流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百二十話.窮地

 スバルはただ無我夢中で前に進んでいた。場所はヤシブタウン。そこは阿鼻叫喚とした人々で溢れかえっていた。誰もがわれ先にと町の中央から離れていく。何か事件が合った証拠だ。原因は探るまでも無い。宇田海の報告にあった大量のゼット波である。

 

「母さん! ハァハァ……母さん!!」

 

 一人、波に逆らっていたスバルは体をもみくちゃにされながら、ようやく逃げ惑う人々の集団から脱出した。そこからは全力疾走だ。すでに息は切れているおり、心臓が異常なほど早い鼓動を立てている。それでもスバルの足が止まることはない。

 汗を撒き散らしながら角を曲がった。そこで驚愕する。スバルがたどり着いた場所は普段から人々が賑わいを見せる広場。母とユリコがそこにいた。二人の周りには大勢の一般市民。その中央には紫色の電波の塊……肉眼でも見えるほど強大なデンジハボールだ。その周りで、気を失ったあかねたちが宙に浮いていた。

 

「母さん!! ……い、今助けるから!!」

 

 一瞬の動揺からすぐに立ち直り、スバルは左手を頭上に掲げた。

 

「で、電波変か……」

 

 言いかけて思い出す。あいつはいないのだ。急に孤独を感じて、左手を力なく下ろした。

 

「ロック……いや、あんな奴いなくても!!」

 

 言い終わるより早くトランサーを開いた。明かりが灯るそこにあいつの姿はない。無機質な画面が広がるのみ。歯を食いしばり、腰のポシェットからバトルカードを取り出した。素早くカードを読み込ませ、あかねたちの後方にあるデンジハボールにトランサーを向けた。

 

「バトルカード! ヘビーキャノン!!」

 

 トランサーの先端から電波情報が直線となって放たれ、デンジハボールに到達する。デンジハボールは悲鳴をあげるように一瞬白く光った。このまま攻撃し続ければ壊せるかもしれない。見えてきた希望に胸を膨らませ、次のカードに手を伸ばす。

 不意に体が後ろに引っ張られた。後ろの襟を掴まれて乱暴に後方に投げ飛ばされたのだ。見れば、いつの間にか現れた三体のジャミンガーがスバルを見下ろしていた。小柄な連中で、体の線は細くて貧弱そうだ。

 

「このガキ、アンドロメダの餌に手ぇ出そうとしやがったな?」

 

 痛みに顔を歪ませながらも、スバルは弱そうなジャミンガー達を睨みつけながら立ち上がった。そのままの勢いで先頭でボサッと突っ立っている一体の腹を殴りつける。体を砕くような痛みが腕を走り抜け、後ろに吹き飛ばされた。

 

「なんだこのガキ? やろうってのか?」

「ちょうどいい、デンジハボールのおかげで実体化できたんだ。楽しませてもらおうぜ?」

 

 薄ら笑いを浮かべて近寄ってくるジャミンガー達。スバルの足は震えていた。

 殴ったときの痛みがまだ残っている。まるでビルを殴ったような感覚だった。

 いつも蹴散らしていたジャミンガーがこんなに強いとは思わなかった。あかねを前にして冷静さを失っていたとはいえ、あまりにも軽率だった。弱い以前に自分はただの小学生だ。大人にすら勝てない自分が、電波ウィルスの力を得たジャミンガーに敵うわけがないのだ。もうジャミンガー達を雑魚とは思えなかった。彼らの歩み一歩一歩が恐怖だった。

 バトルカードならある程度対抗できるかもしれない。痛む手を必死に動かし、腰に手を伸ばす。だが怯えきったその手は満足に動いてはくれなかった。そうしているうちに、腹に蹴りをいれられた。悶絶するスバルの頭を別の足が踏みつけてくる。

 一方的な暴力が始まる。母を救うどころか、今のスバルは自分の身を守ることすら危うかった。

 

 

 地面に投げ出されたスバルは数度回転して動きを止めた。うめき声を上げながら、ゆっくりと起き上がろうとする。しかし体は限界だった。ガクガクと震える腕はもうスバルを支えきれなかった。ガクリと肘が折れ曲がり、勢いあまって額が地面を打ち付ける。

 ジャミンガーたちはそんなスバルを指差して笑い転げていた。

 今のスバルの待遇はサンドバックから玩具に変わっていた。ボロボロになったスバルを殴ることに飽きてしまった彼らは残酷なゲームを始めたのだ。

 スバルがあかねに触ることができたら全員を見逃す。

 とても簡単なゲームだ。ジャミンガーの妨害がなければ。そうこれはゲームでもなんでもない。ただの虐待だ。

 スバルがあかねに触れられる距離にまで近づけば投げ飛ばし、スバルを殴りつける。倒れたスバルは激痛に涙をこらえながらも立ち上がり、足を引き摺って前に進もうとする。

 それの何が面白いというのか、ジャミンガー達は腹を抱えて笑うだけだった。

 それでもスバルはこいつらの玩具になるしかなかった。母を思えばそれ以外の選択肢なんてありえない。

 たとえ触れたとしても、こいつらは約束を守ったりなんてしない。それが分かっていても、ただ意地だけを支えにして立ち上がった。

 ジャミンガーたちの低俗な笑顔も笑い声も、スバルの目と耳には届かない。ただデンジハボールの隣で浮いている母の元へと、感覚の無い足を前に出す。

 その母の姿が乱れてきた。己の意識が途絶えてきているのかと思ったが、一瞬後に違うと分かった。あかねは白く光っていた。

 電波化だ。とうとうあかねの電波化が始まってしまったのだ。一刻も早くデンジハボールを壊さなければ、あかねがアンドロメダの餌になってしまう。腕の痛みを忘れてスバルは腰のポーチに手を伸ばす。体が前に蹴り飛ばされた。感づいたジャミンガーが邪魔してきたのだ。バトルカードがバラバラとスバルの手から零れていく。乾いた音を立てスバルの希望は地面を滑って離れていく。もう腕一つ動かせなかった。ジャミンガーの足が背中を踏みつけてきて、呼吸すらさせてくれない。

 こうしている間にもあかねの姿が乱れていく。

 母を前にして触れることすらできない自分が悔しかった。ジャミンガー一人倒せない非力な自分を恨んだ。いや、ロックマンに変身できていたらこんな惨めなことにはならなかった。デンジハボールを破壊できていたし、こんなやつらに玩具にされることなんて無かったのだから。

 母との最後のやり取りが脳裏をよぎった。さびしそうに去っていく足音が残酷に耳に響く。

 あかねの体はもう原形を留めていない。ユリコや周りの者達も同じだ。そしてとうとうあかねたちが餌になるときがやってきた。彼女達の体が崩れ、弾け飛んだ。ただの電波粒子の塊に分解されたのだ。

 スバルの絶望の悲鳴が上がった。ジャミンガー達の嘲笑う声が上がり、デンジハボールが白く光って爆発した。スバルの視界が白一色で染められた。ジャミンガー達の動揺の声が聞こえた。スバルを捨て置き、慌ててデンジハボールが消滅した場所に駆け寄ろうとする。数歩走ったところで、頭上から降ってきた三つの光に射抜かれた。

 断末魔とともに電波変換が解除され、若い男三人が人形のように倒れていく。その向こうであかねの姿が見えた。電波粒子に分解されたはずのあかねは元の姿に戻って、地面で寝転がっていた。周りにはユリコや他の被害者達の姿も見える。

 

「……か、母さん……良かっ……た……」

 

 そこでスバルの意識は途絶えた。

 広場から動く者がいなくなった。一人残らず地面に横たわっている。その場所を制するのは静寂ではなく、三つの光だった。赤、青、緑の光は小さくも見る者の目を晦ますほどの輝きを纏い、スバル達の頭上に降り立った。

 青い光は迷うことなくスバルの元に移動した。赤と緑の光はあかねたち被害者の周りをぐるっと一周する。全員の無事を確認しているのだろう。最後にジャミンガーだった三人も無事であることを確かめ、赤と緑の光はスバルと青い光の元に戻ってきた。

 

「間に合ったようだな」

「ああ。全員無事だ」

 

 青い光の言葉に緑の光が頷いた。三つの光の間に流れていた空気が少しだけ緩んだ。

 

「……では、星河スバルを連れて行こう」

 

 赤い光の提案にのり、三つの光はスバルを囲んでまわり始めた。スバルの体が徐々に形をなくしていく。さきほどのあかねたちと同じく、電波化しているのだ。見る見るうちに電波粒子に分解されたスバルは三つの光に連れられ、空へと消えていった。


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