Episode Magica ‐ペルソナ使いと魔法少女‐   作:hatter

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 銃声(2010,5/7)

 

 

 

 

 ――結界。それは魔女が作り出した独自の領域。中は魔女それぞれに違い、千差万別の装いで魔法少女達を毎度の如く驚かせるばかり。コンサートホールを模してオーケストラの使い魔が終わりなく演奏を続ける赤と青の結界や、巨大なキャンディにクッキー、ケーキといったお菓子が散りばめられた甘ったるい結界。どれも見飽きる事のない摩訶不思議な圧巻の世界だが、結界の存在する意味は訪れた魔法少女を驚かせるためではない。普段から魔女は結界の中に姿を隠し、外に居る負の感情を抱える者や気に入った人間を口付けで魅了して引き込む。引き込めばあとは美味しく料理して頂くだけ。結界は魔女にとっての住処であり餌場でもある。

 

 そしてもう一つ、魔法少女から身を隠すこと。結界の中は外に比べると魔力の隠蔽率が段違いに高い。魔法少女も魔女も普段無意識の内に微量ながら魔力を放っているが、結界はその外部に漏れ出す魔力を大幅にカットできる。よって魔女は極力結界を出ず、引き篭りの生活を送る選択を取る。これも魔法少女に見つからないようにする技だ。

 

 人間を食うとしても魔女狩りよろしく基本魔女は狩られる立場にある食物連鎖の中層に位置するのが大半。中には挑んで来る魔法少女をことごとく返り討ちにする強力な個体もいるが、それも稀なもので永い年月を生きる強力な魔女は一握りに過ぎない。魔法少女の生きる糧とならないよう日々使い魔の生産や結界ごと移動するといった行動に出ている。

 

 しかしその結界も魔法少女に討たれて作り出す魔女が居なくなれば元から無いのと同じで、すぐに安定を失い消えてしまう。魔女のもとを離れて一匹だけで結界を張れる使い魔でも居ないなら結界とは簡単に消滅てしまう儚い空間なのだ。

 

 

◆◇◆

 

 

 見滝原病院に向け出発する時刻から時間を少し遡った数十分前。マミ達と接触し魔女を倒した後の事。主を亡くしても尚、揺らぐ事なく結界はその存在を維持していた。二人の魔法少女はそれに気付くと、緩めた気持ちを引き締め腰を僅かに落とした。

 

「それってなんかおかしいことなのかよ?」

 

 ほむらに向かって聞くが返事はない。黙り込んで物を言わないほむらを不審に思いながら今度はマミの顔を見た。こちらも険しい表情のまま目だけを動かし周囲を警戒していた。神経を研ぎ澄ます二人の魔法少女に気圧され、問い掛けた順平も醸す空気に呑まれ、緊張が高まっていった。ぴりぴりと肌を刺す緊迫した空気が場を満たす。これまで毎夜の如く死線を潜り抜けてきた順平は、経験から油断できない状況だと思い自身も警戒を高めた。

 

 隣に立つさやかは事の異変に気付けていない。結界が消えていないのがおかしなことだと言われてもその重要性にピンと来ず、頭の上にクエスチョンマークが浮かぶばかり。それでも非常事態というのは雰囲気から察せられ、能天気で居られるほどさやかも馬鹿ではなく、普段の明るい性格の仮面をしまい不安気な面持ち。

 

「私は伊織と二人で来た訳だが…君たち以外に誰か仲間は結界の中に居るか?」

 

「いえ、ここに居る私達だけです。それが…?」

 

 ふと美鶴がマミに顔を向けず聞く。鋭いつり目をさらに細め、マミ同様辺りへ注意を届かせる。美鶴は自分達の通って来たペルソナで空けた大穴を見て言った。

 

「……なら、あそこに居るのは誰だ?」

 

 溶けかけの氷もほとんどが水に戻り瓦礫だけを残すその仄暗い穴の向こう。注意深く目を凝らせば僅かだがゆらりと動く影が見える。使い魔ではないことはシルエットから見て取れる。ゆっくりとした足取りで暗闇から出て見えてきたのはスーツ姿の女性だった。年齢は20代前半かその辺り。服装を見る限りOLだろう。しかし、こんな所に居るのは部外者である美鶴達からしてもおかしかった。

 

「なんであんなとこ居んだ?」

 

「あの人さっきほむらが助けた人じゃん!?」

 

 女性が明るみに出た途端さやかが声を上げて言う。美鶴らがここへ訪れた時には見なかったが、他の者には覚えがあるようだ。取り敢えずどうやって結界の中に入ってきたのか分からないが今はそんなことなど関係無く、女性の身の安全が優先される。けれどそう思うことを含めても不審感を禁じ得ず、助けたであろうほむらも怪訝な顔で女性を見て様子を窺っている。

 

 不自然といえども心配したマミが女性の元へ駆け寄り声をかけた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 声をかけても反応はなく、俯いている。マミとほむら達の距離は20メートル程離れているため、普通この距離で女性とマミの会話や表情は分かる筈がない。しかしここからでもマミの声をかけている女性が普通であるようには見えない。呻き声を漏らすだけで言葉は発しない女性にマミは困惑し、意思疎通が出来ていない。

 

 マミも迂闊に触れることはせず、手を伸ばせば届くような二三歩引いた距離を空けて立ち止まっている。魔女に魅入られ一度助けた女性が結界内へ何の自衛手段も持たず迷い込めば昨日マミ自身が言った通り生きてはいられない。しかし女性は使い魔からの妨害もなく結界の最深部まで辿り着いている。結界の中に居ながら無事に無傷であることが異質すぎて踏み切れない。

 

「下がれっ!」

 

「えっ!?」

 

 思いきってマミが女性の手を取ろうとした瞬間、美鶴の叫びがそれを妨げた。振り向いて一瞬困惑した顔になりながら美鶴の言う通り女性に触れず、マミは飛び退く。唇をきつく結んで女性を睨み付ける美鶴の表情からただならぬ気配を感じマミは後退を続ける。

 

 美鶴から漂う冷たい闘気。順平も何かしら嫌な予感がしているのか剣を再び胸の高さまで持ち上げる。

 

「ちッ! 何故ここに――」

 

 女性から感じる気力の無い独特の雰囲気。月の光り以外光源の無い世界で、影ながら人類を貪る存在。どれだけ滅ぼしても人間が世界に生きる限り消えることなく無尽蔵に湧き出てくる。光射す場所には必ず影がある。そしてペルソナを光とすれば影とは――

 

「シャドウが…!」

 

 シャドウ。精神の奥底に潜んでいた募りに募った負の心。制御を失えば箍が外れ人間の心から抜け出し廃人に陥れる害悪。これを自らの意思で制御し飼い慣らせればシャドウはペルソナとして確立され、晴れてペルソナ使いとなる。

 

 目の前の女性は既にシャドウに飲まれかけていた。呻き声と覚束無い足取りも過去に居た影人間と酷似する。魔女の口付けを受けてからなのか、一体いつから心を影に侵されていのかは不明だが、女性はまだシャドウを手放してはいなかった。しかしその時まで秒刻みで迫っていた。いつ女性が影人間となりシャドウを生み出すかタイムリミットとはもうなかった。

 

 美鶴と順平は一度だけ影時間以外でシャドウを見たことがある。日付の変わらない1日の中で。しかしそれとは状況が大きく異なっている。

 

「どういうことですか、桐条さん!?」

 

「いや、分からん……本当にどうなっている?」

 

 マミの問い質しに美鶴はそれ以上言葉が続かなかった。シャドウそのものに脅威を感じているのではなく、この場に存在していることに動揺しているのだ。魔女を相手に余裕の態度を見せていた美鶴の額に汗が浮かび、女性から目を離せずにいた。

 

 女性はやがて顔を手で押さえて苦しみだした。ふらふらとした危なっかしい足取りがより覚束無くなる。

 

「うぐっ! ……ううぅっ!!」

 

 人のものとは到底思えない苦鳴を上げて膝から崩れ落ちる。項垂れたまま肩を小刻みに震わせ、次第に苦鳴はなくなったが、周囲の空気が冷たくなった。

 

 ベチャベチャと女性の指の間から黒いタール状のものが滴り落ちる。指の間だけでなく、目から鼻から口から耳から溢れる。女性は前のめりに倒れ、辺り一面に広がった黒いタール状のものは高さ4メートル程までの大きさに膨らみ、人の形を作っていく。ただし上半身だけ。

 

「それも…”死神”とわな」

 

 予想の遥か上をいく存在に美鶴が自嘲の笑みを浮かべて言う。順平も美鶴の言葉を聞きいかにもヤバイ敵であると顔に出ていた。ペルソナ使いなら解る。このシャドウ程に厄介な相手はそうはいないと。

 

 死神と呼ばれるシャドウの危険性を知らないほむら達は、ペルソナ使いの焦りで緊張が高まる。

 

 唯一『死神』のアルカナを有するシャドウ。凶悪さは他のシャドウと一線を画す。特別課外活動部のリーダーが在籍していた頃も数えられるくらいしか挑んだことはなく、本格的な活動を開始した当初は遭遇しても大抵は尻尾を巻いて命からがら逃げ出すしかなかった。しかしメンバーの練度を高めた末、何度目かの戦闘で辛くも勝利を納めたこともあった。が、それも片手の指で足りる回数だけ。勝てない相手ではないが、今まで戦ったどのシャドウよりも強く、脅威というのは変わりない。

 

 その名は、刈り取る者。

 

 身体に襷のように巻いた鎖をちゃりちゃりと鳴らしながら奴はフラフラと浮いている。乾いた血のべったりとついた黒い装束からは足と呼べるものはなく、頭には血走った目を片方だけ出した骨の様に白いボロボロの被り物と似た仮面。今まではあの忌々しい影時間の象徴、タルタロスのみでしか出現しなかったが、今回はそんなことを無視している。

 

 刈り取る者と名を称しておきながら、両手には鎌ではなく、銃本体とは不釣り合いなほど長い銃身のリボルバー式の二丁拳銃を握っている。刈り取るとは穀物の稲などを鎌で収穫するという意味からきている。実った稲穂を根元から切り離し、自分の手元に納める。この行為は命を刈り取るというのと同意義である。即ちこの死神の名もそれと倣った意味を持つ。

 

「先輩、さすがに二人でアレの相手は、厳しすぎやしません?」

 

「無論だ。四人ならまだしも、二人だけでまともに取り合っていては命が幾つあっても足りん。どうにか皆を外へ逃がすぞ」

 

「んじゃああの女の人は」

 

「なんとしてもここから運び出すさ。影人間になったとはいえ、彼女はまだ生きている」

 

 順平と確認をとり最善の選択を模索する。いくら実力のある順平達だろうと刈り取る者をたった二人で挑むなど無謀も甚だしい。最低でもあと二人メンバーが居れば長期戦覚悟で正面から立ち向かって打破できるが、メンバーの揃わない今はひとまず死神との戦闘を回避し脱出を試みる。倒れている女性も助けた上での作戦ゆえに危険性は高まる。

 

 最も早くシャドウの存在を直感的に感じていたまどかはほむらの陰に隠れて怯えている。さやかも肌から伝わる寒気に似たプレッシャーにあてられマミの横で震え上がっていた。

 

 死神の発する直接的な死のイメージを受け取った生存本能がマミに警鐘を激しく打ち鳴らす。魔女と死闘を繰り広げてきたからこそ理解出来る命の危機。すぐさま逃げろと。

 

 そんな中一人だけほむらは違っていた。

 

(どうしたというの? 皆やけにあのシャドウとか言うものを危険視してるようだけど。私には何も感じない…?)

 

 怯えるまどかを心配するのと別にそのような事を考える。刈り取る者を見てもまどかや他の仲間と同じように死の恐怖で足が竦む訳でもない。死神と言われてもそこから明確な死を読み取れないのだ。ただ自分達に仇をなす脅威としか捉えられず、魔女と同じ認識止まりでそれ以上のものを何故か感じられない。

 

 ただそんなものは些細な事だった。例え自分が死神に対して恐れを抱かなくても、他でもないまどかが恐怖している。これだけでほむらはこの死神と戦う理由ができた。まどかに仇をなすものは敵、排除するだけと。

 

 左手の盾へ右手を突っ込み無造作に引き抜く。取り出すのは『デザートイーグル』。入手した当時から愛用してきた信頼出来る武器だ。この銃で多くの魔女を葬ってきた。威力には自信があり死神でもただでは済まないだろう。そう思いこれを取り出した。

 

「よせ、暁美。シャドウはペルソナ使いを介した攻撃でないとダメージを与えられない。通常兵器ではまるで歯が立たん」

 

 構えようと左手を銃に添えると美鶴が制した。

 

「攻撃が通じない?」

 

 大抵の敵も銃火器を使えば倒せてきたほむらからすれば、シャドウは最悪の相性。ほむらだけでなく他の魔法少女でもペルソナを使えぬ限り太刀打ち出来ない。絶対不可侵の時間停止で刈り取る者の動きを止めたところで普通の攻撃が届かないなら意味がない。

 

「ならどうするというの? 桐条さんと順平さんの二人でも勝機が少ないのでしょう。何もしないのは愚策だと思うわ」

 

「真正面からぶつかるだけが戦いではない。君達は逃げる事だけを考えて鹿目と美樹を連れて行け。巴もだ」

 

「その言い方だとお二人はまさか残るつもりなんですか? シャドウというのはまだよく分かりませんが、あれは魔法少女から見てもそこらの魔女より危険です!」

 

「そんな事は私達がよく分かっている。女性を残して脱出など出来るものか。ましてや女性はシャドウに食われてしまった。私が動かないなどもっての外だ!」

 

「だぁあっ! 先輩アイツ来てますって!」

 

 まさかの事態に冷静さを欠く美鶴に順平がシャドウの動きを伝え意識を向けさせる。

 

 刈り取る者はゆっくりと浮遊しながらほむら達に接近して来ていた。ホールという限りある閉鎖空間なので追い詰める必要がないのか移動速度はかなり遅い。シャドウとの距離はまだ15メートル程ある。ただし、向こうも遠距離の攻撃方法を持っているので最早安心出来る距離ではない。詰められれば逃げられる確率はまずなくなる。

 

「そこの扉を道なりに進めばすぐ外へ出られるよ。ただしあの女性を助けるのを諦めでもしないと逃げらないね」

 

 キュゥべえがほむらの肩に乗って最短の逃げ道を知らせる。シャドウはほむら達の立つ位置から見て左手側におり、キュゥべえの示す扉は反対の右手側。逃げるチャンスは今しかないが、女性を放置しなければこの道は選べない。この瞬間にも死神は着実と近付いている。その距離12メートルを切るところまで迫っていた。

 

 時間はもうない。もたもたしていると最悪生きて結界から出られなくなる。選択の余地がないと美鶴は召喚器を引き抜きこめかみへ充てがい、トリガーに指を掛けた。牽制だけでもいい、何とか死神との距離を保たなければならない。不用意に距離を詰められてしまうと辺りの被害を考えない大規模攻撃を仕掛けられる。

 

 重厚な銃声がホールで反響する。引き金を引いたのは美鶴ではなく、二丁の拳銃を持つ刈り取る者だった。

 

「くっ!」

 

「先輩!」

 

 長い銃身の先端から吐かれたのは銃弾と違い、人一人を余裕で呑み込む規模の火球。灼熱の塊がまっすぐな軌道を描いて美鶴を目指す。酸素を食い潰して空気が爆発する。氷を蒸発させ地を焦がし赤い炎はホールを光りで満たす。

 

 さっきとは違う乾いた銃声。ペルソナ召喚成立の青白い破片が美鶴を守る様に形となって現れる。ペルソナ、アルテミシア自体が物理的に干渉出来る状態となった美鶴自身の心である。正しく言えば自分で自分を守っているのだ。召喚されたアルテミシアの起こすアクションと美鶴の思考にタイムラグはない。

 

 実体を得たアルテミシアが両手の平を天へ向け持ち上げた。それを追って幾つもの氷塊が生まれ分厚い壁を形成する。直後氷の壁の向こうで炎が衝突し氷塊は粉々に砕かれた。あと一瞬遅ければ美鶴は人型の炭へと変わっていただろう。

 

「アルテミシアっ!」

 

 叫ばれたアルテミシアが次なる行動へ出る。華麗な鞭捌きで刈り取る者が操る二丁の銃を縛り上げ、勢いよく引き寄せる。勢いを殺さずそのまま刈り取る者の頭を掴み、顔面へ渾身の膝蹴りを食らわせた。手を離し鞭も解き、今度は後ろへ仰け反りよろめく死神の腹にヒールの先端を突き立て蹴り飛ばす。この蹴りがクリーンヒットだったのか引き寄せられた位置より後退した場所まで押し戻される。さらに鞭をしならせ音速を超えた速度で叩いた。

 

 時間でも止められたのか如く、刈り取る者は中心部が黒く見える程密度の高い厚い氷に固められ一切の動きを封じられた。これでも仮初めにしかならないが時間稼ぎにはなる。

 

「今の内だよ」

 

「分かってるっての!」

 

 キュゥべえに言われるでもなく氷漬けで動けなくなったシャドウの横を全速力で走り抜け順平は女性を抱えた。ぐったりと力のない人は意識のある状態と比べると重く思える。それでもペルソナ能力の常人離れした筋力なら軽々と持ち上げられた。女性の顔色を窺い再び全力疾走でほむら達の元を目指す。

 

「伊織さん気を付けて!」

 

「伊織!!」

 

「っ!」

 

 順平が引き返そうとした瞬間、力尽きていない死神が氷を砕いて自由を取り戻した。血走った死神の目と順平の目が交差する。死を誘う眼差しが射抜きその場に順平を縫い止める。恐怖で竦む足へ力を込めても言うことを聞いてくれず、圧倒されてしまい動けない。

 

 刈り取る者が右手の銃を順平の頭の高さまで持ち上げ、照準を合わせる。真っ黒の穴が空いた銃口の奥では大砲並に大きな弾丸が撃ちだされるのを今か今かと待ち侘びている。

 

 あれだけ巨大な弾丸をまともに受ければ順平諸共、抱えられた女性まで亡き者となってしまう。撃鉄が自動で後ろに引かれ、シリンダーが回転し次の弾が装填される。ゆっくりと引き金に指が掛けられ、すぐさま引けばいいものをより恐怖を味合わせたいのかじわりじわり力が込められる。

 

「ッさせない!」

 

 マミの咄嗟に行った妨害。黄色いリボンが銃身を絡め取り発射される弾の軌道を僅かだが逸らした。その拍子にトリガーが引かれ順平から逸れて何もないところを弾丸が穿った。耳の痛くなる銃声で我に返る順平。

 

「走ってください!」

 

「サンキュー!」

 

 恐怖から体の主導権を奪い返した順平は地面を蹴って後ろを振り向かず走り抜ける。前ではマミがリボンを操り刈り取る者と綱引きをしている。戦ったことのある順平からはそれだけであの死神をどうにか出来るとは考えていない。氷漬けとなってもあっさり打ち破る凶悪な力を前にして魔法のリボンでもどうこう出来うる筈がなかった。

 

 しかしそれはリボン以外の補助は無いと仮定した場合だ。

 

 力任せにリボンを引き千切った刈り取る者の意識は、マミではなく、最早背を向けて逃げる順平からも移り変わっていた。上空から降りる気配を察知し天井を見上げる。そこには大量の手榴弾をばら撒きながら落下するほむらの姿があった。手榴弾は見上げた頃には死神の目の前まで迫っており、回避は不可能。ほむらが手榴弾の影で隠れた途端姿が消え、足元にロケット砲を構えたほむらが現れる。

 

「失せなさい…!」

 

 手榴弾の爆発とロケット砲の射出がほぼ同じタイミングで起きた。連続する爆炎に死神は瞬く間に飲まれその黒い装束を黒煙へと馴染ませる。重なる爆発を受けてホールが横に揺れる。

 

 炎上し熱を帯びる黒い装束姿の刈り取る者からは一切の断末魔も聴こえず、宙に浮いたまま不動を貫いている。火勢の衰えるのを待っているのか消火する気も無いらしい。

 

 そして何事もなかったかの様に煙を払い出てくる刈り取る者は傷一つ付いていない。どれほど強力な科学兵器だろうと、ペルソナ使い以外の攻撃ではシャドウにダメージなど通らない。それどころか一層の瘴気を滾らせ空気を濁らせていた。効果がなくても今はそれで構わない。順平がシャドウと距離を取れるなら効いたか効いていないかは二の次だ。

 

 援護の甲斐あって順平は女性を保護し美鶴達の所まで無傷で辿り着いた。死神と何も出来ない状態のまま対峙した極度の緊張からか、汗を滴らせ肩で息をしている。まともな人間なら死を運ぶ死神と目を合わせるだけで恐怖に怯え、足を止めてしまうだろう。死線を何度も潜り抜けてきた順平も本物を相手にすると慣れていても怖いとは思う。

 

 順平をほむらは一瞥してシャドウへと視線を向ける。ゆらゆらと宙に浮かび足を地に着けない異形の怪異。あれだけの猛攻を受けてもまだ余裕を感じさせる佇まいは心弱い者に絶望を与える。まだ奴にとっては遊びの段階なのか様子見をするだけで次のアクションを仕掛けてこない。対するほむらは刈り取る者を冷めた目で見ていた。

 

(本当に効かないのね…。これじゃあ本格的に私は為すすべないじゃない)

 

 自分が行った一連の攻撃を思い返す。シャドウの頭上まで移動し、タイミングを図り安全ピンを外した手榴弾を5つ投げ落とす。そして時間を止め別角度から胴体に向けて『RPG‐7』を撃った。これだけで大抵の敵は跡形も残さず消し飛ぶ過剰な武器の投入なのだが、念には念を込めて惜しまず使用した。結果は美鶴の言った通り、全く効果はなく目眩まし程度にしかならなかった。

 

 これだけ解れば自ずと答えは見えてくる。自分は拳銃や爆弾といった一般人が使える武器を戦いに要いている。その時点でまずシャドウ相手に勝ち目がない。即ちほむらはシャドウと戦える要員としては数えられず、まどかとさやか同様、美鶴達の荷物となる。

 

(時間停止は効いていた。なら囮役くらいは出来るわね)

 

 砂時計が内蔵された盾を指先でなぞる。戦える他の三人はシャドウを見据え歯を食い縛っている。マミも分かっているだろう。ペルソナを使えない魔法少女である自分達には足止めか時間稼ぎの役にしか立てない事を。力を持たないまどか達二人に加え、マミとほむらを守りながら美鶴らは立ち回らなければならない。

 

 ほむらの思考がそちらへ傾きかけた時、続く両者の睨み合いを死神の銃声が断ち切った。

 

 天井に向けて火花が昇るのを美鶴が見届け目を見開く。つられてほむらもそちらを見ると、高音を伴い紫の光球が3つ降り注いでくるのが目に映った。まるで神に追放された天使が地獄に堕とされるかの様に、禍々しく、荒々しく、神々しい光の塊。酷くゆっくりと回転しながら一点に集まり、一度圧縮された光は限界を超え炸裂する。

 

「皆伏せろっ!!」

 

 高音にも負けない美鶴の怒鳴り声が聞こえた時には、気付けば視界は霞がかった紫色一色で埋め尽くされていた。遅れてやって来る万物を壊し尽くす力の奔流。方向性を持たない嵐はホールの中を縦横無尽に駆け巡り、この光に照らされたあらゆる存在は形を保つ事を許されず、一つ残らず薙ぎ払われる。

 

 この時、外では微弱だが廃ビルを中心に震源もメカニズムも不明の局地的な地震が観測されていた。

 

 

 

 

 

 ――どれだけ時間が過ぎただろうか。1秒か、10秒か、はたまた1分か。瞼を貫いていた光は消え、耳から入る音を奪っていた高音も過ぎ去る。目を開くと次第に世界は色と音を取り戻した。そして気付く。あれを受けて自分は生きている事に。

 

「…無事か?」

 

 見上げるほど巨大、見渡すほど壮大な氷山。恐らくこれを作り上げたアルテミシアが半透明になり空気に溶けていく。まさかさっきの攻撃を美鶴一人がペルソナ一つで凌いだのだと理解するのに数秒を要した。

 

「次は、はぁ、はぁ…耐え切れんぞ」

 

 全員が無事である事を確認すると膝を折って座り込む。荒い息遣い。上下する肩が相当の疲労を語っている。極限の集中力は時として絶大な成果をもたらす。城壁と見紛うほどの氷山は万物を消し飛ばす力の奔流に見事耐え抜き、凌ぎ切り命を繋いだのだ。

 

 強力であればあるほどその代価は大きい。ペルソナ召喚は精神力を消費して行う。集中するにも膨大な精神力が必要となり、ペルソナの召喚まで重なると擦り減らす精神力は比較にならない。

 

「先輩、大丈夫すか!??」

 

「油断するな。今のを凌いだところでシャドウは無傷だ」

 

 役目のなくなった氷山が砕けて崩壊を始める。こちら側への被害が一切及ぶことなく防いだ氷の壁はほとんど蒸発していた。

 

 崩れた氷の残骸の向こう。まだ自分達が壊れていないのを歓喜しているのか左右に揺れている。そして休む暇を与えず、再びゆっくりとした動作で拳銃が天井へ掲げられた。撃鉄の駆動音だけが無慈悲に響く。獲物を捉えない三度目の銃声がホールを支配する。

 

 逃げ場はなく、まともに動けてシャドウと戦える者など順平しかおらず、勝てる見込みもない。まどかやさやかは目を瞑り無事を信じて手を合わせ祈っている。その二人を背にしながらほむらは諦めや絶望を感じてなどいなかった。こんなところで死ねない。約束の日まで何としても生き残り、まどかを救わなければならない。

 

 例え死神が立ちはだかろうと絶対に立ち止まらない。止まってしまってはそこで終わりだ。強い意志を持ち、たゆまぬ努力だけが望んだ結末を掴み取る可能性と信じている。死神の脅威など恐るるに足りない。ただまどかを守る事を考え魔力の障壁を作り、盾から取り出した機関銃を構えた。

 

(まどかを守る。それだけよ!)

 

 瞳に映るは光を降らす刈り取る者。先ほどの攻撃は防ぐ手立てなどないが、勝ちを譲ってそう易易とくたばるつもりもない。ほむらの眼光が刈り取る者を射抜いた。

 

 再び降りる光は視界を覆い、次なる破壊が来るのを予期し身構える。しかし、起きた現象は先ほどと似ても似つかない真逆のものだった――

 

 

 

 

 




p4uでも美鶴先輩強かったしアイギスとか除いたら特別課外活動部でも1番強いんじゃないかと思う。
あ、コンセンタラフーのコンボは無しで(´・ω・`)

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