流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第十五話.ロックマン

「ブルルルッ! でかさってのは強さだ! 誰も立てねえ! 誰も避けれねえ! 誰も勝てねえんだよ!!」

 

 オックス・ファイアの勝利の雄叫び。スバルはそれにあらがう事もできず、横たわっていた。

 

「つ、強い……勝てないよ」

 

 指が動かない。けど、体の問題じゃない。心だ。容赦ない死を与えてくる相手への恐れだ。

 

「立て、スバル! 俺達しかいねぇんだぞ!? あいつを倒せるのは!!」

 

 怖い。死にたくない。逃げたい。何で僕が?

 もともと、父親のことを教えてもらいたいから彼と組んでいるだけだ。なのに、その見返りも得られずにこんな目に合っている。

 心が折れて行く。ウォーロックが何かを言っている。けど、それも聞こえない。もう、死んだふりでもしていよう。そう、このまま目を閉じて……

 細くなっていた目がめいいっぱい開かれた。視界の隅に合ったそれに照準を合わせる。敷地内に横たわるルナとキザマロに。そして、それのすぐそばまで迫っている火に。

 きしむ腕、悲鳴を上げる右足、それら全ての節々の叫びに逆らった。一回、二回と地を蹴飛ばして近づいて行く。雄叫びが消えた。気付かれた? それを確かめる気も起こらない。二人の後ろに目を引きつけられたから。火を纏わされた木が倒れ込もうとしている。

 炎が与えてくる熱を無視し、飛びこみ、二人を抱える。一息つくこともなく、火の壁を飛び越えた。ガラガラという音が後ろから聞こえてくる。

 

「あ、危なかった……」

 

 まだ火が回っていない場所。BIGWAVEと看板を掲げた店の裏に二人を下ろし、オックスの前に躍り出る。そのまま、二人と店から離れ、相手の意識をこちらに向ければ、彼女達が巻き込まれることは無いはずだ。

 

「ブルルル……なんで立ち上がるんだよ!」

 

 さっきまでとは違い、悔しそうなゴン太の声だった。

 

「俺は委員長に強いところ見せなきゃいけないんだ! そうしなきゃ、委員長に必要とされないんだ! もう、負けられないんだよ!! ブルオオッ!!」

 

 ようやく、ゴン太がオックスに取りつかれ、操られていた理由がスバルには分かった。

 

「まさか、牛島さん……僕があの時、君を殴ったから……」

 

 厳密に言えばウォーロックなのだが……今は殴った張本人の顔がある左手をまじまじと持ち上げる。あのときの感触がこみ上げてくる。

 

「ロック……僕、牛島さんと、あの二人を助けたい!」

「……ああ!」

 

 きしむ左腕をもう一度持ち上げる。肘辺りが砕けているかもしれない。

 

「つぶれろ! つぶれろよ!! 消えちまえよ!!!」

 

 再び肩を先頭にして走り込んでくる。直線的な動きだ。単調なその動きを見切り、充分すぎる余裕を持って避ける。何も無くなった場所を、空気を押すだけの音が通り過ぎる。

 左足を食い込ませるように地に叩きつけ、盛大に砂を舞い上げて、ようやく立ち止まる。

 

「なら、燃えちまえ!」

 

 火炎放射機なぞ軽く凌駕する火が噴出される。これもまっすぐだ。横に飛ぶだけで軽く避けられた。

 

「だ、大丈夫……避けれる」

 

 戦えない相手じゃない。それを認識し、すこしずつ冷静になって行く。

 相手のタックルは、スピードはあるが、避けられないことは無い。火も同じだ。先日のウィルス戦の炎が少し大きなった程度。もしかしたら、ウォーロックのシールドで防げるかもしれない。

 

「……火?」

 

 あの時倒したウィルスは火属性だった。FM星人が作り出したウィルスに効くのならば……

 

「ロック、属性効果は効くかな?」

「俺も分からねえ……だが、試しみてみる価値はありそうだな」

 

 バトルカードを取り出そうと腰に手を回す。

 

「ブルルオオオオオ! なら、最強の技で倒してやる!!」

 

 角を前に突き出し、肩と背中のバーナーを全開にする。不快な機械音が鳴り響いた後、火柱が噴き出す。共に放たれる高熱は大気を揺るがし、あらゆる物の形を崩していく。

 

「オックスタックル!!!」

 

 轟音。走り出したその一瞬が大気を弾いた音。戦闘機をも思わせるその速度で巨体を突っ込ませてくる。

 スバルは動かない。迫ってくる炎の巨人を正面に、じっと構えたまま。だが、その目に怯えは無かった。

 

「バトルカード アイスステージ!」

 

 スバルの足先から、砂利で敷き詰められていた公園が、水色の澄んだ氷の大地へと変化していく。まっすぐ突き進んでいたオックスもその中に足を踏み入れる。

 

「ブルオオオ!!?」

 

 頭を突き出し、前へと重心を傾けていたオックスが転倒するのは当然だった。自慢の角を皮切りに、多大な質量を秘めた体が氷面をえぐるように滑る。

 

「く、クソ! ファイアブレス!!」

「うわ!」

 

 マグマに突き落とされたような熱さが全身に回り、空へと舞い上げられる。しかし、右手だけは庇っていた。

 

「バトルカード ワイドウェーブ!」

 

 水色の三日月がオックス・ファイアの頭上から迫りくる。それほど速くない。さっきの彼が戦闘機なら、これはせいぜい鳥が滑空している程度だ。

 しかし、スバルとゴン太では決定的な違いがあった。横に大きく翼を広げて飛んでくるそれをかわすのは、彼には無理だった。

 

「グオッ!!」

「はっ! でかい図体って言うのも考え物だな、オックス!?」

 

 四属性の法則からはFM星人も逃れられなかった。火と水の上下関係がオックス・ファイアの体を深く傷つける。

 加えて、足場が彼の敵に回った。当てられた水が急激に冷やされ、拘束する衣と化した。

 

「こいつで決めるぜ!」

「うん! バトルカード アイスバースト!」

 

 左手が丸い大砲へと変わった。中にはファンが取り付けられている。それが回転し、広がっていた氷の足場を吸い込んでいく。

 ウォーロックへと溜められていくそれは水のエネルギーだ。吸い込む量に比例して、大きくなる力は徐々に振動を起こし、腕に、足に伝わってくる。

 

「くっ……も、もう少しだ。踏ん張れ!」

「う、うん……!」

「ブ! ブルオオッ!!」

 

 太い腕が氷を割ってはい出てくる。亀裂は大きくなり、氷の衣を打ち砕いた。見ていることしかできなかった相手を見据え、大きく息を吸い込み、特大のそれをお見舞いした。

 

「ファイアブレス!!」

 

 今までより一回り太くなった炎柱が、渦を描くように迫りくる。二人に達しようかというとき、準備が整った。

 

「いっけえええっ!!」

 

 限界まで溜められた力を、二人は惜しみなく放った。巨大化した青い弾丸はまるで水の太陽だ。その威力は射線上の火の海をかき消し、炎を押し返して行く。しかし、なおもその輝きは緩む様を見せない。

 そのまま、オックス・ファイアを飲み込んだ。

 

「グオオオオォォッ!?」

 

 肩の円盤が、太い足が、柱のような腕が、大きな図体が、全てが浸食されるように消えていく。

 

「こ、これで終わったと思うなよ!?」

 

 それは、ゴン太の声ではなく、オックスの物だった。

 

「お、オレ様を倒しても、まだ……終わりじゃねえぞ! 忘れるなよ! まだ、な、何人もの……追手が、来ているこ、とを! まだまだ、どんどん……どんどん、く、来るぞ!? ウォーロック! キサマが、や、やられるのも、時間の、も、も、もんだ……グオオォォオオッ!!!」

 

 オックスを飲み込んだアイスバーストが弾け、残った炎をかき消していく。そして、その後には……ぐったりとしたゴン太が倒れていた。

 

 

 焼け野原となったそこに横たわる彼を、スバルはよいしょと持ち上げる。普段なら絶対に無理なことを行いながら、避難させた二人の元に行く。まだ意識は戻っていないようだ。

 静かだったはずの夜はどんどん賑やかになって行く。あれだけ騒いだのだ。近所の住人達が来ていないことが不思議なくらいだ。おそらく、火の恐怖が彼らを近づけさせなかったのだろうが、それが収まった今、こうなるのは当然だ。フェンスの向こうに人影が見え始め、徐々にサイレンの音が近づいてくる。

 自身と3人の身を考え、かなり無茶な持ち方をしながらウェーブロードへと移動した。

 

 

 人気の少ない場所を見つけ、その場に3人を下ろし、腕を軽く振る。

 

「このままでも大丈夫かな?」

「どうだろうな。まあ、いいんじゃねえか」

 

 3人を壁際に並ばせ、電波の道へと戻ろうとした時だった。

 

「ゴ……ン太……」

 

 ルナが目を覚ました。いや、意識が戻ったと言うぐらいだ。薄く開いたそれは、まだ焦点が合っていない。

 

「大丈夫だよ、白金さん。牛島さんは僕が助けておいたから。最小院さんも横にいるよ」

 

 穏やかさと包容力を交えた声で話しかける。斜めに下がった目があいまいに向けられた。

 

「あなた……だれ?」

「え? ……えっと……」

 

 左手の相棒と目を合わせ、適当に応えた。

 

「ロックマン」

「ロック……マン……?」

 

 これ以上は持たなかったのだろう、深い眠りへと落ちて行った。


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