流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
鳴り響くサイレンはコダマタウンのあちこちから聞こえてくる。
おそらく、病院に搬送し切れないのだろう。乗用車から医師達が降りてくる。こちらに出向いて、被害者達を見ているらしい。幸いにも大怪我をした者はいないようで、軽い脳震盪程度ですんだようだ。入院しなければならないような者は、頭の打ち所が悪かったミソラのマネージャーだと名乗る男を除いて、今のところは出ていない。
その騒がしさが少年の目を覚まさせる。
「……う、うん……あ……ミソラちゃん?」
「良かった……気が付いたみたいね」
「……ここは?」
「展望台よ」
「そっか……」
ようやく視点が合ってくると、ミソラが心配そうに上から覗きこんでいるのが分かった。上と言っても、空に向かう上ではない。寝転んだ自身の頭がある方向の上だ。そっちに目をやると、ミソラが来ているパーカーのピンク色の生地が見える。それ以外は見えない。
横を確認しようとすると、柔らかい感触に当たる。押しつけた頬を温もりがふわりと包み込んでくる。気持ちよさに目を細め、再び眠りへと誘なってくる。狭まってくる視界がきめ細かい白い物を確認した。
「って、うわ!」
ガバリと飛び起きた。自身の頭があった場所はミソラの足の上だと気づいたからだ。膝枕と言うやつだ。
当の本人はスバルの動揺する理由が分かっていないらしい。あたふたするスバルに謝罪した。
「ごめんね?」
「え?」
「こんな騒ぎを起こしちゃって……スバル君に怪我させたりして……」
「……気にしないで。言ったでしょ? 君の力になりたいって」
「……ありがと」
以前もこの場所で見せてくれた笑顔をだった。
もっと見ていたいはずなのに、ミソラを視界の隅へと追いやってしまう。
「あ!? 君に取りついていたFM星人は!!?」
途端に曇るミソラの視線が示す先に、ウォーロックとハープが居た。手すりのそばで何かを話している。
「なんで、止めを刺さないの?」
「言っただろ。女相手に本気を出す趣味は無い」
「……はぁ……任務失敗ね……」
ミソラは黙ってハープを見ていた。
両手を絡めるように合わせていたミソラの手。堅く繋がったそれを解くように、スバルは片方の手を握る。目を合わせると、彼女も頷いた。
逃げてはならない存在に足を向ける。
近づいてくるスバルとミソラに気付き、ハープが振り返った。
「安心しなさい、もうあなたには近づかないわ。さようなら」
立ち去ろうとするハープに手を伸ばす。声は出ない。喉が麻痺したように。難しい歌う時でも簡単に出るのに、単純な言葉がつっかかって出てこない。
変わりに口を開いたのはウォーロックだった。
「待て」
「あいた! 痛いじゃない!」
逃げるようにその場を去ろうとするハープの頭を掴む。
「何で最期にミソラを操らなかった?」
電波変換が解けた直後、ミソラの心を破壊して乗っ取ってしまえば、スバルを失ったウォーロックになす術は無かった。
しかし、彼女が取った行動は逆だ。
「ミソラちゃんの心を壊すのが嫌だったの?」
「……もう、どうだっていいでしょ?」
スバルに図星を突かれた。
気まずそうにミソラを見て、ウォーロックの手を振りほどき、再びウェーブロードへ上がろうとする。
「ハープはこれからどうするの?」
また足が止まる。どうしても、ミソラとは話したくないようで沈黙を保っている。
何も答えてくれないハープの態度に、ミソラが下唇をギュッと噛むと、手を強く握られた。スバルの目はハープへと向いているが、意識はこっちに向いている。励ましてくれる彼の手を握り返す。
そんな二人を横目で確認し、ようやく観念した。
「……任務はもうどうだっていいし。この星で、一人でのんびり暮らすわ」
「一人なの? 他の人達は?」
「他のFM星人に見つかったら、ウォーロックみたいに狙われるはずだわ。あいつらはみ~んな働き者だからね?」
自分と同じだ。
周りに怯え、隠れるように暮らす日々を送ることになる。
のんびりなんてできる訳がない。
「じゃあ、私と一緒にいようよ?」
誰も声が出せなかった。ミソラの発言の意味をそれぞれの知識と言う名の辞書に当てはめる。それだけの行為がとても長い。三人の答えが「え?」という一文字になって重なる。
「ミソラちゃん?」
「女、本気か?」
「うん!」
男二人の反応に笑って返し、未だにキョトンと目を見開いているハープへと駆けよる。
「ミソラ? 私はアナタを……」
「根っからの悪人なら、最初に私の心を壊していたでしょ? スバル君を助けるのにも協力してくれたし、あなたは悪い人じゃないわ。それに、音楽を愛する人に悪い人なんかいないんだから!」
ギュッとハープを抱きしめる。ぬいぐるみを抱きしめる無邪気な子供のようだ。
「音楽好き同士で、仲良くなれそうだしね!?」
「えっと……」
返答に困っている。
しかし、汚れの一切無いミソラの笑みには敵わない。
「なら、お言葉に甘えようかしら?」
「やった! よろしくね、ハープ!」
「ええ、ミソラ! ポロロン!」
キャッキャッと手を取り合っている。打ち解け合っている。
そんな二人をスバルとウォーロックは見守っていた。
近づけない。
女の子が放つ特有のオーラがバリアのように張られている。
「ねぇ、女の子ってあんなにすぐ仲良くなれるものなの?」
「俺に聞くな」
「って言うか、これで良いのかな?」
さっきまで敵だったハープを見る。が、すぐにその考えは変わる。
ミソラを見たからだ。
笑っている。自分の前で見せてくれたものとはまた違ったものだ。仲間を、友人を得たそれは、ゴン太や宇田海が見せたものと似ている。
やっぱり、自分はルナや天地の様にはいかなかった。けれど、それをハープが代わりになしてくれるのなら……
この結果で良いと確信できた。
「って言うわけで、私とハープも戦うね?」
「……今なんて?」
ハープと肩を寄せ合って宣言するミソラにスバルは5本の指と手のひらを向ける。
「スバル君とロック君は、FM星人から地球を守っているんでしょ?」
「守ってるって言うか……ロック?」
戸惑うにスバルを無視し、ウォーロックはそっぽを向いている。スバルが寝ている間に、色々と都合が良いようにしゃべったらしい。
「地球の危機なんて、ほっとけないよ! 戦えるのは、スバル君達と私達だけなんでしょ? だったら、戦うよ!? スバル君にも助けてもらったし、今度は私の番なんだから!」
燃える闘志の中でガッツポーズをして見せる。
「それに……こんなことしちゃったからね?」
コダマタウンを見下ろす。
救出作業は大分進んだようで、サテラポリスが救急隊の仕事を手伝っている。目覚めた五陽田警部が指揮を取っているようだ。
「ミソラ、これは私のせいよ?」
「連帯責任ってことにしとこ?」
「……そうね。分かったわ」
断るのは遠慮ではない。彼女の決意を否定する事だ。
「なら……よろしくね?」
「うん、よろしくね!?」
地球に襲い来るFM星人を撃退してきた二人にとって初めての味方。祝福するように傾いた日が4人を照らす。
「それとね、スバル君。私、決めたよ……」
「なにを?」
「一番大事なこと。スバル君に言われて、決心がついたわ」
今回の騒動の一番の元凶。
11年間のミソラの人生。その中で一番大きい決意を下した。
◇
その日は歓喜と悲愴が満ちていた。
この場だけは春の爽やかさではなく、むわっとした熱気と湿気で満たされている。展望台の出入り口にかけられた看板が響ミソラの引退ライブを宣伝している。涙ながらに応援する委員長の腰巾着二人が違和感無く雰囲気に溶け込んでいた。
その中で、一人だけついて行けていないのがスバルだ。乾かない汗にハンカチを当てて、ギュッと絞る。拒絶するように降り注ぐ水を弾く広場の土を踏みつけ、舞台となっている見晴らし台を見上げる。
ミソラが最期の曲を歌うところだ。
今日で終わりだ。目的を無くし、嫌々続けていた歌手活動もこれで終わる。無理やり出していた歌声も、今日から自分と母のためだけに使えば良い。
そう思うと、ほっと笑みがこぼれた。気付かれる前に、さっとファン達に向ける作り笑いへと変える。
「皆、今日はありがとう。そして……今までありがとう。次の歌を最後に、私は引退します」
歓喜が無くなり、その分だけ悲愴が増えた。
泣きわめく会場を見下ろし、最期の曲名を口にした。
「グッナイママ」
ギターを持ち直す。弾いた音が静まり返った会場を包み込む。連なり、空気を作り出していく。病弱だった母のために作った子守唄。それをアレンジした曲。スバルと出会った時に歌っていた曲。それは集まった一人一人に温もりを与えていく。
一人のファンがリズムに合わせて手を振りだす。同じように隣の女性が、それを見ていた老人が真似をする。
気づけば、波が出来上がっていた。
会場の大きなうねりは、ミソラへと向けられる。
自分が傷付けた人達だ。事件の犯人を知らないとはいえ、自分を応援してくれている表情を見ていく。顔のパーツは違うが、皆同じだ。歌を聞き、笑みを送ってくる。
――あなたの歌は、人を元気づけてくれる力があるわ――
――ミソラの歌が、母さん以外の人にも届くと、嬉しいわ――
バカだ。
大好きだった母の思いを忘れていた。
ようやく思い出した。静かに大きく盛り上がるファン達。
湧き上がる。
向けられるこの期待に応えたいと言う思い。無理やり行っていた喉の動きが自然になる。清らかな小川のように声が流れてくる。一度は逃げ出した舞台の上で思いのままに飛び跳ねたくなる衝動を抑える。
自身のリズムが最高潮に達しようとする。
そこで指の動きを止めた。曲が終わった証だ。拍手の中でギターを下ろす。
熱い雫が頬を伝った。
「ごめんね、皆……」
拍手が収束していく。
皆と共に、泣いているミソラに戸惑いながらもスバルは耳を傾けていた。
「私……バカだった……気付けなかったの。ママが居なくなって、一人だと思ってた。こんなに……こんなに私を応援してくれる人がいる……皆がいる。今、やっと気づけたの……」
会場を埋め尽くす目を見つめ返す。
「私が弱かったせいで、皆にたくさん迷惑かけちゃったよね? 本当に……ごめんなさい。私は今日で引退します。けど、それは今までの弱かった私からの卒業です」
ギターについたマイクを下ろして涙を拭う。
「戻ってくるから……」
震える唇をもう一度開いた。
「私……きっと! 戻ってくるから! 私、もっと歌いたい! また、皆の前で歌いたい! だって私、やっぱり歌が大好きだから!」
無我夢中で叫ぶミソラの思い。
着飾らず、まっすぐ打ち明けた言葉。
「だから……その時は、また応援してください!」
それにファン達もまっすぐに応えた。
応援を誓う声が飛び交い、拍手が鳴る。
展望台を揺るがす喝采の中を、ミソラは止まらぬ涙を残して後にした。
それでも舞台から去った少女に向ける思いは、一向に収まる気配を見せなかった。