流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第十九話.企み

 天地研究所にも深夜と呼ぶ時間がやってきた。ほとんどの部屋は明かりが消され、真っ暗だ。

 しかし、この部屋は違った。天地の研究室だ。天地の助手である宇田海が作業をしている。パソコンと、あの翼の生えた機械を接続し、ディスプレイに表示される文字列を真剣に睨んでいる。

 

「……プログラムには異常なし……やっぱり、原因は機構のほうか……」

 

 パソコンから外した機械を丁寧に壁のフックにかける。本当はばらして故障が無いか確認したいが、流石にもう時間が遅い。天地から頼まれた仕事もある。

 帰る準備を終え、もう一度先ほどの機械に目を移す。

 

「『フライングジャケット』……私の研究成果で発明品。だれにも渡さない……」

 

 そこまで言って、トランサーを開いた。ブラザーの欄には上司の顔がある。

 

「天地さんなら……大丈夫。この人は、あの人とは違う。この人なら、私を裏切ったりなんてしない……」

 

 ブラザーバンドは、あらゆる個人情報を共有する。彼の研究成果を見ることだって、今の天地には可能になる。疑惑とわずかな希望を混ぜた目で、トランサーの中の上司を見ていた。

 そんな彼の後ろに、青白い靄がかかる。それはすぐに鳥へと形を整える。

 

「おや、結んでしまったのかい?」

 

 背後からかかる声に振り返る。赤い目をした白鳥。先日、ヤシブタウンに姿を現したやつだ。

 

「あ……キグナス……」

 

 驚いた様子もなく、宇田海はおどおどと話しかける。

 

「言ったはずだよ? 『誰も信用しちゃいけない』って」

「で、ですが……天地さんは……私と同じ、元NAXA職員で、もう数年間一緒に仕事をしている方なんです。わ、私のことを色々と信用してくれているし……私も、その……信用した方がって……」

「君は、友達の僕と、人を裏切る上司……どっちを信用するんだい?」

「い、いえ! 裏切った上司は前の職場の……NAXAにいた時の上司です……天地さんは……それに、君と出会ったのだって、数日前ですよ?」

 

 キグナスは小さく舌打ちした。この男が発する周波数から孤独を感じ、近づいたまでは良い。しかし、予想以上に人を信用しないこの男にいらだちを感じていた。話術に自信のある自分だが、今回ほど苦戦したことは無い。

 しかし、電波変換するには、相性も大切だ。他に探してみたものの、適任者はなかなか見つからず、先にあのさぼり女と遭遇したほどだ。任務のために、どうしても、目の前の男を懐柔する必要があった。

 

「また、昔を繰り返すのかい?」

「ひ、ひぃっ!?」

 

 宇田海のトラウマを付いた。やはり、これが一番手っ取り早そうだ。

 

「君は、前の仕事場で上司とブラザーバンドを結んだ。けど、その上司が狙っていたのは、君のパーソナルページに記されていた研究データ。研究成果を奪われて……裏切られたんだよね?」

 

 宇田海の手が震える。やはり、大きな心の傷になっているらしい。

 

「……天地さんは違います……あの人なら……」

「なぜ他人を信用するんだい? この世の本質は裏切りだよ。君はその時に痛感したはずだ。その天地っていう人だって……」

「っ! 帰って……ください……」

「…………」

「あの人は……きっと違います……あの人なら、きっと裏切らない……」

「分かったよ。僕が悪かった」

 

 今は無理だと判断した。しかし、仕込みは忘れない。

 

「ただ、僕は君の事を友達だと思っているし、君のことを一番よく理解してあげれるつもりだ。何か困ったことがあったら僕を呼んで。いつでも力になるよ? 君のためならね……」

 

 周波数を調整し、スッと彼の前から姿を消した。

 

「キグナス……すいません……け、けど、友達もいない私に優しくしてくれた天地さんを……私は信用してみたいんです……」

 

 

 天地研究所から一台の車が走り去って行く。宇田海が帰宅した証拠だ。今この建物に残っているのは警備員ぐらいだろう。その屋上で、キグナスは頭を落としていた。

 

「やれやれ、いつになったら任務につけるのやら……君もこれから大変だね?」

 

 後ろを振り返ると、そこから声が返ってきた。とても低く、威厳を感じさせる。

 

「気付いていたのか」

「君の周波数は特殊だからね。姿を現したらどうだい?」

「声が聞こえるんだ。必要ない」

 

 キグナスの要求にはまるで応じる気が無いようだ。

 

「フフ、まあ良いか。これで、今地球に来ているのは三人だね」

「じきにリブラとオヒュカスが来る」

「あの二人を? 流石は星王様。容赦が無いな……いや、君を派遣している時点で、本気と言うことか……」

 

 キグナスは一人冷たい笑い声を上げた。これから地球人へ襲いかかる事態を考えると、残虐な遺伝子が騒ぐのだろう。

 

「じゃあ、彼らが来る前に手柄を立てておかなきゃ。君も良い傀儡が見つかると良いね?」

「貴様と一緒にするな」

「え……? 君は、いつここに来たんだい?」

「昨日だ。貴様も屑なりに、せいぜいあがくんだな」

 

 周波数が消える。それを感じ、くちばしを硬く閉じた。

 

「……大丈夫だ、焦ることは無い。あれさえ取り返せば……”アンドロメダの鍵”!」

 

 

 憂鬱。今のスバルにはこれしかなかった。約束の土曜日、スバルはアマケン行きのバスを待っているところだ。

 

「いやなら止めりゃあ良いじゃねぇか?」

「約束を破るわけにもいかないでしょ」

 

 人嫌いな彼だが、こういうところは妙に律儀だ。生来の優しい性格が彼をそうさせているのかもしれない。そうしている内にお目当ての物が来る。

 彼が乗りこむと、さっそうとバスは地面よりわずか上を走り出した。

 そして、物陰からその様子を見守っていた大中小の影……

 

「……計画通り……」

 

 3人の目がキュピーンと光を放った。

 

 

 走り去って行くバスを背にして、スバルは感嘆の声をあげた。初めて来たその場所は、彼が想像していた以上の物だった。

 汚れなどほとんどない白い壁が、小さい飛行場を思わせる広い敷地を囲っている。門をくぐってまず目につくのが、巨大なロケットだ。周りには、巨大なアンテナが数え切れないほど設置されている。一つ一つの直径は、大の大人が両腕を広げた物よりも大きい。隣には6,7階ほどのビルが建っている。一つの階に何部屋あるのか数えるのが億劫になりそうだ。

 

「やぁ、よく来たね?」

 

 アンテナの一つ、そのすぐ近くに天地はいた。職員との会話を終え、こちらに近づいて来る。

 いつもと同じく、青い制服とキャップだ。門前に掲げている看板と同じ模様柄、『AMAKEN』の刺繍がどちらにも施されている。

 

「来てくれてうれしいよ」

「……こんにちは……」

「さあ、今日は僕が研究所を案内してあげるよ!」

 

 明るくふるまう天地と違い、相変わらずスバルのテンションは低い。しかし、やはり宇宙に関する施設が近くにあるためか、少々顔は明るくなっていた。

 

「まずはこれだ! 君に見せたかったものだよ。アマケンのシンボルなんだ」

 

 先ほどの大きなロケットに近づく。見上げた首が痛くなりそうだ。

 

「これは、アマケンタワー。本物のロケットを利用したアンテナなんだ」

「……あ、アンテナ?」

「そうだよ、ロケットの通信機能を利用していてね。宇宙に通信を送っているんだ」

 

 天地の大きな手が後ろから両肩に置かれる。

 

「実は言うとね……この通信は、大吾先輩に向けて送っているんだ」

「……え?」

 

 耳を疑った。スバルは天地を振り返った。先ほどの物とは違い、目は落ち着きとわずかな輝きを秘め、アマケンタワーを見上げていた。

 

「僕は信じない。あきらめないよ。君のお父さんは絶対に生きている。何年かかっても、探しだしてみせる!」

 

 それは自分と同じ志だった。肩が少し痛い。無意識に力が入っているようだった。しかし、それが嫌だとは思えない。むしろ、頼もしく、暖かかいとさえ感じていた。なにより、見上げた天地の目には、星があった。希望と信念に満ちた者が放てる。力強い輝きだ。それが、彼の不思議な魅力の秘密なのかもしれない。

 そして、一人、ウォーロックだけは沈黙を保っていることには気づかなかった。

 

「さぁ、気を取り直して次に行こうか?」

「……うん」

 

 天地に振り返った時、視界の端に嫌な物がちらついた。

 

「…………え?」

 

 気のせいだ。振り向くな。逃げろ。そんな文字群が頭の中を走る。しかし、理性は本来、本能を抑えるためにある。よって、スバルの首は90度回ることになる。金色の縦ロールがまっすぐ近づいてくるのを認識し、自分の理性を恨むことになる。

 

「あら~スバル君じゃない! 奇遇ね~?」

 

 ご存じ、委員長トリオである。ゴン太とキザマロがしっかりと横についており、綺麗な大中小となって並んでいる。

 

「おや、スバル君の友達かい?」

 

 違うと言う前に、ゴン太が後ろから羽交い絞めにする。

 

「今日こそ逃がさねえぞ?」

 

 太い腕が首と口を塞ぎ、言葉が出せない。

 

「スバル君、ここに来るなら一言声をかけてください。僕ら友達じゃないですか?」

 

 モゴモゴと言う呻きも、キザマロのナイスな演技で消されてしまう。そのおかげで、ゴン太の口封じがじゃれているだけのように見えたらしい。天地は笑いながら三人のやり取りを見ている。

 

「はじめまして、おじさま。私は白金ルナ。スバル君のクラスの学級委員長です」

「やあ、ご丁寧にどうも。そうか、学級委員長なのか? スバル君の事を頼んだよ?」

「はい! 任せてください。スバル君のこと、ほっとけませんから!」

「ははは、頼もしいな」

 

 止めにルナの猫かぶりだ。優しい女の子オーラがキラキラと散りばめられている。スバルが反論する空気ではなくなってしまった。

 

「なんだ、ちゃんと友達がいるじゃないか~。よかった、安心したよ。よし、今日は君たち四人を案内しよう!」

「本当ですか!?」

「ばんざーいです!」

「うまい物でるかな?」

 

 ルナに苦い顔をさせるゴン太の発言にも、天地は元気で結構と大口で笑い返した。

 そんなすぐそばで、スバルは再び肩をがっくりとさせている。今日の朝以上だ。

 

「なんで皆僕をほっといてくれないんだ……」

「ククク、もてる男は辛いね~?」

 

 地球に来て、冷やかしというものを覚えたようだ。もう絶対にテレビは見せないと誓いを立てた。


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