流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

119 / 144
第百十八話.宇宙からのメッセージ

 広がる爆風が空気を焦がす。その中から放り出されるウォーロック。勢いのままにコンクリートの地面を滑る。なんとか突き立てた爪がコンクリートを削り、火花を散らす。それでも転がる体は止まることを知らない。

 積み上げられたゴミの山をなぎ倒したところでようやく動きが止まった。ゴミ屑が腐敗臭とともに空に舞って、ウォーロックの上に積もる。鬱陶しそうに払いのけるその右腕はもうボロボロだった。無数の切り傷からは彼の生命の粒子が漏れ出し、緑色だった腕は打撲と火傷で黒と赤に染まっていた。

 それでも彼の闘志は微塵も衰えてなどいない。頭上にいるオックスを引き裂こうと、刃こぼれしてしまった爪をむき出して飛び出す。しかし体は思うように動いてはくれなかった。空に飛び出したはずの体はかっこ悪く地べたに這い蹲った。

 それだけではない。殴られたわき腹を中心に激痛が体中を巡り、呼吸が乱される。痺れが両手を支配して、力の伝達を妨げてくる。

 ジェミニの奇襲を受けてからまだ5分も経っていない。

 

「ブルル! もう終わりか?」

「いヤ、よく持ちこたエタというべきではなイカ?」

「フフフ、そうだね。褒めてあげるよ、ウォーロック」

 

 「舐めんな!」と怒鳴ろうとする。それは内側からこみ上げてくる嘔吐に押し込められてしまった。代わりに口から出てきたのは液体のような電波粒子。血の様に広がって、すぐに宙へと消えていく。

 ここでかける慈悲など彼らは持ち合わせていない。ぼやける視界の中で、オヒュカスが蛇を召還しているのが見えた。無数の毒牙が銀色に輝く。蛇達が矢のように降りかかってくる。避けようと思っても、起き上がることすらできなかった。彼にできる精一杯の抵抗は、空しくも睨みつけることだけだった。消えうせろと呟くと、それらが大きく宙を舞った。放物線を描いていた蛇達は大きく進路を変え、見当違いな方向に飛ばされていく。

 何が起こったのかと呆気に取られていると、甲高い音が戦場に降り注いだ。FM星人達もその場から飛び退き、音符の着弾点から距離を置く。

 まさかと顔を上げたウォーロックが見たのは、太陽光を背後に舞い降りてくるピンク色の少女。ウォーロックの傍にスタリと着地した彼女は、戦場には似つかわしくない優しい笑みを向けた。

 

「大丈夫、ロック君?」

「な? てめえら!?」

 

 見上げたウォーロックが目にしたのは、一人の見慣れたピンク色の電波人間だった。コブ突きのヘルメットと白いマフラー。手に持った水色のギターには口うるさいあの女の笑み。ハープ・ノートがウォーロックに手をさし伸べてくれていた。

 ウォーロックはその細い指がついた手を取ろうとしたが、触れる直前でぴたりと止めた。無理して近くの壊れた電子機器に手をかけて、身を起こそうとしている。意地っ張りな彼を見てハープ・ノートも目を細めた。

 ミソラとは正反対にハープは眉を釣り上げていた。

 

「まったく、どこをほっつき歩いていたのよ。馬鹿星人」

「おいハープ! 開口一番に言うことがそれか!?」

「なに? 『心配したわよ、ダーリン!』とでも言って欲しかったの?」

「やめろ! 気持ちわりい!!」

「ちょっと! 気持ち悪いって何よ!!」

 

 再会早々、唾を飛ばし合いながら言い争う二人。ものすごく元気そうな喧嘩を前にして「助けに来なくても良かったかな?」と、ミソラは内心呆れかえっていた。

 だが改めて天を仰いでみれば、そんな考えはすぐに消えてしまった。視線の先には物々しい顔ぶれがそろっている。

 

「あの三人が、オックス、キグナス、リブラなんだね?」

「ええ、そうよ。でも、まさか生き返ってるなんて……」

 

 ゴミ焼却所の上空で絡み合っているウェーブロード。太陽を背にしてそこに並ぶのは五人の電波体。敗れはしたものの、いずれもロックマンを追い詰めた実力者達だ。彼らから発せられる禍々しいゼット波を感じて、ハープ・ノートはギターを握る手に力を込めた。

 ジェミニを中心に置いて、それぞれ別のウェーブロードに乗っているFM星人達。彼らはただハープ・ノートたちを見下ろすだけで、なんら動きを見せようとはしない。

 それがハープ・ノートには不気味でならなかった。

 電波人間と電波体の戦闘能力の差は歴然だ。ハープ・ノートの実力なら、彼ら五人をまとめて相手にしても充分勝てる。それはそれぞれのゼット波の大きさ見れば明らかだった。

 ジェミニ達がこの場でハープ・ノート達に戦いを挑むのは愚の骨頂といえる。ジェミニ達が取るべき行動はこの不利な状況を受けいれて撤退することだ。それにも関わらず逃げるそぶりが窺えない。

 プライドを捨てきれず、負けると分かっている戦いに身を投じる覚悟なのだろうか? それも違う。彼らにはそんな様子が一切窺えない。ハープ・ノート達を見下ろすその目には動揺も怯えも窺えない。それどころか好戦的な色さえ見える。まるで獲物を前にした肉食獣を思わせる。

 

「さぼるだけでは飽き足らず、ゴミ屑達の仲間になるとはね。驚いたよ、ハープ」

「ポロロン。お久しぶりね、キグナス。ずいぶんと落ち着いているのね?」

「フフフ、お久しぶりですマドモアゼル……と、エセ紳士っぽく振舞っておこうか?」

 

 やはり彼らの態度は異常だった。尻尾を巻いて逃げ出すどころか、かかって来いといわんばかりに挑発してくる。「何か奥の手を用意している」とハープ・ノートは警戒した。ロックマンほどではないが、彼女だって今まで何度も戦いに身を投じてきたのだ。戦闘の勘ぐらい身についている。

 ハープ・ノートはちらりと隣にいるウォーロックの顔を窺ってみた。その間もジェミニ達を視界の隅に置いておく。オックスに殴られた横腹を押さえながらも、ウォーロックも横目で頷いてみせる。この三人の中で最も戦い慣れしている彼も同じことを感じている。ハープ・ノートはギターを持った手に力を加えた。

 

「後ろよ!」

 

 ハープの声が静寂を吹き飛ばした。ハープ・ノートとウォーロックは弾けるようにその場から飛び退いた。一瞬遅れて聞こえたのは空気を駆け抜ける発射音。それと同時に、先ほどまで自分達がいた場所を弾丸が浅く抉る。

 振り返ってみると数体のジャミンガーが左手のガトリングガンを前方に突き出していた。その後ろにはいつの間にか宙に浮いていた紫色の球体。デンジハボールだ。ジェミニ達に気を取られてしまい、デンジハボールの周波数に気づけなかったらしい。自分の感知能力を生かせなかったことが腹立たしい。

 強力なゼット波の力で実体化したジャミンガー達は、ゴミ山から各々武器になりそうな物を手に取っていた。錆びた金属バットや、折れた機械のフレーム、獲物になりそうなものは至る所に転がっている。武装した彼らに囲まれてしまった。汚い笑みを浮かべながら一歩一歩近づいてくる。ハープ・ノートはギターとなったハープを構えなおした。

 

「お前だけ逃げても良いんだぜ?」

 

 ウォーロックの声が肩越しに聞こえてきた。背中に触れたウォーロックの鬣はどこか温かかった。

 

「冗談はやめて。私も戦うんだから!」

「ポロロン、女を甘く見るもんじゃないわよ。ウォーロック?」

 

 首を横に振りながらミソラとハープは笑って答えてみせた。どの道ここから逃げたところで、ウォーロックが負けたらそれでおしまいだ。アンドロメダの鍵を奪われ、この地球を潰されてしまう。彼を置いて逃げるなんてできないし、するつもりも無い。

 

「ケッ、それだけ言えりゃあ上等だ。死ぬなよ!!」

「うん!!」

 

 頷きあったハープ・ノートとウォーロックは二手に分かれて飛び出した。二つのコンポを召還したハープ・ノートは、ジャミンガーの大群に向かってありったけの音弾を撃ち放った。

 

 

「天地さん!」

 

 研究室を兼ねたアマケンの所長室に転がり込み、スバルは自分を呼び出した男の名を叫んだ。部屋の左側で、パソコンを前に突っ立っていた天地と目が合う。床に散らばったペンチや図面を蹴飛ばし、倒れるように彼の大きいお腹へと掴みかかった。

 

「天地さん! 父さんは!? 父さんの手がかりって、どういうこと!?」

 

 ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返す少年を前にして、天地は自分の決意が揺らいでいることに気づいた。いつもビジライザーが置かれていたスバルの額には汗が輝いている。額だけじゃない。顔全体に首。自分のお腹を掴んでいる手。おそらく全身から汗をかいている。服の下は汗でぐっしょりと濡れていることだろう。

 電話をかけた時間から考慮すると走ってきたらしい。おそらくバスの時間が合わなかったのだろう。バスを待つ気になれず、この150cmに満たない小さい体で必死に走ってきたのだ。

 改めてこの少年がどれだけ父を愛しているのかを思い知らされた。

 だから迷う。本当に伝えても良いのかを。

 宇田海の報告を受け、徹夜で解析したあのデータ。そこから読み取れる真実を前にして頭を抱えた。睡眠をとっていない頭をハンマーで殴られたような気分だった。そんな状態でも、スバルとあかねのことはすぐに思い浮かんだ。

 このことを話すべきか。

 コーヒーを吐きそうになりながらも自分なりに考え、結論を出したはずだ。それにもうスバルを呼び出してしまったのだ。後戻りなんできっこない。改めて意を決した。

 天地は無言ですっと身を横に引いた。スバルの背中に大きな手を置くと、パソコンの前に優しくエスコートしてくれた。

 パソコンには何かのグラフが表示されていた。周りに難しい言葉が添えられている。

 

「これは昨日受信した電波を解析したものなんだ……驚いたよ。とても懐かしかったからね」

「……え?」

 

 懐かしいから驚くとはどういうことだ? 首を傾げて天地を見上げるスバル。天地は画面からスバルの目に視線を落とした。細められたその目には感情を窺わせない靄がかけられている。しかしその奥には愁いを帯びた色が垣間見えた。

 

「これは僕がずっと探し続けてきた電波だったんだ。三年間、ずっと……」

 

 ドクリと心臓が凝縮した。鳥肌が立ち、全身の汗が引いたような感覚が身を凍えさせる。

 

――三年――

 

 その言葉が指すのはあの出来事。自分の人生を一変させたあの年のこと。手が震えだした。

 

「まさか……」

「そう、そのまさかだ……」

 

 天地を見つめる目がスバルの胸中に合わせてグラグラと揺れる。乾いていた喉がさらに乾き、口の中はザラザラとしてきて砂漠が放り込まれたような味をかみ締めた。

 唇を振るわせるスバルをまっすぐに見つめながら、天地は静かに告げた。

 

「『きずな』だよ。君のお父さんが乗っていた宇宙ステーション、『きずな』からのシグナル信号だ」

 

 全身の毛が逆立った。閉じていた汗管が一斉に開くような、骨の髄から全身が発熱しているような感覚。抑えきれない震えが全身を伝う。

 気がつけば、わなわなと震える手でパソコンにしがみついていた。見えるわけが無いと分かっているのに、画面に顔を近づけて「父さん……父さん……」と、話しかける。

 

「そしてね……この信号はゆっくりと地球に近づいてきていることが分かったんだ。『きずな』が地球に帰ってこようとしているんだ」

 

 天地の言葉に、一粒の涙が線を描いた。

 『きずな』は……父が乗っていた宇宙ステーションはまだ生きていた。ずっと宇宙を旅していたのだ。

 父はちゃんと自分との約束を果たしてくれたのだ。三年かかってしまったが、ちゃんと帰ってきてくれたのだ。

 父と母と笑い会う。

 三年前の当たり前の日常が目に浮かんだ。

 パソコンから離れて、手の甲で口の上をこするようにしながらを鼻をすすった。こうしなければ、涙声で言葉がかれてしまいそうな気がしたから。一呼吸おいてから唾を飲みこむ。でも気分は落ち着きそうにない。潤んだ目を拭くことも忘れて天地に向き直った。やっと口から出せた言葉は、やっぱり涙声だった。

 

「父さんは……父さんはこれに乗って……」

「期待せん方が良い」

 

 全てを払いのける言葉だった。

 涙が目の奥に引き、感情に揺れて熱くなっていた体も一瞬にして冷まされてしまった。

 人の気持ちを害する言葉を吐いたのは天地ではない。不満に満ちた顔で振り返ると、来訪者を中に招いた自動ドアが音を立てて閉まるところだった。緑色のコートに、白いヘッドギア。その先にある赤いランプを点滅させ、パトカーを連想させる強面の男。

 

「ヘイジのおじさん……?」

「うむ、久しぶりだね」

 

 突然来訪した五陽田に頷きながらも顔に出した不満は引っ込めなかった。こちらに近づいてくる五陽田の鋭い目に不満の視線を送る。

 犯罪者相手に渡り合ってきたサテラポリスの敏腕刑事が子供ごときに怖気づくわけがなく、速度を緩めることもなくツカツカと二人の側まで歩み寄ってきた。

 

「あの宇宙ステーションはもはや巨大なゼット波の塊だ。これがなにを意味するのか、分かるかね?」

 

 五陽田の言いたいことにスバルは気づいた。

 

「父上の生存を願う気持ちは分かる。だがあまり期待せんほうが良い」

 

 五陽田の言葉にスバルはただ項垂れるしかなかった。何か文句を言いたいが、何も言えなかった。五陽田の言葉は残酷なまでに的確で、真実だったから。

 五陽田と天地はスバルを置いて仕事の話をしているらしい。その声を耳にしていても、スバルの頭には一言たりとも入っては来なかった。

 長時間浴びると人すら電波化してしまうゼット波。『きずな』はその塊になってしまっている。中にいる乗組員達が影響を受けないわけがない。もしかしたら既に……。

 首を乱暴に横に振り、思考を振り払った。もしそうだとしたら、自分と母はどうすれば良いというのだ。何を希望に生きて行けというのだ。

 無意識に手を握り締めた時、唐突に機械音が研究室に鳴り響いた。素早く動いたのは天地だ。五陽田との話を中断し、先ほどまでスバルが覗き込んでいたパソコンの前に滑るように座り込んだ。マウスを鷲掴みにし、素早く画面を切り替えていく様子を、スバルは五陽田と一緒に覗き込んでいた。

 

「新しい電波をキャッチしたみたいです。これは……音声電波ですね。解析します」

 

 音声電波。もしかしたら父からメッセージではないのだろうか? 先ほど五陽田に言われた言葉が脳裏をよぎったが、抱いた希望はそう簡単には消せなかった。

 心を落ち着けようとするスバルをよそに、天地は早々に解析を終えてしまった。

 

「再生します」

 

 生唾が喉を通り、緊張を僅かばかりに紛らわそうとしてくれる。でも焼け石に水だった。「早く父さんの声を聞かせてほしい」そんな言葉が喉まで来て、無理矢理飲み込んだ。

 パソコンから聞こえてきたのは砂をかき混ぜる様なノイズ音。――ザッザッ――と、人を不愉快にさせてくる。その中から這い出てくる、宇宙からのメッセージ。

 震える手足を押さえ、流れる音一つ聞き逃さぬようにと耳を澄ました。大好きな人の声が聞こえるのを、今か今かと待ち受ける。

 しかし期待は裏ぎられた。聞こえてきたのは父のものとは全く別の物だった。

 

――……ザッ……ザザッ……地球人たちに告ぐ……ザッ……――

 

 え? 誰?

 それがスバルの素直な感想だった。この声は父さんのものなんかじゃない。それに『地球人たちに』?

 その疑問は次の言葉で解消された。

 聞こえてきたのは衝撃の言葉だった。

 

――……余は《FMプラネット王》…………――


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。