流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/4/20改稿


一章.何が為に
第十話.君には分からない


 朝だ。いつも通りのお日様が、コダマタウンの一日の始まりを祝福している。照らされる舗装された道を多数の足が踏んで行く。

 仕事に向かう会社員、制服を身にまとい、友人と談話している中学生が見える。開店の準備を始めていた店の主人が、顔見知りにお決まりのあいさつをしている。その手前には自転車に乗って学校に向かう高校生の姿も見えた。

 この中で、なにより一番目立つのは小学生達だ。疲れを最も知らない世代と言えばこの子達だろう。徹夜でレポートを仕上げたのだろうか? 眠そうな目を擦って歩いて行く大学生の隣を、鬼ごっこをしながら走り抜けていく。そして、この後も学校で遊ぶのだ。その姿は元気がそのまま形になったかのようだ。

 

 しかし、この家の少年は違った。同じ世代の子供達が最寄りの学校へと通うこの景色に加わっていない。本来はとっくに着替えているはずのパジャマのまま、ベッドにもぐりこんでいる。

 昨日はあんなことがあったため、寝るのが遅かった。だから、窓から差し込んでくる光を遮るように、布団を頭まで持ち上げる。あのピンと立った髪の毛がはみ出ているのはご愛嬌だ。だが、夜ふかししていようが、いなかろうが、結果は同じだっただろう。

 ドアをノックをする音がする。返事をする前にノブが回された。入ってきたのは母親だ。簡単な化粧と小さい鞄を手に持っている。

 

「スバル。お母さん、パートに行ってくるからね? 朝と昼のご飯はできてるから」

「……うん」

 

 眠い目を閉じながら生返事をする。これがいつものこの時間の、この家庭の絵だ。母と息子のやり取りだ。外からわずかに聞こえてくる子供達の無邪気な声。壁一枚向こうにあるその世界が、永遠に遠い物に感じる。

 

「あのね、スバル……そろそろ学校に行ってみない?」

 

 あかねは窓から見える外の景色に目を向けた。子供達の一人が意地悪をしているみたいだ。友達の帽子を取り上げて追いかけっこをしている。別の子供は公園の側に立っているお店の中を覗き込んでいる。近々開店予定のバトルカード専門ショップだ。興味津々と、数人でポスターを見てはしゃいでいる。

 

「あなたには、友達が必要だと思うの」

 

 黙っていた。布団を隠れ蓑にして、ばれないように体の向きを変え、母に背中を向ける。本人は隠しているようだが、はみ出した髪の毛の向きが変わったのですぐに分かる。それを理解したうえで、気付かないふりをして、あかねは続ける。

 

「友達ができたら、きっとあなたの世界も変わると思うの。無理はしなくていいわ。ただ……そろそろ、考えて見てほしいの」

 

 背中を向けたからって、母の言葉が小さくなるわけじゃない。だからと言って、堂々と仰向けになる度胸もない。体を丸め、母の言葉をじっと聞いていた。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

 

 足音が遠ざかり、ドアが閉まる音がする。階段を下りる音も小さくなっていった。

 

「ごめんね、母さん……」

 

 しばらくそのまま布団の温かさにくるまっていた。しかし、一度冷めてしまった目と、もやがかかったような胸を抱えて眠る気にはなれなかった。結局、数分後には体を起こしていた。

 

 

 バス停までの道のりの途中、もう一度家を振り返る。今頃、まだベッドの中だろうか。すぐ隣を子供たちが走って行く。あの輪の中に息子がいれば……今、自分が彼に望むのはそれだけだ。晴れ渡る空の下で、友達と一緒に学校に行く。

 ただ、それだけで良いのだ。今はその時ではないのかもしれない。けれど、どうしても期待してしまう。そこまで考えて、首を軽く横に振る。

 

「……落ち込んでいる暇なんてないわ。今は私が、大吾さんの分まで、スバルを守らなきゃ」

 

 大吾との約束を思い出し、バス停へと歩みを再開した。

 

 

 太陽がそこそこ高い位置にまで来た。ちょうど、ティーチャーマンから出された今日のカリキュラムも終わった。どうやら、学校の授業よりも進んでいるらしい。

 いじくっていた機械のパーツ交換も終え、一休憩と窓まで足を運ぶ。外はずいぶん静かになっており、道を行く人の数も種類も変わっていた。

 そこから見えるのは散歩をしている老人や、犬を連れた主婦っぽいおばさん。買い物へと出かける人の姿も見える。誰かの家の前にはトラックが止まっている。郵便の配達か何かだろうか? 賑やかさは失せて、町は静かな時間を奏でていた。

 

「おい、良いのか? その学校ってトコに行かなくてよ」

 

 朝からずっと黙っていたウォーロックが口を開いた。ビジライザーをかけていないため姿は見えない。

 

「……あれ?」

 

 そう思っていると、ウォーロックが側にいた。ビジライザーはまだおでこの上だ。

 

「体の周波数を変えれば、見えるようにはなる。まぁ、ちょっと疲れるし目立つから、あまり使いたくはないんだがな」

 

 丁寧に説明してくれた。ウォーロックの気持ちを察し、おでこのそれをかけた。すっと、周波数を変え、また普通では見えない体になる。

 

「地球人の子供が、毎日行く場所なんだろ?」

 

 ここに来て調べたのか? それとも、父から聞いたのか? 少しは知っているようだった。視線を隣から窓の向こうへと戻した。緑色が混じった景色だ。

 

「学校に行ったら、友達ができるかもしれないだろ?」

「それが嫌なのか?」

 

 意外そうに尋ね返してきた。

 

「みょうだな。お前ら地球人は、友達とかブラザーとか、そういう絆ってのを大切にする生き物だと、俺は聞いたぜ?」

 

 やはり情報源は大吾らしい。

 

「そうやって、大切と思える人ができるのが嫌なんだよ。その人がいなくなる。僕は、それを想像しただけで……怖いんだ」

 

 あの日を思い出す。大好きだったたくましい背中は今も鮮明に覚えている。逆に、それがスバルの心に重くのしかかる。父親にはあの日以来一度も会えなかった。

 

「その人との絆が強くなれば強くなるほど、それを失った時の悲しみは大きくなるんだ。だったら、大切な人なんて、最初からいない方が良いよ」

「ふ~ん、そう言うものなのか?」

 

 理解できないと言った感じにウォーロックは言葉を返した。

 

「君には分からないよ」

 

 別段、なにかをこの宇宙人に期待したわけではない。だから、次の一言も何気なく口にした。

 

「ロックは大切な人を失った悲しみを知らないから、そんなコトが言えるんだよ」

 

 沈黙。ウォーロックは何も返さなかった。スバルはこの静けさを気にすることもなく、大して変化の無い景色をじっと眺めていた。

 

「そう見えるか? へっ、まあいい」

 

 昨日から今までと同じく、そっけない態度で彼はトランサーへと戻って行った。


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