東方戻界録 〜Return of progeny〜   作:四ツ兵衛

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範人たちと別れた後、ジェットが家に帰ったときの話です。
範人に少々関係があります。


Jet’s story

ジェット・アルカード。エージェント ハント・ゴートレック 通称 Dr.bloodの監視ミッションのターゲット。彼は遊園地から家に帰ってきた。

 

「ただいま〜♪」

 

「おかえり。」

 

ジェットを出迎えたのは彼の父親。政治家をしており、バイオテロの対策を考案したりしている。今回の監視ミッションを依頼したのも彼である。

 

「やけに上機嫌じゃないか。何かあったのか?」

 

「今は秘密だけど、すぐに教えるよ。」

 

「なんだよ?気になるじゃないか。」

 

ジェットはハントに言われたことを実行する。父親にハントのミッションの様子を伝えるということだ。上機嫌になっている理由はそれ以降に教えることに決めている。

 

「まずはハントさんからのメッセージだよ。」

 

「何⁉︎ハント⁉︎」

 

ハントという名前を聞いた瞬間に父親の表情が変わる。ジェットはそれを不思議に思ったが、あまり気にせず、話を続ける。

 

「エージェント ハント・ゴートレックはミッションを完璧にはこなせず、ターゲットと接触した。だってさ。」

 

「ハ、ハント……あの野郎……。」

 

父親の表情が怒りに包まれ、身体が怒りで震え始める。

彼はもともと、生物兵器が嫌いだった。そのため、ハントのことがもちろん気に食わなかった。それでも、ハントは伝説的な最強と言われるエージェント。だから、彼はハントにミッションを依頼したのだ。

そのハントがターゲット…自分の息子に接触した。それが許せなかったのだ。

生物兵器は汚らわしいもの。彼の中ではそう定義付けられていた。

 

「だ、大丈夫だったか?何かされなかったか?」

 

「何もされてないよ。」

 

一度否定されるがそれを認めずに再度問い詰める。

 

「いや、何かされたんだろ?」

 

「されてないって。」

 

二度目の否定。それでも認めることができない。生物兵器は完全に悪、という考えが彼を動かす。

 

「きっと、されたんだ。口封じされているんだろ?」

 

「……だから、されてないって。」

 

三度目の否定。それでも認めることはできない…いや、認めてはいけない。何か酷いことをされて、それで口封じをされている。彼はそう思い込んでいる。

 

「されたんだろ?何か酷いことをされて、口封じされているんだろ?」

 

「うるせー黙れ!!されてねーつってんだろ!!!」

 

『仏の顔も三度まで』という言葉がわかるだろうか?今のジェットはまさにその状態である。

目の前の父親は自分を救ってくれたハントを否定している。その否定を否定する自分の意見になんて耳を貸していないということがわかった。

初めは普通に許せた。だが、二度、三度と問われるうちに怒りが湧いてきた。三度まではなんとか許せた。だが、四度目。もう許せなかった。怒りが爆発した。

 

「ハントさんは僕を助けてくれたんだぞ!その人を否定するな!」

 

父親の動きが止まる。5秒間程のフリーズ。その時間があれば、あの時、自分だけだったなら10回は死んでいただろう。

フリーズの後、父親が頭を冷やしたのか。落ち着いた様子になる。

 

「……悪かった。されてないならそれで良い。」

 

「その言葉は僕じゃなくてハントさんに言ってもらいたいよ。」

 

「で、どうだった?楽しかったか?」

 

父親が逃げるように話を変える。ジェットは少し気に入らなかったが、会話が安定した話題に戻ると考えるとどうでもよかった。この話題なら、先程のようになることはないだろう。

 

「とても楽しかった。楽しすぎて他に言い方がわからないくらい。」

 

「そうか。それは良かったな。」

 

「新しく友達ができたしね。」

 

「それは誰だ?」

 

「ハントさんと妖夢さん、あとはフランちゃんだね。」

 

それを聞いて父親は頭を抱えた。当然といえば当然だろう。まさか、自分の嫌いな生物兵器が息子の友達をなるとは思うまい。しかも、それがミッションを依頼したエージェントとも。

 

「……それで大丈夫だったんだよな?」

 

「うん、大丈夫だった。化け物に襲われそうになったときに3人が助けてくれたんだ。みんな強くて優しかったよ。」

 

父親は安心したがやはり生物兵器は信じられない。でも、少しなら心があるのだろうか?と彼は思いつつあった。

 

「良かった……お前が無事で本当に良かった。」

 

「それでね……お父さん。」

 

「どうしたんだ?」

 

ジェットがモジモジしている。父親は不思議に思い、彼に問いかけた。

 

「…僕ね、好きな人ができたんだ……。」

 

父親は驚いた。それはもう頭にかぶっている鬘が吹き飛ぶくらいに。まさか、自分の子供が恋に落ちるとは思っていなかった。父親は再びフリーズした。

 

「……。」

 

あまりの驚きに言葉を発することもできない。なんとか聞いたことを理解できるといった状態である。

 

「それでね。告白したら……OKもらったんだ。」

 

『OK』という言葉で父親の意識が復活、フリーズから解放された。だが、未だに『OK』の言葉が信じられない。もしかしたら、弄ばれているのかもしれないと思ってしまう。

 

「それは弄ばれているんじゃないか?」

 

「それはないと思うよ。向こうからの告白だったから。その後にこっちが伝えたんだから。」

 

「そ、そうか。それは良かったな。」

 

我が子の恋が実ったことは嬉しい。だが、それは同時に悲しい複雑な感情が絡んでいた。もしかしたら、我が子が離れてしまうかもしれない、そう思えてしまう。いや、実際にそうなのだろう。

 

「……でも…。」

 

「どうした?」

 

「その人にまた会うには僕はここからいなくならなきゃいけないんだ……。」

 

「……そうか。」

 

やはり、そうだった。いつかは離れていってしまう、いつかは離れなければならなくなってしまう。喜びの背後にはいつも悲しみがついて回る。我が子の恋の成就は愛する我が子との別れを示唆するものでもあった。

 

「お父さんは僕がいなくなったら悲しい?」

 

「もちろん悲しい。」

 

悲しいに決まっている。悲しくないはずがない。それは互いに同じだ。だが、悲しみを乗り越えて人…いや、生物は成長する。父親にはそれがわかっていた。

 

「……だけど、それはいつか必ず起きることだ。それが今なのか、一週間後なのか、一年後なのかは誰にもわからない。……未練を残すなよ。」

 

「それって……」

 

「ああ。」

 

決めていた。いつか来るとわかっていたから、そのいつかがいつなのかわからなかったから覚悟はしていた。彼はそのときには必ず子供の背中を押すことに決めていた。

 

「父さんはお前を応援する。お前の好きにすればいいさ。一度きりの人生だ。後悔しないようにやりたいことをすればいい。」

 

「ありがとう。」

 

「父さんの決めていたことだ。いつ、ここからいなくなるんだ?」

 

「それはそのときになったら言うよ。それまで、未練を残さないように精一杯楽しむ。」

 

一緒にいて欲しい。だが、独り立ちもして欲しい。愛するが故の悲しみは父親の心に深く染み込む。しかし、ジェットもまた覚悟を決めていたのだ。我が子への愛でそれの邪魔はできない。

 

「今日は疲れたからもう寝るよ。おやすみ。」

 

「ああ、おやすみ。」

 

ジェットがいなくなった部屋。2人で使うには…いや、3人で使うにも、もともとこの部屋は広過ぎた。だが、今はより一層広くなったような気がする。

ジェットの話を聞いたからだろうか?ジェットが去ってしまうことを知ったからだろうか?いつかは離れてしまうことが再認識できたからだろうか?

きっと全てだろう。

 

「ジェットは良い子に育ったよ。……エマ、今も見てくれているかい?」

 

1人だけになった部屋で彼が呟く。彼の心に浮かんでいるのは一年前にバイオテロの街で生物兵器と共に焼き消された妻の姿だった。悲劇(テロ)の街に消えた大切な人の姿だった。

 

「さて、私も寝るか。」

 

彼は立ち上がり、寝室に向かう。その心では我が子の独り立ちへの喜びと悲しみが複雑に絡み合っていた。だからこそ、それらの感情はどんな天秤で測ってもどちらにも傾くことがない美しい愛なのだと彼は親になって初めて知った。




今回のゲストはスパイダーズです。

「うう……良い親父だ。」

「ジェットは幸せ者だよ。」

「ジェットの親父に比べて、1人用のポッドで逃げようとするどこぞの親父は……」

「ひどいね。」

今回は本編に関係することが少し出てきました。さて、どこでしょう?

「名前……か?」

それは少しありますね。そこまで重要でもないことですが……。名前に気づいた人は多いと思います。

「うーん……」

最初の方の話を読み返せば、わかるかと思います。重要なのは、あの親父さんが何故、生物兵器を嫌っているかですね。ちなみに1年前の事件の街はラクーンシティのようにミサイルが撃ち込まれたわけではありません。別の何かが街を焼き尽くしたのです。

「私らも子供欲しいねぇ。」

「そうだねぇ。」

お二人は夜に予定が入ってしまったみたいですね。そろそろ締めましょうか。

『ではまた、次回お会いしましょう。』

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