Episode Magica ‐ペルソナ使いと魔法少女‐   作:hatter

6 / 14
 魔女と影(2010,5/6)

 

 

 西の地平線に太陽が沈みだし、夕日が空を茜色に染める頃、街は昼間とは違う装いを見せ始める。公園で遊んでいた子供達は親の決めた門限に追われ家路を辿り、家庭を持つ主婦は家族の帰りを夕飯と共に待つ為、買い出しより帰宅する。学生にとってまだまだ遊びに費やす時間が残っているのでゲームセンターやカラオケボックス、娯楽施設には中高生が溢れ返っている。

 

 しかしその学生の波の中に、見滝原の外からやって来たアイギス達の姿はなかった。もとより娯楽の為にここを訪れた訳ではないからだ。今はマミに連れられ川を横断する長さ100メートルもない鉄橋の上を歩いていた。

 

「まずは自己紹介から始めましょうか。…改めまして、私は見滝原中学三年の巴マミ。この街の魔法少女よ」

 

 先頭を歩くマミが踵を返し、振り向きながら自己紹介を始めた。顔を上げてマミを見る。夕日を浴びる金髪はちょうどオレンジ色のように変わり、沈みかけた太陽に馴染む。マミに視線が集中し、その場で皆が足を止めた。

 

(いいタイミングね。ナイスよ巴マミ)

 

 当然と言えば当然だが、ほむらは結局マミに着いて行くことにしショッピングモールを出発していた。着いて行くと言った時、微妙な間があったが、着いて行く事についてマミがあまり追求してこなかったのは嬉しい誤算。

 

 そこまでは良かった。さほど問題になる訳ではなかったが、ショッピングモールを出てからずっと今のような空気が流れており少なからず気まずさが目立ってきていた。なので、話題を振ってくれたことにほむらは内心マミに感謝した。先頭を歩いているのはマミ、そしてその後ろにほむらとまどかにさやかの三人。さらに後ろには美鶴がアイギス達を背後に引き連れる形で先頭に立っている。恐らく美鶴がアイギス達を引っ張るリーダー的存在なのだろうと、ほむらはなんとなく予想する。さっきから美鶴の視線が背中に感じられこちらの様子を窺っているのが分かるが、そのお陰でまどかとさやかの二人がガチガチに緊張して歩き方が不自然だ。

 なにはともあれ、お互いを知らなければ話も進まないということで自己紹介から始まった。マミが自己紹介を済ますと、まどかとさやかも緊張がいくらか解けたのか小さく笑みを見せた。マミのことは知っているのでほむらは聞き流す。既知の情報はそう何度も必要ではない。それよりもほむらの聴いておきたいのは、このイレギュラーな人物達についてだ。

 

「んじゃあ次はオレからいかせてもらうぜ。オレは月光館学園高等部三年、伊織順平。ジュンペーでいいぜ」

 

「月光館学園初等部六年、天田乾です。よろしくお願いします」

 

 自分の胸に親指を突き立てて示す順平にほむらはフレンドリーな性格をしていそうだと評価を下す。天田に関しては礼儀正しい語り口調に少々驚きを感じていた。年相応のやんちゃさでも表れるかと思ったが、天田のことを侮りすぎていた。次にさやかにまどか。そしてほむらが続く。

 

「あたしはマミさんと同じ見滝原中学で二年の美樹さやか、です。よろしく」

 

「さ、さやかちゃんと同じクラスの、鹿目まどかです。よろしくお願いします」

 

「見滝原中学二年。私もまどかと同じクラスの暁美ほむらよ」

 

 長い黒髪をいつもの癖で左手で解いた。本日三度目の自己紹介。流れ作業の如く自然と口が動く。それにしても一日で三度も自己紹介をするなど過去最多かもしれない。など、そんなことを考える。

 

「月光館学園高等部三年、アイギスです。よろしくお願いします」

 

 絹のようにしなやかな金髪を揺らすのは碧眼の少女。蒼い双眸は一切の濁りがなく、澄んでいる。

 

 その目はあまりにもほむらと正反対だった。確かな光を宿して未来に希望を見出だした生ける者の目。対してほむらの目は、どちらかというと未来を望むことを半ば諦めかけたように虚ろで淀み、それが自分でも分かるほどである。しかしそれも過去だ。今は未来を強く望みその目には小さくとも希望はあった。

 

(…私も昔はあんな風だったのかしら。にしても…会ったことは、やっぱり一度もないわね)

 

 初めて顔合わせをした際、アイギスはほむらを見てどこかで会ったことがないかと訊いた。もちろん会った憶えはなく、外国人の知り合いもほむらにはいない。もし会っていても、金髪に透き通る碧眼、と忘れようにも忘れられない特徴尽くしの容姿なのだから間違いなく会っていない。こんな知り合いが居れば友達の一人にでも自慢したくなるくらいである。

 

「私もアイギスと同じ高等部三年の岳羽ゆかり。よろしくね」

 

 短すぎるミニスカートにピンクのカーディガン。ルックスも整っており紛れもなく美少女に分類するゆかり。アイギスに勝るとも劣らない容姿であり、人によってはアイギスより彼女の方がタイプと言う人もいるだろう。そしてその美貌ゆえの自信からか、すらりと伸びる長い脚を惜し気もなく大胆に晒している。大抵の男はそれで目を奪われるに違いない。

 

 しかし容姿もスタイルも抜群なのだが何か物足りない感じがするのは何故なのか。ほむらはマミを見てからゆかりに目を移し、何が足りないのか気付いて自身にも幻滅した。

 

「ゆかりちゃんと同じ高等部三年。山岸風花です。よろしく」

 

 明るい緑色の髪をした小柄な少女、山岸風花。線の細い華奢な体つきからどこか小動物に似たか弱さが漂う。身長もまどかと並べばほとんど大差はない。

 

「今は大学生の真田明彦だ。よろしくな」

 

 次に白髪の頭に赤いベストを着た大人びた少年。むしろ青年と表現する方が正しく思える。引き締まった筋肉が衣服の上からでも確認できるがっちりとした体つき。このメンバーの中で最も戦うための肉体を持っている真田、ただの自己紹介をするだけでも他とは画の違う貫禄がほむら達に伝わった。

 

「皆年上のお兄さんお姉さんだよ」

 

「う、うん」

 

 ほとんどが高校生の年上でまた緊張を覚えるまどかとさやかの二人。ちらりとほむらがマミを見てみると、表向き落ち着いているように思えるが目が泳いで内心ドキドキしているのが見て取れる。どれだけ戦いの場数を踏んだ数が多かろうと、年上で大勢の人との会話に疎ければ頼りになるマミでもこうなってしまう。

 

 普段あんなにも頼りになるマミの姿を知っているだけあって今のマミがなんだかほむらは可笑しく思えた。

 

 そして最後は腕組みをしたままヒールの高いブーツを鳴らして歩いていた美鶴。こちらも真田と同じ、またはそれ以上の貫禄が滲み出ていた。並の人間ではないようなオーラを纏っているのとは裏腹に、長い前髪に隠れた目は穏やかで大人の余裕さがある。

 

「私も同じ大学生の桐条美鶴だ。よろしく頼む」

 

「ん? ぅん!?」

 

 美鶴の名を聞いてさやかが思わず唸った。さやかだけでなくマミとほむらもぴくりと眉を一瞬寄せて聞き間違いではないかと反応を見せる。今の発言を聞いて反応しない方が難しい名前だった。有名すぎて百人に訊いても百人が知っていると答える。それでもまどか一人だけは気付いていない。

 

「どうしたのさやかちゃん?」

 

「…まどか、これが本当だったら凄いよ」

 

 さやかは美鶴を真正面に見て恐る恐る聞いてみる。若干の畏れを孕んだような腰の引けた訊き方。

 

「桐条って…あの"桐条グループ"の桐条ですか?」

 

「そうだが、どうかしたのか?」

 

「うわ、マジで本当だった。す、すごい…」

 

 何の確認だという風に美鶴の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。『桐条』の名が広く知れ渡っているのは日本だけでなく世界まで及んでおり、ただ名を聞いただけでそれほど驚くような事ではない。美鶴自身が『桐条』の名は知っている人は知っているくらいの認識でいるため、誇りはあっても特別などとは思ってもいない。それゆえ浮世離れした生活を送っていて世間知らずな面もあり、桐条と名乗る際でも気にすることもない。なのでさやかの訊き方に素直な疑問を美鶴は抱いた。

 

 驚くべきなのは、その『桐条グループ』の桐条美鶴がここに居ること。

 

「まさかこんな所で桐条グループのご息女さんと会うなんて…」

 

 さやかと一緒にマミも驚愕する。ほむらも信じられないと言ったように目を見開いて美鶴を足元から頭まで見直した。見た時から只者ではないとは思っていたが、目の前に立つ美鶴があの世界に名高い桐条グループの当主だったというのはほむらの予想の範疇を超えていた。

 

 三人が驚愕する中、まどかは確認を取ってもいまいちピンと来ないのかまだ分かっていない。理由も分からないが、動揺している三人の表情を見て取り敢えずまどかもそれらしい反応をする。傍から見てもまどかの取る反応があまりにも不自然なので、さやかが小声で耳打ちした。

 

「見滝原の都市開発のほとんどに桐条グループが関わってるの聞いたことない? つまり桐条さんはあの大企業の社長さんってこと」

 

「それ、すごい人じゃん…て、えぇっ!? 桐条さんってあの桐条グループの!!!??」

 

 ようやく美鶴がどの程度の知名度を誇っているのか気付いたまどかに、ほむらと美鶴以外は苦笑いを浮かべている。まどかは驚きのあまり二三歩後ずさった。後ずさるまどかがこれ以上下がらないようほむらはまどかの背中に手をおいて美鶴を見た。ほむらの美鶴を見る目はどことなく疑いを持ったような、あまり初対面の人に良い印象を与えないもの。しかしその目も悪意や敵意で向けているのではなく、桐条グループと聞いて何か古い記憶が思い出しそうになっているからだ。

 

(桐条、グループ……)

 

 何年前だったか。繰り返しすぎていつの事かも分からなくなる。そして今思い出そうとするそれが桐条グループに関係する事柄なのかすら怪しい。

 

(いつ……? 何だったかしら?)

 

 なにか思い出そうとするも、体感時間的に言うと本来の経過した時間より相当長い時間を体験しているので曖昧な記憶しか甦らず引っかかる。しかしさして重要そうにも思えず、今はどうでもいいので頭の隅に追いやった。この時、ほむらの僅かな表情の変化をアイギスは見逃していなかった。

 

 

◆◇◆

 

 

 一堂はマミに案内され30階建ては超える大きな高級マンションへ足を運んでいた。中に入らずとも外から見た通りに聳え立つマンションが高級であるのが言われずとも分かり、内装もかなり豪華な作りになっている。エントランスホールの天井からは眩しいくらいに光を乱反射するシャンデリアが吊るされ、その存在感を堂々と表している。フロントも装飾がなされ、大都市にあるホテルでもここまで凝っているとは思えないほどだ。中学生が住むにしては贅沢過ぎる気がしないでもない。

 

 二つあるエレベーターの間に設けられた備え付けのボタンを押して、5秒も待つことなく同時に下りてきたエレベーターに乗り込む。扉が閉まるとすぐに上昇しエレベーター特有の重圧が身を包む。数秒もすれば目的の階に到着して滞りなく降りた。

 

「いいのか、ここは君の自宅だろう?」

 

「気を使わなくても大丈夫です。どうせ私しか住んでいないですから」

 

 美鶴の浮世離れした私生活を何度か垣間見ている特別課外活動部の面々は然程驚くこともなく、すんなりとマミが高級マンションに住んでいる事を受け入れた。反対にごく普通の中学生のまどかとさやかはあまりの豪華さに感嘆の声を零したりと、当たり前の反応を示していた。むしろこちらの方が一般的であって、特別課外活動部の見せた反応の方がずれているとも言える。

 

「こいつは良いのかよ? マンションってペット禁止なんじゃねぇの?」

 

「普通の人には見えないけど、どういう分けか君達は当然のように僕が見えてる。僕はおろか魔女も使い魔、結界も普通見えるものじゃないんだよ? それに僕はペットじゃないから」

 

 『巴マミ』と表札のかけられた扉の前に着いた。マミが扉の鍵を開けて全員を招き入れる。パチパチと壁の右側に取り付けられているスイッチを入れて明かりをつけると、なんともオシャレに飾られた部屋が目に飛び込んだ。シンプルな装いの中に、エレガントさを匂わせるティーカップなどが壁に設けられた棚に飾られている。

 

 入る際、『お邪魔します』と一言挨拶をしてから足を踏み入れる。リビングまで案内されるとマミに適当にくつろいでくれと言われ、ソファーやカーペットの上に腰をかける。マンションながら中の空間は見た目以上に広い造りになっているが、さすがに何十人も生活するよう設計されていないので窮屈にも感じられる。

 

 リビングに十人も居れば息苦しさが目立ってくるものの、全員の意識はそこになく、本題のみに絞られているので気にした様子はない。来客へのもてなしの為ここの主はキッチンへと姿を消している。中学生にしてそこまでの気配りが出来ていることに関心しつつ待つこと数分。

 

「ろくにおもてなし出来ませんが」

 

 しばらくしてキッチンの奥から帰ってきたマミが全員分の紅茶とケーキを乗せたトレイをテーブルに置いた。白いお皿に乗せられたケーキは苺のショートケーキの切り分け。生クリームの甘い匂いとティーカップに注がれた紅茶の上品な香りが部屋に広がる。

 

 ケーキに最初に手をつけたのはやはりと言ったところか、あまり遠慮のない順平。つられて天田も一口食べて口元を綻ばせる。美味しそうに食べる天田を見て、我慢ならなかったのかさやかとまどかも食べ始めたが、少し遠慮がちで口に運ぶ頻度は二人に比べ低かった。

 

 ゆかりに風花も年頃の女の子なので甘いものに目がない。運動すれば太らないと自分を納得させて食べ進める。アイギスはケーキに手をつけず、ティーカップに注がれた紅茶だけを空にしていた。真田は出されたケーキと紅茶に対して礼を言って即座に平らげる、美鶴はソファーに座って紅茶を嗜む。それ以外は腕を組んだままの姿勢を維持している。

 

 

 

 

 

「じゃあ僕から説明するよ」

 

 用のなくなった食器やティーカップをマミが片付けてリビングに戻って来ると、テーブルの上にキュゥべえが飛び乗りそう言った。重さを感じさせない緩やかな跳躍をする白い獣からはどこか見る者に奇妙な虚無感が伝わってくる。

 

「マミ、ソウルジェムを出してくれるかい?」

 

 席に着いたマミは無言で頷いて左薬指に通している指輪の形を変え、机の上にオレンジ色に光る宝石を置いた。ほんのりと発光して呼吸するように強弱が繰り返される。まるでそれ自体が生きているかのようで明滅の強さも毎回違い、同じ輝きは繰り返さない。

 

「これはソウルジェム。僕との契約によって生み出す宝石だよ。魔力の源であり、これを持つ者が魔法少女であることの証さ」

 

 ソウルジェムの上にキュゥべえの小さな手が置かれる。それを見ながらさやかは眉を寄せた。

 

「契約って?」

 

「僕は君達の願いを何でも1つ叶えてあげられる。そして願いを叶えた替わりにこのソウルジェムを手にして魔女と戦って貰うんだ。それが僕の行う契約だよ」

 

 さやかの質問に間を置かずして答えるキュゥべえ。何度も言い慣れたようにスラスラと述べる様は、さながら営業マンのようだが遠慮や謙虚さがない。また今回が失敗しても別に宛があるのか、強い拘わりも見えない。故に契約が”誰にでも出来る”ものであると印象づけるには効果があった。しかし、いち早く反応したのはさやかとまどかとは違う輩だった。

 

「なんでもってマジかよ?」

 

 "なんでも"という言葉にさやか達より先に反応したのは順平。キュゥべえは表情こそ変わらないが、表情があれば苦笑いといったところだろう。順平もただどんな願いも叶うというキュゥべえの断言に本当かどうか気になったたけであり、契約して魔法少女になりたいなどの願望はない。

 

 それに今の順平に叶えたい願いもなく、興味本意で聞いただけで深い意味は本当にないのだ。

 

「残念だけど叶えられるのは女の子の願いだけなんだ」

 

「順平が魔法少女って……ハハッ」

 

 何を想像したのかゆかりが見るからに顔色を悪くして苦笑いする。それに同じくして風花も脳内に如何にもアニメや漫画に出てきそうなフリフリのついた可愛らしい服装に身を包んだ順平を思い浮かべ苦笑した。さらに天田から容赦ない追い討ち。

 

「想像するだけで気持ち悪いですね」

 

「ちょ、ヒドッ! なんかオレに対する当たり方今日キツくね!?」

 

 騒ぐ順平に真田が一喝を入れて黙らせる。順平は小さくなって黙り込み、目尻に涙を溜めて大人しくなる。

 

「なんだってかまわない。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ」

 

「なんでもって、言われてもね…さやかちゃん?」

 

 まどかの語りかけにさやかは思い詰めた顔をしたまま目立った反応を返さない。ほむらはさやかのその変化を見逃さなかった。

 

「美樹さん、悩んだりするようなら魔法少女になんてなろうと思わない方が良いわ。それにまどかも」

 

「まぁ暁美さん。今は説明だけでも聞いてもらいましょう。契約するか決めるのはその後なんだし」

 

 キュゥべえはほむらを見る。ほむらは無言で目を細めてキュゥべえを睨み返す。それを肯定と受け取る。

 

「じゃあ続けるよ。願いを叶えるのと引き換えに出来上がるのがソウルジェム。これを手にした者は、魔女と戦う使命を課されるんだ…ここら辺はそこにいるほむらが先に説明してくれていたようだね」

 

「契約がなんなのか分かったけどさ、魔女って何なの? その魔法少女とは違うわけ?」

 

「願いから産まれるのが魔法少女だとすれば、魔女は呪いから産まれた存在なんだ」

 

「魔法少女が希望を振りまくように、魔女は絶望を蒔き散らす。産まれもやる事も全くの正反対。まさに私たち魔法少女の敵よ」

 

 マミがキュゥべえのあとを繋いで説明する。手本のように適切で物腰の柔らかな語りに聞き入る。皆マミの説明に納得のいったようにこくりと頷く。

 

「理由のはっきりしない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なのよ。形のない悪意となって、人間を内側から蝕んでゆくの」

 

 さやかはどうしてそんな魔女に他の人は気付かないのかとマミに訊くと答えはすぐに返ってきた。しかし、答えたのはキュゥべえだった。

 

「魔女は常に結界の奥に隠れ潜んで、決して人前には姿を現さないからね。さっき君たちが迷い込んだ、迷路のような場所がそうだよ」

 

「迷い込んだんじゃなくて、あなたが誘導したんじゃないの?」

 

 間髪入れずに言う。若干の苛立ちが見え隠れする物言い。それに対してキュゥべえはさぞ心外そうに言った。

 

「誘導だなんて人聞きが悪いなぁ」

 

「でも、暁美さんが一緒に居たから一応大丈夫だったとは思うけれど。だけど危ないところだったのよ。あれに呑み込まれた人間は、普通は生きて帰れないから」

 

 さらりと、遠回しに『あと少し助けがなければ死んでいた』と言われ、まどかとさやかは背中に冷たいものが伝った気がした。

 

「これで僕たちからの説明は終わりだ。今度は君達の事を教えてもらうよ」

 

 ほむらにマミも神妙な顔で待っている。まどかとさやかもあの不思議な力に興味津々のようだ。まどかにさやか、ほむらにキュゥべえも一度アイギスと順平の力を見ているがマミ一人だけまだ見ていない。

 

「……今まで、夜中の午前0時に一度でも何か違和感を感じたことはないか?」

 

 最初に美鶴が口を開く。それはまどか達に対する素朴な質問をだった。一体どう美鶴達の使った力と関係するのか結び付きがつかず四人と一匹が揃って首を横に振った。それを見て美鶴もそうだろうと小さく頷いてみせた。

 

「それが…どうか?」

 

「少し前までは毎夜午前0時になると"影時間"というのが訪れていた」

 

「"影時間"…?」

 

 聞き慣れない単語にまどかとさやかが首を傾げる。マミも二つにまとめた髪を僅かに揺らした。

 

「一日と一日の狭間にあった普通ではない時間のことだ。機械の類いは全て動かなくなり、緑色の空気に包まれる。止まる物は例外なく時間までな…」

 

 それを聞いてほむらがアイギス達の面々を一人ずつ見た。時間が止まるなんて事象が自分以外の魔法で起きていたのにはまさかと思ったからだ。

 

「正確には私達が過ごしている普通の時間に午前0時のタイミングで割り込んでくる、本来なら存在しない時間と考えると分かり易いかもしれません」

 

「ま、気付かなくて当たり前なんだけどさ。影時間に適性のない人は棺桶の形になって寝てっからな。オレ達の場合は影時間に適正があっから動いてられたけど」

 

 それを聞いたまどかはぶるりと体を震わせた。

 

 "一日と一日の狭間にあった誰も気付かない時間"と至極あっさりと言うが、冷静に考えればそれはとんでもなく怖いことの筈だ。自分の知らないところで起きていたとは言え、確実に体験していたのだから。

 

 それもつい最近まで続いていた出来事という事もまどか達は知らない。そしてほむらも。

 

「影時間になると適性無き人間は棺になり、代わりに影時間のみ現れる怪物、"シャドウ"が活動を始めます。このシャドウというのはこれまで私たちの戦ってきた相手です」

 

「シャドウ…?」

 

「初めて聞くよ。君たちの扱う力と何か関係あるのかい?」

 

「シャドウとは人の心から生まれた怪物で、影時間に堕として人の精神を喰らって廃人にしてしまうんです」

 

「聞いたことないか。世間で騒がれていた"無気力症"ってやつを?」

 

「あっ! それテレビでもよく報道されてた! 確かその症状の人を影人間って呼んでるって」

 

 今年の2月中旬まで流行っていた謎の無気力症。世界規模で起きており、ここ見滝原も例外ではなく町中に影人間が溢れていた。数名の死者が出たものの、それが急激な回復傾向になったと報道されていたのは記憶に新しい。

 

「マミもあの時は魔女の活動が活発化したんじゃないかと騒いでいたね」

 

「あれにはびっくりしたわ。どこを見ても無気力症の人たちばかりで本当に焦ったもの」

 

 ほむらも街でなにが起きているのかはテレビなどを通してある程度知ってはいた。それに、入院中も無気力症らしき症状の患者も何人か搬送されて来ていた。

 

「それもヤツら、シャドウの仕業だ」

 

「そんなのが魔女の他にも…」

 

「そして、ショッピングモールで私が使った力が――」

 

 言葉を一度区切る。聞き逃すまいと魔法少女二人と一匹は前のめりになって耳を傾ける。

 

「”ペルソナ”。精神の具現化とも言われています。そしてシャドウを唯一倒せる力」

 

 ペルソナ。あの盾と槍を持った白装束の大きな女性のシルエットはペルソナと言うのか。他には黄金の翼を持った人型。見ただけで2体はこの目で見た。しかし、ペルソナと言われて見当もつかない者がその中に一人いた。その場に居合わせなかったマミだ。

 

 精神の具現化と聞いて、実物を見ていないマミが一人考えを巡らせる。使い魔が相手といえど結界の中で生き残るくらいだ。特殊な超能力のようなものを想像して期待を膨らます。

 

「なんか巴が分かってなさそうだし、もう一回見せた方が早いんじゃねえのか?」

 

 順平は立ち上がり、部屋を見渡す。天井やテーブルの位置を確認して皆の居るところから少し離れる。

 

「この部屋広いから…大丈夫、だよな?」

 

 何やら意味深な発言に真田が最初に勘づいた。真田の勘は当たっており、風花も何をするつもりなのかすぐに気付く。

 

「じゅ、順平君!」

 

「まさか順平おまっ――!」

 

 時既に遅し。順平はこめかみに召喚器を当てて引金を引く。あまり大きくない銃声とガラスが割れるような音と青い欠片が部屋を駆け巡った。

 

 

 

 

 

「馬鹿! 早くペルソナしまいなさい、危ないでしょ!!」

 

 ゆかりが順平の耳を力いっぱい引っ張り大声で叫ぶ。目尻を吊り上げて本当に引き千切らんとする形相。一層強く手に力が入ってゆかりの長い爪がめり込む。

 

「あたたたっ! 痛いってゆかりッチ、マジ耳とれるって!!」

 

「馬鹿かお前は! こんな所でペルソナを出すヤツがあるか!」

 

「順平さん、なにも今ペルソナ出さなくても?」

 

 天田が横目で順平を見る。美鶴も順平の行動に呆れて言葉も出ない。

 

 十一人は居る部屋にギリギリ収まって窮屈そうに順平のペルソナ、トリスメギストスがマミを見下ろす形で召喚された。巨大な黄金の翼が照明の陰になって部屋が暗くなる。

 

 マミはトリスメギストスに目を奪われていた。瞬きすらせず、硬直している。役目のないトリスメギストスは次第に半透明になり消えた。消える間際に『すごい』と感嘆の声を零すマミ。

 

「今のが、そのペルソナ…ですか? それを皆さん全員が…?」

 

 しばらくしてパチパチと瞬きをした。突然現れて消えた大きなシルエットを見て驚きを隠せない。

 

「ペルソナ…見れば見るほど興味深い力だよ」

 

 キュゥべえも感慨深いのか声色だけはいつもと違って聞こえる。

 

「へへ、カッコいいだろ? オレっちのペルソナ」

 

 ゆかりに引っ張られた耳が痛いのか涙目になっている。耳をさすりなが言うがカッコはついていない。

 

 これでアイギス達の扱う不思議な力、ペルソナの説明は一応終了した。

 

 

 

 

 

「......にわかに信じがたい話だよ。でも、あんなに魔法少女とかペルソナ見せられたら信じるしかないんだよね?」

 

 さやかがそう呟く。なんの前触れもなく色々と現実離れしたものを見せられれば誰だってそうなる。かくいうほむらもそうだ。初めて魔法少女の存在を知ったときは今のさやかと同じ状態だった。

 

「みなさんはそんなのと戦ってて、怖くないんですか…?」

 

 日常の裏に隠されていた真実とそれを守る存在。魔女やシャドウと戦っていると言われればまどかも心配になってくる。

 

「怖くない筈がない。だが我々には命を預けられる仲間がいる。恐れることではないさ」

 

 目を閉じて美鶴が誇らしげに語った。共に1年間一緒に戦ってきた仲間には心から信頼を寄せている。気負うことなく背を任せられるまでの関係は特別な結束がなければ到底成し得ない。端から見てもそれだけの結束力があるのは分かる。

 

 だが、マミはその場に居るのが苦痛なのか、ティーカップを見るふりをして目を伏せた。さやかがそんなマミの顔を覗き込む。

 

「マミさん…?」

 

「あ、ううん、何でもないから心配しないで」

 

 はっと振り払ってさやかに心配ないと笑みを返した。先輩としてちゃんとした対応をしなければと思い、マミはつい声を低くする。

 

「ええ、鹿目さんの言うとおり…怖いかもしれない。だからあなた達も、慎重に選んだ方がいい。キュゥべえに選ばれたあなた達には、どんな願いでも叶えられるチャンスがある。でもそれは、文字通り死と隣り合わせなの。叶えたい願いがないなら不用意に踏み入れるべきじゃない。…けど仲間がいれば確かに安心出来るわね」

 

「…ほむらちゃんもそんな危険なことを?」

 

「ええ。だから貴女は魔法少女なんかになろうなんて思わない方がいいわ」

 

 ほむらもマミの考えには諸手を挙げて賛成だ。叶えたい願いごとがないのに無理矢理魔法少女になる必要はまったくない。しかし余計なことを口走る者がいた。

 

「そこで提案だけど、二人ともしばらくマミの魔女退治に同行するというのはどうだい」

 

「えぇ!?」

 

「えっ?」

 

 ここでキュゥべえが営業熱心な一面を見せた。星の数ほどいる人間の中でも素質のある女の子は稀有な存在であると同時に魔女退治に持ってこいだ。キュゥべえからすればなんとしても契約してもらいたい。契約を促すためにあの手この手で誘惑する。

 

「魔女との戦いがどういうものか、その目で確かめてみればいい。そのうえで、命を懸けてまで叶えたい願いがあるのかどうか、じっくり考えればいい」

 

「なにを言っているの! わざわざまどかを危険な目に遭わせる必要なんて!」

 

 隅の方でさやかが『……え、まどかだけ?』と呟いたがどうでもいい。イレギュラーなペルソナ使い達も蚊帳の外にしてほむらは激昂する。

 

 身を乗り出しかけたほむらをマミが片手で制した。

 

「暁美さん。危ないかもしれないけど鹿目さん達はキュゥべえに選ばれたのよ? 遅かれ早かれ現実を知っていた方がいいわ。もちろん安全は私が命を懸けて保障する。それとも、鹿目さんや美樹さんに契約されちゃ拙い事でもあるかしら?」

 

 大きな胸を張ってそう答える。確かにマミ程のベテラン魔法少女なら二人を守りながら戦いで勝利を納めることは出来るだろう。だが――

 

(その慢心のせいで貴女の命が…。それに現実を知っても真実を知らないんじゃ。その質問にだって答えられる訳……)

 

 と、そう言ってやりたいが口が裂けても言えない。反論する言葉が浮かばず、ほむらは自分の不甲斐なさを恨む。

 

「まどかも安心すればいい。マミの魔法少女としての強さは折り紙つきだ。そこらの魔女なんかに負けないよ」

 

「そこまで、言うんなら…」

 

 まどかがキュゥべえの口車に乗せられて承諾しようとした矢先、ゆかりが割り込んだ。

 

「うわっ、ヤバっ! もうこんな時間じゃん!」

 

 携帯を開いて見る。窓の外を見るとすっかり空は群青色に覆われ、時刻は6時30分を回っていた。電車のことも考えるとそろそろアイギス達は帰ったほうがいい時間帯。ゆかりや順平は寮生なので尚更早く帰るべきだ。

 

「そうね。今日はもう遅いからこれくらいにしておきましょう。詳しい話はまた後日に」

 

 マミもさすがに魔法少女でもなく、見滝原の外に住むアイギス達をいつまでも引き留めておく訳にもいかないので帰すことにした。

 

 スッと立ち上がってティーカップと皿を手際よく片していく。ほむらも一度に片しきれなかった残りの食器をマミの後ろについて運ぶ。マミは気を使わなくてもいいと言うが、勝手ながらマミと絆を繋ぎたいために行っているのでやめる気はさらさらない。関わりは強く持っておく方がいい。

 

 紅茶とケーキが美味しかったとお礼を言うまどかとさやか。やはりいつ食べてもマミの出すケーキは美味しいものだ。繰り返していてもそう思えるのだからきっと誰が食べても口を揃えて美味いと言うだろう。

 

「ふふ、どうもありがと。それじゃ気を付けてね」

 

 玄関に立って扉を開ける。出る間際に軽く会釈をしてマミにさようならと言って出ていく。マミも笑顔で見送る。ほむらもまどかの後に続いて出ていく。

 

「お邪魔しました…」

 

「ええ。気を付けてね」

 

 会釈をするも、こちらもにこにこと明るい笑みを向けてくる。いかにも年相応の少女らしくて、儚く壊れてしまいそう。優しい先輩だったマミ。魔法少女の時と今のギャップが一緒に戦っていた昔のことを思い出す。

 

 まどか達二人とほむらは二つあるエレベータの内一つを使って降りた。アイギス達はまだ玄関に残っている。

 

「すまないな。大勢で騒がしくしてしまって」

 

「いえ、そんな。いつも一人なんで、なんだかとても楽しかったです」

 

「そうか」

 

 美鶴はほんの少し間をおいて返答した。それ以上は何も言わず背を向けヒールのこつこつと床を蹴る音を立てて扉を出る。全員が出たのを確認して振り返る。

 

「では私達もこれくらいで引き揚げるとしよう。…それと、君の煎れた紅茶、とても美味しかったよ。実家のメイドに引けをとらないくらいだ」

 

「そんな! ありがとうございます!」

 

 照れたのか顔を赤くするマミ。それを見た美鶴はおかしかったのか、ふっと微笑する。

 

「じゃあな」

 

「はい」

 

 見送りをして誰も見えなくなっても、玄関の外に立ちつくす。冷たい風が足を撫で体温を奪う。家には誰も居ない。マミは小さく溜め息を吐いて玄関の扉を閉めて自宅に戻った。

 

 

◆◇◆

 

 

 来客が帰ってから数十分。マミ以外の気配がなかった部屋に一つ気配が増えた。

 

「マミ、話がある」

 

「どうしたのキュゥべえ。改まって?」

 

 洗い物を済ませて一服の紅茶を煎れるマミ。リビングのテーブルの上にキュゥべえが座っている。大勢で囲んだ三角のテーブルがいつもより大きく見えたのは目の錯覚だろうか。

 

「暁美ほむら。彼女についてなんだけど」

 

 キュゥべえにも紅茶を煎れようかと訊いてキュゥべえに『別にいいよ』と首を振って断られた。一人分のティーセットをテーブルに置いてクッションに腰を掛ける。

 

「ええ、暁美さんね。私も気になってたわ」

 

 温かい紅茶を口に含んで舌全体で堪能してから飲む。騒がしかった部屋には二人。正確には一人と一匹しか居らず、寂しさを覚える。

 

「それなら話しは早い。実は――」

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。