇っていない。
ずっと見ていたくなる、魅了される華やかさから目を背けた。このままでは石のように動けなくなってしまいそうだからだ。
「行きたいんだね?」
「え?」
「学校」
スバル自身ですら気付けない、胸の奥につっかかっている本当の気持ちをミソラは見つけていた。驚くスバルにミソラはさも当然と返した。
「だって、ずっと学校の話をしているから。空だって見てないし。スバル君は、星空を眺めるのが好きなんでしょ?」
天体マニア達が泣いて喜ぶような夜空を見上げた。ミソラにはそこまで価値のあるものだとは分からない。せいぜい新曲の題材にちょうど良いと思うぐらいだ。
しかし、宇宙好きのスバルならば展望台に設置されている古びた望遠鏡に飛び付き、そこから
そんなスバルの目は美しい空ではなく、黒い世界に溶けてしまいそうな校舎に向いている。ミソラの言葉に何も言えなくなった。再び手すりに乗り出し、コダマ小学校を見下ろす。
ミソラは側に立ち、スバルが次の言葉を発するのをじっと待っていた。
「……分かってるんだ……」
唐突にスバルが口を開いた。
「分かってるんだよ!」
それは叫び声に変わり、色のない世界へと溶けていく。
「このままじゃいけない! そんなこと、分かってるんだ! ずっと、ずっと昔から!! でも……僕は……僕は……」
すぐに声は収束していく。対称的にスバルの気持ちは高鳴り、渦巻き、形を無くしていく。霧散し、制御方法が分からなくなり、暴走へと変わり行く。
「怖いんだね?」
そんなスバルを、ミソラはたったの一言で止めた。
「また、誰かと繋がりを持っちゃうのが怖いんだよね?」
こくりとミソラに頷いた。潤んでいた瞳が見えないように背を向けて、額を掻くふりをしてそっと拭う。多分、今声を上げたら涙声だろう。唇を固く結んだ。こんなカッコ悪い自分を見せたくないと言う、思春期の少年らしさがスバルをそうさせた。
隠せていないことを指摘せずにミソラは続けた。
「スバル君、あなたがブラザーになってくれて……私、怖いを乗り越えられたよ? スバル君との繋がりが、ブラザーバンドがあったから、私は新しい自分になる勇気を貰ったよ」
背負っているギターをそっと擦り、見晴らし台のある一点へと目を向けた。スバルがブラザーになってくれと言ってくれた場所だ。そこで泣いていた自分の肩に手を置き、たった一言を言うだけなのに怖がり、それでも勇気を持って言ってくれた。あの一言と温もりは今でも衰えずに残っている。
両手を重ねて自分の胸に置き、もう一度確かめるように目を閉じる。
「だから、恐がらないで? 私との繋がりがスバル君に勇気をくれるはずだから。学校に行ったら、きっと新しい繋がりがスバル君を強くしてくれるよ?」
ミソラは学校ではうまくいっていない。彼女の経歴が人間関係を狂わせるからだ。
しかし、スバルは違う。彼にはもう味方となってくれる人がいる。目を閉じれば浮かんでくる。
ルナが仁王立ちして、しかし笑いながら待っている。その両隣りにゴン太とキザマロが同じように立っている。その隣にはツカサがいる。彼ら4人を抱えるように、後ろに育田先生がいる。
「それにね、できないことならだれも期待したりなんてしないよ? 皆、スバル君ならできるって信じているから、やればできるって信じているから、期待しているんだよ?」
後ろを振り返る。あかねと天地が笑みを送ってくれている。スバルを送り出そうとしてくれているかのように。
「だから……勇気を持って! 学校に行き始めた時は確かに辛いかもしれない。でも……」
ふと手の感触に瞼を開いた。ミソラの左手がスバルの左手を握っていた。そして、ミソラは右手をスバルのトランサーへと乗せる。
「私の心は側にあるよ? 一人じゃないから」
翡翠色の瞳に見つめられ、俯くように目を閉じた。その分、しっかりと伝わってくる。ミソラの手の温もりが。それを分けてもらったのか、いつもよりも優しく感じる風がスバルの頬と世界を撫でた。
そっと重い瞼を持ち上げた。
「分かってたんだ」
さっきと同じだ。しかし、ミソラは違うと感じていた。スバルの言葉に静かだが力強い意志が込められていたからだ。
「分かっていたんだ。自分が何をしなくちゃいけないかなんて。でも、怖かった」
ミソラに向き直る。正面から彼女を、目を反らすことなく見つめた。
「だから、ミソラちゃんに背中を押して欲しかったんだ。ただそれだけだったんだ。今、やっと気づけたよ」
勇気をくれた少女にスバルは微笑む。
「僕……決めたよ」
彼の強い瞳を祝福するように、ミソラもにっこりと頬を緩めた。
「行くよ……学校に……」
原作では、寝付けないスバルがあかね、ルナ、育田、ツカサ、ミソラから言われた言葉を思い出し、学校へ行くことを決意します。
それも良いのですが、この小説ではウォーロックとミソラに直接背中を押してもらいました。
心の傷を少しずつ癒して貰ったスバルが、絆に背中を押されて、勇気の一歩を踏み出す。感動のシーンですよね?