流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
左手についた機械を見て目を擦った。アンテナが付いたヘッドパーツを取って頭をかく。表示されている数値がグングンと上昇していく。
「何か異変でも起きたのか?」
トランサーの向こうから部下が何かを伝えようとしている。混乱しているようだ。何を言っているのか分からない。聞き返す前に悲鳴が上がり、通信が途絶えた。応答を呼び掛けても、帰ってくるのはノイズの様な雑音だけだ。
「ゼット波が上昇している。何かが近づい……」
言い切る前に楽器を演奏するような音が体を突き抜けた。
◇
コダマタウンにつくとすぐにあの二人に捕まった。相変わらず目が血走っている。ここまで来ると嫌悪感すら感じてしまう。大きい方がミソラと一緒にいたかと聞いてくる。小さい方が『自分とミソラ似の少女が展望台から出てくる』のを見たらしい。危機迫った今までの二人を思い出し、否定しておいた。
「まあ、そうだよな~。こんな奴がミソラちゃんと知り合いなわけないよな?」
「マネージャーさんに、『ミソラちゃんに似た女の子が、アマケン行きのバスに乗った』なんて言って、迷惑でしたかね?」
自分そっちのけで勝手なことを言う二人。
キザマロを睨みつけるが、すぐに止めた。殴られることしかできなかった自分を思い出したからだ。
「ミソラちゃんのライブ、見たかったな……」
「今や大スターですからね? こんな小さな町じゃあ、やる気にもならなかったんでしょう?」
抑えたそれはすぐに噴火する。
「ミソラちゃんはそんな子じゃない!」
ミソラが今までどんな気持ちで歌って来たのか。それを知らずに吐いた言葉が許せなかった。驚いている二人を睨みつけた。
「何も知らない癖に……あの子の気持ちも知らないで、そんなこと言うなよ!」
「じゃあ、お前が何を知ってるんだよ?」
「っ!?」
何を知っているんだろう?
「昨日まで、ミソラちゃんの名前すら知らなかったじゃないですか?」
彼女に出会ったのは昨日だ。今日一緒にいた時間は、半日にも満たない。言葉を交わした時間はもっと短い。一時間、いや三十分もあっただろうか?
「お前こそ、ミソラちゃんのこと何も知らねえだろうが。口出しするな!」
「いるんですよね、やたら物知り顔の、ヒーロー気取りの、にわかファンって……」
言い返せなかった。ここでも、ミソラを庇うことができない。
無力
ただ、言われるがままに口を閉ざすしかなかった。
「それより、なんか騒がしいですね?」
「ミソラちゃんが見つかったのかな? 行ってみようぜ!?」
走り出す二人に、止めろよとも言えず、踵を返した。
「良いのか?」
「僕には……何も言える権利が無いよ……」
バスの中でのやり取りを思い出し、ウォーロックもそれ以上は何も言わなかった。
5,6歩歩いた時、背後からさっきの二人の叫び声が聞こえて来た。ただの叫び声ではない。痛みに苦しむようなものだ。
「え?」
「ビジライザーをかけろ!」
条件反射だ。すぐに額のそれを下ろして振り返った。
さっきまで話していた二人がぐったりと倒れている。そのすぐ近くには、ピンク色の少女。
「……嘘だ……」
認めたくない。小刻みに首を横に振る。
走り出す。
姿は変わってしまったが、見間違えるわけが無い。
「ミソラちゃん!?」
掛けられた声に、ミソラは振り返った。さっき別れたばかりの少年だ。この町に戻って来ていたらしい。
「スバル君……」
姿が変わった自分を、すぐに見つけてくれた。
今日の朝と同じだ。
震えて、泣いていた自分を見つけてくれたあの時と同じだ。彼はすぐに自分のもとへと駆けつけてくれる。
自然と足が彼に向く。
「止めるんだ! こんなこと!」
足を止めた。
自分を咎める言葉。
否定する言葉。
「来ないで!」
彼も皆と同じだ。
詰められなかった距離は、まるで互いの心の様。
これ以上は詰められない。
近いようで、遠い。
「君は傷付けたくないんだ……だから、来ないで?」
手に持ったギターを握りしめ、ウェーブロードへと跳躍した。
「私とママの歌を汚す奴ら……皆、消えちゃえ!」
◇
町の方から悲鳴とギターを弾く音が聞こえてくる。無差別に襲いだしたのだろう。
「あれはハープと電波変換したな。……相性は抜群ってか? クソ、行くぞ!?」
「……」
「……おい?」
返事が無い。上を仰ぐウォーロックと対称的に俯いていた。
「僕には……何もできないよ?」
「あ?」
「ミソラちゃんを、助けられなかった僕には、何もできないよ」
アマケンでの出来事が、一つ一つ甦る。
「僕は……ミソラちゃんに何もしてあげられないよ。戦ったって……」
「うるせえ!」
自分の左手が飛んで来た。ジンジンとなる鼻を押さえる。
「だったら、このまま見過ごすのか? あいつの暴走を見なかったことにするのか?」
「それは……」
トランサーの中から出て来たウォーロックを見るため、ずれたビジライザーをかけ直す。
「少なくとも、お前はそういう奴じゃないはずだぜ?」
「……ロック……」
「考えるのは後にしろ! このままじゃ、被害が増えるぞ?」
音は大分遠くなっている。しかし、襲撃が終わっていないことに他ならない。
「行くぞ!?」
トランサーに戻り、こっちを睨むように見ている。耳元まで上げる。それ以上は上がらない。
「ミソラを救いたいのか!? そうじゃねえのか!? はっきりしやがれ!!」
「っ!?」
答えはとても簡単で、単純だ。思いのまま左手を突き上げた。
「電波変換 星河スバル オン・エア!」
◇
道行く人が、次々と倒れる怪奇現象。大スターを追いかけていた時の雰囲気はもうどこにもない。
目に見えぬ恐怖から逃げ惑う人々に、容赦なく音を浴びせる。苦悶の表情を見て、次なる標的へと弦を引く。
「ミソラちゃん!!」
「……スバル君?」
ミソラが今いる場所は、人間にはこれないはずの空の道だ。にもかかわらず、声がした方にスバルがいた。その姿は青く、先ほどとは大きく違っていた。まるで昨日の流星の様。
「君も電波変換出来たんだ……」
「もう、止めようよ!?」
「……またそれ? 嫌だよ……私は、闘うって決めたの!」
◇
ミソラの心を抱きかかえる手に力を込める。壊れない程度に。けど、いつでも壊せるように。自分にできるのかと言う疑問を隠すように話しかける。
「まさか、もう出会っちゃうなんて……ついてないわ。お久しぶりね、ウォーロック」
「FM星王の命令か?」
「気は進まないけど、任務ですからね」
◇
変わらないなとため息をついた。FM星にいたころから、この女はいい加減な様な、気分屋の様な……こんな感じだ。
「……狙いは俺が持っている鍵か?」
「”アンドロメダの鍵”ね? やめとくわ。か弱いミソラに、荒っぽいあなたの相手をさせるのは、気が引けるしね? あなたには手を出さないから、見逃してよね?」
「俺も女相手に本気を出す趣味は無い。地球人がどうなろうが知ったことじゃねぇ」
「あら、優しいのね? なら……」
「だがな……そうは行かねえみたいだぜ?」
ちらりと、立ち上がった相棒に目を向けた。
◇
何ができるか分からない。けど、対峙すれば何かあるかもしれない。そう考え、ウォーロックに励まされるがままにここへ来た。
まだ、答えは出ない。
眼下では、年齢性別関係なく町の人々が倒れている。駆けつけた警察とサテラポリスが救出作業に入っているが、彼らも怯えているようだ。指揮系統も狂ってしまっているのだろう。機敏な動きとは言えない。
「僕は……君にこんなことしてほしくないんだ! だから……」
「分かったわ」
伝わった。
綻ぶ顔を上げる。
「パルスソング!」
ウェーブロードに尻もちをついた。威力は大したことは無い。オックス・ファイアのブレスや、キグナス・ウィングの羽弾よりは低い。しかし、手足がしびれる。音波が衝撃へと変わり、内側から体中を駆け抜ける。
「君も、結局は他の人と同じなんだね?」
「……ミソラちゃん?」
見上げた彼女は、今までは全く違う存在に見えた。展望台やアマケンの屋上で話した、響ミソラはもういない。
「私は、私とママの歌の絆を守る! そのためだったら、君にだって容赦しないわ!」
それはミソラの宣戦布告。