東方戻界録 〜Return of progeny〜   作:四ツ兵衛

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第105話

「来たか……」

 

 その言葉に答えるように、境内に風の音が響いた。

 妖怪の山、山頂にて。

 守矢神社の本殿の中で精神統一をしていた、左目に眼帯をつけている金髪の青年——旅行冷仁は、スッと立ち上がり、境内に通じる扉を開けた。

 他の住民も異変を察知したのだろう。境内には、守矢神社に住む者全員が集まっていた。

 緑色の髪の少女——東風谷早苗が冷仁の方に振り向く。

 

「あ、冷仁くん。起きたんですね」

「寝ていたわけじゃない……。それより、覚悟はいいか?」

 

 冷仁の言葉で、全員が顔を見合わせる。

 そこに言葉はいらなかった。来るべき戦いへの備えは、既にできていた。

 神としての存在を保ち、より強いものとするため。大切な者の消滅を防ぐため。それぞれの願いが、幻想郷を敵に回すという覚悟を与えていた。

 

「敵は7名。全力で迎え撃つ!」

 

 その時、境内に突風が吹いた。

 巨大な空気の塊が地面に直撃し、砂塵を巻き上げる。攻撃の気配を察知し、全員が身構えた。

 やがて、砂煙が晴れた時、そこには7人の戦士がいた。

 

「遅かったじゃないか……」

 

 背中にしめ縄を背負うという独特な格好をしている女性——八坂神奈子は嬉しそうに目を細める。

 文が集団の中から一歩踏み出した。

 

「私たちも準備が必要だったんですよ。そちらのあなた1人を相手にするのに一部隊で足りないならば、他の人も合わせればもっと戦力が必要なはず。とっておきを揃えるには時間が少々かかってしまいました。天狗の誇り、守らせていただきますよ?」

「誇りって言っても、こんな簡単に縄張り踏み込まれてちゃ、世話ないねぇ」

「冷仁、私は早く防衛戦したいんだけど?」

「好きにすればいい。……俺からすれば、用があるのはそいつだけだ」

 

 目のついた帽子を被っている小柄な少女は洩矢諏訪子。

 その彼女の問いに軽く答えた冷仁は、範人を指差した。

 

「久しぶりだな。大きくなったじゃないか、範人」

「それはお互い様だろ。あれから10年近く経ってるんだからな。成長しなきゃおかしい」

「ちょっと待ってください!」

 

 互いに鋭い目つきで睨み合う2人に、早苗がストップをかける。

 

「冷仁くん、彼があなたの弟なんですよね?」

「そうだ」

「つまり、私の義弟(おとうと)というわけですね?」

「……そうだ」

「は……?」

 

 話が読めない。

 弟という言葉に範人が混乱する中、その目の前に早苗が歩み出る。

 

「冷仁くんからは常々話を伺っております。範人くん、ですね?」

「……そうだが、あんた誰だ?」

「おっと……そうでした。自己紹介がまだでしたね。私の名前は東風谷早苗。冷仁くんのお嫁さんです」

「ヨメ……?」

 

 範人は更に困惑し、冷仁の方に目を向ける。

 呆れた様子で額に手を当てる冷仁だったが、その顔は耳まで真っ赤に染まっており、恥ずかしいという感情をほとんど隠せていない。

 

「……冷仁、どういうことだ?」

「ちょっとした間違いはあるが、概ねそいつの言った通りだ。そいつは将来的に俺の嫁になる」

 

 冷仁は顔を上げ、呆れた様子の声で堂々と冷静さが伺える声色で言った。しかし、その顔は未だに真っ赤であり、堂々とした態度はやけくその結果に出来上がったものにしか見えない。かっこ悪い。

 早苗はドヤ顔になり、範人に近づく。

 

「というわけで、私は君の義姉(おねえ)ちゃんになるわけです。こちらにはあなたの身内がいるんですよ。どうです、私たちの方につきませんか?」

「お断りしまーす」

 

 笑顔で、チャラい感じで即答。

 

「冷仁くん! 弟がお姉ちゃんの言うこと聞いてくれないんですけど⁉︎」

「こちらへ来る前にも言ったはずだ。そいつは味方にならないはずだと……」

「だからって、こんなにあっさりと断られるなんて思わないじゃないですかー! お姉ちゃんですよ⁉︎ 私、彼のお姉ちゃんなんですよ⁉︎」

 

 範人を指差して、早苗が喚く。凄まじいほどの「お姉ちゃん」に対する執着である。

 

「だいたい聞いていたイメージと違うんですけど! 髪が長くて可愛い顔した女の子みたい、ってどこにそんなイメージがあるんですか⁉︎ 筋肉モリモリマッチョマンのちょっと目つき悪い高身長イケメンじゃないですか!」

「早苗……人は変わるんだ」

 

 冷仁は悲しい目になって言った。

 

「変わりすぎでしょう! この写真の男の娘はどこに行ったって言うんですか⁉︎」

 

 早苗が冷仁に1枚の写真を見せつける。そこには、眼帯をつけた少年と髪の長い少年が写っていた。写真の中の2人は笑っており、同じ金髪であることやどことなく似ている顔つきから双子であることがうかがい知れる。

 

「こっちの子が冷仁くんっていうのはよくわかります。左目に眼帯つけてますし、目つき悪いですし。でも、こっちの金髪ロングの可愛い子がこの人っていうのはちょっと……」

「あ、これガキの頃の俺だわ」

「本当でしたか、ちくしょー!」

 

 早苗は数歩下がると、ガックリとしゃがみこみ、地面を指で突き始めた。

 

「うう……可愛い弟か妹が欲しかったです……」

 

 その場に居合わせた一同の早苗を見る目には憐れみがこもっていた。

 冷仁は静かにため息を吐く。

 

「さて、とんだ茶番を見せてしまったが、これでも俺たちはこの妖怪の山に入り込んだ侵入者だ。追い出さなければならないのではないか?」

「その通りです! みなさんのお力で、こんな人たち、ちゃっちゃとやっつけちゃってください!」

 

 いつの間にか霊夢達の一番後ろに隠れていた文が喚く。

 

「天狗様はああ言ってるが……?」

「もちろん、捻りつぶさせてもらうわよ。私も少し借りがあるから」

 

 冷仁の問いに対し、霊夢は怒りを露わにしながら答えた。

 

「そうか……範人、お前はどうする?」

「その質問、答えはいらないよな?」

「質問に質問で返すな……と言いたいところだが、正解だ。ついて来い。ちょうどいい場所がある」

「ほーう、それじゃあ招待に預かりますかねぇ」

「待ちなさい!」

 

 その場を立ち去ろうとした2人を引き止める声が1つ。

 冷仁の動きがピタッと止まり、振り返ると同時に鋭い視線が声の主を射抜く。あまりの迫力に椛はビクッと身を震わせた。

 しかし、椛は吠える。

 

「何故、勝手に始めようとしているんですか?」

 

 負けじと吠える。

 

「この戦いは複数対複数。数の勝負。複数人で一人を叩けば勝ちです。一対一の戦いなんて最初からできるなんて思わないでください!」

 

 椛が刀を構える。対して冷仁は、

 

「そうか、貴様がさっきの……ほう……」

 

 呑気に一人喋っていた。

 

「覚悟!」

 

 刀を前に構え、突きの形で跳躍。

 

「そういえば、俺も貴様に言いたいことがあったな……」

 

 瞬間、冷仁の姿が消えた。

 椛の刀は空を切り、虚しさがその手に伝わる。

 

「逃げたか?」

「そんなわけないだろう」

「なっ……⁉︎」

 

 ガシッと、椛の手首が掴まれた。背後からでも、横からでもなく、真正面から掴まれた。

 いつの間にか、冷仁が椛の前に現れ、手首を掴んでいたのだ。

 離れようと腕を引く椛だったが、手首を離す気配は一切ない。それどころか、冷仁は微動打にしない。

 人ならざる者の、生物の最高到達点の一種が持つ尋常ではない力の前では、白狼天狗の力など無に等しかった。

 冷仁は、そのまま椛の方へと一歩踏み出す。

 

「さっき、範人の刀を(なまくら)と言ってくれたが、あいつの打つ刀は鈍じゃない。鈍なのは、お前の腕だ。あのような細腕、俺ならば軽々と切り落としてみせよう」

 

 弟への侮辱は、我が身への侮辱よりも腹立たしいことだ。冷仁は完全に怒っていた。

 周りから見れば、冷仁の目が光を放っていると錯覚するほどの迫力。

 そのあまりの迫力に、椛は背筋が冷たくなるのを感じた。膝がガクガクと震えている。

 

「失せろ、雑魚が……」

 

 そう小さく囁き、冷仁は椛から手を離した。

 途端に緊張が解けた。

 恐怖のあまり、失禁。椛の股間からは、情け無い黄色い液体が、流れ出していた。

 呼吸が乱れ、世界がネガ反転する。椛は半べそをかきながら、その場にへたり込んでしまった。

 文が椛に近づき、後退を促せば、彼女は黙って鳥居の外へ出た。

 相手から戦意が完全に喪失したことを確認し、冷仁は範人の方に向き直る。

 

「邪魔者はいなくなったな。早く行こうじゃないか」

「いや……まぁ、うん。早く行った方が良いってのはわかるんだが、あまりにも容赦がなさすぎやしないか? 女の子だぜ?」

「そんなこと知るか。たとえ女子供だろうと、俺は容赦しない。どんな相手であれ、敵ならば斬り捨てるまでだ。襲いかかってきたのなら、答えは1つだろう。ましてや、我が弟の侮辱など言語道断。命があるだけ、ありがたいと思うべき愚行だ」

「やべぇ兄貴を持っちまったぜ……」

 

 範人は「やれやれ」と溜息を吐く。

 冷仁のブラコンにも困ったものである。

 範人は苦笑いしながら、兄の背についていくのであった。

 

 

 一歩も動けなかった。

 2人がいなくなった後の境内は、静寂に支配されていた。

 その静寂を魔理沙が破る。

 

「いったい、何が起こっていたんだ?」

「わからないわ……」

「霊夢でもわからないのか、まいったな……」

 

 わかったことと言えば、冷仁には妖怪をも遥かに凌ぐ力があるということだけ。

 姿を見えなくするような能力ならば気配は残るが、冷仁の気配は完全に消えていた。能力がわからない。

 相手の手の内がわからないのであれば、対処のしようがない。

 と、

 

「僕、見えましたよ……」

 

 そう言って、おもむろに手を挙げたのはジェットだった。

 霊夢たちの注目が彼に向く。

 

「あの人、姿が見えない間、後退していたんです」

「後退? 近くにはいなかったぞ」

「距離が桁違いだったんですよ。あの一瞬で、博麗神社まで跳躍して戻ってきたんです」

 

 ……ちょっと言ってる意味がわからないです。

 皆がそう思った。

 一方、

 

「みんな驚いちゃってるねー。良いね良いねー、その反応」

「自分で言うのもなんだが、私らも敵わないからねぇ」

「ふふふ、どうです? ウチの夫は強いでしょう?」

「もぉー、夫だなんて。早苗は気が早いなぁ」

 

 早苗たちは勝利を確信し、ドヤ顔を浮かべていた。

 圧倒的な力を持った強者。それに守られる者。彼女たちと敵対することは、冷仁との敵対を示していた。勝ち目はほとんどないと思った。

 しかし、その程度で諦める霊夢たちではなかった。

 

「いいえ、大丈夫よ。私たちは私たちにできることをしましょう。まずは目の前にいるこいつらをやっつけなきゃ」

 

 それはただの出任せだったかもしれない。しかし、その言葉は彼女たちを大いに勇気付けた。

 早苗の目が細くなる。

 

「やはり、諦める気はないのですね。わかりました。徹底抗戦です」

 

 早苗が身構え、促されるように神奈子と諏訪子も構える。霊夢たちも身構えた。

 多数対多数、数の利は霊夢たちにあった。しかし、目の前にいるのは2柱の神と1人の人間。戦力にそれほど差があるようには思えなかった。

 

「我ら、信仰のために!」

「博麗神社の名誉、ついでに天狗のため!」

「霊夢さん⁉︎ 天狗がメインなんですけど⁉︎」

 

 ジェットの声が聞こえた気がするが、無視。

 両陣営から同時に大量の攻撃が撃ち出され、炸裂、相殺。ついには大爆発を起こした。

 爆風により土煙が上がり、全員の姿を隠した。

 何が起きているのか、近くから見ている椛にすら、煙の中の様子はわからなかった。

 

 

 やがて、煙が晴れた時、そこに残っていたのは幼い2人の姿だけだった。


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