流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
望遠鏡から目を離して戸棚の上に置いたトランサーを見る。寝るには良い時間だ。ウォーロックにテレビを消すように促すと、しぶしぶと消して戻ってくる。何か良い番組があったのかと尋ねながらトランサーの別のページを開いた。そこには、一人の女の子が映っている。
「うれしいのか?」
「……複雑かな? でも、後悔はしてないよ?」
「……そうか」
涙を止め、笑ってくれたミソラを思い出す。ミソラを救ったのは自分だ。誇って良いことだと思うと、自然と笑みが零れた。あの時、勇気と手段をくれたのは……
「僕も、少しは強くなれたのかな? 父さん」
側に置いてあった父の形見のペンダントにそっと触れる。
「え?」
手の隙間から黄色が溢れてくる。さっと手を引っ込めると、星を象ったペンダントが光り輝いていた。意志を持つかのように宙に浮き始める。
「な、なに?」
「スバル、こいつは!?」
「僕も知らないよ!」
恐る恐ると、宙を漂うそれに手を伸ばす。ふっとペンダントの光が消え、糸が切れたかのように落ちる。とっさにそれを掴み取り、マジマジと見つめた。
いつものペンダントだ。
「なんだったんだろう、今の……?」
ウォーロックに視線を送るが、彼も首をかしげるだけだった。
◇
週明けの初日。二人は朝早くから家を空け、ロックマンとなってウェーブロードの端に腰かけていた。
眼前に広がるのは学校だ。しかし、スバルが在籍しているコダマ小学校ではない。もちろん、これからここの校門をくぐるわけでもない。今日からこの小学校に復学をする人がいる。それを見届けに来ただけだ。ウォーロックがその人物に気づいて、スバルに声をかけた。
来た。
あの子だ。昨日のメールで言っていた通りだ。身構えるように立ち上がる。敵が来たわけでもないし、彼女が側に来たわけでもない。電波体になっている自分に気づくわけもなく、足の下を通り過ぎていく。そもそも、彼女に気づかれないために電波変換しているのだ。
心配になって来たのは良いものの、直接顔を合わせると彼女にとっても迷惑になりかねない上に、余計な気を使わせてしまうからだ。彼女が向かう先は、スバルが見ていた校舎だ。少女にとっては大変な挑戦がこれから始まる。そう思うと、彼も座ってのんびりしているなんてできなかった。彼女を取り囲む人々の動きとざわめきに煮えくりかえるものを感じつつ、それを拳にして紛らわす。
見せものだ。
まるで動物園にやってきたパンダだ。そっくりなお団子がついたフードを被り、黄色いギターを背負った姿。アイドルとして活動していた時と同じ格好だ。話題のあの子だと言うことは素人ですら、一目で分かる。それに加えて、ご丁寧にマスコミが駆け付けている。アイドルを辞めたあの大人気歌手が復学するとか、お昼のニュースにもならないような取材をしに来ているらしい。彼らの程度の低さに呆れかえりそうだ。学校へと向かう者達だけでなく、会社に遅刻する事を伝えたサラリーマン達がトランサーを開いて写真を取っている。
それを視界から拒絶し、タンタンと歩みを進める。
集中する視線。指差すヤジウマ達。現役だったころとは違う、非難と中傷も含んだ人込みを分け、校門へとたどり着いた。中には風紀を取り締まる教職員がいるが、彼もファンなのだろう。仕事よりも己の好奇心を優先しているようだ。
誰もいない。
自分に味方をしてくれる者は誰もいない。物として、アイドルとして、壁一枚向こうから眺める奴しかいない。醸し出される空気が肺を冷たくする。徐々に足が重くなり、校門を前にして立ち止まる。
それを、先日パートナーとなった相棒は見逃さなかった。ギターの中から、トランサーを開くように促す。
言われるがままに、ギターを下ろし、ディスプレイを見る。
ブラザーの写真が映っていた。無表情で、ムスッとしている。笑いかけてくれるわけでもないし、声をかけてくれるわけでもない。ただ、彼を見ているだけで良かった。朝起きてからずっと笑わなかった彼女の足取りが軽くなる。
それを見て、FM星人はディスプレイ内で笑い返して見せた。
校舎に消えていく姿を見届け、彼は背を向けた。彼女ならばもう大丈夫だろう。そして、もうひとつの理由が彼をそうさせた。
◇
「学校に入る時にね、スバル君の事を思い出したの。そしたら、怖くなくなったんだよ」
「ほんと? 良かった。僕でも力になれたんだね? 学校はどう?」
「久々の学校生活で忘れてることばっかりだよ。給食があるの忘れて、お弁当持って行って行っちゃった」
「アハハ、やっちゃったね? それは晩御飯にしたの?」
「ううん。両方食べたよ?」
「よく入ったね?」
「まあね? 授業も一年遅れだから、さっぱりわかんないよ~」
「何が苦手なの? メール越しだけど、教えてあげられるよ?」
「スバル君は勉強できるの?」
「自宅で勉強してるよ」
「そうなんだ! すごい! 私、外国語は得意なの。曲に使うからね。国語もまあまあかな? 苦手なのは算数だね? 全然分かんないよ!」
「算数は積み重ねだからね。無理もないよ」
「じゃあ、今日の宿題代わりにやって!」
「それはダメだよ。自分でやらなきゃ」
「きゃは! だよね?
私ね、スバル君とブラザーになれたことで少し強くなれた気がするの。これから色々大変だと思う。でも、逃げずに、前を向いて歩こうと思うの。お互いに頑張って行こう!」
「うん。頑張ろうね」
「やった! スバル君と一緒なら私も怖くないよ!
じゃあ、私はそろそろ宿題するね?」
「うん。じゃあ、お休み」
「お休み」
パタンとトランサーを閉じた。文章メールはこれで終わりだ。
「ミソラの奴、これからも学校に行くんだな?」
「そうだね」
トランサーから出ていた相棒に応える。しかし、スバルの目は一向に動く気配を見せない。頬を緩め、再び開いたトランサーのブラザー一覧に映っているミソラの顔をじっと見ている。以前言っていた、複雑な気持ちは嬉しいに変わったみたいだ。
「ところで、スバル」
「なに?」
「俺は最近、刑事ドラマにはまっているんだが……」
「刑事ドラマ? それがどうしたの?」
「今日、お前がとった行動って、ストーカーって言うんじゃないのか?」
今日の行動を振り返る。
ミソラに何も告げずに、見つからないように注意を払い、行動をずっと観察する。
犯罪行為そのものだ。
スバルの顔がサーッと青くなる。
「ち、違うよ! あれは……ミソラちゃんが心配だったから!」
「犯人の変態野郎は大抵そう言ってるぜ? それに、今まで他の奴らには、そんなことしなかっただろうが?」
「そ、それは……ミソラちゃんは、ブラザーだし! か弱い女の子だし……」
「電波変換できるぜ?」
「いや、だから……その……」
「ああ、やっぱりあれか?」
ぱちりと指を鳴らした。その後の発言が止めだった。
「惚れたのか?」
消えかかっているろうそくの様な、ゆらゆらと揺らいでいた火に、大量の油を流し込んでしまった。
「ロックー!!!!」
獣のような吠え声。歯をむき出し、立ち上がっている髪がさらに逆立ち、両手を拳骨に固めている。異星人に目の錯覚というものが無いと仮定すると、今のスバルは炎を纏っている。
危険を身に知らせる野生の本能に従い、ウォーロックはさっと寝床に逃げ込んだ。
「悪い、ほんとすまねえ!」
「まったく……」
ウォーロックの素直な謝罪を受け、怒りの矛を鞘に収めた。ふぅと大きく息をついてベランダへと身を乗り出した。
地球人の少年に怒られた異星人もトランサーからスッと抜け出して、そろそろと後ろに続く。てっきり星空を見上げると思っていたが、スバルが見ているのは町の風景だ。彼の目はほんのりと光る町の灯も、店のシャッターを下ろす南国の姿も、ここからでも見える展望台も捕らえてはいなかった。茶色い瞳が捕らえているのかここからでは見えないとあるものだとウォーロックは気付いた。
「行きたいのか?」
「え?」
「学校だ」
あり得ない答えを出した相棒におどけるように返した。
「まさか」
「……嘘だな」
スバルは意外そうに、ウォーロックがいるであろう何もない窓のそばを見る。
「お前は本当に興味が無いのなら、見向きもしないはずだぜ?」
見抜かれていた。
「……そうだね……けど、行きたいってわけじゃないんだ……」
もう一度さっきの方角に視線を移す。
「ミソラちゃんはもう学校に行き始めているんだよね……」
先ほど
強くなれた
逃げずに
前を向いて
怖くない
頑張ろう
一つ一つの言葉が、痛かった。鋭利な針を心臓に突き刺される気分だった。顔も声も使わない文章メールだから『頑張ろうね』なんて誤魔化せた。
自分の顔を掴み、歪ませ、見えない校舎に目をやる。
「学校……か……」
第三章.響き合う(完)
スバルはミソラから絆の強さと大切さを教えてもらい、ミソラはスバルのおかげで孤独から救ってもらう。そして、二人は互いに強くなっていく。この二人の関係が大好きです!