流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第三十話.歌の暴走

 コダマタウンの騒ぎはより一層激しくなり、熱気は満ちるのではなく暴走していた。

 響ミソラを無事に保護したと言う発表がなされた後に、コンサートのスタッフ達が町中を忙しく探しているからだ。

 ミソラがまた行方不明になったか、まだ見つかっていないかのどちらかだ。マネージャーの金田自らが汗だくになって走っているのが証拠だ。

 

 

 持ち主の上下運動に合わせて、背負った楽器はガタガタと背中を打ち付ける。足場を踏み損ね、とっさに手を突く。この一瞬の減速も惜しむように足を動かす。

 隙をつき、再び逃げ出したアイドルは展望台の階段を駆け上がっていた。

 人が来ない場所。土地勘の無い彼女には、逃げ場所がここしか思いつかなかった。広場への傾斜の緩い階段を登りきる。

 心臓が痛い。肺が酸素を求めて上下する。

 熱の入った声が微かに、だが複数聞こえる。唯一の逃げ場所である、この場所の出入り口付近にファン達が詰め掛けていた。どうやら、駆けこむところを見られてしまったらしい。まだこちらに気づいていないようだが、既に何人かが探しに来ている。

 棒になった足を無理やり運ぶ。スバルと出会った一番高い場所まで来て、物陰から広場を見下ろした。自分の名を呼び、探しているのが見える。逃げようにも、彼らが塞いだ階段以外に逃げ道は無い。彼らに見つかり、マネージャーの元へ戻されるのも時間の問題だ。

 

「やだ……もう、やだよ……」

 

 一昨日の青い流れ星は、願いなんて叶えてくれなかった。

 あの少年に助けを求めるのは間違いだった。逆に巻き込み、怪我をさせてしまっただけだ。

 誰も助けてくれない。

 屋上の時から止むことなく流れる涙を拭い、奥から来るズキズキとする痛みに頭を押さえる。

 こつんと背中のギターが何かに引っ掛かる。それは転落防止用の手すり。鉄でできており、大の大人すら受け止めてくれそうに高くて頑丈そうだ。しかし、少女に乗り越えられない事は無い。身を乗り出し、下を見ると……眩暈がする。

 背けるように空を仰ぐ。どこまでも広がる水色は、吸い込まれそうなほどに美しい。

 

「ママ……」

 

 もう一度手すりに触れる。春なのに氷のように冷たい。手放したくなるそれを力一杯に握る。反動をつけ、地面を大きく蹴飛ばした。勢いのまま片足を振り上げる。

 

「……え?」

 

 体が前に進まない。誰かが肩を押し返している。今進もうとしている先は空中だ。抵抗も障害物も無い、翼をもつ者だけが自由を許される世界だ。にもかかわらず、そこに誰かいる。

 被ったフードで狭まった視界を少しずつずらす。白い棒のような手を生やした、水色の弦楽器がいた。

 

「きゃあ!」

 

 悲鳴を上げ、飛びのくように手すりから転げ落ちた。

 

「ポロロン。だめよ、こんなことしちゃ」

 

 楽器には必要の無い口を動かし、綺麗に並べられた鉄の棒達をすり抜け、ミソラの前まで近づいてくる。

 ハートマークのリボンのようなものをつけ、釣りあがった目でにっこりと笑いかける。

 

「誰!? 何!??」

 

 もちろん混乱している。こう言う時に、相手を落ちつかせる答え方。彼女独特の笑い声を上げる。

 

「ポロロン、私はハープ。あなたの味方よ?」

「味方?」

 

 簡単に警戒を緩めた。孤独とは、それほどまでに人の心を弱くし、助けを求める。指し延ばされた手を疑うことなぞ無いに等しい。

 

「全く、酷いわよね? あなたの歌を売り物にしようだなんて! あのマネージャーも、ファンも……あなたの気持ちなんて知りもしないで!」

「わ、私の気持ち……分かるの?」

「分かるわよ! あなたと同じ、音楽を愛する者ですもの!」

 

 最後のは事実だ。だが、ミソラについてはかなり調べている。好み、経歴……家族構成。裏表の無いミソラだからこそハープに全て筒抜けだ。

 

「私……もう、歌いたくないの……私の歌は、ママのためだけにあるの!」

 

 しかも、自分から話してしまった。助けを求める心がそうさせてしまう。

 

「そう、辛かったのね? もう、大丈夫よ、私があなたに力を貸してあげるから」

 

 背中を摩り、すすり泣く涙を拭ってあげる。取り入るには最適の方法だ。

 

「一緒にこらしめて上げましょう?」

 

 突然トーンの下がった声に、ゾッと背筋が冷たくなった。

 

「……こらしめる?」

「そうよ、あなたの歌には力があるわ」

「でも、私……」

 

 どこまで行っても心優しい少女だ。誰かを傷付けるなんて考えられない。

 

「戦わなきゃ、何も守れないわよ? あなたとお母さんの歌も!」

「ママ……」

「これ以上、大切な歌を汚されていいの?」

 

 良い訳が無い。けれど、その代わりに誰かを傷付け無ければならない。開いた手を見つめ、唇を噛み締める。

 何かに気が付くように、振り返るように立ちあがった。手を素早く背に回してハープを隠す。

 荒い呼吸をしているマネージャーの金田が階段を上りきったところだった。

 

「見つけたぞ! さあ来い! 歌え! 金がいるんだよ!」

 

 醜い塊を睨みつけた。

 

「こんな奴に、あなたの歌を汚されるの?」

 

 ハープがその背中に囁く。

 

「何してる! さっさと来い! お前には逃げ場も選択肢もないんだよ!」

「大丈夫よ。私が力を貸してあげるから?」

 

 ミソラに、語りかける。

 

「歌え! 歌っていれば良いんだ! 金になるんだよ!」

「こらしめてあげましょ?」

 

 心に……響くように……

 

「お前の歌はうちの商品なんだよ!」

「違う!」

 

 どちらを選ぶか?

 

 簡単すぎる問題だ。思いを口に叫んでいた。

 

「私の歌は、商品なんかじゃない!」

 

 怒りをみせる金田と違い、ハープはポロロンとほほ笑んだ。

 

「私を受け入れて?」

 

 頷いたのを確認し、ミソラの中へと入って行った。

 

 

 やはり、この女の子を選んだのは正解だった。一つの存在となり、ミソラの心の空間へと体が流れていくのを感じる。周波数が合い、孤独を抱え、おまけに歌が好き。これ以上、傀儡にするのに最適な者はこの星に存在しない。

 そう断言できる確信があった。

 体を伝う流れが止まり、閉じていた目を開けた。

 

「っ!?」

 

 細い目が丸くなるほど見開き、口を両手で覆った。おぞましい光景が飛び込んできたからだ。

 この場の色は持ち主の心境を如実に表す。生命を感じさせない血のような赤と、心を食らう闇の様な黒が波を描き、うねる。主の鼓動音と共に空間を大きく歪ませ、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。

 

 

 タスケテ

 

 

 声が上がる。中央にある球体からだ。

 

 

 タスケテ タスケテ

 

 

 呼応するように、隣から聞こえてくる。振り向くが何もない。次は逆から、後ろから、頭上から聞こえてくる。波は凹凸をより大きくし、ぐにゃぐにゃと揺れ動く。

 

 

 タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ

 

 

 心音と反響するように徐々に広がっていく。悲痛な叫びは広がり世界は不安定に回って行く。

 

 

 タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ

 タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ

 タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ

 タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ

 タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ

 

 

 空間を満たす全てが叫んでいた。遮るようにハープは頭を抱えこむ。

 本当に11歳の女の子の心なのだろうか? どれほどの悩みを抱えて苦しんできたのだろう? まだ幼く、大人の世界に踏み込み、取り残されてしまった彼女だからこそ、これほどまでの孤独を発しているのかもしれない。

 そうでなければ、さっきの様な行動はできない。

 

「関係ないわ! 私は任務を果たすだけよ!!」

 

 いつの間に噴き出ていた汗をふき取り、その球体を手に取った。

 

 

 タスケテ タスケテ ママ ママ

 

 

 直接腕に伝わってくるミソラの助けを、母を求める声。

 

「これを壊せば……この子は……」

 

 孤独な心はガラスのように脆い。それ以上だ。固体と言うよりは液体。解けだした雪玉がかろうじて球状を保っているかのようだ。少し力を加えれば、すぐに瓦解する。

 

 ママ ママ タスケテ ママ

 

「……ポロロン」

 

 

「電波変換 響ミソラ オン・エア!」

 

 ピンクと水色の光が包み込む。体が宙に浮き、色とりどりの様々な音符が無数に羅列してミソラを駆け抜ける。背負っていたギターは水色へと染められ、先端に小さい目と口が描かれる。

 光がはじけ飛んだ。

 足にはピンク色の装甲。胸には大きいハートマークが取り付けられ、首には白いスカーフを巻いている。赤紫色だった髪は金に変わり、水色のバイザーを取り付けた被りものには白い突起が耳のように取り付けられていた。背中には、水色になったギターを背負っている。

 異様な光景にたじろぐマネージャーに、ギターを構えた。

 

「さぁ、ハープ・ノート! あなたの歌を汚す者を、こらしめてやるのよ!!」

「……うん……」

 

 ギターと一体化したハープを背中から降ろし、弦を強く弾いた。

 

「パルスソング!」

 

 撃ちだされた音が赤い音符へと形を変える。漂うと言うには早い、流れるような速度で送られる。

 近づいてくる音符に戸惑いを感じ、逃げようと考える前にそれは金田の大きなお腹に接触する。

 カエルが潰れるような悲鳴が上がった。

 ハープノートの開いた瞳孔。その先に倒れれた塊はビクビクと上下に振動している。息をしているので死んではいないだろう。

 目を反らしたくなるような惨劇を瞬き一つせずに見つめていた。天体観測を趣味とするスバルが、星より美しいと感じた瞳の輝きは跡形も無くなっていた。

 満足そうに浮かべた笑みと感情が読めない瞳は、広場で騒いでいるミソラのファン達へと向けられる。

 

「さあ、今度はあの子たちよ? あなたとお母さんの歌を守りましょう?」

「……うん!」

 

 言われるがままに、反動もつけずに軽く地面を蹴る。糸で釣り上げられているように、重力を感じさせないふわりとした跳躍。蠢くファン達の頭上を軽く飛び越え、広場の階段の入口へと降り立った。

 広場には二つの階段がある。一つはスバルとミソラが出会った見晴らし台へと続く階段。もう一つは、この展望台唯一の出入り口へと降りて行く階段。

 ハープ・ノートが塞いだのは後者の方だ。

 今のミソラはハープ・ノート。自身の周波数を意図的に変化させない限り、人間には見えない電波の体だ。それゆえ、追いかけているアイドルが目の前にいることにすら、たった一つしかない逃げ道を奪われたことにすら、ファン達は気づいていない。

 今も鼻の下を伸ばし、ミソラの名を叫ぶ彼らにクスリと微笑んだ。

 

 歌っているときの明るさも

 

 何も知らなかったスバルをからかった時の楽しさも

 

 アイドルとして培ってきた作り笑いも

 

 母の話をした時の無邪気さも

 

 

 ハープ・ノートが浮かべた笑みには、一切無かった。

 

「パルスソング!」

 

 

 抱えているそれを見やる。

 

 タスケテ ママ タスケテヨ ママ ママ

 

「大丈夫よね? 心を壊したからって強くなるわけじゃないし」

 

 しかし、今体を動かしているミソラは戦闘の素人だ。もし、ウォーロックと出会ったら……勝てるとは思えない。その時は、戦闘経験のある自分が彼女の体を乗っ取るしかない。

 ミソラの心を壊すことによって。

 

「今はこれで良いわ。ちょっと人間を攻撃するだけ。仕事してましたってごまかす程度で良いんですもの……別に壊す必要なんてないわ。それだけよね?」

 

 絞り出したごまかしの答えに自分を納得させた。ポロロンと笑えないことに気付けぬまま。


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