東方戻界録 〜Return of progeny〜 作:四ツ兵衛
アメリカ某所、とある研究所の本宅のリビングで3体の生命体が夕食を食べている。全て人型をしているのだが、全員が不思議な雰囲気を放っており、完全に人間であるとは言いにくかった。
「いよいよ、今夜向こうの世界に戻るんだな。」
あまり落ち着いていない様子で少年の声が訊ねた。
そう、今夜彼らは戻ることになるのだ。それはずっと昔から決まっていたことだったが、今になってやっと実現した。いや、今になって、やっと権利が戻ってきたと言った方が良いだろう。
「そうね。でも、貴方向こうの世界に行くの初めてでしょ。戻るという言い方はおかしいと思うわよ。」
女性の声がこたえた。反論された少年は少しムッとした様子で言い返す。
「別にいいだろ姉さん。俺のご先祖は、こっちの世界に向こうの世界から飛ばされて来たんだ。そう考えれば、戻ると言ってもおかしくはないと思うがな。」
「ハントの言うとおりです。別におかしくはありませんよ。」
もう1人の高い声が少年の肩を持った。
その声は人間の声と言えば、確かにそれだが、その声の主は人間としては圧倒的に背が高く、見た目とは不釣り合いだ。この容姿ならば、太く低い声がぴったりだろう。
女性は自分に反論してきたことに少し驚きながら、考えるような仕草をする。
「ふふ、そうね。それにしても、貴方が口を開くなんて珍しいわね。デューレス。」
女性はデューレスと呼ばれた者があまり話さないと思っていたらしい。しかし、彼にとってそれは偏見だった。
別に話さないのではなく、話せないのだ。その容姿のせいで話しかけても相手が逃げてしまうのだ。これは彼の深刻な悩みの一つだった。
「そんなことはないですよ。俺は本来おしゃべりです。それより、紫さん。俺のことはデューと呼んでください。デューレスでは長いでしょう。それにフルネームで呼ばれるのは、あまり好きではないです。」
「これからは、そう呼ぶように気をつけるわ。」
女性の声の主が紫という名前であることも分かった。紫は少し反省するようなことを言っているが、その声にあまり反省している様子はなかった。
彼らにとって、こちらの世界での最後になるかもしれない夕食が終わった。各自、食器を片付け始める。
意外なことにキッチンの流しで食器を洗っているのは、女性ではなく少年だった。性別による偏見だが、女性の声は母親と言ってもおかしくない年齢だった。あくまで声だけで、その容姿は少年の母親にしては若すぎたが……
「ごちそうさまでした。ハント、貴方のつくるごはんは本当に美味しいわね。」
「それはどうも。そう言ってもらえて嬉しいよ。」
そう応えるハントの顔は、本当に嬉しそうだ。しかし、これもまた意外。料理をしたのも少年というのだ。しかも、その腕前がなかなかのものらしい。この家は性別が反転してしまっているのではないか?と思ってしまう。
実はこの女性には家事をする気がほとんどない。実際、家事をしていたのは彼女が1人暮らしをしていた頃だけだ。
「向こうに行くときは、スキマで研究所の敷地ごと飛ばすから準備しておいてね。」
「いいのか、向こうの世界に研究所を入れても?」
ハントが心配そうな顔で質問する。
今、彼らがいるこの研究所は合衆国政府から直々に研究サンプルが届くことも珍しくないため、技術水準がかなり高い。職員は2人だけ、実際に活動しているのはそのうちの1人だけだが、それでも機材や資料は充実しており、その活動している者の技術も優れたものだった。
「別にいいのよ。進んだ技術も欲しくなってきたし。あ、そういえば、貴方たちのこっちの世界の通貨は、まだ一部だけど、向こうの世界の通貨に替えておいたから。(まあ、ただの日本円なんだけどね。)それと貴方たちも準備しておきなさい。」
彼女曰く、向こうの世界というものは時代がまだ少し前で技術が遅れているため、進んだ技術があってもいいのではないか?ということらしい。
女性の説明を聞いたハントは安心し、ホッと息を吐く。
「もう既に準備はできています。」
「そう。10時には研究所の敷地内にいてね。」
「分かった。」「分かりました。」
その日の夜10時、研究所の敷地は不気味な空間の裂け目のようなものに飲み込まれて消えた。しかし、それを見ていた者は誰もおらず、それを知っているのはこちらでの一部の協力者と旅立った者たちだけだった。
もといた世界の研究所の敷地がスキマに完全に飲み込まれて、向こうの世界に戻ってきたとき、少年の耳に女性の声が聞こえてきた。少年が姉さんと呼んでいた女性の声である。
『幻想郷へようこそ。』
その声を聞いたとき、少年には戻ってきたのだという実感が沸いてきた。
彼はついに先祖たちの願いを叶えたのだ。突然にして、自分たちの世界を追い出され、外界に飛ばされた先祖たちの叶わなかった願い。彼の家にはそのことを綴った手紙や日記といった資料が置いてあった。だから、その願いを叶えたとき、彼はとても嬉しかった。
「ついに戻ってきたんだ、幻想郷に。ご先祖たちの願いは叶ったんだ。今から、俺の名前は旅行 範人だ。」
しばらくしてから、範人はつぶやく。
彼の頭の中に浮かんでいたのは、離れ離れになった兄弟たちの顔だった。もう4年程会ってないが、無事であることを彼は願っていた。
「あいつらもきっと戻って来るよな。」
これが幻想郷から外に飛ばされた者たちの末裔が初めて幻想郷に戻ってきた瞬間である。
一族の願いは叶えられ、末裔による幻想郷での生活が始まった。
主人公の名前はタビユキ ハントと読んでください。
皆様、初めまして!これから、この作品を書いていきます四ツ葉黒亮です。読んでくださった方々ありがとうございます。このような作品でもこれからも読み続けていただけると幸いです。ではまた!