東方戻界録 〜Return of progeny〜   作:四ツ兵衛

115 / 124
今回は早かったと思いたい。


第九十九話

「ふっふっふーん♪」

「ご機嫌だな」

「だってデートですよ、デート。しかも、範人から誘ってきたんですよ。わくわくします」

「デートって言ってもノープランだから、あまり過度な期待はすんなよ」

「一緒にいられるだけでも幸せですから」

 

 範人が苦笑いしながら言うと、妖夢は上機嫌に答えた。

 山頂の神社襲撃の翌日、人里にて。

 妖怪の山でとんでもないことが起こっていることなど全く知ることなく、人々は普段通りの生活を送っている。通りは活気に満ち溢れ、店同士の勝負が繰り広げられていた。

 今日、範人はデートと称して、人里まで日用品を買いに来ている。

 範人の研究所では、動植物の研究を行っているため、飼育施設は充分に整っている。しかし、栽培、養殖を(おこな)って食糧を作ることはできても、さすがに石鹸や塩を作る技術はない(改造する技術はあるが)。そのため、どうしても作れない物を買いに来たのだ。

 

「おーっす」

 

 範人が声をかけると、雑貨屋の店主が振り向く。

 

「おう、いらっしゃい。今日もいつも通りのオーダーで?」

「そうだよ。てか、いつの間にそんな素敵な横文字覚えたんだ?」

「あんたがウチの店に来るようになってからだな。移っちまったぜ」

 

 範人が幻想郷に来てから、もう既に2年以上の月日が経過している。

 2年も同じ店に同じ物を買いに来ていれば、自然と顔馴染みになるのは当たり前。店の主人も範人の顔を覚えてしまい、今となれば、店に来る日まで当てられるほどだ。

 

「今日は彼女さんも一緒かい?」

「そそ。まぁ、彼女って言うか、未来の嫁だけどな」

「未来設計図もバッチリか。浮気すんなよ」

「するわけないって。夜も共に過ごした相手だ。責任はしっかりと持つさ」

「見た目の割には責任感あるのな」

「見た目の割にとは失礼だな」

 

 範人は笑いながら返した。

 そんな風に行く先々の店で常連客らしい会話をした範人。買い物はすぐに終わってしまった。

 その後、蕎麦屋でテキトーに昼食をとり、装飾品の店を回ったりしている時。

 不意に、妖夢が身を寄せてきた。右腕はガッチリとホールドされ、柔らかい胸に少し埋まっている。

 

「近すぎないか?」

「近くにいたいんです」

 

 妖夢は当然のように答えた。

 

「……胸、当たってるぞ?」

「当ててるんです。触りたいなら、鷲掴みにしてもいいですよ」

「……今はやめとく」

 

 身体を密着させて誘惑する妖夢だったが、範人が今更動揺するはずもなく、華麗に受け流されてしまう。

 妖夢は頰を膨らませて、さらに身体を密着させた。

 そんな彼女の様子に、範人はやれやれといった感じに笑い、ホールドされていた腕を解くと、指を絡める形で手をつないだ。世間一般で言う、恋人つなぎである。

 

「…………」

 

 妖夢は感動のあまり言葉も出ず、ただ無言で範人の顔を見た。

 範人がその視線に気づいて妖夢を見るが、彼女は気恥ずかしさから思わず目をそらしてしまう。

 もっと恥ずかしいこともしてるのになんで……と自分に問いた結果、急に今までのことが恥ずかしくなり、顔を赤くする妖夢だった。

 

 

 手をつないで10分ほど経った頃だろうか。

 ふと、範人がとある店の前で足を止めた。

 

「? どうしたんですか?」

 

 妖夢が訊ねると、範人は難しそうな顔をし、

 

「いや、俺の気のせいかもしれないが……。そこの店からものすごい妖気っぽいものが出ているような気がしてな……」

「ああ、それなら大丈夫です。この鈴奈庵は貸本屋で、妖魔本も取り扱っているだけですから」

「妖魔本?」

 

 範人が聞き返した。

 

「妖魔本というのは、妖怪が書いたとか、妖怪が関わった本のことです。魔道書(グリモワール)もこれに分類されますね。まぁ、妖怪が関わっているので、多少の妖気が宿ってしまうんです。物によっては妖怪を封印していたりもするので」

「ほぅ……危ないな」

「そうですね。なんなら、入ってみますか?」

「え、いいのか?」

「はい、範人が行きたいのなら。それに……」

「ん?」

 

 範人は不思議そうな顔をする。

 

「そういう本……欲しいですよね。範人も……その……男の子、ですから」

「は?」

「え?」

 

 今度は2人揃って不思議そうな顔になる。

 

「いや、だって……。男の人って、するんですよね? えっちな本を見ながら……気持ち良くなるために……」

 

 ……オイ。

 明らかに女の子の言っていい言葉じゃない。

 

「あのー……妖夢さん?」

「はい、なんでしょう?」

「今の知識は誰から教わったんですか?」

「幽々子様からです」

「なるほど……」

 

 ——あのおっぱいピンクは何教えてんだ! いや、ナニ教えてんだ!

 範人は心の中で絶叫した。そして、範人は無駄に優しい顔になり、

 

「俺は別にそんなことしてないからな。てか、そういう本を探すわけじゃないから」

「え? でも、男の人って、そういうことしないと足りないんじゃないですか?」

「そんなことありません」

 

 足りてます。充分すぎるくらいに。

 

「でも、性欲を持て余すとか……」

「持て余しません」

 

 俺の性欲は毎度のごとく、一滴残らず貴女に搾り尽くされています。

 

「そんなまっさかぁ…………本当ですか?」

「本当です」

「あははは…………ごめんなさい」

「ああ、許そう」

 

 範人は表情を変えずに答えた。

 その顔はとても優しい顔のはずなのに、目が笑っておらず、とてつもない恐怖を覚えた妖夢だった。

 

「さて、お店に入ろうか」

「……はい」

 

 妖夢は内心震えながら答えた。

 範人は鈴奈庵の中に入っていく。

 と、その時。

 

「…………あれ?」

 

 ふと、通りの方を向いた時、妖夢は並んで歩く一組の男女を見つけた。

 男の方は気難しそうな印象で、女の方は快活そうな印象を持っている。それぞれ、年齢は青年と少女と言ったところだろう。

 少女は青年の右腕を包み込むようにして青年に密着しており、青年は鬱陶しそうにしている。しかし、青年から嫌そうな雰囲気はせず、むしろ、嬉しくてもその気持ちを表に上手く出せていないような感覚があった。いずれにせよ、幸せそうな感じがする。

 妖夢が注目したのは青年の方だった。

 金髪碧眼で、身長は範人と同じくらい。季節外れの黒いレザージャケットを着ており、生地越しに見える身体のラインからして体型も範人とほとんど同じ。見た目が範人とそっくりだった。

 違うところを上げるとすれば、瞳の色と左目を隠すようになっている髪型、その髪の下に見えた眼帯くらいだろう。

 驚いた妖夢は鈴奈庵の中を見る。そこには、範人がいた。

 愛する人を間違えるはずもなく、そこに範人がいるのだから、浮気しているわけでもない。

 妖夢は不思議に思いながらも鈴奈庵の中に入るのだった。

 

 

 鈴奈庵の店内は薄暗く、余裕をもって置かれている本棚には大量の本が並べられていた。その本の中には本棚に入りきらず、床に積まれている物もある。

 範人は無造作に置かれた本の中でも外来の本——特に医学関連の本が比較的多く並べられている本棚の前にいた。

 

「ふむ、これはt-ウィルスの製造方法……何⁉︎ こっちはGウィルスの製造方法だと⁉︎ ……これなんて、ウチのオリジナルブレンドウィルスの作り方じゃないか!」

「なんか珈琲みたいな言い方ですね……」

「ウィルスに親しみが感じられるだろ?」

「いえ、全く」

「ぬー……」

 

 妖夢に冷たく返され、範人は唇を尖らせて本棚に目を向ける。

 と、一冊の本が、そんな彼の目に留まった。

 

「……んんんん⁉︎」

 

 範人は驚きながら、その本を手に取った。

 本のタイトル、内容……軽く目を通す程度だが、読めば読むほど間違いない。

 これは……、

 

「俺が学会に発表した研究データじゃねーか!」

 

 範人が合衆国政府のエージェントをしていた頃——一般的には若き天才生物学者、生物研究者として知られていた頃に発表した研究のデータだった。

 そして、その声に反応する者が1人。

 

「あなた、それを書いたって本当⁉︎」

 

 声のした方を見れば、そこには丸眼鏡をかけた少女がいた。

 範人が戸惑いながらも頷くと、少女は眼鏡を取って詰め寄り、

 

「なら、外来人ですよね? お願いします。この記事について教えてください!」

「お、おう……」

 

 少女の勢いに押され、思わず了承してしまう範人。

 苦笑いしながら、少女の持っている雑誌を見ると、そこには『ベルリンの壁崩壊』について書かれていた。

 

「たかが壁の崩壊で、なんでこんな大事として書かれるのかがわからないんです」

「あぁー……なるほど……」

 

 確かに、存在しない物のニュースを見ても、それがどれほどの事かわからない場合の方が多いだろう。

 

「これは街を分断していた壁の崩壊だな。(いくさ)の影響で、2つの国に領有権を主張されたんだ。その結果、街は無理やり2つに分けられた、って感じかな。そのおかげで家族と離れ離れになった人もいたから、こうやって大きく書かれてるんだ。この壁を建てた国は——」

 

 うろ覚えの知識で説明する範人。

 対する少女はその話を熱心に聞いており、悪い気分にはならなかった。

 一通り説明を終えた範人は一息つき、

 

「そういや、なんて呼べばいい?」

「はい?」

「名前だよ。俺、君の名前知らないから」

「あ、申し遅れました。私は本居小鈴と申します。気軽に小鈴とお呼びください」

「ふむふむ、俺は旅行範人な。呼び方とかはそっちで決めて」

「はい。では、範人さんと呼ばせていただきます」

「おう。早速だが、俺の質問に答えてくれ」

 

 範人の言葉に、小鈴はこくんと頷いた。

 

「そこの棚の書物だけどさ。どこで手に入れた?」

「出どころですか? ……正直、わからないですね。ウチの本はそういう物の方が多いと思いますし……」

 

 小鈴は申し訳無さそうに答えた。

 範人は少し考える様子をみせてから、

 

「そうなのか。悪いな、妙なこと聞いて」

「いえいえ、秘密の研究資料だとしたら、気になりますよね」

「別に秘密ってわけじゃないんだけどな。結構危険な研究だからさ」

「へぇー、どんな研究なんですか?」

「読めばわかる」

 

 と、範人が研究データを差し出すと、小鈴はそれを受け取って読み始めた。

 

「ふむふむ……ナミウズムシが元なんですね……クローンに記憶は残る……。博士と合体していたヒルは博士の記憶を持っていた可能性が……記憶の移し替え……」

「そう、記憶の移し替えだ」

「でも、私の知り合いにそういう人いますよ?」

「それは能力だ。俺の研究では、能力がなくても移すことに成功した。誰でも移すことができる。もちろん、複製も可能だ」

 

 範人は自慢気に言った。

 

「ところで、他にも研究資料があるんだが、欲しいか?」

「それって、ここにないものですか?」

「そうだな。あるものもあるかもしれないが、多分ないものの方が多いと思う」

「それなら、欲しいです。暇潰しに読めますから」

「そうか。なら、今度持ってこよう。処分に困っていたんだ」

「ウチはごみ捨て場じゃないですよ……」

 

 小鈴がジト目を向けると、範人は慌てて、

 

「ご、ごみじゃない。貴重な研究データだ! 外の学者達が喉から手が出るほど欲しがるデータもある!」

「ふーん、そうですか。ごみじゃないなら、いいんです。ふふふ、新しい本……」

 

 小鈴の機嫌が直ったようで、範人はホッと一息吐く。

 

「じゃあ、今度持ってきたら頼むよ」

「はい。良いのをお願いします」

 

 そう言うと小鈴は外来本の読書に戻り、範人は小鈴が意味を間違えている表現を見つけては正すことになった。

 

 

 その頃。

 

「おお、こんなヤり方があるんですか……。こっちは……少し激しすぎますね……」

 

 妖夢はオトナの本を読んで、範人と過ごす夜をどのように楽しむのかを考えていた。

 なお、この日の夜に、範人がどのような目に遭ったのかは、ご想像にお任せする。




▼お知らせ
この作品に登場する主要オリキャラの外見が(一応)全て完成しました。その結果、ゆっくり風のイラストができ、活動報告にて投下しました。

本当は、ゆずソフトのキャラクターみたいな感じで二頭身くらいにしたかったんや……。あ、そうは言っても、そういうゲームはやったことないし、持ってもないのでご安心ください。私は健全な変態ですので。

改善点やアドバイスももらいたいので、ぜひ活動報告に来てください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。