Episode Magica ‐ペルソナ使いと魔法少女‐   作:hatter

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今日は第三章上映開始!



 魔女裁判(2010,5/7)

 

 

 

 今から2年前。家族でドライブに出掛けた際、大規模な交通事故に巻き込まれた。

 

 お母さんとお父さんはその場で命を落としたけど、私はなんとか一命をとり止めた。でも助けがなければそこで衰弱して死んでしまうような状況。確かここで初めて"死"の恐怖を覚えたんだったかしら。

 

 お母さんとお父さんの遺体を前にして、それを悲しむより死ぬ事が何より怖かった。自分もこんな風に冷たくなってしまうのか、ってね。両親の心配より自身の保身を考えてたなんて、今考えれば最低な娘だと自分でも思うわ。

 

 それはさて置いて、そこで偶然にもキュゥべえと出会った。死ぬのが怖かった私はキュゥべえに生きたいと願って生き延びた。その時から私は魔法少女として、魔女を狩る日々を送り始めた。

 

 私の魔法はリボンを操る魔法。途切れかけた命を再び繋ぎ止める為の。

 

 最初はやっぱり魔女との戦いはとっても怖かった。けど多くの人々を救う内に、それが私の役目なんだって思えて次第に怖くはなくなった。きっと戦いに打ち込んだのも両親の死を忘れたかったからなのかもしれないわ。一人で居る時なんてよく寂しくて泣いてたもの。

 

 それから1年くらい経ってからの事。なんとか一人で戦ってきた私に初めて魔法少女の友達ができたの。

 

 その子は隣町の教会に務める牧師さんの娘。明るくて素直で私の振る舞う手作りケーキを美味しそうによく食べる元気な女の子。話もよく合って親しくなるのもすぐだった。彼女も私同様、街の人々を魔女から救うことを魔法少女の使命だと考えて戦ってくれた。人一倍正義感の強くて私の善きパートナーだった。

 

 そう、善きパートナーだったわ。

 

 突然その子に使い魔も倒す考えを正義ではなく"偽善"だって言われた。そう言われて私は傷付いた。けれどそんなことを言うのにちゃんとした理由が彼女にもあるはず。だからたとえ"偽善"と言われても私はそれでもその考えを曲げるつもりはない。"偽善"でも善は善なのだから。

 

 彼女と衝突した理由は自分の願いで家族を失ってしまった事。他人の為に使って後悔するなら魔法の力は自分だけの為に使う。だから私とのコンビを彼女は解錠したいと。

 

 結局彼女を止めるなんてことは出来ず、それからまた私は一人になった。私の魔法はあらゆるものを繋ぎ止める魔法なのに。命は繋げても人の心は繋げない。

 

 一人ぼっち。

 

 独りは、嫌。

 

 

◆◇◆

 

 

2010年5月7日・金

 

 夜は去り、我が物顔で太陽が昇り始めるのと同じくして、雀の囀りが閉められたカーテンの隙間を縫って朝日と一緒に部屋に入り込む。そこは大小様々な可愛らしいぬいぐるみが幾つも並べられた、まさに女の子が住むプライベートルーム。目覚まし時計が7時を指した瞬間、ジリジリとベルが容赦なく朝の静寂を掻き乱す。窓際に備え付けられたベッドの上にもたくさんのぬいぐるみが置いてある。その内一つのぬいぐるみが揺れて倒れた。

 

「あっ、んん~」

 

 もぞりと布団を押しのけて体を起こすのはぐしゃぐしゃな寝癖がついたまどか。目覚めは悪く、油断するとうっかりベッドへ身体を預けそうになる。昨日自宅に帰った後の夜は色々と頭の整理がつかず、いつも通りなら日付けが変わる前に眠りに落ちるのだが、時計の短針と長針が重なり真上を指しても眠れなかった。むしろ昼間に起きた事ばかりがぐるぐると巡り頭が冴える一方だった。

 

 純粋な寝不足。最後に時計を見たときの時刻は確か、午前1時を通り過ぎていた気がする。正直まだ安眠を貪っていたいところだが、生憎学校に通わなければならない。支度を始めれば丁度いい登校時間になるだろう。まどかは覚醒しきらない目を擦りながら目覚まし時計を止め、ふと数ある内一つのぬいぐるみを見た。汚れ一つない純白の毛皮。背中に赤い円の模様。猫のような形で尻尾をくるりと巻いて眠っているように見えるそれ。まるで本当に生きているのか体にあたる部分は上下している。

 

「なんでここに居るの?!」

 

 いつの間にベッドに潜り込んでいたのかキュゥべえが気持ち良さそうに眠っているのを見て眠気は吹き飛び完全に目が覚めた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、ママ。わたし昨日すごい人と会ったんだ!」

 

 寝間着から着替え、シャツとスカートに衣装チェンジしたまどかは洗面台で化粧をする母、鹿目詢子にそう切り出した。母である詢子とまどかは大の仲良し。会話の内容といえば恋バナに花を咲かせる事もあれば、普段の学校生活から人生相談まで多種多様。 そんな詢子は常に家族を第一に考え、大切な娘と息子には惜しみない愛情を注ぐ。

 

 朝の会話も他愛ないが大事なコミュニケーションの一貫。適度に怒り、適度に甘やかす。良き母親である詢子はマスカラでまつ毛を整えながら信じていない風にまどかに訊く。

 

「ふーん、まどかがすごいって言うんなら演歌歌手とかそんなんじゃないの?」

 

「もぉ、そんなんじゃないってば。本当にもっとすごい人だよ」

 

「へぇ、まどかがそんなに言うならそのすごい人って誰なわけ?」

 

 詢子は妻にして一家を支える大黒柱。企業に勤めるバリバリのキャリアウーマン。夫も以前は働いていたが自分が働きたい為に専業主夫をやってもらっている。そして今日は会社で今後の方針を決める重要な会議がある。早朝から気を引き締めてシミュレーションを何度も頭の中で行い準備は万端。並大抵の事では今日の詢子は驚きもしない程、意気込んでいた。

 

「えっとね、桐条美鶴さんって人。これってすごいよね!」

 

「…えっ?」

 

 ぽろりとマスカラが手元から滑り落ちる。芸能人とでも街で会ったかと予想していたばかりに聞き取れたものの、一瞬まどかが何と言ったのか理解が及ばなかった。

 

 

 

 

 

 場所は鹿目家の自宅から移り、見滝原中学へと続くいつ見ても変わらない通学路。昨日と同じようにまどかはさやかと仁美の後ろから追いかけるようにしてやって来た。

 

「おっはよう~」

 

「おはようございます」

 

「おはよ…うえ?」

 

 眠そうな目をしたさやかも振り返って挨拶を返すと、普段見慣れない物を目にして言葉が詰まった。白い毛皮に包まれ、ルビーのような赤い目をした生き物。

 

「おはよう、さやか」

 

 そう、キュゥべえがまどかの肩に当然のように乗ってきていたのだ。危うくキュゥべえを指差しかけるのをさやかはなんとか抑え、昨日キュゥべえが言っていた事を思い出す。『普通の人には見えない』とマミの自宅を訪れる際にそう説明していたのを。アレが普通に見えるものならさやかより先に振り向いた仁美が驚く筈だ。

 

 とは言え、当たり前のようにまどかの肩に乗っているのは意識せざるを得ない。肩に乗るキュゥべえへ不自然に目が行く。

 

「どうかしましたか? さやかさん」

 

 きょとんとした表情で首を傾げる仁美。魔法少女としての素質が乏しい仁美にはキュゥべえが見えていない。見えないのなら誤魔化すのにそう苦労はない。またここに来て見えているのが自分達だけというのに特別な様に思え自然と笑みが零れる。

 

「あっ、あははは。なんでもないから気にしないで! いやー、今日は天気がいいなー!」

 

 咄嗟に笑って誤魔化した。普通とは違う特別さというのが何だか面白くなり、テンションが上がる。急に笑い出したり上機嫌になるさやかに仁美が心配そうに様子を伺う。

 

「本当ですか? なんだかさやかさん、眠たげな目をしていたのに、まどかさんを見ると突然元気になったり、何か昨日ありましたの? 昨晩は遅くまで考え事をしていたと仰っていましたし…わたくしに相談しても構わいませんのよ?」

 

「えっ? そんなに今のあたしおかしかったかな? いつも通りだと思うけど。んふふ」

 

 さやかもまどかと同じく、昨日の出来事が頭から離れず夜中まで眠れていなかった。異なる点を挙げれば、さやかの場合はまどかのような整理がつかず落ち着かなかったのではなく、単純に魔法少女やペルソナといったものが刺激的過ぎて興奮により寝れなかったのだ。朝起きた時は壮大な夢を見ていて全部自分の妄想だったのではないかと心配した。迷い込んだあのグロテスクな迷路には怪物も居り、現実離れし過ぎて夢だと言われると納得も出来てしまう。ペルソナ使いの人達もどこかで見た人をそう捉えていただけかもしれない。雲の上の存在、桐条グループの当主である美鶴がペルソナ使いと言うぶっ飛んだ配役なので、目が覚めると興奮ばかり覚えていても自分の記憶に自信が持てなくなってきていた。

 

 しかし、それもまどかと一緒にキュゥべえを見たのでそんな心配はすぐ消滅した。あの迷路の中で二人一緒に怯えていたまどかがキュゥべえを連れて登校して来たのだから。昨日の出来事が嘘じゃないと確信でき、昨夜の興奮がぶり返してハイテンションになる。ナチュラルハイ。俗に言う深夜のテンションがさやかに再発していた。

 

『さやかちゃん、その笑い方なんか怖いよ?』

 

 少しエコーの効いたまどかの声がさやかの頭に響く。耳から聴こえたのとは違い、まるで脳内に直接声が届いているかのよう。

 

「まどか何か言った?」

 

 不思議な感覚にさやかはついまどかに訊く。聞き間違いかもと思ったので訊ねたが、まどかはにこにこと笑っているだけで口を開かず返事がない。

 

『頭で考えるだけで話せるんだって』

 

「うおっ!」

 

 驚きの余り声が出る。一人リアクションをするさやかに仁美が本気で心配し始める。話さないまどかとハイテンションなさやか。仁美は口に出さないが、とうとう何かのストレスでさやかの頭がやられてしまったのではないかと可哀想な事を考えられる。

 

『ホントだ。いつの間にこんなマジカルな力がわたし達に!』

 

『でしょ。キュゥべえが中継してくれてるらしいんだけど、内緒話には丁度いいかも』

 

『君達に馴染みやすい言い方をすれば、テレパシーってところかな』

 

『へー、なんかキュゥべえ見直したかも』

 

 言葉を交わさず意思の疎通を可能にするキュゥべえの特殊な能力。そんな通常有り得ない現象にまどかと目を合わしてくすりと笑う。視界の隅に放ったらかしにしてしまった仁美を見てみる。仁美は口元を手で隠し、知ってはいけない秘密を知ってしまったかのような顔でさやかを見て固まっていた。

 

「ひ、仁美? どうかした?」

 

「…お二人の方こそ、さっきからどうしたんです? しきりに目配せしてますけど、まさか二人とも、既に目と目でわかり合う間柄ですの? まあ! たった1日でそこまで急接近だなんて。今まではそんな素振りは見せなかったのに、昨日はあの後、一体何が!!」

 

 傍から見ると、急に黙り込だと思えばアイコンタクトをして目だけで会話をする親友である女子中学生のさやかとまどかの二人。顔を合わせて笑いあう。それはまるで二人で甘くデンジャラスな一夜を過ごし、お互いその余韻に浸っているように見える。まどかの顔を見ると途端に上機嫌になり、言葉なくして目だけで意思を伝え合う。少なくともそっち方面に興味がない事もない仁美の目にはそう映ってしまっていた。

 

「え? いや、これは…あの…その…」

 

「はっ! 考え事というのは、一線を越えてしまったまどかさんとの今後の関係を!」

 

「いやいやいやいやっ! 流石にそんなのないって仁美! あんた朝から何言っちゃんてんのよ!? けどでも、色々あったのは否定できないのが痛い!」

 

「確かにいろいろあったんだけどさ、あはは」

 

 苦笑いで答えるも、訊いてきた仁美本人は自分の世界に入り込み聞いておらず、半歩後ろへ下がって身を引いた。芝居がかった大袈裟な身振りと言動をする仁美にまどかもさやかもどう対処すればいいのか分からなくなる。こうなった仁美は誰にも止められない。

 

「でもいけませんわ、お二方。女の子同士で! それは禁断の、愛の形ですのよ~!!」

 

 そう言い残して仁美は持っていた鞄をその場に残して走り去ってしまった。走りながらも何か叫び散らしてどんどん聞こえる声が小さくなっていく。

 

「鞄忘れてるよー!」

 

 もう互いの声が聞こえない所まで行ってしまい、さやかが言っても仁美は振り返らなかった。姿が見えなくなって持ち上げた仁美の鞄を下ろしてさやかは立ち尽くす。まどかも仁美を追い掛けるべきか分からず、さやかに並んでいる。仁美のああいった奇行は稀にあり、どれも女同士で繰り広げられる恋愛絡みの事がある時である。ほとんどは仁美の勝手な解釈の違いと妄想による捏造で実害を伴うことはない。が、今日一日はこの事で弄られてしまいそうであった。

 

「一体どうしたんだい。今の子はヒステリーか何かかい?」

 

 仁美が居なくなった事により、キュゥべえはテレパシーではなく直接話し掛けてきた。さやかも『あたしも時々分かんなくなる』と肩をすくめて言った。仁美の親友だからこそ分かるのは、仁美は自分達に到底理解する事が出来ない価値観と世界観を持ち合わせており、時折それに目が眩んで自分の世界に入り込んでしまう。その価値観と世界観を共有するのは二人にはまず不可能。共有できる人が居てもそれは相当の猛者であるに違いない。こんな風にさやかとまどかに仁美は捉えられているが、これを仁美が晒し出しているのは親友だからこそだ。

 

「随分と楽しそうね」

 

 仁美を追いかけようとした時、背後からの声に二人が振り向いた。黒い髪を風に任せてなびかせながらほむらがやって来た。烏の濡れ羽のように艶やかな黒髪が朝日に映える。髪を手櫛で解く仕草の一つ一つが上品さを際立たせる。

 

「あ、ほむらちゃんおはよう!」

 

「おはようほむら!」

 

「おはようまどか。それに美樹さんも」

 

 穏やか笑顔で挨拶を返し爽やかに振る舞う。先の仁美の騒動もほむらが居なかったからこそのものだったが、ほむらは影からその一部始終を見ており、仁美が居なくなるタイミングを見計らって声をかけた。気配を断つなど魔法少女のほむらにとって簡単な事だ。なおのこと、あんなテンションだった仁美が気付くわけもなく身を潜めるのは容易い。

 

 仁美は二人の親友の立場にある。その親友との会話も二人にとってありふれた日常にすぎない。まだ魔法少女から手を引ける二人の日常。それを実感、もとい邪魔しない為にほむらは話しかけるのを待った。そんな考えも目の前に居る真っ白の獣が見事にぶち壊していたが。

 

「やぁ、おはよう暁美ほむら」

 

 ひょこっとまどかの肩から顔を出す。キュゥべえと目を合わせるものの、反応は示さない。唇を結んで喋らない。朝から不機嫌になる。これさえ無ければほむらの気持ちはどれほど晴れやかであろうか。故に口も聞きたくない。

 

「…」

 

「無視かい? 挨拶くらいしてくれてもいいんじゃないかな?」

 

「……あら、あなた居たの? 全然気付かなかったわ」

 

 さぞかしどうでもよさげに嘘をつく。相手にするだけ時間の無駄にしかならない。ほむらは朝から目障りな物体を見て気分が悪くなる。気を紛らわす為キュゥべえのすぐ隣のまどかを見て癒し不快感を払拭した。

 

「急がないと遅刻するわよ?」

 

「急いだ方が良さそうなんじゃない、さやかちゃん?」

 

「ヤバっ! また遅刻なんて洒落になんないじゃん!?」

 

 ほむらが腕時計を二人に見せる。少し急げば間に合う時間だがさやかは遅刻の前科でもあるのかかなり慌てている。走り出す二人のペースに合わせてほむらも横に並ぶ。まどかの肩に乗るキュゥべえを横目に見ながら。

 

 

 

 

 

 教室のスピーカーからチャイムの音が鳴り響く。今朝は遅刻することなく普段通り登校時間に間に合い、授業を受けていた。そしてこのチャイムは午前中の授業終了を告げる一日の節目のチャイム。つまり昼休みだ。昼食も食べず外に遊びに行く生徒もいれば、雑談を交わす生徒もいる。

 

「貴女達、巴さんについていくつもり?」

 

 ほむらはテレパシーを使わずに口頭でまどか達に訊ねた。丁度二人とも弁当を持って席を立つところだった。

 

「え、うん一応そのつもりだけど」

 

 取り敢えず選び出した答えなのだろうがほむらにしてみれば、その選択は間違っている以外の何物でもない。それを聞き眉間に手を当てて半分呆れながら言う。

 

「魔法少女の戦いを興味本意でついて行くつもりなら止めておきなさい。本当に命懸けなのよ? どんなに叶えたい願いでも魔法少女とは釣り合わない、後できっと後悔するわ」

 

 何度も繰り返して言ってきたことなので、半ば口癖みたいに自然と出てくる。これでこの二人を説得できるものならどれだけ嬉しいことか。そうなればほむらは泣いて喜ぶ自信がある。しかしそう上手くいく筈もなく、後悔する理由を語らず結論だけを言うほむらの言い分に疑問を感じてしまう。

 

「後で後悔するって言われても…」

 

 良く解らないのか小さく呟くさやか。まだこの頃には言葉の真の意味は理解できないが、万が一魔法少女になってしまえば嫌でも思い知らされる。それを知っているからこそ遠ざけたい。

 

 まどかは少し陰の差した顔でほむらに上目使いで見た。保護欲を誘う弱々しい表情。発せられる声も非常に小さいものだ。

 

「ほむらちゃんは来てくれないの?」

 

「えっ?」

 

 期待と不安の両方を交えた眼差しをほむらに向ける。予想出来ていたようで、予想出来ていなかった切り返し。どう返そうか迷って頭の中で言葉を選ぼうとするもまどかが先に続ける。

 

「そんなに危険ならほむらちゃんも来てくれたら安心だなぁって…。ほむらちゃんが危険だってそう言ってくれてるから、本当は行かない方が良いとは思うんだよ。でもね、マミさんがもう無関係じゃない。わたし達自身の事だって、言ってたから…。だから自分で決めた方が良いのかなって…」

 

 後半は声が小さくなり過ぎてほとんど聞き取れなかったが、まどかの言いたいことは分かった。なにが正解なのか自分では分からない状況。先輩のマミには自分で決める事、と言われ今頼れるのはマミと同じ魔法少女のほむらしかいない。

 

 不安なのだろう。唐突に魔法少女になって魔女と命を賭けて戦ってくれと言われたのだから。魔法少女は確かに正義の味方と言ってほぼ差し支えない存在。対して魔女は真反対の悪しき存在。まどかは人を脅かす魔女が居ることを知っており、それを倒す術を手に入れられる立場に在りながら迷っている。『命を賭けて』というのが余りに重く、決断を下せない。だがその間にも魔女は人を襲い続ける。ある種の罪悪感に苛まれている。

 

 ここでほむらが正しい方向へ導かなければまどかは取り返しのつかないことになってしまい、ほむらも絶望するだろう。中途半端な覚悟や迷いのある状態で魔法少女になってしまえば何も実らない。慎重に慎重を重ねて石橋を叩き壊し、鉄橋に作り直すつもりでいかなければならない。

 

(まどかには命を賭けてまで叶えたい願いがない。けれど知っているのに何もせず見過ごすのもしたくない。ジレンマね。…貴女は相変わらずお人好しで優しすぎるのよ……)

 

 穏やかな笑みを漏らす。誰に対しても優しく、慈悲深い。一体どうすればこんなにも穢れなく純粋な少女に育つのだろうか。こんな彼女だからほむらは心から救いたいと思える。

 

「分かったわ…まどか。私も貴女達に着いて行く。代わりにこれだけは約束して頂戴。貴女のことは私が必ず守るから、何があっても今は魔法少女にならないこと。約束できる? 魔法少女になんかならなくてもいいの」

 

 まどかの揺れる双眸をまっすぐに見る。

 

「う、うん、約束するよ。ほむらちゃん」

 

「なら良かった。美樹さんも分かった?」

 

「うんうん。聞いてるよ」

 

 かくかくと首を縦に振るさやか。ちゃんと聞いていたか安心出来ないがなんとか魔法少女になる事を形だけ防いだ。口約束といっても魔女と戦う魔法少女のほむらからの約束。思い切った行動には出にくくなる。まどかなら尚更、ほむらの言った言葉を思い出して契約はしない筈だ。

 

「話は変わるけど、これから二人はお弁当? よかったら私も一緒にいいかしら?」

 

 「うん! いいよ! わたし達もほむらちゃんを誘おうとしてたから」

 

 ほむらの手には既に弁当箱がぶら下がっている。話すついでに誘うつもりでいたが、杞憂だった。そして魔女退治に同行してもらえ、お昼ご飯もほむらから誘ってもらえたのがよほど嬉しかったのか、ぱっと表情を明るくするまどか。

 

 気分を良くしたまどかに手を取られぐいぐいと引っ張られる。教室を出て向かう先はどうやら屋上らしい。屋上なら景色も良いし、反して人気が少ない。あそこであればあまり人に聞かれたくない内容の話しも気兼ねなく出来る。ほむらはそう考えて歩くが、まどかとさやかの二人がそんなつもりで屋上に誘ったかは解らない。

 

 何段も続く階段を上り扉を開ける。扉を抜けた先は陽の光がさんさんと降り注ぐ晴天が待ち受けていた。屋上はとんでもなく広い。校舎の建つ面積と同じだから当然なのだが、教室同士を仕切る壁の一切がないので端から端まで見渡せてしまう。見渡すと必ず目に入るのが落下を防ぐ為に設けらているフェンス。そのフェンスは金網で作られた簡素な物ではなく、金属と大理石で成された華美なものだ。目測で視ても高さは最高で4メートルは越えている。装飾にも気合いを入れて拘わっているのか、どこか外国のお城をモチーフにしたようなまでに豪華。

 

 大理石のベンチに座り三人揃って弁当を広げる。ベンチはゆとりがあり、少し詰めればあと二人は座れる。『いただきます』と食材となった色々なものに感謝を告げ、お箸を使って口へと運ぶ。和気藹々と会話を始めてからしばらくの沈黙。食べ終えて弁当箱を片付けていると視線に気付いてそちらを見た。

 

「美樹さんどうかしたの? 具合でも悪いのかしら?」

 

 さやかがお箸を片付けるのを止めてじっと見つめてきていた。何事かと思い問い掛けると慌てて首を振る。

 

「いやなんでもないんだけどさ、どうしてなのかなって思っただけ」

 

「どうして?」

 

「うん。…ほむらってさ、あたし達には後悔するから魔法少女になるなって言ってるけど、あんたは後悔してたりするの? 魔法少女になったこと」

 

 どくんと鼓動が一際大きく打つ。まさかさやかにそんな事を聞かれるとは思わなかったのだ。魔法少女となって後悔しているかと問われると、ほむら自身後悔しているつもりはない。望んで今の出口がろくに見つからない迷路に挑んでいる。だがさっき教室で二人に後悔すると言ったが、自分は後悔していない。明らかな矛盾。

 

 しかし魔法少女となった以外であれば後悔している点が一つだけある。それは望んだ奇跡を得られない願いを叶えてしまったこと。ほむらの願いが叶っているからこそここに居る訳だが、最終目的のまどかを救うに至っていない。最初の世界でやり直すのではなく、単純にまどかを救うことだけを願えば今の終わりの見えない旅をせずに済んだ。まどかを何度も死なせずに済んだ。そう、ほむらの後悔とは結果を求めず手段を叶えたことにある。

 

 そんな過ちを二人にして欲しくない。ほむらはさやかの隣に座るまどかを伏せ目がちに見る。

 

「私は…後悔しているし、後悔していない。ただ自分の事なんて考えず素直に願いを叶えれば良かった、なんてくらいには思ってるわ」

 

「その素直にって自分の為にってこと?」

 

「あながち間違ってはいないわ。私は欲張り過ぎたのかもしれないのよ。でも例え自分の為に願いを叶えるとしてもこれだけは言っておくわ。絶対不幸になる。貴女だけでなく周りもね」

 

 さやかの目から逸らさず奥底を覗き込む。青い瞳もしっかりとほむらの目を見つめ返してくる。だがさやかにはまだほむらの言っている意味を言葉の通りに受け取り、ほむらの伝えたい事を理解していない様子。自分の為なら魔法少女になってもいい、そんな捉え方。

 

「貴女にわかり易く言えばキュゥべえの起こす奇跡はゲームでいうチートよ。裏技じゃなくチート。本来有り得ない奇跡を叶えるというのは、それと同じ。一度でも非合法なチートを行えばソフトには致命的な被害が発生してバグが起きる。このバグが所謂後悔よ。そうなったらそのソフトは使い物にならなくなる、ここまでは解る?」

 

「うぅ、解るのがなんか悔しい」

 

 まどかもさやかの返答に合わせてこくこくと頷く。

 

「そんな事をした時点でソフトは壊れてしまう。これが魔法少女でいう魔女と戦い続けなければならない運命。壊れたソフトで誰が遊ぶ? 魔女との戦いに明け暮れる魔法少女が人付き合いを満足に出来る?」

 

「…なるほど。じゃあさ、ほむらのその叶えた願いってのはさ――あ…」

 

「さやかちゃん……!」

 

「何を叶えたかとかって聞いちゃまずいやつだよね…ごめん」

 

「別に気にしないで、大丈夫よ」

 

 申し訳なさそうに謝るさやか。今の流れでつい聞いてしまう気持ちは分かるし、彼女に悪気がないのも見れば判った。

 

「なら僕に教えて欲しい。君は魔法少女だけど、自分で言ったとおりほむらは壊れているのかい?」

 

 視線を正面に向けるといつの間にかそこにキュゥべえが座り込んでいた。大きな尻尾を左右に愛らしく振る。突然湧いて出て来たキュゥべえを見て小さくだが思わず舌打ちをする。今の今まで影で盗み聞きしていたのだろう。相変わらずプライバシーの欠片も無い。

 

「女の子の会話を盗み聞きしていたのでしょうけどこの際は目を瞑るわ。次はないわよ。…で、何が言いたいのキュゥべえ?」

 

「それには謝るよ。…僕が聞いたのはそのままなんだけどね。魔法少女になるとその少女は人との関係が無くなると君は言った。ならほむらは人間関係が崩壊しているのかな?」

 

「それは……」

 

 虚を突くキュゥべえの質問につい口篭る。

 

「今の君を見ててもそうだ。君の周りにはまどかにさやかが居る。ほむらが魔法少女だと知っていながら、ほむらが自分は魔法少女であると教えながらも二人は離れていない。これは矛盾だよ。魔法少女になると誰とも関係を保てないなんて事はない。ほむら自身が否定してしまっているよ」

 

 キュゥべえの言っている事に何らおかしな所はない。むしろおかしかったのはほむらの言動だった。ほむら自身もある種の矛盾には気付いていた。だがそれはほむらが自分から二人と関係を持ち、保とうとしているかである。安易に二人が契約しない為のストッパーとして。

 

 一端の魔法少女なら自分の立場と在り方を考え、一般人との関わりを極力避ける事を余儀なくされる。周りに身の内を明かせる者がいないのだから。逆にほむらのやっているのはそれを否定する事ばかり。捉え方によっては、嘘をついてまどか達を騙していたのとほぼ変わらない。

 

「…まどかとさやか。君たち二人は素質を持つ他の女の子と違って本当に恵まれた環境にある。きっとほむらは君たちが魔法少女になったとしても助けてくれるよ」

 

 奥歯を噛み締めてキュゥべえを睨みつける。甘言で誘惑し飽くまで魔法少女は良いものと刷り込む。また、どうあってもまどか達を助けるのは確かなので反論も出来ない。

 

「昨日のマミが言っていたじゃないか。二人の事は命を懸けてでも守る、てね。マミの実力が本物なのは同じ魔法少女のほむらなら分かる筈だよ」

 

「………もう貴方の言いたい事は分かったわ! 失せなさ――」

 

 失せなさい――そう言い終える前に、鼓膜を震わす人工的な鐘の打つ音がほむらの言葉を遮った。スピーカーから響くチャイムの音が昼休みの終わりが近いことを報せる。屋上には時計がないので何時なのか把握しにくい。

 

「どうやらこれ以上は話している時間がないようだ。まどかとさやか、それにほむらも、放課後マミと待っているよ」

 

 その場から立ち上がりくるりと踵を返して日の傾きで生じる影に白い身体が溶けていく。虚無しか感じられない背中を見送り、まどかとさやかは思い詰めた表情のほむらを心配そうに見ることしか出来ない。会ってまだ2日しか経っていないが、ほむらの浮かべる表情が今日までで一番険しいものだった。キュゥべえが去った後も影を見詰めてなお目を離さないほむら。陽気なさやかも不用意に声を掛けれず、まどかも何故ここまでほむらがキュゥべえに対してあんな態度を示すのか分からず困惑する。ほむらもすぐに二人が心配して見ているのに気付く。

 

「…ごめんなさい。嘘をつくなんてつもりは……。ただ、あなた達に命を懸けてまで戦おうなんてして欲しくなかったの」

 

「分かってるよほむらちゃん。わたし達の事を考えて言ってくれてたってのは。ね、さやかちゃん?」

 

「まぁね。あんだけ言われりゃ、このさやかちゃんも理解出来るって訳よ。嘘つかれただとか、あたしもまどかも思わないしさ。…てかさっきのチャイムって予鈴だよね? 急がなきゃ授業遅れるよまどかっ!!」

 

 謝罪を述べるほむらに二人がフォローして場を和ますのもつかの間。さやかは慌てて弁当箱を片付けて急ぎ足で出口へ走る。まどかもさっと片付けてさやかの後を追おうとする。

 

「ほら、ほむらちゃんも早く早く!」

 

「ええ、わかったわ」

 

 まどかに促されベンチから立ち上がる。見上げた空はどこまでも澄んで青く、白い雲が自由に泳いでいる。限りなく続く空のさらに上。今は見えないが夜になれば姿を現す月をその目で確かに捉えて心の中で不安を呟く。あの目覚めた時の印象深い満月を思い出しながら。

 

(これから私はまどかを救えるかしら)

 

 すると誰にも答えを求めれない呟きに返事があった。声なのかも分からない微かなもの。自問自答で出した無意識の反応かもしれない。ほむらの内の何かが『必ず救える』と言葉でなくともそう告げた。昔になくした希望を信じていた自分がまだ残っていたのか、それとも根拠の無い自信か。ただ不安は薄らいでいた。今悩んでも仕方が無い。時は待ってくれないのだ、運命の日まで着実に近づいている。自分が救えるかではなく自分が救わなければならない。

 

 ほむらは自分を鼓舞して先を歩くまどかの背を追った。

 

 

 

 

 

 昼休みから時間は流れ、現在HRが終了して放課後を迎えていた。午後の授業を乗り越え、満腹後の睡魔になんとか耐え抜き学業を全うした。ぞろぞろと生徒たちは教室を出ていく。多くは部活動にいく者。そのまま友達と遊びにいく者。帰宅する者。それ以外であれば教室でたむろって雑談を始める者。まどか達はどれにも当てはまらない。

 

「仁美、ゴメン。今日はあたしらちょっと野暮用があって」

 

 帰宅準備をしている仁美に手を合わせて申し訳なさそうに頭も下げるさやか。後ろの方にまどかが鞄を持って立っている。

 

 まどかとさやかには他の生徒はあまり気にする必要性はないのだが、二人にとって親友の仁美に何も告げず立ち去るのはなかなか良心が痛む。今朝も二人して共通の事情で仁美を一人にしてしまい、仁美の思い込みもあるが、挙句の果てには絶叫しながら走り去るまで追い詰めてしまっていた。だからと言ってその野暮用の内容を教えれる訳もなく、仁美には事情を聞かず頷いてもらいたいと願うばかり。

 

「あら。内緒ごとですの?」

 

 うふふと微笑しながら妙に落ち着いた声で訊ねてくる仁美。何て言えばいいのか言葉が詰まる。今朝の一件から仁美の雰囲気がいつもと違い、こちらの言っていることがちゃんと伝わっているのかかなり怪しいレベルだった。口は笑っているが目は一切笑っていない。しかしその目は二人のこれからを温かく見守る良き親友の目だ。

 

「えっと…」

 

 さやかの返事を聞くより先に仁美が行動を起こす。表情を目の笑わない微笑からにこりと満面の笑に一転させ、大層愉しげで嬉しそうな声をあげた。

 

「うらやましいですわ。もうお二人の間に割り込む余地なんて、ないんですのね~!!」

 

 仁美は鞄を持って一人教室の外に走っていった。目にも止まらぬ走りっぷりは陸上部にも引けを取らないくらいだ。このやり取りも仁美にとって数ある内の娯楽にすぎないのだろう。小市民とは生きる世界が少し違えば愉しむものも違ってくる。残されたさやかは野暮用の説明が出来なかったはおろか、仁美の娯楽にされてしまった。

 

「いや、だから違うって、それ」

 

 結局、二人には仁美の変な勘違いを解くことはなかった。

 

 仁美が出ていって5秒もせずに、お手洗から帰って来たほむらが仁美と入れ違いで教室に入ってきた。ハンカチを持って丁寧に手を拭いて、廊下を駆けて行った仁美の背中を見送りながらまどか達に言う。

 

「じゃ…行きましょうか?」

 

 

◆◇◆

 

 

 時間はまた少し流れ、場所も大きく変わる。ここはショッピングモールの中にあるファストフードのチェーン店。もっぱらファストフード店の売りは、安く・速く・美味いの三拍子である。ここはそれが欠けることなく揃っている。奥の方には店のイメージキャラクターなのか、全身緑色で頭に店員と同じ帽子を被った鶏だかアヒルだか何かの鳥を模した着ぐるみが立っていた。しっかりと直立してゆらゆらと揺れているからに中に人が入っているのだろうが、そこに人員を割くより厨房に回した方が良い気がする。その隣にはビニール製の人形が浮いている。どうせなら両方着ぐるみか人形のどっちかに統一してほしい。

 

 店内はここのイメージソングなのか陽気な音楽が流れている。放課後である今の時間は学生が非常に多く、昼間よりも活気に満ち溢れており客でごった返している。注文を受けたウェイトレスが忙しそうに行き交う。空席も残り少なく、数えるほどしかない。

 

「来てくれたみたいね。それじゃ早速行ってみましょうか。…と言いたいところだけど」

 

 四人用のテーブルにはマミを始めとするまどか、さやか、ほむらの三人が座っている。それと一匹が。ここに集った理由は勿論学校でもまどかがほむらに話した魔法少女について学ぶ為だ。

 

 なにも学ばず魔法少女になろうなどと思われるよりは、幾らか知っておく方が良い。どれだけ危険なのかや、自分達にはどれだけ相容れない世界を見ようとしているのかを。

 

「暁美さんも来てくれたのね?」

 

「ええ、二人が心配だから」

 

 マミと向かいの席に座って居るほむらが答える。マミもほむらがやって来ると予想はしていたのか、驚いた様子ではなかった。マミの落ち着いた物腰は反ってほむらに緊張を与える。

 

 可愛らしく首を傾げて笑ってみせる。が、目は全然笑っていない。仁美の笑わない目とは全く異なる威圧感。細められた瞼の間から覗く瞳はほむらの心意を見定めようと逸らさない。様々な異変と共にタイミング良く転校してきた魔法少女のほむらに対して疑念を抱いてもおかしくはない。元々、見滝原の街は在住するマミの縄張りであり、昨日転校して来たよそ者のほむらが今マミと同席しているのが普通ではない。マミはそんなほむらの思惑を見抜こうとしている。見滝原は渡さない、そう訴えかける眼差しを送りながら。

 

 反対にほむらとしてはマミと友好的な関係を築きたい。相手はほむらの知る中で最も魔法少女歴の長いベテラン魔法少女。ほむらが出会うまでにも多くの魔法少女と交流を重ねて同類との絶妙なやり取りの仕方を心得ている筈だ。魔法少女も全部が全部味方という訳ではない。縄張りを横取りしようとする考えの者も居る。足元を掬われない様に協力関係を結んだ者以外はまず信用しないだろう。マミ相手に下手な事は言えない。

 

 とは言ったものの、こんな所で躓いているようでは今後他に居る魔法少女とまともに取り合うことなど不可能、ここを乗り越えて初めてスタートを切れる。今マミに言うべきことは自分の歪みない考えだ。自分の素直な気持ち、マミの重んずる魔法少女としての正義を示す事で少しでも警戒を解いてもらう。

 

「ただまどかが心配なだけです。それに美樹さんも」

 

「……そう、ならいいの。それと、貴女は今ここに居る訳だけど、私と争おうって風でもないわね。だったら貴女は私の味方だって考えてもいいのかしら?」

 

 次は警戒と確認の質問。しかしさっきの見定める目ではなく、ちゃんと笑っている。自分の味方と思っていいのか、と彼女の方からそんな話しを持ち掛けられるのは好都合。少しでもほむらと協力関係をしてもいいという考えの表れ。このまま頷けばきっとほむらの思い通りにマミと協定を結べる。

 

「はい。私も巴さんと争いなんてしたいとは思っていないですから、協力関係をとってもらえば嬉しいです。私も最近契約したばかりなので…」

 

「本当なのね?」

 

 またしてもマミからの質問。今回のは1秒の間を空けない即答。ほむらはそこですぐに答えるか悩んだ。魔法の恩賜を除いた魔法少女自体の実力で言うと、ほむらはかなり弱い部類に入る。これといった武器もなく、代わりに反則じみた特殊な魔法。それが無ければ愛用の銃火器も無くとてつもなく弱い。経験はかなり積んでいるが、最近契約したというのはあながち間違ってはいない筈だ。最近と言ってもそれは1ヶ月未来の話になるのだが、取り敢えずそういう事にしておく。

 

(ん? 巴さんが聞いてるのは協力するかしないか、よね? だったら私の魔法少女としての経験は正直あまり考えなくても…)

 

 聞いてきたのはほむらの協力する意思。どれだけの実績があるかなど聞いていない。ほむらが勝手に焦点をずらしただけだ。

 

「はい」

 

 ほむらの答えに『そう』とだけ返すマミ。注意しなければ分からないが、一瞬僅かに唇を緩ませたのをほむらは見た。

 

 やはりこの人は難しい。苦手だとかそんなのではなく難しいのである。ほむらは内心そう呟く。今もそうだ。警戒されていたのかと思えば、綺麗に笑ってみせたりと、切り替えが極端。どんな風に思われているのか見当がつかない。

 

 しかし今のほむらは未来の出来事や巴マミの性格、暮らしに友人関係、その他にどういう経緯で契約したかや魔法少女に対してどのような思想を抱いているかも目の前に居るマミではないが本人から聞いて知っている。過去に魔法少女と決裂してしまったがコンビを組んでいた頃のあったマミは今も一人ではなく、仲間と共に戦いたい。一緒に戦える仲間が欲しいと思っているだろう。故に口元を綻ばせたと考える。

 

 過去と未来を知っている。これは非常に大きなアドバンテージだ。それを活かして自分が一緒に居てあげればマミとの間に絆が生まれるかもしれない。それに、契約したばかりだと言った以上、これからあまり戦闘に慣れていない道化を演じる必要も少なからず出てきた。

 

「ごめんなさいね、暁美さん。こんな確認ばかりしちゃって。昔一緒にいた魔法少女と意見の食い違いでトラブルを起こしたことがあって嘘じゃないかちょっと試しちゃったの」

 

 こんな風に言ってはいるが、やはり仲間になって欲しいという気持ちの方が強い筈とほむらは予想する。マミの本質は強がりで、そのくせ誰よりも壊れやすい心の持ち主で寂しがり屋。その境遇からか一人になることを何よりも嫌っている。

 

「大丈夫ですよマミさん! ほむらちゃんはそんな事しませんよ!」

 

 唐突にまどかがほむらの手を握ってそう宣言してみせた。まどかに手を握られてほむらは顔が何故か熱くなり頭が瞬時に沸騰する。考えていた事が吹き飛び握られた手だけに意識が持っていかれる。

 

「おぉ~! まどか、今回は強気に出たね~」

 

 さやかが意味深な笑みを浮かべてまどかのほむらと繋いだ手を見る。

 

「へっ? 強気…?」

 

「流石まどかが嫁と認めただけあるわ。あたしの負けだ! ほむら、アンタにまどかは譲るよ!!」

 

 握った手を見てからほむらを見る。顔を赤くして恥ずかしそうにまどかの手と顔を交互に見るほむらと目が合う。自分が大胆な行動をしているのに気付き、まどかも急にそれを意識し頬を紅潮させる。『ごめん!』と謝られ慌てて手を離される。別に迷惑でもなくまんざらでもなかったほむらは気落ちしてしまう。

 

「ま、そんなお熱い二人は置いといて、準備になってるかどうか分からないけど… 持って来ました! 何もないよりはマシかと思って」

 

 恥ずかしそうにしている二人を放っておいて、さやかは布で巻いた棒状の物を取り出した。どうやら学校の体育館から拝借してきた金属バットのようだ。マミはなんだか頼りなさそうといったように言う。

 

「まあ…そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ。ねぇ暁美さん?」

 

「え、ええ。そうですね巴さん」

 

「それじゃ美樹さんの意気込みも分かったことだし、出発しましょうか?」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 四人はファストフード店から出て街を歩いていた。いつも目にする風景が魔女を探すというだけでまったく違って見える。あの影に魔女が潜んでいるのではないのか、この先の路地に結界があるのではないかと勘繰ってしまう。そんな風に思うとなんだか使命感を覚えてか、さやかも浮き足だっている。

 

「そう言えばさ、魔女ってどうやって探すの?」

 

 前を歩いていたさやかがくるりと振り返って訊いてくる。さやかとまどかに魔女がどんなモノなのかも、まだ詳しい事は何も聞かせていない。魔法少女は人を守る正義の味方、魔女は人を襲う悪の権化。それくらいの抽象的な事しか教えていない二人には魔女に対する知識が乏しかった。探し方はもちろん、姿形すら想像のつかないのが関の山だろう。

 

「魔女が残していった魔力の痕跡を辿るの。基本的に、魔女探しは足だのみで、こうしてソウルジェムが捉える魔女の気配を辿ってゆくわけ」

 

 マミの手に乗せられたオレンジ色のソウルジェムが発光を繰り返す。探索開始のときよりかは光の輝き方が強くなっていた。

 

「案外地味なものよ? 期待外れだったかしら?」

 

「いえ、そんな! 期待外れだなんて全然!」

 

 マミがさやかの気持ちを察してかそんな事を言う。ふふふと面白がって笑うマミにさやかはペースを握られる。

 

 さやかの前を歩くほむらはそんな事どうでもいいので自分のソウルジェムを見て魔女を探す。ファストフード店を出発してからほむらがずっと先頭に立って歩いた。マミに信用してもらう為にもその役を買って出た。

 

「魔女の居そうな場所、せめて目星ぐらいは付けられないの?」

 

 探し方は理解したが、目的の魔女が見つからなければ意味はない。だがベテランのマミに抜かりはなく、ちゃんとチェックするところも目星がついており今そこに向かっている途中。せっかく出来た魔法少女の後輩、及び魔法少女の卵にがっかりしてもらう分けにはいかないので魔女が確実に居るであろう所を巡る。

 

「魔女の呪いの影響で割と多いのは、交通事故や傷害事件とかよ。魔女の瘴気にあてられて冷静な判断が出来なくなる。だから大きな道路や喧嘩が起きそうな歓楽街は、優先的にチェックしないと」

 

 二人が感心したのか二三回頷く。

 

「あとは……自殺に向いてそうな人気のない場所ね」

 

 ほむらはある建物の前で足を止めた。目的の場所に到着したのだ。ほむらの数歩後ろでマミがぴたりと足を止め、まどか達も倣ってそこで足を止めた。辿り着いたのは町外れの建設が中止された廃ビル。人気がなく、まさしくな場所だ。流れ出てくる異質な空気。建物の奥で蠢く無数の黒影。この付近だけまるで世界そのものが違うとも言える雰囲気にまどかとさやかは覚えがあった。あのショッピングモールで遭遇した奇怪で不気味な世界、あれが魔女の結界であった事を今思い知らされた。

 

「あ、マミさんあれ!」

 

 まどかの見上げ指差した先には長い髪を靡かせる女性が廃ビルの屋上に立っていた。風に煽られてフラフラと揺れている。あんな危険な所に立つとは正気の沙汰ではない。このままでは落ちてしまうと思った瞬間、女性は躊躇なく飛び下りた。

 

 マミが走り出す。地面を蹴り加速して全身を光に包む。魔法少女になったマミがリボンを操り、飛び降りた女性をキャッチしようとネットを作り出す。お手本の様な流れる動作。マミの活躍で女性のが助かったと思った二人だが、空中で女性が突然消えた。元からそこに居なかったくらいに女性の影も形もなくなりマミにまどかとさやかの三人は目を見開いた。

 

「えっ!?」

 

「消えたっ!!」

 

 女性が落ちてくるのをネットの前で待っていたマミの隣で、何か地面に着地する音がした。そこには女性を抱えたほむらが膝を着いていた。

 

「ほむらちゃんいつのに間!」

 

 さっきまで隣にいた筈のほむらが移動していた事にまどかが驚きの声を上げる。さながら瞬間移動のマジックを見せられた気分だが、間違いなくほむらの魔法によるもの。ほむらの魔法の特性上、実際に目で捉えるのは不可能。何が起きたかなど理解する事すら出来ない。

 

「今の、暁美さんの魔法?」

 

 マミの質問に軽く頷いて返し、抱えた女性を優しく下ろす。ぐったりと気を失っている女性の後ろ髪を掻き分けて首筋を見る。マミは首筋にあるものを見てやはりといったように目を細める。

 

「魔女の口づけね…」

 

 首筋にはタトゥーに似た模様。魔女の口づけ。魔女に魅入られて人間に現れる魔性の紋章。これがある人間は本人の意思と関係なく体の自由を奪われ、まともな判断すら出来なくなる。自殺をさせたり、結界の中へと足を運ばせる。魔女の生み出した負のシステム。一定の行動を操って行わせられるので、盾に取られたりすると厄介極まりないもの。

 

「この人は?」

 

「大丈夫。気を失っているだけ。先を急ぎましょう」

 

 魔女に取り殺される前に女性を助けられた事に安心しつつ、この廃ビルに魔女が巣食っているのが確定した。マミを先頭に廃ビルへと足を踏み入れる。ガラスが床に飛散していたり壁のコンクリートが剥がれていたりと建物自体の老朽化が進んでいる。都市開発の進む見滝原にはこうした発展から見放され、放置された建設途中の建物が無数に存在する。そういう人気のない場所に魔女がよく結界を張るのは魔法少女しか知らない裏の話。また入った瞬間に空気が外に比べてかなり低くなった。陰であるのも理由の一つだろうが、あまりの温度差にまどかとさやかは身体を震わせた。

 入ったすぐに二階へと続く階段が迎える。マミが指輪の形をしたソウルジェムをその階段へ向けて翳した。すると宙空に刺々しい不気味な紋章が浮かび上がった。蝶の羽を模した模様で赤色が基調となっている。ぐにゃりと湾曲して中心から左右に裂けて口を開く。

 

「魔女の結界の入り口を開く時は、結界に自分の魔力を流して干渉するの。そうすれば入り口を開けるわ」

 

 ここでも魔法少女としての基礎をレクチャーするマミ。相当気合いが入っている証拠。マミが結界へと入って行き、それに続いてほむら達も入った。

 

 結界の中は薔薇が咲き乱れ、黒いハサミが宙に浮いている。錆び付いたパイプが張り巡らされた壁。ひたすら長い通路が続く先は見えない。

 

「気休めだけど。これで身を守る程度の役には立つわ」

 

 指の腹でマミがバットに触れるとリボンが巻き付いてメルヘンチックな模様へと変化した。振り翳せば障壁を作り出し使い魔が襲ってきても牽制ができるくらいの物になった。

 

「まどか、絶対に私達の傍を離れないでね?」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 結界を進んでいくと、どこに潜んでいたのか、綿毛の怪物が地面を割って這出てきた。わらわらと数を増やし、その数は有に50を超える。以前まどか達が襲われたものと同じ。中には体の至る所に眼を付けた新手の使い魔まで居る。ほむらはサブマシンガンで使い魔の群れに鉛弾の雨を降らし殲滅する。空になったマガジンを取り外し新たにマガジンを取り付け、引き金を引いて装填。再び発砲して壁に床に弾痕を増やす。

 

「どう、怖い? 二人とも」

 

「な、何てことねーって!」

 

 強がるさやか。その横で身を縮こまらせるまどか。怯えているのは火を見るより明らかだ。

 

「無理もないわ。魔法少女でもないのだから。けど頑張って。もうすぐ結界の最深部よ」

 

 使い魔を一掃した後に残ったのは薬莢の山。空気に溶ける鼻を突く火薬の残滓。あれだけ湧いていた使い魔もいつしか消え、目の前には一つの大きな扉。ひとりでに開き扉の方から迫ってくる。扉を抜けた先にはまた扉。それも開いて次々に迫り来る向こうにまたしても扉。瞬きする間にも数回連続で抜けてマミ達はついに魔女のいる最深部に到達した。いや、招かれたという方が正しい。

 

 ざっと見渡せば広さは直径30メートルあるかないかくらいの大きなホール。天井までの高さもおおよそ30メートル。四人は地面から10メートルくらいの所にある扉からホールを見下ろしていた。壁がどのような原理で動いているのかぐるぐると回っている。

 

「あれが魔女よ」

 

 その大きなホールの真ん中にそれは居た。おおよそ一般人が予想する魔女とはかけ離れた姿の異形の怪物が。満開に咲く深紅の薔薇を寝台にして、そこに横たわるものがあった。

 

 地面にむけて垂れ下がった緑色のぶよぶよした頭に薔薇がいくつか飾られている 。体からは無数に足が生え、腰に極彩色の大きな蝶の羽。綺麗な薔薇に囲まれて眺めている様子だ。その美しい薔薇とは対称に魔女はこの世の物と思えぬほど醜悪。世界にある全てのグロテスクさを詰め込んだ様な姿は見る者を視覚的に攻撃する。

 

「う…グロい」

 

「あんなのと…戦うんですか…」

 

 まどかが心配して言う。ここに入ってからは赤い薔薇がどうしても血を彷彿とさせてしまう。居るだけで気分を害す。

 

「大丈夫。負けるもんですか」

 

 マミがさやかの持っていたバットを石で構成された地面に突き刺す。バットを中心にその空間を囲むようにリボンが現れ結界となった。石の砕ける音に魔女が目を覚ます。ぐらりと巨頭を擡げ欠伸に似た仕草で起き上がるそれはまさに魔の怪物。

 

「いってくるわ」

 

 舞い降り立つのは二人の魔法少女。臆することなく佇む二人は魔女にとってただの餌か、それとも最後の試練か。鮮血を散らして薔薇をより赤く染めるのはこの内どちらか一方になる。

 

 

 

 

 


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