流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/4/21改稿


第二十五話.ブラザーと

 深夜と言えるこの時間は車が走ることすらない。それだけコダマタウンは静かな町だ。天地研究所も同じだ。ただ、今日は騒動が騒動だっただけに、施設内のいたるところに明りが灯っていた。

 その屋上でうごめく影が一つ。

 

「フン、屑ごときが手柄を焦ってしくじったか」

 

 キグナスの周波数がここで消されたことを確認していた。この威厳のある声は以前にもこの場所でキグナスと談話していた物と同じだ。

 

「なんだ? 誰かやられたのか?」

「我々が来たのダ。バランスはむしろ我々に傾くと思うガ?」

 

 別の声が二つ聞こえて来る。驚いた様子もなく二人に振り返った。

 一人は女性を思わせる体系をしており、長いウェーブのかかった髪を揺らしている。

 もう一人は生命体とは思えない姿だった。天秤のようなフォルムをしており、両手には皿をくくりつけた糸を垂れ下げていた。

 

「オヒュカスとリブラか。今更来たのか、屑が」

「何だと!?」

 

 オヒュカスと呼ばれた女性のFM星人が前に出る。しかし、リブラの右手が進路を妨げる。

 

「よせ、仲間割れをシテもこちらのバランスが悪くなるダケダ」

「くっ!」

「フン」

 

 悔しがるオヒュカスと止めるリブラを鼻であざ笑った。

 

「ところで、今まで誰かやられたノカ?」

「オックスとキグナスだ。ハープは行方不明」

「雑魚が。ウォーロックごときに負けるとは、男のくせに使えない奴らだ」

 

 彼らもキグナス達と同じだ。死んだ仲間に対して思い入れは無いらしい。

 

「力のオックス、スピードのキグナス。バランスの悪いモノの末路ダ」

「屑が屑の話をするな。耳障りだ」

「っ!」

 

 耐えきれず掴みかかろうとするが、またしてもリブラが割って入る。

 

「おちつケ、オヒュカス」

「しかし、リブラ!」

「結果で見せつければ良かロウ?」

「くぅ……なるほど、我々がこいつ以上に手柄を立てれば良いというわけか?」

 

 二人の会話聞き、挑発を続ける本人は見下したように見ている。

 

「できるものならな」

 

 リブラはこの中で唯一笑っていた。これで、バランス良く事が運ぶはずだからだ。

 

「良いだろう、やってやろうとも……」

「もうじキ、我々以外にも増援が来ル。……地球人どもに恐怖と死ヲ……!」

 

 紫と茶の光に変わり、オヒュカスとリブラはウェーブロードへと消えて行った。この惑星のどこかにいる裏切り者を探すために。そして、そいつが持つ”アンドロメダの鍵”を奪い返すために……

 

「せいぜい足掻くが良い……ウォーロック……」

 

 残ったもう一人はやつがいるであろう町を見据え、その場を後にした。

 

 

 日が変わり、スバルはまたアマケンを訪れていた。側では天地が今か今かと何かを待っている。

 

「あ、見えた」

 

 スバルが双眼鏡から目を離す。ゆっくりと、しかし、雄大に広げる翼が見える。それを背負っているのは宇田海だ。『フライングジャケット』を巧みに操り、アマケンの敷地内へと羽ばたいてきている。

 

「コダマタウンの展望台から飛び立って、約十分。予定通りだな?」

 

 天地がトランサーの時刻を確認していると、悲鳴が上がった。見上げると、横風に煽られてバランスを崩しそうになっていた。懸命に体勢を整えようとしているが、一度崩れた物はなかなか治らない。宇田海の怯える様がここからでも確認できた。

 

「宇田海君! 自分を、僕達を信じるんだ!!」

 

 天地の言葉が聞こえる。吹きつけてくる風を睨みつけ、体から余分な力を抜く。ただ身を任せる。

 自分と天地が作った機構もプログラムも完璧のはずだ。ただ、この『フライングジャケット』に全てを委ねれば良い。

 宇田海が掛けてしまっていた力が無くなったため、翼が風の強さを、機械が正常な体勢を計測し、本来の機能を果たしていく。体はしばらく揺れ動き、少しずつ振れ幅は小さくなり、安定を取り戻した。

 安堵の声を漏らすスバルに、天地は背中を軽く叩いてくれた。後はあっという間だ。宇田海は目標の高度と場所まで飛んだ後、高度を下げる。赤で描かれた円の中に、ゆっくりと着地を遂げた。

 

「やったな、宇田海君!」

 

 天地が駆け寄り、宇田海の首に手を回す。実験が成功した証だ。

 

「あ、ありがとうございます。天地さんの言うとおり、翼を大きくしたらずっと良くなりました。空中でも安定できるし、長距離飛行まできるようになりました」

 

 人は空を飛べる。飛行機と言うものを使って。最近はスカイボードと言う物も開発されている。

 しかし『鳥のように飛ぶ』という、この人類の長年の夢を、宇田海達は本当の意味で実現させたのだ。

 

「あ、あの……ありがとうございました。僕一人だったら……こんなすごい発明品、できませんでした」

 

 深々と頭を下げる宇田海に、天地は肩に手を置いた。

 

「本当に大切なのは、たくさんの成果を上げることじゃない。より良い人間関係を築くことだよ。このブラザーから、一歩ずつ進めて行こう」

 

 トランサーを見せつけるように、左手で小さくガッツポーズをとる。宇田海はゆっくりとうなずいた。

 

「さあ! 今日は飲みに行くぞ!」

「で、でも、天地さん。大丈夫ですか? また体重増えますよ?」

「げっ! な、なんで知ってるんだい!?」

「え……いや、まあ……その……あれです……ブラザー……ですから。天地さんの……パーソナルページの日記……見れますから」

 

 どうやら、天地は自分の体重を日記として記していたらしい。帽子ごしに頭を挟んでいる。

 

「まあ、良いや! 飲むぞ!!」

「……はい!」

 

 その時、スバルははっきりと目にした。宇田海は笑っていた。

 

 

 この『フライングジャケット』で宇田海が大きな賞を取るのは、もう少し先の話である。

 

 

 夜、スバルは部屋のベランダで春を含んだ風を受けながら空を眺めていた。ビジライザーは掛けていないが、ウォーロックは隣にいるらしい。

 

「宇田海さん、楽しそうだったね?」

「ああ、あんな奴でも笑うんだな? ブラザーの力ってやつなのか?」

「……さあね?」

 

 天地と笑っていた宇田海を思い出す。展望台で会った時の彼とは大違いだった。

 

「うらやましいのか?」

「え?」

「宇田海がだ」

「……別に……」

 

 ウォーロックの言葉を否定した。

 

「笑いたくないのか?」

「……え?」

「俺は、お前が笑ったところを見たことがないぜ」

 

 何も見えない隣から目を反らした。確かに笑った記憶が無い。あの日からずっと。

 機械をいじくったり、宇宙の本を手に入れたりして笑った事はある。しかし、ルナ達や天地達のような笑い方とは違う気がした。

 

「大吾とは大違いだぜ?」

「……父さん……」

 

 大好きだった父親の笑顔を思い出す。太陽と見間違えそうなほどの、暖かく明るい笑みだった。

 今思えば天地の笑い方にも似たようなものがあった。もしかしたら、大吾から譲り受けたものなのかもしれない。

 そして、それは徐々に宇田海にもうつりつつある。

 

 

 

―繋がりこそこの世の本質―

 

 

 

 天地から伝えられた父の言葉。歯をくいしばるように、空を見上げる。

 

「父さん……繋がりがあれば、笑えるの?」

 

 その時だった。一筋の青い光が駆けた。

 

「流れ星……」

「流星って言うんじゃないのか?」

「天文学上はね。今の場合は流れ星かな?」

 

 訳が分からないとウォーロックは首をかしげた。

 

「まあ、べつに良いけどよ……そういえば、あれを見たら何か願い事が叶うらしいな?」

「迷信だよ。叶ったことなんてないんだから」

「……そうか……」

 

 何を願ってきたのかは聞かなかった。

 

「いつもとは別のことを願ってみたらどうだ?」

「別のこと? ……う~ん……」

 

 浮かんだのは、さっきと同じだった。騒ぎを起こしたゴン太を受け入れて笑っていたルナ達。実験の成功を共に喜びあう天地と宇田海。そして、三年間一切薄れない父の笑顔。

 それを生み出すのが繋がりなら……絆の力だと言うのなら……

 

「ブラザー……?」

 

 もう、あの青い流れ星は見えない。広げられた黒い空をただ見上げていた。

 ふと視線を感じてビジライザーをかけて見る。ポカンと口を開けたウォーロックがいた。

 

「……なに?」

「お前、ブラザーはいらないんじゃなかったのか?」

「え? 僕そんなこと言った?」

 

 思わず呟いたらしい。自覚が無いようだ。

 

「い、今の無しだよ! ……嫌だよ……ブラザーなんて……」

 

 慌てて取り繕い、また表情を暗く戻した。空には緑がかかり、オレンジ色の道が加わっていた。星空を見るには邪魔でしかない。外して、いつも見ている空に戻す。しかし、お望み通り広げられた大好きな世界は、ただ胸をすり抜けていくだけだった。

 

 

 この場所、この時間にはいつもスバルがいる。しかし、今日の展望台は違った。一つの影がこの町のいつもの空を見上げている。自分が住んでいる町とは違う。こんなにたくさんの星が見える空は見たことが無かった。被っていたフードが重力に従って頭から滑り落ち、短く切りそろえた髪がふわりと風に靡いた。首筋を撫でる、春に限り感じられるその心地良さに笑みをこぼす。

 

「……あ……」

 

 流れ星だ。青い流れ星が彼女が見上げる漆黒の世界を駆け抜けた。

 

「ねえ、青い流星さん……」

 

 誰もが知っている噂。

 

「もし、本当に……あなたが願いを叶えてくれるなら……」

 

 それが本当ならば……

 

「私の望むことは一つ……」

 

 暖かい風が吹いてくる。共に奏でられる木々のざわめきと共に、彼女を包み込む。

 

「お願い……」

 

 

 

 

 

 

 

……助けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章.信用と疑惑の狭間で(完)


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