流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百三十七話.FM星王

 紫色に溶解した扉をくぐると、ロックマンは全身にまとわりつく不快な電波に身を震わせた。全身を余すとこなく細い針で刺されたような気分だ。そして黒いはずの宇宙は紫色に染まっていた。扉一枚向こうの世界は完全な別物になっていた。勇気も覚悟も根こそぎ吸い取ってしまいそうな世界に戸惑うスバル。そんなまだまだ頼りない部分を残す彼を鼓舞するのがウォーロックの役目である。彼は左手から分離して実体化すると、爪を振るって見せた。

 

「ほう、こりゃすげえ。電波変換したまま俺が実体化できるとはな」

「って、実体化できるの?」

「この辺りは電波の力が強すぎるんだろうな。現実世界と電脳世界の狭間が曖昧になっているんだろうよ。ただ、俺自身は地球にいた頃と同じで、本来の力を出すことはできねえ見てえだな」

 

 つまり、戦力としては期待するなと遠まわしに言っているのだ。察したスバルはそれ以上訊かなかった。

 

「まぁ、十分だ。これでFM星王を……この爪でぶった斬れる」

 

 ウォーロックは数回素振りをしてみせる。彼はFM星王に復讐するためにここまで来たのだ。彼の五爪は鈍い光を放って煌いた。

 二人は奥へと進んでいく。紫色の宇宙空間は、ウォーロックの言う通り世界の狭間がなくなっているようだった。隔壁や電子パネル、大小の配管や電子コード……様々なパーツが電波粒子となって溶けて行っている。そして、奥に進めばそれらは次第に無くなっていき、宇宙が広がる。まるでそこから先は食いちぎられたかのようだった。

 代わりに階段が出来上がっていた。見上げるほど高く、最上段には奥行きがあるようで何があるのかは見えなかった。だが確かに何かがいる。途方も無いほどの量と濃度を持った周波数がそこから発せられており、まるで生きているかのように揺らめいているのだ。二人も口にせずとも分かっていた。そこに何がいるのか。

 ロックマンは階段の前で立ち止まり、拳を握った。そのときだった。上から声が聞こえてきたのは。

 

「ウォーロック……」

 

 それは忘れもしないあの声だった。アマケンで聞いた宣戦布告と同じ。気を引き締める二人に、遠慮の無い言葉が紡がれる。

 

「卑しい身分でありながら余に弓引く愚か者よ。特別にその階段を昇ることを許してやろう。さあ、昇って来るのだ……」

「言われるまでもねぇ、そうさせてもらうぜ!! 行くぜ、スバル!!」

「うん!!」

 

 左手の相棒に頷くと、スバルは階段を駆け上がった。長い階段を昇りきり、拓けた空間に辿り着く。広さは途方も無く、校庭の数倍はありそうだった。その最も奥に一つだけこしらえられた玉座。そこにFM星王が座っていた。

 

「よくきたな……ロックマン。

そして、ウォーロック」

 

 FM星王は、今までのFM星人達に比べると地球人に似たような姿をしてた。体は緑色で、装飾をちりばめたマントのような服で全身を覆っている。頭の上には、王者だけが被ることを許された三つ棘の王冠。そして存在するだけで空間を捻じ曲げてしまう高密度の電磁波。疑うことなく、その者こそがFM星王だ。

 彼の姿を見て、スバルは一瞬呆気に取られてしまった。FM星王は子供だったのだ。FM星人の年齢は分からないが、その顔つきは人間の子供と大差無い。立ち上がれば、目線はスバルと並びそうだ。彼を地球人の基準に当てはめれば、おそらくスバルと同じぐらいの年齢だろう。

 

「余の前に現れた敵が、よもや我がFMプラネットの戦士だとは……飼い犬に手を噛まれるとはこのことか……。

 AMプラネットには余の前まで辿り着けた戦士はいなかったが、流石は我がFMプラネットの戦士……と誉めておこう」

 

 スバルはハッと気を取り戻した。FM星王がどんなものであろうとも、地球の敵であることに変わりはないのだ。

 

「FM王!! 地球への攻撃を止めるんだ!!」

「だまれ!」

 

 星王の態度が一変した。王としてのプライドから抑えていたであろう敵意を剥き出しにし、声を荒げる。

 

「FMプラネットに害をなす星は全て滅ぼす」

 

 スバルは一瞬声を失った。害をなしているのはFM星の方だ。地球が彼らに何をしたと言うのだ。

 

「害をなす……って……それは誤解だよ!! 父さんたちはFMプラネットとブラザーバンドを結ぶために宇宙まで来たんだ!!」

「黙れ黙れ! 何がブラザーバンドだ!! 本当は、我が星を侵略するつもりだろうに! 余は騙されんぞ!!」

 

 まるで話しにならない。星王はスバルの言葉全てが虚言であると決め付けているようだった。

 ウォーロックは溜め息をついた。彼はこうなるであろうと予想していたのだ。

 

「……ケッ、取り付く島もねえな。あの王様の疑心暗鬼は今に始まったことじぇねえがな。スバル、ヤツを止める方法は一つしかねえぜ」

 

 この短い会話でスバルも理解した。話しが通じる相手では無い。聞く耳持たない相手は、力でねじ伏せるしかない。

 

「方法は一つ……? 何を言っている……? 貴様らに余を止める方法などありはせん!!」

「やってみなきゃ分からないよ!!」

 

 星王は玉座に腰掛けたまま、鼻で軽く笑ってみせた。自分が負けるなどとは少しも考えていないらしい。アンドロメダという切り札があるからだろう。

 ロックマンと星王の声がぶつかり合い、弾ける。それは元から入っていた亀裂を浮き彫りにさせる。

 互いの間に漂う張り詰めた空間に、ウォーロックは静かに言葉を滑り込ませた。

 

「なぁ、王様……やりあう前に一つだけ言っておくぜ。……俺が一人目だ」

 

 一瞬、沈黙がその場を支配した。スバルは意味が分からず「え?」と尋ね返す。ほぼ同時に星王が笑い出す。彼は何かを理解したらしい。

 

「……ロック? どういう意味?」

「スバル、前に俺に言ったな。

『大切なものを失ったことが無いから、そんなことが言えるんだ』ってよ。

 俺はなとっくに失ってるんだよ。全部、こいつに奪われてんだ」

 

 そして彼は己の相棒にも黙っていた自分の正体を、そしてFM星王への復讐の理由を初めて語った。

 

「俺は、AM星人だ」

「ロック……」

 

 何を言えば良いのか分からず、スバルは言葉を失ってしまう。だが、いらなかった。ウォーロックはそんなものを求めない。

 

「スバル、地球がAM星みてえになっちまうのは俺もゴメンだ。今ここでヤツを止めるぞ!!」

 

 いつもの見慣れた相棒に戻っていた。スバルは頷き、星王に視線を移した。

 星王が玉座から浮き上がる。

 力無き愚かな復讐者とヒーロー気取りの少年を見下してみせる。

 

「これは面白い余興だ!

 AMプラネットの生き残りと地球人一人に何ができるというのだ!!

 余を止められるものならば止めてみよ!!」

 

 星王は右手に何かを取り出した。ガラス玉のような球体、アンドロメダのカギだ。頭上にかざすと、禍々しい光が紫色の宇宙を照らした。

 

「目覚めよ、アンドロメダ!!」

 

 地響きが起きる。前触れも無く襲ってきた揺れにロックマンは思わず膝を突く。遅れて、これは周波数なのだと気づいた。圧倒的な存在感が空間を揺らしているのだ。

 そしてその持ち主が星王の後ろに姿を現す。

 黄色い目が光っていた。

 一見、スバルは龍の頭部を連想した。血を思わせるような滲んだ赤色のボディ。

 目に付いたのは口のようについた4対の牙……『指』と言った方がいいかもしれない。昆虫の足をも思わせる。

 それらは二つの間接部分を巧みに動かし、得物を引き寄せるかのように絶えず動いている。その隙間から奥が見えた。そこに本当の口が開いていた。鋭い牙が並んでいる。スバルなど軽く一飲みできそうだ。

 『指』は上から下へ、そして手前へと動作を繰り返している。捕らえた獲物を口内へと運ぶ動きだ。8本の指は死へと誘う手招きのようで、スバルの心まで食らおうとしてくる

 

「……こ、これがアンドロメダ……」

「こいつは孤独な心の塊だ。寂しくて寂しくて自分と同じ電波体を片っ端から飲み込みやがる!」

 

 今までの敵とは何もかもが違った。次元が違うのだ。スバルが鋼のように固めたつもりだった心も、簡単に揺らいでしまう。

 

「アンドロメダよ! 地球を片付ける前のオードブルだ!! 余に立ち向かう愚かな者を倒すのだ!!」

 

 だからこそ、ウォーロックがスバルを引っ張るのだ。

 

「スバル!」

「うん……行こう、ロック!!」

 

 アンドロメダの巨大な口が開く。ブラックホールを思わせるそれから発せられる砲口。世界が捻れる。

 全てを食らう絶望に向かって、二人は駆け出した。


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