流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

128 / 144
第百二十七話.勇気の選択

 アマケンに着いたスバル達はすぐに天地を捕まえた。天地はアマケンのシンボルである『アマケンタワー』のすぐ近くで宇田海と話をしていたので、探す手間が省けたというものだった。大事な仕事の話をしていたらしく、少々迷惑そうだったが、そんなことに遠慮している暇なんてない。もっと大事なことをスバル達は抱えているのだから。

 

「こっちから『きずな』を探せないか……だって?」

「やっぱり、難しいですか」

 

 だが、スバル達が持ち込んだ問題はとても難しいものだったらしい。天地は腕組みをしたまま呻ってしまっている。だが、さすがは所長を務める天地だった。スバル達の期待に見事に応えて見せた。

 

「できないことは無いと思うよ」

「ほ、本当ですか!?」

「確実じゃあ無いけどね……スバル君は覚えているよね。三年前、ニホン海に『きずな』の一部が落ちたのを」

「……うん」

 

 『きずな』が行方不明になってから三ヵ月後、ニホン海に『きずな』の一部が落下したのだ。それを機に『NAXA』は『きずな』のクルー全員の殉職を発表し、捜索を打ち切った。

 スバルがスバルでなくなってしまった、疎ましい事件だ。

 

「あれの通信機能や履歴を使えば、『きずな』の本体とコンタクトが取れるかもしれない」

「じゃ、じゃあ! それを見つければ!」

 

 もしそれが可能ならば、場所を突き止めるだけでなく、行くこともできる。コンタクトを取るということは、電波を送るということ。ウェーブロードが出来上がるのだ。

 皮肉な廻り合わせとでも言うのだろうか。スバルを絶望に叩き落したその鉄の塊が、三年経った今唯一の希望となったのだから。

 

「どこにあるの!?」

 

 スバルとミソラは噛み付くように天地に詰め寄った。天地はちょっと引きながら、「まぁまぁ」と二人を宥めようとするが、そんなものでは収まりそうにない。

 

「ごめんよ、僕もどこにあるのか分からないんだ。シゲさんなら……あ、この前のアルバムで話した、当時のチーフだよ。あの人が責任を持って事後処理をしたから、何か知っているかもしれない」

「じゃ、じゃあ、すぐに訊いてみてよ!」

「……でも、何をするつもりなんだい? ……スバルくん、君が頑張る必要は無いんだよ?」

 

 当然すぎる天地の質問だった。小学生二人が宣戦布告してきた『きずな』と連絡を取って何をするつもりだというのだろう。そこには地球の敵がいる可能性が高いのだから、なお更だ。

 ここでロックマンであることを明かして、事情を説明するのがスバルの礼儀というものだ。だがそれは出来ない。反対されるのが目に見えている。

 

「そ、その僕にも何かできたらなって……」

「気持ちは分かるが、君が無理することはないんだよ?」

「……どうしても、どうしてもやらなきゃならないことがあるんです。僕がやらないと……」

「何をする気なんだい?」

「そ、それは……」

 

 スバルが言葉を濁したときだった。突然、スバルは仰向けに倒れた。一瞬遅れて、焼けるような痛みが全身に走っていることと、体が動かないことに気づく。飛び込んできた空の一点には黄色い光が見える。それがこちらに向かってきていた。トランサーからウォーロックが飛び出し、ハープが後に続いていく。二人は闘争心をむき出しにして、臨戦態勢だ。やっとスバルも黄色い光の正体に気づいた。なんてしつこいのだろう、ジェミニがまたもや襲い掛かってきたのだ。

 スバル達を守るため、ウォーロックとハープは単身でジェミニに挑んだ。スバル達は動けなくなってしまったが、それでも数の上で有利だ。焦ることはなかったが、怒りは押さえられなかった。自慢の爪を力の限りになぎ払う。

 

「ケッ! 宰相様ともあろうものが、汚ねえ真似するじゃねえか!」

 

 戦う力をもたない者を奇襲し、敵の戦力を削ぐ。最善の手である上に、戦いでは常套(じょうとう)手段と言える。だが道徳に欠ける行為だ。地上ではスバルとミソラだけでなく、戦いには無関係の天地と宇田海も倒れている。

 

「ポロロン、宰相様も落ちたものね。パルスソング!!」

 

 元々、後方支援向きであるハープはウォーロックの援護射撃に徹し、ジェミニを牽制した。当てる必要はない。ジェミニの動きを少しでも鈍らせれば良いのだ。その分、ウォーロックが有利になる。

 ウォーロックはジェミニの白い仮面が無いことを疑問に感じつつも、黒い仮面に向かって爪を振りおろす。しかし、相手は雷神のジェミニだ。華麗に避けると、放射状に電撃を放ちながら後方に下がろうとする。体勢を立て直すつもりなのだ。それが分かっていても、電気の網目を潜っていくわけにもいかず、ウォーロックとハープは後ろに下がるしかなった。まんまとジェミニの思惑通りになったのである。

 

「ったく、しつけぇんだよ」

「今日で二回目。しつこい男は嫌われるわよ。ポロロン」

 

 挑発して、ジェミニの冷静な思考を奪おうとする二人。だが、それは必要のないことだと、二人はすぐに気づくことになる。ジェミニの様子がおかしいのだ。反論してくるどころか、いつもの見下した態度すら見えない。表情の変わらない仮面の下から言葉を小さく漏らすだけだ。耳を澄まして、ようやく聞き取れた。

 

「俺は……雷神のジェミニだ……宰相で……星王様の右腕だ……」

 

 今までに見たことのないジェミニに、ウォーロックは息を呑んだ。危険な雰囲気を感じ、顔の下に構えていた爪を少し前に出した。ハープも同じなのだろう。ウォーロックのすぐ後ろに控えている。

 

「俺が……俺が貴様ごときに負けるわけがないんだよ!!」

 

 呟きが叫び声に変わった。全身から雷を噴出し、あたり一面に撒き散らす。閃光の束を背負ったその様はまさに雷神。幾本もの雷のうち、数本がウォーロックとハープに伸びてくる。面食らっていたウォーロックはかろうじて避けながら、ジェミニとの戦闘を再開した。いつの間にか目の前に迫っていたジェミニのエレキソードを爪で弾き返しながら、歯を食いしばる。

 ウォーロックの得意な接近戦だが、あまり良い状況とは言えなかった。ジェミニのエレキソードは文字通り電気の剣だ。爪と剣が火花を散らす度にウォーロックの腕に雷のダメージが積み重なっていく。

 この状況を打開するのがハープの音符攻撃だ。威力は低いが、相手の動きを拘束する力を持っている。さすがのジェミニも無視することはできないらしく、音符を避けつつウォーロックから大きく距離をとる。周りに雷を撒き散らすおまけ付きだ。

 閃光が目晦ましとなり、視界を妨げてくる。敵を見失ったときの危険性を良く知っているウォーロックは目を凝らしてジェミニの姿を追った。だから気づけた。ジェミニはウォーロックを見ていない。ジェミニの視線の先では、自分の側に落ちてきた雷に気を取られているハープがいた。

 

「ボサッとすんな!!」

 

 迷わず、ウォーロックはハープに向かって飛んだ。ハープはジェミニが自分を狙っていることに今更気づいたようで、身を強張らせている。逃げることを忘れてしまったハープを片腕で抱きかかえ、ウォーロックは勢いのままウェーブロードを転がった。背後をジェミニサンダーの轟音が通り過ぎる。

 

「何してやがんだ!!」

「ご、ごめんなさい。ウォーロッ……下よ!!」

 

 言うが早いか、ハープがウォーロックを掴んで飛び出した。彼女の言う下へと急降下していく。理由を尋ねようとしたが、必要なかった。体の痺れが取れたのだろう、スバルが立ち上がろうとしている。その頭上にジェミニが迫っていた。

 

「逃げろ、スバル!!」

 

 満足に動かない体でなんとか立ち上がったスバルは、ウォーロックの声で空を見上げた。そして驚愕する。電気の塊となったジェミニが襲い掛かってくるところだった。逃げようと思っても足は言うことを聞いてくれない。今のスバルは立っているのがやっとなのだから。ただ無情に迫ってくるジェミニを見上げることしかできなかった。スバルの視界が黄色く染められる。

 体が横に突き飛ばされたのはその直後だった。ジェミニに捉えられる直前に、何者かの手によってスバルは横に退けられたのだ。強打した肩を抑えることも忘れて、スバルは庇ってくれた相手を見て叫んだ。

 

「ツカサ君!?」

 

 ツカサがそこにいた。スバルの身代わりとなった彼は、ジェミニの体当たりを受け止めていた。もちろん無事で済むわけがない。それにもかかわらず、逃れようともがくジェミニを抱きかかえて、離そうとしない。

 

「スバル君! 早く……電波変換を!!」

 

 ジェミニの雷がより一層強くなった。ツカサは大きな悲鳴をあげるものの、その手を離そうとはしなかった。それどころか体を丸め込み、暴れるジェミニを拘束しようとする。

 ようやく、ウォーロックがスバルの元に辿り着いた。スバルは素早く電波変換する。

 

「電波変換!! 星河スバル オン・エア!!」

 

 早口で合言葉を唱えると、体が電波化しきる前にジェミニに飛びかかった。スバルがロックマンになったことに安心したのか、ツカサもジェミニを離した。かろうじて拘束を解いたジェミニはロックマンの手を掠め、空へと逃げさってしまう。ハープのパルスソングをかわしながら、一本のウェーブロードに降り立った。

 それを横目で見上げながら、スバルはツカサを抱き起こした。

 

「ツカサ君、なんて無茶を!」

 

 ツカサの体はボロボロだった。服は焼け焦げ、綺麗だった白い体は火傷で赤黒く変色している。首や顎だけでなく、頬にまで火傷が伸びている。素人目に見ても明らかな重傷だった。

 

「……スバル君……」

 

 話せるような状態ではないはずなのに、ツカサはうっすらと目を開けた。琥珀色の目の中央には確かにスバルが映っている。

 

「……僕のしたことが、こんなことで償えるなんて、思ってない。けど……僕は……」

「ツカサ君……」

「……お願い、今は僕なんかよりアイツを……」

「……分かったよ」

 

 ツカサのことが気になるが、敵がそばにいるのだ。残念ながら、今はジェミニに集中しなければならない。ふらふらと近づいてきた天地にツカサのことを頼み、スバルは立ち上がった。

 

「スバル君……その姿は……」

「後で話します」

 

 申し訳ないと思いながらも、スバルは天地の疑問を退けた。一度状況を整理しようと辺りを見渡してみる。

 宇田海も目を覚ましているが、頭を抱えて怯えている。「キグナス」と呟いていることから、取り憑かれていたときの記憶を思い出してしまっているらしい。今はそっとしておくのが良いはずだ。

 もう一人の戦力であるミソラはまだ意識を失っている。側についているハープはスバルと視線が合うと頷いてみせる。どうやらミソラは大丈夫なようだ。だが、彼女の加勢は期待しないほうが賢明だろう。

 ミソラも宇田海も無事であることを確認したスバルは改めてジェミニを見上げた。ウェーブロード上に佇んで、こちらの様子を窺っているようだった。逃げることも出来るはずなのに、その様子は見られない。

 

「どいつもこいつも……俺の邪魔ばかりしやがって……」

「残念だったな。もうお前に勝ち目はねえぜ! 逃げるなよ、宰相様?」

 

 ウォーロックの安い挑発がジェミニに浴びせられる。それを鼻で笑って見せたジェミニは視線をツカサにずらした。なんとか意識を保っているツカサは首をかすかに横に振ってみせる。霞みかけたその目にはハッキリとした拒絶の意思が浮かび上がっている。

 

「いらねえよ、キサマなんざ。使いたくなかったが……しょうがねえ……」

 

 ジェミニの意味深な発言だった。警戒したスバルは思わず身構えてしまう。その状況を笑いながら、ジェミニは思わぬ言葉を口にした。

 

「電波変換!! ジェミニ オン・エア!!」

 

 ジェミニの体から黄色い光が放たれ、瞬く間にその姿を大きく変えた。黒い装甲のボディにオレンジ色の髪の毛。頭のヘッドギアには一本の黄色い角。左手と比べて明らかに太い右腕。ジェミニ・スパークBがそこにいた。

 

「ど、どういうことだ!?」

「驚いたか? これが星王様の力だ! 俺達の体内に残されていた残留データ。それを使って単体で電波変換できるようにしてくださったのだ! もう、そこに倒れているツカサはいらねえんだよ!!」

 

 電波変換の絶対条件を打ち破る行為だ。それをやってみせたジェミニは主君を称えながら高笑いをして見せる。ツカサの精一杯の抵抗もジェミニには喜劇でしかなかったのだ。

 

「……そ、そんな……」

 

 ジェミニ・スパークBを見上げながらツカサが声を漏らす。今の彼には、ジェミニが本物の黒い死神に見えるのかもしれない。だが、どんなときにも影があれば光はあるのだ。

 

「大丈夫だよ、ツカサ君。僕は負けないから……僕が全部終わらせてくるから。だから、待ってて」

 

 スバルは力強い言葉でそう伝えると、ウェーブロードへと飛び上がった。ジェミニ・スパークBが襲い掛かってくる。その顔は狂気の笑みで醜く歪んでいた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。