Episode Magica ‐ペルソナ使いと魔法少女‐   作:hatter

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 契約(2010,5/7)

 

 

 

 朝と夜では暑さと寒さの違いが肌で感じられるほどになってきたが、病院内は空調設備により常に一定の温度を保っている。その温度調整は病室や手術室、事務室を含む全ての部屋に行き届いている。市内最大の規模を誇る病院というだけあって患者数も多く、患者のあらゆる病状に対応するべく備え付けられている最新の空調設備は常にフル稼働中だ。そして美鶴の計らいで急遽使用する事になった空きの会議室も例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 ――魔女の結界にて突然のシャドウ襲来。影時間以外で起きた異例の事態を受けて招集された特別課外活動部の面々は、見滝原病院へと集まり報告に耳を傾けていた。唐突な報せでも柔軟に対応し見事集まって見せたのは磨かれた結束力とチームとしての信頼による賜物だろう。美鶴から語られる内容を聞いて驚きはするものの、特別パニックに陥ったり取り乱す者はいなかった。皆口を挟まず、静かに聞き取り個人個人で咀嚼くし整理していく。

 

 話されるがまま結界内で起きた出来事を静かに聞いていたが、死神からの三度目の攻撃直前までを語り、続きを美鶴は口にしようとしなかった。ここまで何があったかを事細かに言葉で説明していたのが前触れなく止まった。意味もなく話を停滞される必要はないので全員が疑問を浮かべる。何故そこで言葉を切ったのかと。

 

 地平線の向こうへと沈みかけ始めた太陽から放たれる赤い日の光と絶え間なく鳴るエアコンの稼働音だけが部屋に残った。

 

「その後はどうなったんですか?」

 

 アイギスが問い掛ける。一切の遠慮もなく率直にただこの件について詳しく知るためそう言った。何しろ現実世界にシャドウが現れた。それも影時間以外のしかもペルソナ使いがほとんど知識の及ばない魔女の結界の中でだ。真相を知りたがるのはごく普通の探究心とペルソナ使いとしてのシャドウに対する危機感。ここまで言っておいてお預けを食らわされるなど理解し難い。

 

 聞かれた本人は困った風な顔で言い淀み、目線を足元に落としてどう言うか考えている。よほど説明するのが難しいのか、それとも伝えるのを躊躇うほど悪い事態になっているのか、美鶴の様子を見るに不安が増してくる。

 

 美鶴と同伴していた順平はと言うと、アイギスの問い掛けに対しこちらも困っているのか頬を指で掻いている。

 

「……話そうにも、肝心のその続きがな…」

 

「続きがどうかしたんですか、先輩?」

 

「えっとだな…三度目の攻撃というのはなくて、その時シャドウには逃げられた…」

 

 逃げられた。告げられたのと同時に驚愕の声が上がる。悪いも何もその何かを起こすどころか、逃げた。予想の範疇を越えていた。

 

「…逃げられた? 現に向こうから仕掛けて来たんだろう? それに相手は死神、どこまでも執拗に追ってくる奴の方が逃げるなんて信じられるか。しつこさは美鶴も知ってる筈だ」

 

 シャドウから仕掛けておいてそのシャドウの方が逃げ出したと聞いた真田は壁に預けていた背中を離し、意見した。他のメンバーも概ね真田と同じ考えなのか若干頷く素振りをする。信じられないのも仕方が無い。シャドウの中でも数少なく厄介極まりない相手。そんな刈り取る者が全滅させるでもなく、美鶴の活躍もあってだが大きな被害も与えず身を引くなど前代未聞である。一度現れると何時までも何処までも追い回し、やむを得ず相手をすると必ず先手を打ってくるはた迷惑な存在。

 

 真田の言い分も尤もなもので、それには美鶴も大いに首を縦に振れる。しかしシャドウから逃げ出したのは事実であり、証拠がなくても信じてもらうしか他にない。

 

「言っただろ。私も理解が追い付かないと。それと証拠は提示出来なくても証言ならある。その為の証言者の彼女達だ」

 

 順平と美鶴以外の証言者はこの街に住む少女達だけ。こうなる事も美鶴は予想して敢えてほむら達をこの場に残していた。美鶴が視線を送った先に立つマミ達の内一人、ほむらに今度はゆかりが訊く。

 

「美鶴先輩が言ってるシャドウの方から逃げていったのって本当なの、ほむらちゃん?」

 

「ええ。桐条さんに助けてもらった後、すぐ何か光ってその時にはもうどこにも居なかったわ。まどかも美樹さんも見てるわ」

 

「本当にシャドウから逃げたんだ。…つまりまだ見滝原のどっかに居るかも知れないって事よね……」

 

 明らかに暗い顔になって肩を落としゆかりは溜め息をつく。風花や天田も釣られて肩を落とす。落し物を探しに再びやって来ると召喚器どころかシャドウと遭遇し、肩まで落とす羽目になった。当初の目的の召喚器すら見つかっておらず気落ちするなと言われる方が無理な注文だ。

 

 魔法少女と魔女の関係に似て、ペルソナ使いとシャドウも切っても切れない縁なのか、この期に及んでもしつこくシャドウはペルソナ使い達の前に現れた。1ヶ月と少し前にようやくシャドウと出会う機会を無くせたと思った矢先、何が嬉しくてシャドウの相手をしようと思うだろうか。溜め息も出てしまうくらいこの話は耳に痛い。安易に信じたくもなくなる。

 

「……死神タイプだと有り得ない話、ではないかもしれないですね。13番目のアルカナを持つ上、あらゆる攻撃手段もあるなら即座に姿を暗ます方法くらい持ち合わせてるってのも考えられます。魔術師のアルカナに属する幾つかのペルソナもその手の類いのスキルもありますから」

 

「そう言われるとそうだが…」

 

 風花の推測に真田も眉を顰め完全にとはいかないが納得した様子。

 

「確かに死神のアルカナはそれ以前の12のアルカナを越えた物。今まで使ってこなかっただけで別段不思議ではありませんね」

 

 死神ならそれも有り得る。ただし、だからといって死神側から逃げ出す理由にはならない。今は無理矢理にでも納得出来る仮説を立て、理由のほどはこれから考えて行かざるを得ない。

 

「桐条さん、シャドウはその影時間の中だけしかいないと仰ってましたけど、今回シャドウが居たのって魔女の結界ですよね? それは一体…?」

 

 この質問はマミの素直な疑問である。昨日初めて出会った後にマミの自宅で美鶴達はシャドウについて簡単な説明はしていた。そしてシャドウが影時間内でしか活動しない事をマミは覚えていた。これが正しいなら今日の一件を踏まえると色々と矛盾になってしまう。マミの後ろに控えているほむらも一つ頷き、病院に着いてから思っていた事だが、素人でも分かる疑問点なのは明白だった。

 

 常人には体験する事はおろか、知る事すら出来ない不可侵の時間帯。午前0時に訪れる1日と1日の境目。月の輝く夜を闇に彩る神秘の時間。それが『影時間』。世界は時を進めるのを止め、人の代わりに蔓延るは滅びぬシャドウだけで、動く物はシャドウ以外になにもない。逆にこれはシャドウが限定された時間にしか存在しないと言っている。だが今日はその限りではなかった。

 

「……」

 

 静かな沈黙。マミは何故影時間にだけ出現すると言われるシャドウが魔女の結界で自由に行動出来たのかと訊いている。答えを求めるのも死神を軽視出来ない存在と認めているからだ。魔女が結界内にも今後現れるようなら手に余るどころか、魔法少女では対処のしようがないジョーカーとなる。

 

 これには美鶴も口を結んだ。この場でシャドウに最も詳しい美鶴だが、実のところ知らない事の方が遥かに多いい。長年携わってきたとはいえ解明されていないシャドウの謎は数多く、今日起きたのはペルソナ使いにとってもまさにイレギュラーなことだった。

 

 結論としては断言できる事がほとんど言えないのである。

 

「どうして魔女の結界に出て来たかまでは説明出来ないが、あのシャドウについてなら多少の事は話せる。死神タイプも他のシャドウと同様、影時間以外での行動は本来不可能だ。そしてシャドウは影時間の中でもある場所を巣としている所があった。影時間中に姿を見せ数百の階層に別れ、毎夜内部構造が変わる塔……名前はタルタロス」

 

「タルタロス…?」

 

 ――タルタロス。ギリシャ神話に登場する神の名であり地獄を示す名前。罪を犯した罪人や怪物を幽閉しておく為の監獄で、神々からさえも忌み嫌われる。しかし現実にあったタルタロスは神話の監獄そのものではなく、この名前は昔桐条の研究者が一度入ると絶対に出られないという逸話を、入る度に内部構造が変化する特性に結び付けただけで、本来の名前が存在するのかも不明な塔である。またある者は『滅びの塔』と呼んでいたが定かではなく、知る術はない。

 

 タルタロスは毎夜深夜0時を迎える度、巌戸台にある私立月光館学園が変貌し、気味の悪い塔へと成長する人智を越えた神秘の存在。内部は無数のシャドウが這いずる魔の巣窟になっている。上層部になるに連れ、シャドウの強さも比例して上がっていく。

 

 出鱈目に積み上げられたような塔は入る者を拒まず、呑み込むようにして招く。しかし入る者を待つのは出口のない怪物の棲まう迷宮。内部の始めは学校を模した構造だがいたるところに血溜まりがあり、不気味さを伝える。また別の層では、派手な装いで平行感覚や遠近感を狂わせるところもある。まるで四季の移り変わりを思わせ、変化に富んでいた。

 

 にしても突拍子もなくギリシャ神話に登場する架空の物がシャドウの巣なのだと言われてもいまいちピンと来るものはない。マミやほむらがその目でタルタロスを見る事が出来ていれば魔女の結界と似ていると言ったに違いないほどタルタロス内部は普通ではないだろう。今は言葉のみしか情報はないのでそんな感想を抱くことも想像する余地も二人にはなかった。

 

「基本シャドウはタルタロスの中だけを行動範囲とし、塔の外へは出歩かない。ごく稀に例外として居るには居たがな」

 

 真剣な目で語る美鶴の声に耳を傾けているのはマミやほむらだけでなくアイギス達も聞き入っていた。特に真田と天田の集中力は半端なものでない。ペルソナ使いにとってタルタロスという物が相当因縁深いのだと感じられる。

 

「そんなシャドウの中で特別異質だったのが、今回見たであろう死神のシャドウだ。一つの階層に長時間留まり続けると何処からともなく姿を見せる神出鬼没で厄介な奴だが、幸いな事にそいつはタルタロスの中以外では出て来ない。とは言え、強さは他と一線を画し、札付きのシャドウ。お世辞にも一人で倒せる相手じゃない」

 

「……そこまで言うほど強いのね、シャドウは」

 

 ほむらがぽつりと呟く。死神がとても強い存在と言われてもやはり街に居る魔女とほぼ変わらない印象しか抱かない。まるで他人事のように言うのは、内心ほむらはマミと違いシャドウに対して低い評価を下しているからだ。現代兵器は効かず魔法少女の手にも余るものの時間を止めてしまえば戦わずして簡単に離脱できるのでマミよりも事態を軽く考えている。聞く限り影時間の時間が止まる特徴は似ているが自分の魔法で発生するものとは別物らしく、干渉される気配もなかった。もしまた遭遇した場合にはまどかとさやかを連れて逃げればいい。戦って見返りもあるわけでもないのだから必ずしも戦う必要はない。

 

 あと約20日後まで滞りなく過ごし万全を期して最大の難敵を迎え討たねばならない。自分とはなんら無関係で視野に入れる必要のないシャドウをまともに相手するつもりはない。しかし魔女と同程度の脅威を見出しているが死神の力は確かに本物の強さであったと認めてはいる。ほむらが真っ向から挑んでも美鶴の言う通り一人で捌けるとは到底思えず、あの超弩級の魔女に次ぐ会いたくない敵として記憶に刻まれている。万が一まどかが襲われようならそのイレギュラーたるシャドウを連れて来たペルソナ使いの者達をぶつける腹積もりだ。極力自分の手の内をひけらかしたくなく、白い害獣に目的を悟られる訳にはいかない。

 

 そして今はシャドウもそうだが目の前に居るペルソナ使いの方が問題と言えよう。今までペルソナ使いが見滝原へ訪れたなど経験したことはなく、それに伴ってかシャドウまで現れている。今回は始まった当初からこの世界で終わらない時間旅行に終止符を打ちたいと意気込んだ結果、開始早々に、久しぶりのイレギュラーと関わる事となった。余計なものを持ち込んできたペルソナ使いを少しほむらは警戒もとい迷惑がってもいる。まどかを救う算段を考えてきたが特別課外活動部の乱入で引っ掻き回されている。まどかさえ助けられればそれでいいが、現時点ではそれも叶うか不明だ。

 

 ここでほむら自身は気付かなかった。マミと自分の思想の大きな違いが明確に表れていることに。マミは居るだけで危険を孕み一般人にも被害が及びかねない事に警戒しているが、ほむらは自分やまどかの脅威になるかならないかで判断を行っている。誰かの為というのは似ているとも言えるが両者は全く異なる考えである。特定された少数の為か、それとも不特定の多数の為か。

 

 そしてこのシャドウに下した評価が後に油断へと繋がり、最悪の状況を作り兼ねないと知らずほむらは美鶴の話を聞いていた。

 

「そんな奴が影時間の外で活動していた。つまり、私達にとっても不測の事態。現状に置いて解る事は普通じゃなかった、というくらいだ。知りたい事を教えれずすまない、巴。我々だけの問題という訳ではないのだが」

 

「そうですか……」

 

 聞きたいことを聞けなかった落胆よりも、まだ街に潜伏しているかも知れない懸念が強いのかマミは顎に手を当ていつもの優しげな目を細める。元々シャドウはペルソナ使いの特別課外活動部が解決に当たる領域。結界でまた遭遇しないと言い切れないが、遭遇したからといって安易に手出し出来る事柄とも言えない。鉢合わせしてやむを得ず交戦するとなっても防戦一方、対処に困る一件だ。

 

 ペルソナを持たない魔法少女の手に余る相手と理解しているが故、可能性の一つとして出会った時のことを想定して魔女退治を続けるのはマミに大きな負担を強いてしまう。せっかく見つけた魔法少女になれる逸材を危機に晒してしまうのは好ましくない。

 

「今日のマミ達見ててまずねぇとは思うんだけどよ、今まで魔女の結界でシャドウが出た、なんて事はなかったのかよ?」

 

 手振りを混じえながら訊いてきたのは美鶴と同じくして居合わせた順平。

 

 その問い掛けにマミとほむらは揃って首を横へ振った。そんな事があった覚えはなく、シャドウ自体昨日の今日初めて知った存在。美鶴も返ってくる答えを分かっていたのか小さく頷いている。

 

 シャドウが出た際のマミ達の狼狽え方を見てみれば質問がいかに余計だったか解る。シャドウに慣れた美鶴達でさえ魔女の結界ではあの戸惑い方だったのだ、魔法少女のほむら達に演技をする意味もなければ余裕すらなかった。

 

「僕から一ついいかな?」

 

 人の気配がしない方向から聞こえた声。男なのか女なのか、子供なのか大人なのか判別も出来ない人の声。そちらへと注意が集まる。ところがそこに居たのは間違いなく人外の者で、人の形すらしていなかった。白い毛皮に身を包み、宝玉のような真っ赤な目。キュゥべえがいつの間にかテーブルの上に座り込んでいた。

 

 大して驚かず、ごく自然にキュゥべえを認めて美鶴は答えた。

 

「ああ、答えられる範囲なら」

 

「昨日の君達の様子を見ていると、魔法少女の存在を知らなかったようだけど、君達の住んでいる街には魔法少女は居なかったのかい?」

 

 それを聞いたアイギス達ペルソナ使いは目を丸くした。皆動きを止めキュゥべえの白く体より大きな尻尾だけがゆらゆらと動いている。キュゥべえの疑問が吐き出される代わりに、死神の出現とは別に違う疑問が浮上した。考えればすぐに分かる簡単なことだったが、見事に見落としキュゥべえに言われ初めて気付く。

 

「そう言えばそうですよね。巌戸台で見たことなんて一度も…」

 

「確かに、あちらでは見たことがありません。キュゥべえさん、魔法少女や魔女はこの街以外にも居るんですか?」

 

 もしアイギス達の住む巌戸台に魔法少女が居たのならば、結界内に籠る使い魔の微弱な魔力さえ感知できた風花が気付かない筈がない。それ以外の可能性はこの街にしか魔法少女が居ない限定されたものと思うくらいしかない――

 

「もちろんさ。魔法少女も魔女もこの街以外に世界中に居るよ」

 

 が、なんて事はなく、あっさりと世界中に存在すると言われた。次にゆかりが整った顔を神妙にして問い掛ける。事の始まった昨日の最初こそ強い関心はなかったが、死神の襲撃を受けて客観出来なくなっていた。

 

「じゃあどうしてあたし達の住んでる巌戸台には居ないのよ?」

 

「さぁね。それは契約して回っている僕にも分からない。もしかしたらその地域に魔法少女が居ないのは倒すべき魔女が居ないからかもしれないよ? 倒さなければならない魔女が居ないなら僕としても契約する必要もないからね」

 

 自分達の住む街に魔女が居なかったことに、アイギス達は少なからずタルタロスや影時間が関係しているのではと原因の候補として思い浮かべた。シャドウの集う街へ好んで飛び込む物好きな魔女もいないのだろう。むしろ魔女の居ない理由がどうであれ、却って良かったのかもしれない。シャドウと戦いながら魔女の相手も両立させるなどシャドウだけで手一杯だった当時の特別課外活動部に到底できた事ではない。

 

 それはさて置き、探し物も見つからずシャドウとの邂逅に頭を抱えるペルソナ使い。巌戸台に魔法少女も魔女も居なかったとなると何も参考にできる例がなく考える余地がない。

 

 魔法少女のマミも同じであった。お互い類を見ない場面に直面したものの、どうすべきか解らない。ペルソナ使いですら把握出来ないシャドウの行動に注意を払うなどシャドウに対して素人のマミ達に成せるとは言い難い。

 

(全く今回はイレギュラーが過ぎるわ。……めちゃくちゃよ)

 

 漏れそうになる溜め息を喉の奥に押し込みポーカーフェイスを保つ。居るかも分からない脅威に警戒したところで出て来なければ徒労に終わる。必要以上に慎重に事を運んでいては苦労と時間のロスが計り知れない。時間はいずれ進むのだ。本当に頭を抱えたいのは他でもないほむらの方だった。

 

 これから障害となる課題、街に潜んでいるかも知れないシャドウと元凶たるペルソナ使い。ペルソナ使いの者が解決するまで気長にシャドウ消滅を待つなどあり得ない。ペルソナ使いにとってできるだけ早期解決を臨めばいい無期限の案件、だが対するほむらには厳しい期限が課せられている。今から約20日後。5月28日に見滝原は戦場と化す。それまでシャドウやペルソナ使いに場を乱され約束の日まで持ち越されると間違いなくほむらの目的は達成不可能だろう。

 

(それにしても、死神ねぇ…。これも面倒だけど、この人達の行動も看過できないわ。シャドウの事を放っておくようには思えないし、きっとまた見滝原に来るでしょうから。近い内に動いておかないと……)

 

 内心そんなことを呟きながらキュゥべえの言葉を耳に入れていた。

 

「オレらの住んでる所に魔法少女が居ないってのは別にいいけどよ、シャドウが出たってのはダメっスよね、実際」

 

「それとこれとは話が違いますもんね。どうするんですか美鶴さん?」

 

「どうもこうも、何としてもシャドウは駆逐せねばならん。我々の手が届く限り君達には傷付けさせないようにする。鹿目と美樹の二人は特に注意が必要だろう」

 

「あたしとまどかが?」

 

「ああ。二人とも魔法少女でもなく力を持たないただの一般人。結界の中で遭遇した際の危険性は遥かに高い。…心配するな、この事は桐条グループが責任を持つ」

 

 腕を組み厳然たる物言いで二人を見据えて言い放つ。元々備わっていた美鶴の上に立つ者としての風格が説得力を助長していた。まさに鶴の一声と言える。さやかも言い返すことなどせず、ただ納得して頷くだけしか出来ない。

 

 誰も意を唱えようとする者はいない。世界に名を馳せる桐条のトップである事を抜きにしても、シャドウ襲来時点で病院にまでも桐条グループの手が回っていたところを見るに、その手際の良さは反論の余地がない。シャドウ事案で最も適任なのは言うまでもなく美鶴だった。

 

 視界の端でほむら達の入ってきた扉が静かに開かれた。先ほど案内を担っていた看護師が部屋に踏み入り足音を立てず美鶴の元へと駆け寄る。恐らく影人間となった女性について話す事があるのだろう。看護師は二三言耳打ちし美鶴も『分かった』と一言返してから全員を見渡した。

 

「搬送された女性の件で少し席を外すことになった。巴達はどうする? このまま自宅へ帰るようなら、送りの車くらいなら出せるが」

 

「送りの車、ですか」

 

 送りの車と言われマミ達の脳裏をよぎったのは見滝原では目立ち過ぎるリムジン。傷の一つすらなく汚れもない黒光りする車体。まるで磨き上げた黒曜石のような煌めきは宝石に並ぶ光沢を放ち、街で風を切る様は見滝原といえどもさぞかし浮いて見える。最初に返事をしたのはマミ。次にさやかだ。

 

「私は大丈夫です! お気づかいなく、自分の足で帰りますんで!」

 

「あ、あたしもまどかと一緒に歩いて帰るんで遠慮しときます!」

 

 もしリムジンに乗っているのを学校の友人にでも見られたら翌日変な噂になり兼ねない。家族に見られても色々と面倒が予想される。人生史上最高の乗り心地は快適ではあったが、それよりも恥ずかしさなどが上回り、一度目は流れで受け入れられたが二度目の乗車は勇気が足りない。

 

 美鶴はほむらの方にも視線で語りかけるが、ほむらも首を横に振って断った。

 

「そうか、分かった。なら取り敢えず私は話しをつけてくる。明彦、後は頼んだ。先に帰ってもらっても大丈夫だぞ、皆用事もあるだろうからな」

 

「ああ、任せろ。勝手にさせてもらうさ。そっちはお前に任せるしかできんからな」

 

 真田の返答に薄い笑みを口元に浮かべ美鶴が目を閉じゆっくりと瞼を持ち上げた。信頼の眼差しを真田に送り、後の仕切りを任せた美鶴は背中を見送られながら出口の外へと出ていった。

 

 美鶴が居なくなった事により年長者である真田にこれからの指揮が移った。と言っても、やることなど自分達の住む街へと帰るくらいしかないが。いつの間にやら椅子に座っていた順平ら屈伸して体をほぐす。美鶴が精神的疲労なら順平は肉体的疲労。人一人を抱えて全力疾走した足腰は若干の疲れを感じている。その他のゆかりや天田も町中を探し回ったのもあり早く休息を取りたい。

 

「そう言えばさやかちゃん昨日上条君のお見舞い行けなかったけど、今日は行くの?」

 

「あっ、そうだった。恭介のお見舞い忘れてた。うん、そのつもりだけ――」

 

「マジかよおい! だったらオレも着いて行かないとダメじゃんか」

 

「なんで順平さんがそこで立ち上がるのよ!? て言うか別にいいですって、来なくても! ついて来る意味ないでしょ!」

 

 勢いよく立ち上がり疲労の色が吹き飛んだ順平の顔は面白そうな玩具を見つけた子供のように喜々としている。肩をぐるぐると回しさらに体をほぐす。ついて行く気満々で準備OKと言わんばかりの不敵な笑み。明らかに順平はさやかを弄ることを面白がっている。

 

 さやかが助けを求めてマミを見ても別にいいんじゃないかと目で語っており、助けるどころか何も言わない。まどかに関してはにこにこと笑い一歩引いた位置から眺めているだけ。もしかするとわざと順平の前で恭介の名を出したのではないかと勘ぐってしまうタイミングである。

 

「やめときなって順平。あんたみたいな見ず知らずの人がついでにお見舞いに来たなんて言われたら来られた側も迷惑なだけじゃない。それにあんたは関係ないでしょ?」

 

 そこに救いの手が差し伸べられた。正論の中の正論。ゆかりの的を射た発言。この時さやかからはゆかりがどの聖人よりも有難い人に見えた。ゆかりの一言でさやかもこれなら手を引くだろうと思ったが、この程度で諦める順平ではなかった。これまで特別課外活動部のムードメーカーを担ってきたキャリアは伊達ではない。順平は培ってきたボケと切り返しの良さと話術を活かしこう返した。

 

「でもさお見舞いに行く相手はさやかの彼氏なんだぜ。中学生に先を越されてるなんてゆかりッチも遅れてるぜ。どんなのか気になったりしねぇか?」

 

「先越されてるなんて余計なお世話よ! でもさやかちゃん彼氏いるなんていわれたら、ちょっと気にならないこともない…」

 

「だろだろ? だからオレっちが身を以てどんな奴か確認してきてやんだよ。ちゃんと経過報告すっからさ?」

 

 あらかじめさやかの彼氏とは言わず、後から提示することにより興味を逸らし話の焦点も逸らす。色恋沙汰に敏感な年頃の女の子に彼氏云々の話題は効果覿面。ゆかり自身は恋愛しようとは思っていないが他人の恋路なら別だ。さやかの彼氏とワードが出た途端、ゆかりの隣に座っている風花も反応し興味津々の眼差しをさやかに送る。

 

「だーかーらーッ! 恭介は彼氏とかそんなんじゃないですってば!」

 

 上手く順平の口車に乗せられ最早ゆかりはさやかの味方とは言い難い。救いの手は順平の意見を後押しする魔の手に変わり当てにならない。

 

 顔を真っ赤にしながらさやかは一人会話に入ろうしないほむらに最後の望みを託して声を掛けた。

 

「ほむらもなんか言ってやってよ!」

 

「………いいんじゃない、ついて来られたって」

 

「ほ、ほむらまで…!」

 

 頼みの綱もどうやら向こう側らしく、味方は居ない。

 

「私も少し前まで病院生活だったけど退屈なものよ? 出来ることも限られるし、時には刺激も欲しくなる。そう考えたら順平さんの存在も役に立つんじゃないかしら? 男の子同士ってのもあるし美樹さんとは違う気持ちで話せたりするかもしれないし」

 

「そそっ。ほむほむの言う通り男同士の語らいってのも兼ねてだな」

 

「だからほむほむはやめて」

 

 認めたくないがほむらの言い分に一理ある。たまには普段と違う人と会って話させてみるのもいいかもしれない。さやかでは与えられない話題も振れるだろうから。ただついて来るのが順平というのが心配を募らせる。同級生であるほむらやまどかなら説明はつけられるが全く知らない順平だとどう言えばいいのやら。

 

 この時ほむらは自身の体験談から言っているだけであり、見舞い相手の上条恭介が実際にそう思っているかは定かではない。それとは別の事を思っているのは確かだとほむらは知ってはいるが、話せる内容ではないのでそれには触れなかった。

 

 ほむらに諭されたさやかは諦めたように肩を落とした。長い溜め息を吐いて顔を上げる。

 

「はぁ…いいですよ。きっと恭介もいろんな人とお話できたら喜ぶと思いますし。でも騒がしくしないでくださいよ」

 

 唇を尖らせて順平に釘を刺す。同行は許すが迷惑はかけないようにと。順平もそれは分かっているらしく白い歯を見せて頷く。

 

「順平君帰りはどうするの? 遅くなるんじゃない」

 

「んー、そうだな、時間かかんのかさやか?」

 

「えっと、たぶんそんなにかからないと思うけど、10分くらいかな?」

 

「ならここで待っていてやる。迷惑はかけるなよ順平」

 

 重ねて真田から釘を刺される順平。こちらも笑いながら任せて下さいと返事をしてさやかと部屋を出るべく扉を目指し歩く。

 

 不満を漏らしながらも並んで出ていく二人を見送る風花が不思議そうに呟いた。

 

「でも、どうしたのかな順平君。あんなにさやかちゃんの彼氏、じゃなくてさやかちゃんのお見舞いに着いて行こうとするなんて」

 

 二人を見送ったゆかりの横に腰を掛けていた風花が頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる。

 

「場所が場所だからじゃない? ほら順平だってちょっと前まではしょっちゅうお見舞いしてたじゃん?」

 

「あ、そっか。順平君には病院って思い出深いところもあるもんね。けどまださやかちゃんと会って二日目なのにあそこまで仲良くなれるのって、順平君にとってある意味才能?」

 

 さやかは知るよしもないが、順平には病院という場所は馴染み深くよく足を運んでいた時期があった。それ故本人には色々と彷彿とさせるものがある。また順平からしてみれば、想いを寄せる人物へのお見舞いをするさやかは昔の自分に重なる部分があり、無意識に構っているところもあった。明るい二人の性格に似通ったところもあってか打ち解けるのも時間の問題だったであろう。

 

「順平さんも向こうじゃあお見舞いしてる人が居るんですか?」

 

 さやかをゆかり達と見送ってこの場に残ったまどかが二人の会話に加わった。

 

「一応ね。今じゃあお見舞いって言うのもあるけど、それより会いに行ってるって感じだけど……」

 

「もしかしてそのお見舞いに行ってるその相手が順平さんの彼女さんだったりして…? 彼女いる、みたいなのも言ってましたから」

 

「彼女ねぇ、そうなのよ…そうなのよまどかちゃん、ちょっと聞いて! 同じクラスだからって今じゃその彼女との惚気話を学校で延々と聞かされてマジ参ってんのよ!」

 

 順平の彼女説がゆかりの反応から本当なのは確からしい。ただゆかりが予想外以上の高ぶり具合を見せたのにはまどかも薮蛇だと思い引き攣った笑みしか浮かべられない。ゆかりの急変を見るに相当堪えていたのかこれ以上興奮を高めないよう話の視点を順平への不満からその彼女に変えた。

 

「そ、その彼女さんは例えばどんな人なんですか? 優しそうとか、綺麗だとか?」

 

「んー、まぁその子かなり綺麗だけど、順平にはもったいないくらいね。教室でも腹立つくらいデカイ声で惚気てるし。それまでの経緯を考えたらあのぞっこんぶりは納得するけど、あればマジでウザイわ。…思い出しただけで腹立ってきた」

 

「あはは、でもそんなに想ってるって考えたら素敵ですね」

 

 結局彼女の話しから順平へのウザさを力説し眉間に手を当て不満を撒き散らすゆかり。まどかも乾いた笑いしか出てこないが日頃からその彼女を強く想っている事には素直に感心する。

 

「彼女については順平に直接聞いてあげて。たぶん小1時間は喜んで話してくれるだろうから」

 

 不満が1周回って呆れに変わったゆかりは穏やかな笑みをまどかに向けて椅子の背もたれに体を預けた。ゆかりも順平が意中の少女へ向けている想いが本物なのは知っている。隣に座る風花も、他の皆も。どこまで行っても憎めない奴、それが伊織順平なのだ。

 

 

◆◇◆

 

 

 学生や会社員など帰宅中の住人がちらほらと見え始め夕暮れも過ぎる頃。夜の運んで来る暗さに備え、闇に飲まれまいと街灯にも明かりが少数ながら灯りだす。夜になると光源が月の輝きしかなかった昔と違い、現代で生きる人々は科学の力により光を生み出し、夜でも日中と同じように活動をする。色とりどりの光が入り混じる歓楽街もその代表だ。昼間以上の派手さで夜にも活気が生まれる。

 

 そして今は見滝原の玄関口とも言える駅を目指して歩いていた。その面子は最初に来た時より一人少ない六人。お見舞いに同伴した順平はさやかの言った通り10分もすれば帰って来たのでほむら達とはそこで解散し、美鶴を残し病院を後にしていた。公園の近くを通り帰路に着いた一行は街路樹の立ち並ぶ道に差し掛かった。陰に飲まれた木々は青々とした葉を沈んだ黒に染めている。

 

「――なぁゆかりッチ」

 

「なに?」

 

 もうすぐ駅に着くところで肘を張り後頭部を両手で支えるような恰好で歩く順平がゆかりに声を掛けた。振り返ったゆかりは順平を見て抑揚のない声色で答える。

 

「ぶっちゃけさ、昨日キュゥべえの奴が言ってた何でも願い叶うっての……どう思う?」

 

 恐る恐る、ただしはっきりと告げる。唐突に投げ掛けられた質問に振り返ったままゆかりは足を止め、前を歩いて聞こえていたのかも怪しかった皆も振り向き一斉に止まった。誰もが無意識に避け触れようとしなかった話題を持ち出され、思わず真田や天田も反応してしまうのを隠せなかった。

 

 聞かれた本人は一瞬目を見開き肩を張ったがすぐに脱力し呆れたような眼差しを順平に送る。小さな溜め息をついて緩やかな風に髪が靡くのも気にせず片足へ重心を預け腰に手を置く。心底どうでもよさそうな態度を示すゆかりに順平は若干の気まずさを覚える。どうでも良さげに見えて内心何を思っているか読み取れないゆかりの表情だが、あの事も一緒に思い返されているだろう。

 

「別に、胡散臭いってくらいにしか思わないけど。そんな都合よく願い事が叶うとか言われても簡単に信じられる訳ないじゃん。それに、そんなの私達に関係ない話しじゃない?」

 

 思った以上に関心を持っていない、それか眼中にすら無いと言いたげな言葉を受けて順平はほんの一瞬驚きに目を見張り一転して破顔する。ゆかりならそんな反応を返してくれると踏んでいたのか順平以外も口元を緩めている。

 

「だよな。さすがゆかりッチ!」

 

「なによ? もしかして私が魔法少女にでもなると思ったわけ? てかそんなんで叶えたい事叶えたって意味ないし、皆もそうでしょ?」

 

 絶対有り得ないと大袈裟に手をひらひらと振り、前に居るアイギス、風花、真田、天田の方へ向いてゆかりは言い放つ。全員が同じ想いであると確信を持った口ぶりに誰も否定しない。むしろその通りだと言わんばかりに頷く者もいる。

 

「4月前の私なら喜んで飛びついたかも知んないけど、それじゃなんも意味ないわ。どうせ聞きたいのはそれなんでしょ、順平?」

 

「へへ、まぁな」

 

 図星を突かれて頬を指で掻く順平。まさに聞きたかったのはその事だ。『魔女と戦う運命を背負えばなんでも願いが叶う』と言われても、それは全く別の誰かによってもたらされた奇跡。例え今は亡き彼を救えるとしても、自分達の力で救いたいゆかりにとってチャンスでも何でもない話しだ。ましてや無関係な者の介入を許せる道理もない。

 

「以前順平さんは言いました。『彼が命を懸けてまで成し遂げた奇跡を、一時の判断でなかった事にするのは、その決意を否定するのと変わらないことだ』。そして『否定した事を帳消しに出来てしまう程の奇跡を成せないのでは』と。私達は終わらない3月31日で答えを見つけ、今を受け止めている。私もゆかりさんと同じ意見です。誰かに任せていい事とは思えません」

 

「アイギス…」

 

 優しく。だが力強くも。凛としてアイギスは順平の言葉を借りながらゆかりの意思を後押しする。ゆかりの傍に立ち微笑む。

 

 誰かの起こす奇跡で彼の成した奇跡を塗り変え望みを叶える。それこそ、今も人の踏み入れられぬ宇宙で自ら十字架に架けられる事を選び、世界の悪を受け止め滅びから防ぎ未来を守ってくれた彼への冒涜だ。過去へ戻り自分の力と意思で改変することよりも、努力も無く、他人任せな方がよほど彼の――『有里湊』の決意を踏み躙っている。アイギスがそれを良しとする訳がない。

 

「まずどんな願いでも叶う証拠もなしに信じろと言う方が無理な話しだ。まぁ、岳羽の言う通り俺達には到底関係のない事だな。特に俺や天田の様な男にはな」

 

 先頭に立つ真田がそう言った。魔法少女になれるのは文字通り少女だけ。性別が男の真田や天田、順平からすれば論ずる必要がこれっぽっちもなく、関わろうにも関われずこれこそ無関係。全員が納得しない奇跡など無意味で無価値。

 

 これ以上立ち止まっている理由もないので歩き出そうとした時。どこからか声が聴こえた。

 

「君達がどう捉えようとも、どんな願いだろうと叶えられるのは本当さ。その上、君らにはそれを叶える資質もある」

 

 少年のような少女のような声と共に闇から這い出たのは白い生き物。体に見合わない大きな尻尾を振りながら音もなく佇んでいる。ビー玉のような深紅の丸い眼が暗闇で怪しく光る。

 

「キュゥべえさんいつの間に!」

 

 忽然と姿を現したキュゥべえに注目が集まる。闇の中でもくっきりと白い体のシルエットが浮かぶ。白ではあるが一点の濁りが無い純白かと言われると、無いと即答出来ない不安を纏った白。その白は酷く闇に馴染んでいた。気配も感じさせずそこに居るのに居ないような奇妙な感覚に襲われた。ペルソナを出さなくても多少の気配なら気付ける風花も今の今まで気付かなかったらしく驚いている。

 

 キュゥべえは各々のリアクションには反応せず切り出す。

 

「僕と契約すれば願いを叶えることはもちろん出来るよ。君が願うなら例え死んでしまった人一人を蘇らせるなんてのも造作もない」

 

 不意なことに呆気にとられたがアイギスはすぐさまキュゥべえを見据える。このタイミングで現れわざわざ例に人の蘇生を提示してくるなど先の会話を聞いていたに違いない。自分らが話しの中心にして語っていた人物がニュアンスからも亡き人と解る。ぴくりと眉が動き声が低くなる。

 

「その証拠は、あるんですか?」

 

「証拠も何も、それは君が契約してみなければ提示しようにも出来ないよ。けど本当としか言えないからね。それとアイギス、君ほどに資質があるのは多くの少女達と契約してきた僕としてもとても驚いているんだ。理由は分からないけど、僕の知る限りでは君は二例目だ」

 

 契約してみなければ本当かどうか自分達に分からない。これで契約する人がいればそれはまだ世の中を知らない無垢な人間と言える。しかしアイギス達六人は答えを出している。誰かから与えられる奇跡にすがりはしないと。

 

 それと別にキュゥべえのセリフの中で疑問が生まれた。資質。二例目。これは一体何の事なのか。

 

「資質? 魔法少女としてのですか?」

 

「そうさ。アイギス、君の潜在能力は一目見た時から破格だよ。普通とは違う、身体の造りなんかも含めてもね」

 

 キュゥべえに自身の開示していない秘密を見抜かれ目を剥く。普通じゃないのはキュゥべえも同様らしく、アイギスの目にはキュゥべえの体が曖昧に映っている。体温は無く、中身が空っぽだがそこに確かに存在している。お互い普通じゃない者同士、アイギスは暴かれてもそれに関しては触れなかった。

 

 キュゥべえは変わらない。起伏のない声音に変化の乏しい表情。悪意も好意も感じられず見事な無情。口も動かさず流暢に喋るそれは淡々と続ける。

 

「アイギスには及ばないけど、他の君達もね。山岸風花。岳羽ゆかり。一般的な女の子に比べると頭一つ飛び抜けている。……でもね、残念なことに、君の願いを僕は叶えられそうにない」

 

「……えっ」

 

 資質があると言った途端、叶えることは出来ないとキュゥべえは言い切る。キュゥべえが何を言ったのか即座に理解できず抜けた声が零れる。順平も同じなのか口が空いたまま。ゆかりは眉を顰めキュゥべえを横目で見る。

 

「どんな願いを叶える以前に、なぜか契約するのが無理なんだ。……一人を指すより、"君達と"契約して願いを叶えれないが正しい」

 

 首だけ動かして見渡す。

 

「私達? どういう意味よ?」

 

「契約の際にソウルジェムを作り出す、と言ったのは覚えているかい? それが君達だと不可能なんだ」

 

 訊いたゆかりはキュゥべえの答えに関心の欠片も見せず『その理由はなんだと』細めた目で続きを促す。

 

「恐らく君達の中に在るペルソナがどういう事かそうさせてくれないのかもしれない。僕としては是非契約したいんだけどね…」

 

 原因は心の深層に棲まうもう一人の自分自身――ペルソナ。精神の具現たるペルソナが契約を許容していないらしい。キュゥべえの言う契約がなにを行うものなのか知っていれば特別課外活動部の面々はその理由がすぐ解っただろう。シャドウが死に近い位置ならペルソナは真逆。生きることを望んだ姿。

 

「けどどんなでも願いを叶えられるのは確かだよ。本当かどうかはマミにでも聞いてみればいい。簡単に言ってくれるか分からないけど、マミなら本当に願いが叶ったかどうかすぐに分かる奇跡を叶えている。それじゃあ…僕はまどかの所へ行く予定だから今日はこれくらいにしておくよ。魔法少女の詳しい説明をしなくちゃならないからね。またね」

 

 突然現れ、言いたい事だけ言ってくるりと背を向けて歩き出したキュゥべえ。影に入った瞬間、姿は消えた。気配も完全に失せ砂浜に書いた文字が波に呑まれる様に一切の痕跡が無かった。風花もさっきまで感じていたキュゥべえを見失い戸惑いに染まる。圧倒的感知能力を持つ風花でさえキュゥべえの完璧な消失を許してしまった。

 

 

 

 

 

「結局なんだったんですかね」

 

「さぁな。もとよりあいつに頼るつもりのない俺達にほとんど意味はなかったがな」

 

 キュゥべえが去り駅のホームへ着いた六人。巌戸台方面に向けて走る電車の乗車券を片手に到着までの時間を持て余していた。あと1分もしない内にホームへ来る電車を待つ。

 

「ええ、例え叶えられようとそうでなくても私達は自身の手で未来を切り開いていきます。そう教えてくれたのは他でもない彼ですから」

 

 胸に手を当て目を瞑る。今でも感じられる彼の温もり。結ばれたリボンの下にあるアイギスの心を形成する蝶に刻まれた消えない印。彼を知るためやって来た街でまた教えられた想いの強さ。

 

「アイギス……」

 

 世界はいつも都合良く回ってはいない。自分の望む答えは誰かに与えられるのではなく、自らの手で掴み取るものだ。いつだってそうしてきたのだからこんな障害では止まらない。仲間がいるから何度でも立ち上がれる。

 

 悲しみなどなく、愁いも微塵もない。明るい未来を見据える。

 

「さ、帰りましょうか、皆さん」

 

 駅に電車が滑り込み、降りる人と乗り込む人が入り乱れる。六人は押し寄せる人の波を掻い潜り見滝原を後にした。

 

 

 

 

 





ゆかりがやたらキュゥべえの事を嫌っている様に見えるかもしれませんが別にそういう訳ではありません。
無害そうに見えて協力してくれてる風だけど、実はやってる事とか言ってる事が嘘だった奴、幾月修司を知っているので立ち位置の似たキュゥべえを信用し切るつもりがないだけです。
もしかしてこいつ悪い奴じゃないわよね? ってくらいの気持ち。

アイギスに資質があるわけはワイルドの能力が影響してます。アルカナが愚者なので、あらゆる可能性を持ってるって設定です。
ゆかりや風花も資質があるのはニュクス(死)と対峙して乗り越えたからそれも影響してる感じです。こう言うとペルソナ使い全員に言えますが。

ペルソナ使いが契約出来ない事について。
キュゥべえの行う契約はソウルジェムを作り願いを叶えるもの。ソウルジェムは命そのもの。
ペルソナは生きるという意志が強く関係してるので、体から命を抜き出されるの契約者本人が許容してもペルソナが拒絶してる。


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