流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

24 / 144
第二十三話.白鳥堕

 肩から体を捻るように振るった左手の剣は、翼に受け流される。まっすぐに突き出されてくる左手を右手で払い飛ばす。もう一度斬りかかろうとした時、視界が何かに塞がれた。長い脚を活かした蹴りがスバルの顔面に食い込んだ。

倒れそうになる体を、かろうじて持ちこたえ直す。

 

「あれ……どこ?」

「後ろだ! スバル!!」

 

 振り返れば、そこにキグナスの青白い顔があった。細く長い腕がスバルの肘裏を下から救い上げ、空へと跳躍する。この状態では満足に拳を振るうこともできない。ばたつかせた足で空気をかき乱す。

 

「は、離してよ!」

「良いでしょう。すぐに離してあげます」

 

 スバルを抱えたまま、頭を下にして、地面へと真っ逆さまに落ちていく。地面に触れるぎりぎりでスバルを足蹴にした。

 頭から地面にたたきつけ、すぐさま空へと舞い戻る。立ちこめる土埃の中に、マシンガンのように羽の弾丸を放った。煙はさらに大きくなる。木星を模した惑星の上……最も高いところにある足場だ。

 それにすたりと降り立つと、煙はここまで立ち上って来ていた。流石に生きてはいないはずだ。

 

「キグナス、君の敵は倒しましたよ?」

「ありがとう。ところで、モニターを見てみるといいよ」

 

 ”アンドロメダの鍵”が気になるが、後でゆっくり回収すればいいだろう。キグナスのいうとおり視線を移すと、先ほどと違ってかなりの人数が酸欠に陥っているらしい。足を曲げ、手を伸ばし、首を抑え、もだえている。

 

「天地さん、いかがです? 死のダンスは楽しいですか?」

「な、なんで……」

「おや? まだ生きていましたか?」

 

 晴れて行く土煙から、シールドを頭上に掲げたスバルとウォーロックが姿を現す。しかし、頭を強く打った影響だろう。地にうずくまり、立つことすらできない様子だった。

 

「なんで、天地さんにこんな酷いことをするの?」

「酷い? 酷いのはあの人の方です」

 

 キグナス・ウィングは冷たい目で、正体の知れないキグナスの敵を見下ろす。

 

「あの人は、私を裏切ったんです。あの人は笑顔で人を騙すんだ」

「騙した? 天地さんが?」

「ええ……私が、私がどれだけ苦労して研究をしていたのか……知っているはずなのに、それなのに……あの人はそれを自分のものにしたんだ」

 

 そんなわけがない。戯言を払うように、首を振る。

 

「そ、そんな! 天地さんはそんな人じゃ……」

「あなたが天地さんの何を知っているんです?」

「っ!?」

 

 今度は何も言い返せなかった。自分は天地の何を知っている?

 父親の後輩。ビジライザーをくれた人。元NAXA職員。天地研究所の所長。宇宙について研究している。30前後のおじさん。

 知っていることなんて、これぐらいだ。天地のことは何も知らない。まともに会話したのだって、今日が初めてだ。いや、会話とすら言えないだろう。天地の言葉に適当に相槌をうっただけだ。

 

「何も知らないじゃないですか……この世の本質は裏切りなんです! あの人だって、天地さんだって例外じゃない。それも知らないくせに……あなたには、天地さんのことも、裏切られた私の気持ちも、何も分からないのですよ!」

 

 彼の憎悪が形になったかのように、翼が大きく広げられる。直線の軌道を描き、スバルに突っ込んでいく。

 

「スバル! スバル!!」

「……え? あっ、ああ!!」

 

 ウォーロックの声に気づいて前を見た時にはもう遅い。刃となった翼が眼前に迫っていた。

 

 

 

「バトルカード バリア!」

 

 

 

 翼が止まった。それは青い障壁に進行を阻まれ、再び空へと戻って行く。

 

「なにが起こったんです?」

 

 あの青い少年が何かをした形跡はない。なにより、突然展開した『バリア』に相手も驚いている。

 

「誰が……?」

『ロックマン!』

「……え?」

 

 聞き覚えのある声。記憶に当てはめる作業はすぐに終わる。しかし、この答えはあり得ない。

 

『ロックマン、聞こえて、いるかい? ロック、マン?』

 

 今度は声のする方向も分かった。キグナス・ウィングも顔を向ける。モニターに一人の男性の姿が映っている。

 

「天地さん!?」

 

 

「君……ロックマンって、言う、んだろ?」

 

 宇宙服の外側に取り付けられたトランサーには、『バリア』のバトルカードが組み込まれていた。電脳世界にいるロックマンにデータを転送したのだ。

 

「すま、ない……僕、らの命……君に、託したい」

 

 別のカードを取り出し、転送する。

 

 

「スバル、これは……?」

「バトルカードのリカバリーだよ」

 

 ロックマンの体の傷が治って行く。斬られた背中も元通りに。頭に来ていたダメージも嘘のように消えて行った。

 

『頼、む……助けて……くれ……』

 

 もう、意識がほとんどないのだろう。目は開いているのかも分からない。

 

「……この期に及んで、命乞いですか? 天地さん?」

 

 けど、開いているとスバルは確信した。天地の目に星があったからだ。

大吾を見つける。そう語ってくれた時の物が消えていなかった。

 

『う、宇田海……を……』

「え?」

 

 

「宇田海君を……助けてやって……くれ……!」

 

 それが彼の限界だった。ぐったりとして動かなくなる。

 

 

 モニターの向こうで漂う天地を見て、ロックマンも、キグナス・ウィングも立ち尽くしていた。

 

「天地さん……なぜです……なぜこの期に及んで?」

「……やっぱり……」

「な、何がです?」

 

 立っている惑星から、振り返るように見下ろす。

 

「天地さんは……あなたを裏切るような人じゃない!」

「だ、黙ってください!」

 

 羽の弾丸を放つ。しかし、さっきまでの勢いはどこにもない。スバルが右手で振るうだけで簡単に撃ち落とされた。

 

「宇田海さん……いや、キグナス・ウィング。僕はお前を倒す。そして、宇田海さん。あなたを……助けます!」

 

 ゆっくりと、スバルの目が開かれる。天地の星がスバルに宿っていた。小さな体から発する大きな志。目には見えないそれを感じ取り、宇田海の心が揺れ動く。

 

「な、なにを……言ってるんです?」

「ダメだよ、宇田海……」

 

 キグナスが宇田海を落ちつけようとする。傀儡として保つために。こういうときに、冷静に思考できるのがキグナスの強みだ。

 

「だって、天地さんは……」

「あれも演技さ。良い人のふりをしているだけだよ。あの……ロックマンとか言う奴を利用して、君を倒させて、自分が助かるためにね」

「そ、そうなのですか?」

 

 再び、天地に疑いを持ち始めてた様子を見て、キグナスはほくそ笑んだ。

 

「そうだよ……それに、研究成果。あれを奪われても良いのかい?」

「……私の、フライングジャケット……」

「あれを自分のものだと言ったのは事実だよ?」

「そ……そうでした……あれは……間違いないんだ……」

 

 人の心はなんてもろいのだろう。そう思いながら、キグナスはロックマンと向き直る。

 

「さあ、闘うよ。君の研究成果を守るためにね!」

「あれは……あれは私の物だ!!」

 

 飛びあがり、キグナスフェザーを放った。

 

「ロックバスター」

 

 連続して放った弾丸と相撃ちになり、空中でバラバラになって行く。

 

「ワタリドリ」

「バトルカード シンクロフック!」

 

 右手を覆ったグローブを一匹に叩きつけると、衝撃が共鳴し、全てのシッタパー達をたたき落とした。側面から近づいて来ていた、キグナス・ウィングにバスターを浴びせる。

 掠める弾丸を無視して、翼で斬りかかる。

 

「ベルセルクソード!」

 

 『ソード』よりも、刃渡りが少し短い剣が形成される。その分小回りのきく刃で白い大剣を受け流し、脇腹へと突き出した。ロックマンの腕を手で払い、飛びあがる。繰り出される蹴りを、小柄な体を大地に近づけてくぐり、軸となっていた足を切り払った。たまらず空へと飛びあがり、羽を放つ。身を起こす間もなく背中に熱が走る。手をついた途端に空中へと連れ去られた。さっき頭から突き落とされたときと同じ体勢だ。

 

「これではあなたは何もできません! この技で終わりです!!」

 

 背中を仰け反るように空中で反回転する。頭を下にした二人が真っ逆さまに落ちて行く。体の自由を奪われるロックマン。しかし、キグナスには翼がある。直前で退避すればいいだけの話だ。

 

「ロック!」

「おう!」

「……え?」

 

 ウォーロックの口元に何かある。薄い、二枚の四角い物。持ち上げられる直前にスバルから受け取り、今まで咥えていたのだ。キグナスが気付いた直後にはそれを飲み込んでいた。

 同時に、スバルの右手とウォーロックの口がキグナス・ウィングを捕らえる。

 

「バトルカード タイフーンダンス!」

 

 ロックマンの体が回転を始める。しがみついているキグナス・ウィングもだ。彼の翼の空気抵抗など物ともしない。二人の体は渦を作り出し、一つの塊となる。キグナス・ウィングが作り出した速度をさらに上げ、小さい台風となり、地面に激突した。

 木の実を割った際に中身が二つに飛び散るように、空中に放り出される。漂う一つの惑星に衝突し、翼から地面に落とされた。

 

「な、なんて無茶をするんです……」

 

 動けない。頭を強く打ったせいだろう。体がしびれている。翼もろくに動かせない。だが、それは相手も同じだ。向こうも、動く気配は無い。追撃も無いだろう。

 しかし、何かが引っかかる。違和感の元を探って行く。それは相手が教えてくれた。

 

「ジェッ、ト……アタック!」

 

 左手が鋭い体つきをした、鳥のような姿へと変わる。そこから噴出されるバーナーがロックマンの体を持ち上げる。

 ウォーロックが咥えていたカードは二枚。もう一回攻撃があると言うことだ。そして、このカードには使い手の意志や力は関係ない。ただ勢いに任せて突っ込むだけなのだから。力が関係ないのは、威力が強すぎて制御できないから。大気を斬り裂くその姿はまるでライフルの弾丸。

 

「や、やめろおおおお!!」

 

 宇田海の声でキグナスが叫ぶ。

 

「止めないよ……僕は、約束したんだ……天地さんに!」

「あ、あああああ!?」

「あなたを……助けるって!!」

 

 捨て身の体当たりが突き刺さり、背後の惑星をも粉砕した。大空へと舞い上げられた体から、折れた翼が広げられることはなく、平行な大地の上へと横たわった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。