東方戻界録 〜Return of progeny〜   作:四ツ兵衛

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ああ、眠い……。
〔それなら早く寝ろよ。明日も朝早くランニングするんだろ〕
〈最近は筋肉つけようとしてるけど、好きな人でもできたの?〉
好きな人ができたわけじゃなくて、体育で着替えのときに見られても恥ずかしくないようにするためです。
〔でも、お前は細マッチョに近いよな?〕
最近、太ってきたんですよ。元の体型に戻すだけでは足りません。元の体型を超えるために筋トレです。
〈ああ、うん。頑張ってね……〉
フハハ、女子に見られても恥ずかしくない身体を目指しますよ。
〔だから、お前は細マッチョに近いから大丈夫だって〕
〈そもそも、女子はお前のことなんて見てないぞ〉
ガーン…ひどいよ、三角君。
〔某アサシンみたいになってる……〕
〈まぁ、頑張って 亜墨利加の隊長 の体型を目指せよ〉
あそこまでマッチョになるつもりはありません。なってもスパイ○ーマンか、ムー○ナイトが理想です。
〈ムーンナ○トって、相当マッチョな気が……〉
さぁ、筋トレ頑張るぞー!
〔えぇと……本体の人格が筋トレを本格的に始めたみたいです。
まぁ、気にせずにいきましょう。
新しい活動報告を出したので是非見てください。〕
〈じゃあ、本編行っくぞー!〉


第八十二話

大男はエレイを投げ飛ばすと彼に一瞬で接近し、拳を振り下ろした。エレイは片腕に魔力を流し、その腕を盾のように使用して拳を滑らせることで軌道を逸らす。

 

「はぁぁぁあ!」

 

大男の拳を受け流したエレイのカウンターが大男の脇腹に入る。吸血鬼と言う種族故に元々凄まじい筋力を持っているエレイだが、その拳には更に魔力が上乗せされている。しかし、大男はゴムのように柔らかく拳を受け止め、自分から身体をくの字に折りまげて衝撃を逃がす。大男はそのままスピンし、エレイに裏拳を叩きこんだ。エレイは魔力を流した腕でガードするが、先程とは比べ物にならない衝撃波に吹っ飛ばされてしまった。しかし、エレイは何事もなかったかのように片手で着地する。

 

「ほう…まだ力が出たと言うわけか、面白い」

 

言葉と共に大男の姿が消えた。しかし、エレイは全く動じない。魔力を流して地面から水分を奪いとり、硬い地面を砂に変える。瞬間、地面に足跡がつき始めた。足跡はエレイを囲むように動き周り、彼の背後で途絶えた。エレイは背後に向かって回し蹴りを放つ。足に伝わってきたのは重い感触。直後、何かが滑って砂を削り、地面に跡を残した。その終端に大男が現れる。その顔にはくっきりと靴の跡がついていた。

 

「どうやらその透明化能力、まだ上手く使いこなせていないみたいだな。集中が少しでも途切れれば、すぐに姿が見えるようになる」

「ほう…見破っていたのか」

「仮定しただけだ。あんたの巨体を隠すにはこの場所の遮蔽物は小さいし、数も少ないからな。

まぁ、その反応を見る限り、正解だったみたいだが?」

 

そう言ってエレイは黒い笑みを浮かべる。その様子はどこからどう見ても悪役だ。しかし、大男は能力を見破られたと言うにもかかわらず、全く怯んだ様子を見せない。それどころか、笑みを浮かべている。

 

「確かに、儂には透明化の能力がある。だが!そんなものはただの飾りでしかない!」

 

大男は地面を殴りつけ、衝撃波を発生させる。エレイはそれを避けようと飛び上がるが、そんな彼に岩石でできた槍が襲いかかる。大男のあまりのパワーに地中の岩が飛び出したのだ。エレイは魔力でそれらの軌道を逸らすが、あまりの量に裁ききれず数本が掠った。薄皮が切れ、血が流れる。

 

「儂にはこのパワーがある!透明化など、使いこなす必要はない!」

 

大男は地面に手を突き刺し、力を込める。地面にヒビが入り、基と別れた岩盤が持ち上げられる。

 

「これでもくらえぃ!」

 

大男はその岩盤をエレイに投げつけた。直径約10m、高さ3mほどの円錐型の岩盤が風切り音と共に飛んでいく。いくら吸血鬼であっても直撃すれば回転する岩に全身を削り取られてジ・エンドしてしまうほどの破壊力があるだろう。

 

「流星『メテオストライク』」

 

さすがに危険だと判断したエレイはスペルカードを詠唱する。魔法により空中に隕石が出現。岩盤と衝突して相殺、砕け散った。エレイはフッと鼻で笑う。このくらい、やる気になれば彼にはどうとでもなるのだ。

エレイはアサルトライフルに改造パーツを取り付ける。取り付けたパーツはフルバースト、装填された弾の全発射である。

エレイは大男に照準を合わせ、引き金を引いた。発砲音と共に装填された全ての弾が発射されていく。

 

「なんのこれしき!」

 

大男は両手を打ち合わせた。まるで爆発したような音と共に大男を中心にした衝撃波が発生する。大男に向かっていた全ての弾丸は衝撃波によって弾かれた。

しかし、エレイは止まらない。地面に降りると同時に大男に向かってダッシュし、至近距離でサブマシンガンを連射した。あまりの早業に大男は反応できなかった。大男の身体には弾丸が次々と撃ち込まれ、穴を作っていく。

 

「ゴハァッ!」

 

大男が血を吐いて膝を着いた瞬間、エレイは相手の顔面に膝蹴りを打ち込み、そこから更に回し蹴りを打ち込んだ。あまりの破壊力に大男の身体に入り込んだ弾丸が全て叩き出され、新たな穴を作りながら四方八方に飛び散る。大男はまるで紙くずのように吹き飛び、宙を舞った。

 

「さぁ、フィニッシュと行こうか!

紅砲『アグニスパーク』!」

 

紅い光線が大男に向かう。銃弾を撃ち込まれ、吸血鬼に殴られてもなお意識を保っていた大男にとって、その光線は形となって迫ってくる死そのものだった。

光線が大男を飲み込むと思われた瞬間、大男の体内で脊椎が伸び、肩からは触手が生え、指の骨が伸びて鋭い爪を作った。迫り来る死に気づいた体内の寄生体が宿主の身体を次のステージへと進化させたのだ。

大男の上半身は伸びた脊椎によって押し出され、光線から逃れた。さすがに下半身は消し飛んでしまったが、大男は上半身だけで生きていた。

 

「まだ終わってなどおらぬわぁ!」

 

大男は全力で地面を殴りつけた。地面が隆起し、彼方此方から岩の柱が生えて天然のアスレチックを形成する。もちろん、地面の隆起はエレイが居る地点にまで及び、彼が気づいたときには既に岩のアスレチックに取り囲まれていた。

 

ヒュン!

 

風切り音がエレイの耳元で鳴る。驚いて振り向くエレイだったが、そこには何もない。直後、右の下腿に痛みが走った。見れば脹脛に切り傷ができ、パックリと開いた傷口から筋繊維が見え、血が流れていた。

 

「クソが!また透明化か!」

 

エレイの言葉を嘲笑うかのように風切り音が舞う。

相手が地面を移動するのなら姿が見えなくとも居場所の把握は簡単だった。しかし、大男は岩のアスレチックに触手を引っ掛けて移動している。地面に足跡がつかないため、居場所が掴めないのだ。

右脚に加え、左脚にも痛みが走り、エレイはその場に膝をついてしまう。今の攻撃で両脚の筋肉を削がれたのだ。

動けなくなったエレイを更に触手の追撃が襲う。

 

「ぐあぁ!」

 

苦痛に満ちた叫び。エレイの体表が切り裂かれ、血が周囲に飛び散る。だが、エレイはそれだけのダメージを受けてもなお立っている。大男はそれがバカにされたようで気に食わず、同時に切り易くて好都合だった。

 

「フハハハハ!死ねェェェェェェエ!」

 

大男はエレイの正面から飛びかかった。しかし、飛びかかった先で待っていたものは敵の死ではなく、ショットガンの銃口だった。

 

「吹き飛べ!」

 

エレイはショットガンの引き金を引いた。至近距離での発砲は当然ながら子弾含めて全て命中。大男は吹っ飛ばされ、宙を舞う。すかさず、エレイはスペルカードを詠唱する。

 

「金殺『刺殺裁決』!」

 

大男の吹っ飛ぶ先に金属の檻が出現、大男はそのまま檻に飛び込んだ。檻の扉が閉まり、大男を閉じ込める。

 

「小僧が!出しやがれ!」

 

ガンガンと檻を蹴る大男だが、魔法で出現した檻はビクともしない。それでも大男は檻を蹴りつけ、喚き続ける。それをエレイは軽蔑を込めた目で観察し、鼻で笑った。

 

「クソ!クソ!クソ!クソ!

何故最後に儂の居場所がわかった!透明化は完全だったはずだ!なのに何故!」

「そうだな…教えてやろう。俺は吸血鬼だ。自分の血の匂いくらい楽に嗅ぎ分けられる。俺を切りすぎたのが仇になったな。強い血の匂いがするぜ、あんたの鎌みたいな触手からな」

「……畜生が。どうせ透明化なんて役立たずの要らねえ雑魚能力じゃねーか」

 

説明など求められていないと言うのに勝手に説明したエレイ。しかし、案外その説明をしっかりと聞いていたらしく、大男は自身の能力に文句をつけ始めた。その文句にエレイの表情が変わる。

 

「あんたは今、透明化能力は不要だと言ったな。

……その通りだ。どんな能力も追加された力。所詮は元からある身体能力や精神力の補助にすぎない。

だが、どんな能力であっても使い道は何かしらある。戦闘中に女の裸やベッドインを想像するような下品な妄想を常にできる能力も、そこから生まれたピンクジョークが戦場の緊張感を和らげて士気を保つ要因になり得る。能力は持っているだけでも貴重なんだ、あまりバカにするんじゃない。

実際、あんたが一撃で殺すようにしていたら俺は間違いなく死んでいた。使い方さえ間違えなければ、その能力は相当強かったぞ。弱いのは能力じゃない、あんた自身だ」

「小僧が……言ってくれやがる」

「そりゃあ、事実だからな」

 

エレイが言い終えると同時に大量の剣と槍が現れ、檻に刃を向ける。既に拘束済みとは言え、1度殺意を向けてきた相手を生かしておくつもりは毛頭無いのだ。

 

「ふふふ、じゃあな。能力の使いこなし方は俺からの宿題だ。地獄でやって来いよ」

 

エレイが言い切った瞬間、全ての武器が檻に向かって発射された。刃は檻の隙間から侵入し、大男に容赦なく次々と突き刺さっていく。しかし、大男は一つの呻き声も漏らさない。奥歯を噛み締め、必死に堪えていた。そこにあったのは凶悪な侵略者の姿ではなく、部下達のために何でもないかのように振る舞うリーダーの姿だった。

やがて、全ての姿が撃ち尽くされた。大男は大出血したまま檻の壁にもたれかかり、ピクリとも動かない。

おそらく死んでいるのだろう。エレイは動かない大男を見てそう思い、同時にまたあることを思い出した。

 

「そういえば、一応言っておくが俺は小僧じゃない。人間と比べたら、俺なんてジジイも良いところだぜ」

 

言い終えると同時にエレイの身体から力が抜け、その場に膝を着く。

 

「……っ!あの野郎、結構やってくれたじゃねーか。ダメだな、身体が言うことを聞かん。

……仕方ない。後は他のヤツらに任せるか。すまねえな、みんな——」

 

言い終えるか否か、エレイは意識を手放した。同時に、魔力の供給源を失った檻も消えた。

 

 

 

 

 

 

 

……死ぬかと思った。まさか全身を刃物で貫くなんて、あの小僧……いや、吸血鬼もなかなか恐ろしいことをする。走馬灯が見えた。

……あ、違うな。吸血鬼は元々恐ろしい存在か。生物兵器と同じように……。

それにしても、どんな能力であっても何かしら使い道はある、か……。能力が無くてもいいものなんて考えたことがなかった。なにか大切なことを知った気がする。

 

「ゴハッ!ガハッ!」

 

咳をすれば、吐血してしまう。やはり、大きすぎるダメージを受けてしまったようだ。この身体はもうダメだろう。

……仕方がない。この身体を捨てて、新しい身体に寄生体を移そう。そうしなければ死んでしまう。丁度、目の前であの吸血鬼が気絶している。能力について教えてくれたなかなか良いヤツで気が引けるが、儂も生きたいのだ。許して欲しい。

……そういえば、天狗よりも吸血鬼の方が強いのではないだろうか?

この吸血鬼は儂と同等の筋力を持っている。先ほどまでの戦闘を見た感じでは、天狗よりも吸血鬼の方で苦戦しそうな感じがする。おまけに、吸血鬼も空を飛ぶことはできるようだから、天狗よりもポイントが高いのではないだろうか?

そんなことを考えながら、儂は吸血鬼の元に辿り着いた。やはり、ダメージは大きすぎたようだ。触手もマトモに動かず、両手で地面を這うのがやっとである。

さて、身体を奪う前に一つ。この吸血鬼の名前は何と言っただろうか?

敵とは言え、悪い者ではない。むしろ、能力のことを教えてくれた恩人と言うべきだ。最低限の敬意は払わなければならない。

名は確か…エレイだったはずだな。

 

「エレイよ、すまない。これより、其方の身体を儂のものとする。他の者と同じように私も生きたい。仲間達と一緒に一つの村で暮らしたいんだ。だから、其方を殺して儂が生きる。だが、教えてもらったことは忘れない。もちろん、其方のことも。

地獄で宿題をするつもりはないが、一刻も早く、新しい身体で宿題を完成させるつもりだ。だから、これから生きていく儂を許して欲しい。其方の身体を頂く儂を許して欲しい」

 

よし、言い終えた。これは紛れも無い本心だ。聞いていないとは思うが、天に届くほどに儂が有名になるから、どうか儂にこの気持ちを届けさせて欲しい。

儂は寄生体に意識を送る。記憶を保つためにも、全ての意識を寄生体に込めて寄生するのだ。

儂はエレイの両肩に手をかけた。

 

ドスッ!

 

……え?

身体が完全に動かなくなった。でも、感覚はあって、情報が入ってくる。身体に穴が開いて、大量の血が流れているのがわかる。そして、儂(正確にはエレイだろう)に近づいて来る人影が見える。同時に人影が何か言っている。

 

「ごめんなさい。生きたいと言う気持ちはわかります。その感情はどんな生物にも必ず存在しているのですから……。

しかし、悲劇を繰り返さないためにも生物兵器は死ぬべきなんです。死ぬべきなんて言うことが間違っていることはわかりますが、同時に世界のためなんです。許してください。

それに、僕は仲間に死んでもらいたくないんです。例え、姿が同じでも心が違えば、それは別人です。

貴方が決して悪いヒトではないことはわかりますが、ごめんなさい。僕はエレイさんにエレイさんであってもらいたいんです。だから、ストゥレラツで貴方を止めさせていただきました。

2度と悲劇として生まれてこないでください。生物兵器と言う名の悲劇として……」

 

暗くぼんやりと、色を失い冷たくなっていく意識の中で儂は涙を流す少年の姿を見た。


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