Episode Magica ‐ペルソナ使いと魔法少女‐   作:hatter

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 手探り(2010,5/8)

 

 

 時刻はほむら達が魔女退治に出発してから数十分たった頃。洒落たカフェから遠く離れた場所。

 

 日が傾き建物の谷間を縫って射し込む光が薄暗い日陰と日向をはっきりと分ける。日中照らされる地面はからりと乾いているが、陰の部分は今も湿り気を帯び、黒い汚れが目立つ。建物同士の狭い湿りのある日陰でも日光は反射されどこも暑さが蔓延している。

 

 日の当たる場所で祈る様に膝をつき目を瞑るのは風花だ。風花の目に映る景色は下から見上げる水面のように揺れている。ただ風花に見えているのは瞼の裏の水面ではなく、映し出されているのはここではない遠くのビジョン。集中力を高めそこに潜む怪異を割り出す。一筋の汗が頬を伝い、やがて瞼を閉じ小さく息を吐いて目を開ける。

 

「……シャドウの反応は今のところないですね。他に感じるのはたぶん魔女かな。それにしても見滝原ってすごく広い…範囲を最大限に広げても足りないくらい」

 

「はぁ…魔女か。魔女なんかオレ達探してねえのにな。風花でもカバーしきれないってどんだけだよここ。つか変に暑いな…」

 

 5月になってからは日の照っている時間が長くなったような気がする。肌寒さも和らぎ、昼間だと薄着で外出する人も増えてきているのはそのせいだろう。中にはまだ季節の変化に取り残され、上着を羽織っていながら汗を流している人もちらほらと目に入る。

 

 青いドレスシャツの上に制服のジャケットを着た順平。ジャケットのファスナーは常に全開で、ベルトに着けられたバックルが太陽の光を反射する。

 

「さっさと衣替えして欲しいぜ」

 

 襟をはためかせて風を煽るもいっこうに涼しくならない。帽子の下の額はじっとりと汗ばんで蒸せている。ジャケットの重さも気になりだしてからは無性に脱ぎたくなり、何度脱ごうかと考え、手持ちの荷物が増えるのを嫌に思い脱がなかったりともどかしさが募っていた。

 

 隣には制服の中に鮮やかなオレンジのニットパーカーを着込んだ風花より背の低い天田が居た。

 

「確かゴールデンウィーク明けてからは移行期間だって言ってませんでしたっけ?」

 

 天田は短パンなのでこれといって暑さは感じていない。むしろ直接風が肌に触れる度に微妙な寒さを感じている。

 

「マジかよ。そんなのこっちじゃ言ってなかったぞ!?」

 

 今日見滝原を訪れているのはこの三人だけ。他のメンバーはそれぞれの理由があって来ていない。美鶴はシャドウにどう対処するか桐条グループにて案を練る為で、見滝原を訪れたいのは山々だがそうはいかないらしい。真田はたまたま予定が入っていなかったので昨日も来られていただけであって、今日は予定があり、来たくても来られない訳だ。ゆかりは学校関係の話でこちらもどうしても無理だったとのこと。アイギスも美鶴と一緒に桐条のラボに行っている。

 

 そして、この三人はこれと言った予定がないので再び見滝原を訪れることが出来た。また今日の目的は昨日現れたシャドウ警戒の為だ。シャドウが出現すれば即座に感知できる風花を筆頭に、戦闘能力のある人選がなされている。

 

 今は風花の感知能力に長けたペルソナ、ユノによる広範囲のサーチを行っていた。もちろん人目に付かないよう場所は人の来ない路地裏でペルソナを召喚している。風花のユノに限った事ではないが突然街中でペルソナなど召喚できた話ではない。

 

 召喚されているユノ。その風貌は真紅のドレスを纏った女性を象っている。上半身は女性のそれなのだが、下腹部より下が巨大な青い硝子の球体となっており、その中に召喚者である風花が膝をついて包み込まれていた。背中には孔雀の羽でも模したオブジェが常に浮遊している。人を包み込むだけあってその体躯は人間より遥かに高く見上げるほどだ。

 

 順平のペルソナも彼の身長を2倍にしても到底足りぬほど大きい。特に天田のペルソナは他と比べても並外れて大きく、桁外れの巨体を誇っている。それに比べると風花のユノは小さい方だが大きい事に変わりなく、目立つことは避けられない。

 

「衣替えの事は取り敢えず置いといてまずはシャドウが居ないか捜さなきゃ。昨日聞いたみたいに魔女の結界に出るならマミちゃん達に被害が出ちゃうし」

 

「つまり、結局魔女が見つからなきゃオレ達は始まらないって事か?」

 

「そうなるかも。いくら死神タイプって言っても1体だけで影時間を発生させられないだろうし。だったら環境の似た魔女の結界の方が可能性としては高いから」

 

 ユノの中で探知を続けながら自身の見解を述べる。風花曰く、魔女の作り出す結界とシャドウの活動する影時間は環境が似通っているとの事。本来なら影時間以外では現れないシャドウであっても影時間が消えた後に見つかった『時の狭間』での前例もあり、その辺りについては充分に考えられるらしい。シャドウが魔女の結界にまた出てくる確証はないが現実の世界へ出没するより可能性はある。また都合良く風花のペルソナで魔女の居る結界も見つけられる。

 

 それらを踏まえるとシャドウ捜索を行おうとする順平達のやるべき事は魔女の捜索となる。神出鬼没のシャドウを追うにはこの見滝原で無数に存在する魔女に迫らなければならない。シャドウ捜索は魔女を見つけないと始まらず魔女狩りと同義に近かった。

 

「じゃあ早く行きましょう。もし魔女と戦ってるマミさん達とシャドウが会っちゃったら危ないですし」

 

「そうだね。魔女もじっとしてくれてるわけじゃないし、今は手が届く範囲に居るところだけでも行っておかなくちゃ」

 

 ユノを心に還し風花が立ち上がった。特別異質さを放っていたユノが消えて狭いはずの路地裏がなぜか広く感じられる。それもすぐ薄れ風花を先頭に三人は歩き出す。魔女の居場所を的確に把握出来ているのは風花だけでついて行く他ない。それなりに近づけばあの危険な気配を嫌でも察知できるが、感知能力を持たない二人では遠距離のものはどうにもならない。

 

「まさかオレらが魔女退治する羽目になるなんてな。ゆかりッチも来ればよかったのによ。学校の用事で来れねえって普通ありか?」

 

 溜め息混じりに肩を落とし愚痴る順平。ゆかりの来られない理由に対して若干の不満を見せていた。自分は時間を割いて見滝原にまで赴いているのに学校を優先した事が引っかかるらしい。とはいっても、ゆかりは弓道部に所属している上に主将まで務めているのだから順平の思っている以上に多忙だ。主将ともなれば回ってくる役割も面倒なものが多くなる。反対に順平は部活動の一つにすら所属せず帰路の中継で病院へ寄り道するくらいにしかやる事はない。

 

 この事をもしゆかりが聞いていれば間違いなく順平は反感を買っただろう。『そんなに言うんなら1回替わってみる?』と端正な顔を顰めさせ眉を吊り上げて逆に不満を顕にするのが容易に想像できる。

 

「でも順平さんはゆかりさんと違って暇だったんですよね?」

 

「暇じゃねぇっての! だいたい天田はどうなんだよ? どうせお前もやることなくて暇だったんだろ?」

 

「いいえ僕は自分から志願して来ましたよ。元々昨日の話を聞いてから予定を空けてたんで。なにしろ放っておけませんしね」

 

「そうそう、ゆかりちゃんも天田君がいるなら安心だって言ってた。頼りにされてる証拠だよ」

 

「そんな事ないですよ! 僕なんて全然…」

 

 謙遜する天田だが頬を僅かに赤くしそっぽを向いて分かりやすい照れ隠しをする。

 

「へっ、どうせその後『順平じゃ不安過ぎる』とか『天田君の方が賢い』って言ってんだろ」

 

「あはは……」

 

「そこは否定してよっ!!」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 しばらくして路地裏を出た。路地裏の静けさを知っていると分かる違い。人がたくさん居る場所と居ない場所との格差が顕著に表れている。光が強ければ比例して影も濃く深みを増す。これは見滝原の街にも言えることだ。三人はあまり知らないが爆発的な都市開発が施され、数年前とは見違える発展を遂げたこの見滝原。都心部は競い合うようにビルが立ち並ぶ大通りから少し外れると街はがらりと表情を変える。日中だろうと暗く湿気ばかりが溢れる。進むと人も住んでいないような廃墟さえ見つかる。

 

 道路こそ整備された末端に近い地域や発展から見捨てられた一部の箇所は見滝原に点々と存在する。

 

 魔女もそんな所へ好んで結界を張り獲物を誘き寄せる。誰も住まない町外れの廃墟など魔女にとっては最高の物件。数はいくらでもあり住処にも困らず人間も星の数ほど居る。見滝原は魔法少女の格好の狩場であるが故に魔女を惹き付けてしまう珍しい街と言える。

 

「だいぶ近いところに反応がある。そろそろかも」

 

 あらかじめ割り出しておいた魔女の気配を辿り人ごみの中を進む風花とその後を追う二人。またしても路地裏へと踏み入れた。すぐに喧騒は遠ざかり人の気配はもうしない。今度は先ほどより日の光が射し込んでいる筈だが、空気が冷たく、心做しか何者かがこちらを見ている気がする。

 

「なんか如何にも居そうな雰囲気だな…」

 

「もう少し行くと見えてくると思います」

 

 風花の言う通り1分もしない内にある地点で立ち止まった。通行止めの看板など道を遮るものは見当たらないが揃って三人はそこで止まる。天田の表情が真剣さを増し、順平も帽子を深くかぶり直す。

 

 一見何も無いように思えるが三人には魔女の作り出した結界の入口が見えていた。はっきりと見える異物。まるでガラスにひびでも入っているのか空間そのものが歪み幾つもの亀裂が走っている。外側から中心へと伸びる亀裂を辿った先には黒いネジを抱えた無数の腕。他にはなにもない。

 

 一歩近づくに連れて空気が冷たくなる。この禍々しい気配が滲み出る結界の中で想像出来ないようなおぞましい魔女が待ち構えているのだろう。数多くのシャドウと戦ってきたとはいえ、やはり一瞬の油断が命の危機に繋がるとなれば自然と恐怖が湧いてくる。中にはそんな命のやり取りが自分の輝ける場だと思い突っ走る者もいる。また、自らの力を高める修業のような捉え方の者もいた。しかし順平も天田もそんな馬鹿な考えを持ち合わせていない。結界の中に倒すべき魔女が居る。戦い慣れたシャドウだろうと、戦い慣れない魔女だろうと油断はない。

 

 警戒しつつまた一歩近づいた瞬間、結界の方から口を開け辺りの景色を一変させた。

 

 床が軟らかく生暖かい風が頬を撫でる。気づけばいつの間にか周りに自分達の身長よりも高いネジが地面から生え、天井のない空からは異様に太く頑丈そうな鎖に絡められた重厚なナイフが吊られる。閉鎖空間とも言える結界内に風が吹き、煽られた鎖が揺れて音を立てた。

 

「シャドウは見当たりません。奥に強い気配を感じる。きっとこれが魔女だと思う」

 

 すかさずユノを呼び出し周囲に警戒を巡らせる。

 

 明るいとも暗いともいえない光加減。視界を狭める白い霧。絶妙な不気味さを醸すこの結界、長く居れば居るほど気味が悪い。

 

「……っ! 二人とも辺りに気をつけて! 数は4体、使い魔が前方から来てる!」

 

「早速お出ましですね」

 

 ガンホルダーから召喚器を抜き取り臨戦態勢に入る。そして風花の言う通り4体の使い魔が霧を引き連れ宙に浮きながら現れた。

 

 現れた使い魔は見るほどに気味の悪い姿だった。錆びた黒いワイヤーをぐちゃぐちゃに丸めた様な塊からマネキンの手が幾つも飛び出し、天井から吊り下げられている。何か液体でも浴びて常に滴り床を汚す。あの状態で生きているのか、蠢きながら空中を移動してくる。

 

 なかなかに気持ちの悪い光景だが天田が臆せず引き金を絞った。巨大なペルソナ、カーラ・ネミが迫る使い魔を叩き潰した。

 

 しかしその内2体がカーラ・ネミの拳を紙一重で避けた。しかし天田が逃すはずがなかった。天井から吊られたワイヤーさえ辿れば使い魔の位置は簡単に分かる。天田が意識を使い魔に強く向けるとカーラ・ネミが呼応して動く。垂れ下がるワイヤーをカーラ・ネミが2体同時に掴みその手に力が込められた。

 

 稲妻が迸りワイヤーは千切れ飛ぶ。先端に吊られた使い魔まで到達した雷は届きその威力を遺憾なく発揮した。断末魔を上げ、爆ぜて消滅する使い魔。

 

「……今ので終わりではないようです。他にも反応が増えてます」

 

 巨大なネジの陰からわらわらと姿を見せる使い魔。殺気立った雰囲気から見るに、どうやら歓迎されている様ではない。

 

「え? 魔女の方から近づいて来てる」

 

 風花の言葉に重なり音が聴こえる。何かが空気を割いて動く重い音が。それも徐々に近づき大きくなり、その音の正体にいち早く気付いたのは順平だった。

 

「トリスメギストスっ!」

 

 赤装束のトリスメギストスが金色の翼で宙を駆けた。翼を大きく薙ぎ何かを切った。金属と金属がぶつかり合う重厚な高音。

 

 数拍空けて地面に激突する轟音。そこには深々と突き刺さる巨大すぎる血濡れのネジ。トリスメギストスが切り捨てたのはどうやらこのネジで、音の発生源はこれが飛来して来ていたのにあるようだ。

 

「危うく見逃すところだったぜ」

 

「ナイスです順平くん! …来ます、魔女です!」

 

 ファインプレーだがこれで終わりではない。今のもこの結界の主たる魔女の仕業だろう。推測からして飛んできたネジは重さは乗用車くらいなら越えている。それを自分達の居る場所まで投擲する正確さと力。そんな魔女を迎え討たねばならない。

 

 意識せずとも闘志が湧き上がる。戦う準備は出来ている。準備運動もさっきので終え、ペルソナを操る感覚も完全に甦った。風花のペルソナは決して戦闘タイプではなく探知能力や索敵、解析に優れたペルソナ。となればここからは最前線で戦ってきた天田と順平の出番だ。二人は揃って引き金を引き、魔術師と黄道を司る神を召喚する。

 

 巨体を誇るカーラ・ネミの眼に一瞬光りが宿り、地面に複雑な紋様が無数に浮かぶ。陰から姿を現した使い魔や付近にいた使い魔にまで及び、視界に入るもの全てが対象となった。魔法陣より妖魔を滅する札が飛び出し使い魔へまとわりつく。

 

 光を恐れる闇の住人にはこの破魔の呪術は避けられぬ呪いであった。

 

 光に包まれ使い魔は声も上げずたったの1体も残さず即死し、塵となる。これが呪殺の恐れられる所以だ。広範囲に向けて敷かれた魔法陣の範囲内であれば相手の頑丈さに関係なく死をもたらす。それも高確率で。

 

 一掃され使い魔の居なくなった空間にすかさずトリスメギストが依然姿を暗ます魔女に向け火球を放つも火球はすぐに散らされた。

 

 炎を掻き分け奇声を発しながら現れた結界の主の魔女。正面から火球を受けても怯まず前進してきたのは痛みや恐れを知らないか、それとも使い魔の死がそれを忘れさせたのか定かではない。姿は使い魔に似てか、むしろ使い魔が似て醜悪そのもの。長い髪を垂らしはだけた患者依を着るのは下半身が百足のように長く、手足が出鱈目に取り付けられた人形だった。大小様々な手と足、長さまで違う歪な四肢。子供サイズから大人サイズと種類は豊富だ。しかもその多くが黒く汚れがこびり付いている。無数の手と足で地面を這い、順平達を視界の中心に捉えた。

 

「おぉぅ……なかなかグロい」

 

 よく見ると全ての手足は巧妙に造られた義手と義足だった。まるで生身の手足のように滑らかな動きは作り物の手足とは思えない。

 

 百足の魔女、アグリ。それが魔女の名。その身に宿る性質は『縦横無尽』。今でこそ多くある手足だが、かつては手足ともども2本ずつであった。やがて力を付けていく内にその数は増えていった。留まることを嫌い、常に動かなくては過去を思い出し苦しくなる。しかしその過去というものを本人は何の事か分からない。きっとこれからも知らずに生きていく。それを考える器官をこの魔女は持ち合わせていない。

 

 そしてこれら魔女の事を順平達は知らぬまま戦う。魔女はシャドウに次ぐ敵であり悪である。先に魔女の方が動きを見せた。真っ直ぐ二人目掛けて突進を繰り出し、また正面から魔女は仕掛けた。自動車並の速度で肉薄してくる魔女を二人は左右に飛んで回避する。ペルソナ使いの反応速度と身体能力を以てすればこれくらいならまだまだ見切れる。

 

 魔女はこれを想定していたのかすぐさま切り返し、標的を天田に定めた。小柄でいかにも守られる側に見える天田を迷いなく狙う。だがその判断が間違いであると身を以て知ることとなる。

 

「…舐められたものですね」

 

 自分の胸に召喚器の銃口を押し当て、引き金にかける指に力が込められる。

 

 まだ中学にも上がっていない十歳を少し過ぎたばかりの少年。一人で成せることなんて数えられるほどだ。一人の子供として見れば持っている力は微々たるもの。しかし、天田は魔女の考える単に守られる側の存在ではない。むしろ逆と言える。今の天田には誰かを守れる強い力がある――目の前に居る悪の化身たる魔女を退ける力が。

 

 ガラスの砕ける音が鳴り響く。それに続き大きな駆動音も響いた。

 

 アグリの耳にそんな音は届かない。自分の縄張りを荒らした天田に金切り声を上げ襲いかかる。

 

 ――キキ、キキキキキィぃぃああ!

 

 本物に似せられた義手を高く振り上げ、天田へと躊躇うことなく今度は叩き下ろした。血か何かが凝固して赤黒く変色した爪先は猛毒を伴い、掠めただけで致命傷になりかねない。獣のように速い一撃は天田の頭蓋を裂かんとすぐそこまで迫っていた。

 

 それでも天田は目を瞑らなかった。魔女よりも速く動くものが頭上から降っていた。光の速度で迫り、極太の雷が魔女の背中を撃ち抜いた。

 

 魔女は長い体をうねらせ弾かれたように後ろへのけ反り後退する。焼かれた背からは白い煙が立ちのぼり地面でのたうつ。落雷の衝撃で体のいたる所からひび割れが生じ、壊れて千切れた手足が辺りに散らばっている。しかし今の攻撃では魔女を倒せはしなかった。天田の背後に佇む巨大なペルソナの実力は優れたもので、さっきの雷撃も相性さえ良ければシャドウを一撃で葬るほど。それを受けても力尽きなかったこの魔女の頑丈さが見て取れる。

 

「カーラ・ネミ!」

 

 天田の呼び掛けに応えてカーラ・ネミが動き出す。体を傾け一歩踏み込み、右腕を大きく後ろに振りかぶり、魔女目掛けて腕を振るった。遠心力とカーラ・ネミの力の両方で右腕の末端は魔女に接触する前に、音速へと達した。

 

 破裂するような音と飛び散る破片。鉄のように硬い手の平が魔女の側面を叩き吹き飛ばした。地面の表面ごと削られ大砲で撃ち出されたようにアグリは義手義足を飛散させる。

 

 地面を転がり、下半身は節ごとにバラバラになり、多くあった手足もそのほとんどが失われた。もはや芋虫同然の姿で這うアグリ。力の差は歴然で、アグリはこのままでは殺られると悟った。勝てると見込んで天田一人に挑んでこの様である。加えて順平の相手など出来るわけがなかった。

 

「逃げようとしてる! 順平君!」

 

「逃がすかっ!」

 

 少なくなった手足で天田達の居る場所から逆の方向になんとか這いずった。知能はなくても勝てない相手を前にして逃げるだけの理性は残っていたらしい。3度目の攻撃はもう耐えられず次で魔女は完全に壊れてしまう。早く逃げなければ――

 

 魔女は焼けた背中の熱とは別に新たな熱を感じて後ろを振り返った。必死に逃げるのを一瞬止めて振り返る。そこには身を焦がすような紅が迫っていた。視界いっぱいに広がるその赤は黄金の翼に炎を纏わせた一人の巨人。過去にあった処刑方、火あぶりの刑を彷彿とさせる炎は進むことを止めた魔女を容易に包み込み焼き尽くした。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「なんか、ふつーに倒せたな」

 

 魔女を倒したすぐに結界は消滅して元いた路地裏に弾き出された三人。時間もそれほど経っておらず、時計の針も1時間程度しか進んでいない。影時間のように現実の時間に割り込む事もなく、結界内でも外界と一緒に時間も進んでいるようだ。

 

 本日一回目の魔女退治が終了したところだが、まだ日は高く夕暮れまであと数時間は残っている。港区へ帰るにしても些か早い時刻だ。

 

「どうしよっか? またちょっと行ったところに魔女の気配を感じるんだけど。一応マミちゃん達も探さないといけないし」

 

 風花の手にはグリーフシードが握られている。先の魔女から手に入れた物である。グリーフシードからはかなり弱いが魔女の魔力を感じられた。これになんの用途があるかは分からないので、取り敢えず風花はマミ達に渡すため捨てずに持っていた。使い道が分かった所で、ソウルジェムを持たないペルソナ使いにとってグリーフシードなど必要もない。

 

「んー、その魔女倒すついでにマミ達も探すなんてどうよ」

 

「僕も賛成です」

 

「じゃあそうしよっか」

 

 再び風花はユノを召喚して魔女の居場所をすぐに割り出した。魔法少女と比べるとその精度と規模、早さが段違いに優れている。魔法少女は魔女の残した僅かな魔力を辿って探すように言わば金属探知機に近い。対して風花の場合はその場から遠くまでが分かるソナーのようなものに近い。

 

 三人は次なる魔女を目指し街をまた歩き始めた。魔女を探し出すのが先かマミ達と合流するのが先か、どちらにせよ両方とも特別課外活動部の面々にとっては外せない課題である。今回に限った事か判らないが倒した魔女に比べて普段戦ってきたシャドウの方がまだ骨の折れる相手だった。

 

 しかしこの街で本来魔女を狩る魔法少女の目がない所で魔女を狩り続ければどうなってしまうか、ペルソナ使いには分からなかった。善意やいつシャドウが現れるかもしれない危機感で目に付いた魔女を手当り次第に倒しては何時かは保たれている均衡が崩れかねないと知らずに。

 

 

 

 


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