国防省正門は、第二小隊が固めた。
それ以外の門は、固く閉じられているし、日本皇国軍統合市ヶ谷基地施設警備隊の陸空の警備隊が監視している。
「日本皇国軍統合市ヶ谷基地施設警備隊海軍警備隊の狭山だ」
第二小隊と共に正門を守るのは、海軍から派遣された基地警備隊だった。
海洋迷彩と呼ばれるブルーパターンの迷彩服を着込んだスキンヘッドの男性を筆頭とした部隊である。
海軍部内では、市ヶ谷陸警隊と呼称される彼らは、1個小隊分の兵員数だった。
海軍の狭山さんの海洋迷彩服の襟を見ると、海軍大佐の階級章が光っていた。
「第二小隊の堀北少尉であります」
陸軍の主導による敵の残党狩りはまだ終わっていない。
第一歩兵旅団隷下部隊は皇居での敵兵の武装解除等に時間を取られ、都心の掃討作戦は周辺を包囲していた3個旅団に任された。
「いま、ここで手術してる奴は、堀北少尉の知り合いか?」
89式小銃をスリングで肩から吊った状態で、堀北少尉たちは立哨中に会話していた。
「防大の同期でして、まあ落ちこぼれだった私に比べれば、優秀な人間だったんですけど」
「親しかったのか?」
「まあ、共通授業のノートを見せ合うくらいには」
周囲に視線を巡らしながら、話を続ける。
「そうかい。
じゃあ、ここはきっちり守りきらなきゃな」
狭山大佐の目線の先には、どこから湧いてきたのか、武装した民間人が現れた。
赤いヘルメットにマスク、長袖長パンの銃で武装した民間人たちである。
堀北少尉が、大声で指示を出す。
「非常事態法第27条に基づき、武器使用の必要性ありと判断。
武器を構えろ」
堀北少尉がそう言うなり、80人ほどの将兵が、思い思いの位置について、射撃体勢をとる。
非常事態法、正式には非常事態に関する国民保護および非常事態に直面した国民の生活維持のための経済、道路等の統制に関する法律と称される。
この法律は、憲法に非常事態条項がないことから制定された国防関連法である。
大災害や戦争、擾乱事件など、国民の生命や財産が危機に陥り、また憲法の保障する文化的な最低限度の生活を維持できないと判断できうる場合に、その生活を維持させるために、国家がすべてを統制する際の、それを成しうる権限の付与とその権限の制限を定めた法律である。
例えば、大震災におけるガソリン等の燃料油や食糧の供給と輸送の統制、軍部隊、警察部隊、消防部隊、各種支援を行う機関の展開可能場所の強制収用などを行う際の根拠法である。
敵軍との交戦に関する基準、例えば、平時であっても敵と認定され得る人物もしくは部隊、つまりは工作員の攻撃への応戦などの場合での武器使用基準は交戦規約に纏められているが、その交戦規約には国民に武器を向けることなどは考慮されていない。
それに関しても、こちらの非常事態法第27条の条項に規定されている。
非常事態法第27条では、展開中の軍や警察の各部隊に対して、武器を向けた民間人は、速やかに無害化するように求めている。
また、その第27条に基づく武器使用に関する施行令では、警察官職務執行法第7条及び国家公安委員会の定めた警察官等けん銃使用及び取扱い規範を準用して、武器使用をすることが定められている。
「武器を所持している民間人に告げる。
武器を捨て、両手を頭の後ろに着けて跪け。
繰り返す、武器を所持している民間人に告げる。
武器を捨て、両手を頭の後ろに着けて跪け。
さもなくば、射殺する」
拡声器越しに伝えられた最後通告に対しても、武装した民間人たちに動揺は見られない。
左翼系の学生運動が活発化した50年前、そして宗教系テロ組織が日本で猛威を振るった20年前、そして今、この50年という激動の時代が流れている間に、日本陸軍は秘密裏に対民間人発砲手順の策定と、それを準用した訓練を開始していた。
銃で武装したテロリストが、民間人がいる街中を闊歩する。
そんな時代を予感していたのだ。
非常事態法施行後もそれに関する手順の改訂と確認、訓練は続いていた。
「威嚇発砲、一番」
事前の訓練通りの手順に従って、一人の兵士が上空に小銃を向ける。
「撃て」
指定された射手である兵士が、単射で1発、銃を発砲する。
発砲音、銃声を聞いても民間人に動揺は見られない。
何か隠し玉でもあるのかのように、ただただ堂々としている。
「我らは赤衛軍、正義を騙る国賊に鉄槌を下さんとするものである」
そのリーダーと思しき人物が叫んだ。
「公僕なんざ、いてこましたれ」
リーダーに続いて、関西弁の男が気勢をあげる。
その声に呼応して、一部のメンバーが侵入の構えを見せる。
「阻止、阻止。
奴らの侵入を阻止」
狭山大佐の叫び声と同時に、堀北少尉が叫ぶ。
「煙幕を展開。
誰か、1/2トンと高機を前へ。
楯となる遮蔽物を作れ」
堀北少尉が出した指示の通りに、発煙手榴弾が投擲され、一時的に視界がとれなくなる。
1/2トントラックや高機動車が、土嚢に代わる遮蔽物として、正門を塞ぐ。
煙が吹きすさぶ風に吹き払われて、視界が徐々に開けてくる。
「国賊め、正義の裁きを受けるがいい」
AK-47を構えた民間人が発砲する。
フルオートで放たれた銃弾の嵐は、高機動車の窓ガラスを粉砕し、ドアの鋼板すらも穴だらけにしていく。
「民間人を敵兵と認定。
正当防衛危害射撃、応射。
撃て」
単射に設定された89式小銃が火を吹く。
散発的に発射される銃弾は、確実にその戦闘能力を奪うべく、直進する。
直進した銃弾は、敵兵の肩を撃ち抜き、肘を砕く。
元々が玄人VS素人の戦いだったから、数分もしないうちに、銃撃戦は終わる。
「医官を呼んでこい。
応急処置を受けさせる」
傷口を押さえて踞る敵兵を見た堀北少尉は指示を出した。
それを聞いた兵士の1人が、中央病院に向かって走る。
「国賊の施しなど受けん」
堀北少尉の指示を聞いた赤衛軍のリーダーは告げるものの、堀北少尉はそれを無視する。
「負傷者ですか?」
数分の後、兵士と共に、息を切らした医官が駆け寄ってくる。
先程まで、一緒にいた伊熊少佐だった。
「取り敢えず、消毒して絆創膏を貼っておこうか」
全員の腕を見た伊熊少佐は、銃撃による傷口はきれいに貫通しとると、言った。
「これ、どうするの?」
応急処置を受けて、寝転がされた状態の赤衛軍メンバーたちを見た伊熊少佐が聞く。
「拘束して、憲兵に引き渡します。
憲兵から警察に引き渡されるでしょうし」
堀北少尉が、そう言うと伊熊少佐は頷く。
それを見た堀北少尉は、全員を拘束するように指示を出す。
堀北少尉の指示を受けて、全員が結束バンドで拘束される。
日本皇国陸軍におけるテロ対処部隊であり、戦時には捕虜対応部隊となる歩兵部隊の兵士には、梱包用の結束バンドが拘束用の機材として、手錠に代わり支給されている。
従来の手錠が、1個当たりの予算が高くつき、さらには重く嵩張るものだったのに対し、結束バンドはそうでもないからだ。
「よし。
留置施設にぶちこんでおけ」
部下たちが連れてきた軍医から応急処置を受けたのち、兵士たちによって後ろ手に縛られた赤衛軍グループを、数人の兵士が監視しながら、留置施設まで連行する。
「残りの連中は、戦場掃除を開始しろ。
奴らが持っていた銃器と空薬莢、回収できる弾丸は最優先だ」
『正門前を警備中の第二小隊へ。
こちら裏門を警備中の陸空軍警備小隊。
敵兵の攻撃を受けて、警戒線を突破された。
我々も敵兵を追跡しているが、至急、支援を要請する。
現在地点は、国防省地下3階通路、座標は13-2』
国防省本省庁舎の所在する市ヶ谷駐屯地は迷路のような地下通路群が設計当時から建設されている。
一応、迷ったときのために、全兵士に
「二分隊、地下に降りるぞ」
堀北少尉が踵を返して、地下に向かう。
正門脇の警衛所に封印されている地下の入り口を通り、地下に侵入する。
急な角度のついた階段を駆け下る。
「第二小隊より周辺に展開中の部隊に告げる。
各部隊の状況を知らせ」
『我々、
敵の追撃は第二小隊に頼む』
『
以上』
特殊測量部隊とは、アメリカ海洋大気庁士官部隊と同様の任務を付与された部隊である。
平時における測量活動において、国土地理院の支援を行い、また演習における仮想敵部隊として、任務を遂行することが求められている。
また、戦時における戦場となる地域の測量活動を担い、陸海空軍地上部隊の機動展開を支援する部隊である。
敵の勢力が妨害に出てくる可能性を踏まえて、通常の歩兵用の銃火器だけでなく、この部隊は最大限の自衛手段を与えられている。
例えば、現場指揮官であるこの部隊の小隊長には、必要に応じて陸軍砲兵科部隊の支援砲撃、海軍艦隊の艦砲射撃支援、空軍の戦闘攻撃機への空爆支援を要請できるだけの権限が与えられている。
戦時において、臨時に編成される日本皇国陸海空軍統合打撃部隊《Joint Strike Force》の指揮下でのみ、やっと陸軍歩兵部隊はそれらの支援を要請できる。
「了解。
第二小隊より各隊へ。
気張ってかかってください」
『『了解』』
いくつか、この話の話の前後のネタはあるけど……書くのがめんどくさい