WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

54 / 65
VOYAGE.47

最初に、この話に登場する彼らの話をしよう。

日本皇国海軍最強の陸戦部隊であり、世界の海洋における日本船籍にある船舶群の保護を行う部隊だ。

そして、何かと物騒なこのご時世では、海賊の襲撃、戦争当事国の海軍部隊、さらにはテロリストなど、日本船籍の船舶への脅威はいくらでも存在するのだ。

そして、江田島の海軍特殊作戦支援センターを根拠地とする特殊制圧部隊(SAG)は、そのための部隊であり、正規軍指揮下に編制されている特殊部隊の元祖のような存在だ。

所属元である日本皇国海軍沿岸警備部隊そして連合艦隊は、能登半島沖不審船事案の対処において、船舶を強襲して制圧する能力が欠如していることが露呈した。

その結果、特殊部隊の編成を決断し、それに着手した海軍は、明確な目的を検討していた。

いかなる部隊であっても、運用目的が明確でなければ、使いどころを誤って、磨り潰されるかもしれない。

そんな懸念が上層部にはあったのだ。

取り敢えず、"船舶の強襲制圧能力の確保"を明確な運用目標として、編制された特殊部隊の能力は、この20年で情報作戦に投入できるレベルにまで、大きく向上している。

そんな裏の活動に投入されている彼らの、表の行動の1つが今回の東京湾(オペレーション)査察作戦(・コーストウォッチ)である。

 

東京湾沿岸・羽田空港第1エプロン

日本皇国軍にとって、寝耳に水の事態である皇居襲撃事件とは関係ないことはないのだが、特殊制圧部隊(SAG)は東京近郊にある羽田空港にいた。

後部の空挺降下用のハッチを開放して、臨時の喫煙所にしていた。

ほとんど無税に近い軍内売店で買ったセブンスターを咥えて、機長は言う。

「寄り道なんて聞いてないぞ」

横浜上空の航路帯を飛行中に、飛行管制から届いた命令に対して、機長はつい口を荒げる。

「正式の命令もまだ来ていない。

予定通りだったなら、今頃、千歳空軍基地で給油している頃なんだがな」

火を着けた煙草を燻らせながら、羽田空港を見渡す。

周りはなぜか、軍事オタクに囲まれていた。

この機体が行おうとしていたのは、月に1回、持ち回りの小隊が参加する長距離巡航からの空挺降下及び潜水からの船舶強襲訓練である。

沖縄の嘉手納航空基地を発進した編隊は、無給油で北海道の千歳空軍基地まで飛び、そこから夏に近いとはいえ海面へと空挺降下の後、敵軍が島嶼に密かに上陸し、占拠したという設定の硫黄島にある施設の奪還作戦を行うものだ。

この極秘の訓練計画は、その飛行ルートから三角関数作戦(オペレーション・タンジェント)と呼ばれている。

その平穏無事な日常を崩したのは、MC-130Rアスタリフター特殊部隊支援機の司令部設備の1つである衛星電話である。

その電話をとることを許されるのは、この場における最高階級保持者である。

この場合は、特殊制圧部隊(SAG)第1小隊長である大尉であった。

こうして、訓練は中止になり、この機体とこれに乗り組んでいる特殊部隊には、待機命令が発令されているのだ。

羽田空港の第1エプロンに集結している軍事オタクたちは、この機体は海軍航空隊輸送飛行隊の機体だと考えているだろう。

C-130RハーキュリーズとMC-130Rアスタリフターの見た目には、塗装を含めて違いがない上に、公式には特殊部隊支援機は、最新技術を付与するために改修中とされているからだ。

「市ヶ谷の情報本部の正式な情報によると、今後24時間以内に緊急事態が発生しそうだ」

遅れて顔を出したのは、特殊制圧部隊(SAG)第1小隊の小隊長だった。

自分の煙草を持ち出し、火を着け、大きく息を吸い込む。

この行為自体が惰性で行っているものであったが、それでも止められないのだ。

「出動命令がかかるのか?」

「分からん。

今、言えるのは、未だに出撃命令(Q)でも、出撃準備命令(Q-R)治安出動命令(T)ですらも発令されていない。

そして、治安出動準備命令(T-R)が、今さっき出たそうだ」

外にいる群衆に目線を向けながら、小隊長は言う。

「間が悪いな。

これから、俺たちは訓練だったんだ。

結局、どうなんだ?」

「だから、分からんと言っているんだ」

声を荒げた第1小隊長が答えた。

「いや、今、何が起こってるんだ?

この日本皇国という国で……」

「それこそ、分からん。

どっかの国のテロリストが皇居でも、襲撃したのかもしれん」

煙草を燻らせながら、小隊長は推測を述べたが、それは今回の騒動そのままとは、このときの誰しもが思わなかった。

「こちら、ワイルドベア・プラトーン。

用件をどうぞ」

数十分後に、MC-130Rアスタリフター特殊部隊支援機の電話機に電話がかかってきた。

この番号を知るのは、海軍軍令部と統合参謀本部特殊作戦司令部のみである。

特殊制圧部隊(SAG)第1小隊ですか?』

「そうですが。

出動命令ですか?」

『こちらは、海軍軍令部ですが、その通りです。

貴隊は、東京湾封鎖に当たる横須賀鎮守府艦隊支援のために、直ちに出動してください』

海軍軍令部の若い参謀が、電話機の向こうから話しかけてくる。

「了解。

作戦計画は、首都防衛作戦計画(コード・ゼロ)における海域封鎖のものでよろしいか?」

『それで、大丈夫です。

出来るだけ早く、お願いします』

「了解」

受話器をもとの位置に戻した小隊長は、背後にいる部下たちの方にきびすを返して、大声で叫ぶように言った。

「直ちに出動する。

我々にとって、初めての実戦だ。

事故等のないように、各員は装備をきちんと確認せよ」

第1エプロンに駐機中のMC-130Rアスタリフターのなかで、特殊制圧部隊(SAG)第1小隊長が、待機していた部下たちに、さらに声をかけた。

サブ・マシンガン(SMG)と閃光爆弾を持っていけ」

彼らの主武装は、特にはない。

この状況により、メインとなる武器を切り替えるためであり、さらにはそのすべての武器の取り扱いに熟達しているからである。

今回の場合は、肩から提げたH&K MP-5JNと呼ばれるサブマシンガンである。

その他に、レッグ・ホルスターにSIG-ZAUER P-226ピストルを、腰に装着した弾薬嚢にスタングレネードや手榴弾を携帯する。

さらに、胴体には防刃防弾ベストを装着している。

これは、日本の誇る炭素繊維をふんだんに使い、仕上げられた逸品である。

炭素繊維で織られた布を、同じく炭素繊維ケーブルを使って縫製して、後からセラミックプレートを挿入して、完成するものである。

PALSテープと呼ばれる陸軍の防弾ベストと同じシステムを採用しており、各種の装備品を、簡単に装着できる。

各自が、その銃器や装備を点検する。

「確認よろし。

異常なし」

日本皇国海軍特殊部隊の迅速な展開を支援する航空機として、MC-130Rアスタリフター特殊部隊支援機が使用されている。

ロッキード・マーチン社製の完成機を輸入し、川崎重工で大改装を加えたこの機体のなかにある巨大な機内スペースには、特殊部隊の仮設司令部と武器弾薬庫が設置され、さらには赤外線暗視装置などの様々な装備が追加搭載されているが、この機体は輸送機としての能力も、十分に残るように設定されている。

状況説明(ブリーフィング)を始める。

全員、集まれ」

海軍の部内では、部隊帽と呼ばれているキャップを被った隊長が、部下たちを呼び集める。

現時点の羽田空港は、特殊部隊の仮の行動拠点となっている。

この事件の発生した際に、偶々この特殊部隊支援機が特殊部隊ごとここにいたのである。

これ幸いとばかりに、軍令部はこの部隊を他任務に転用したのである。

「我々の任務は、東京湾封鎖任務に当たる横須賀鎮守府艦隊の支援である。

これは、首都防衛作戦計画(コード・ゼロ)の2項に該当する」

東京湾の地図が貼られたホワイトボードの正面に、部隊長は立って話し始めた。

「ほんの少し前に発生した皇居襲撃事件に伴い、我々、日本皇国陸海空軍に出動命令が下った。

そこで、羽田空港に臨時に展開している我々も、東京湾封鎖に転用されることが決まった。

我が部隊における作戦名は、東京湾(オペレーション)査察作戦(・コーストウォッチ)

この作戦の概要について説明する。

これを見てくれ」

部隊長は手元のタブレットからあるアプリの画面を、プロジェクターを使ってホワイトボードに映写する。

それは、東京や千葉、神奈川などの東京湾沿岸の関東地方を含む東京湾の地図であった。

「陸軍と警察は、環状7号を4個旅団と機動隊を使い、完全に包囲中だ。

その環状7号の描く円内には、さらには第1旅団が活動中である」

部隊長の声に合わせて、映像に部隊ピンが現れる。

どの部隊がどこにいて、何をしているのかが、一目瞭然だ。

「それに、海軍航空隊が、制圧作戦の支援を行っている。

また先にも言ったが、横須賀鎮守府艦隊が東京湾の封鎖に駆り出されている。

我々はその外周部に展開して、水上艦隊の網から、抜け出た不審船を強襲制圧する。

抵抗があるなら、即座に排除しろ。

そのためであれば、射殺もやむなしと軍令部も言っている」

部隊長が口にしたのは、射殺許可命令が発令されているも同然のことだった。

全員がそれに頷く。

その言葉を聞いたとき、その場にいた全員が、自然と自らが持つ銃器に手を伸ばした。

彼らは1回も実戦を経験したことがなく、人に向かって、引き金を引いたことがない。

人を殺したことがないのだ。

自然と緊張が、彼らの身体を強ばらせていた。

「配置について、説明する。

目標となるのは、おそらくプレジャーボートレベルの小型舟艇となると思われる。

よって、今ここにいる第1小隊を4個班に分割して運用する。

羽田にて待機中のMH-60J(アイランドホーク)を使い、展開する予定だ。

詳しい座標はヘリの乗員に指示しているが、1班はここ、2班がここ、3班がここ付近に展開する。

さらに4班はここで待機、補給を受ける各班と入れ替わりに、展開することになる。

分かったな?」

部隊長は、手に持っていたレーザー・ポインタで、地図上の一点をそれぞれ指し示す。

「了解」

「以上、かかれ」

部隊長の一声で、状況説明(ブリーフィング)を終えた部下たちは、部隊内でバラクラバと呼ばれている目出し帽を被った。

その上からヘルメットを被って、紐を顎のところで固定する。

それを行ってから、彼らは自分たちが乗るヘリコプターの方に歩いていった。今回の出動での前線基地となる羽田空港には、特殊作戦航空群のヘリコプター飛行隊が呼ばれて、すぐにでも発進できるように、準備すらも完了して待機していた。

つまり、滑走路脇に待機しているMC-130Rアスタリフターの隣には、MH-60Jアイランドホークがいつでも離陸できる状態で待機していたのだ。

日本皇国軍の特殊作戦ヘリコプターであるMH-60Jアイランドホークは、日本皇国陸軍のUH-60Jブラックホークをベース機として、日本独自の改良と改造を行い、防弾性能を含めて、米軍の特殊作戦ヘリコプターを凌駕するように仕上げられていた。

「全員、乗り込んだな?」

8名からなる1個班を4個と小隊本部から特殊制圧部隊(SAG)の1個小隊は編成され、全体としては部隊司令部と3個小隊、降下誘導小隊、水中作戦教導小隊で編成されており、そのうちの1個小隊がここに展開していた。

8名の顔を見回した班長が、機長に対して、発進用意よしと伝える。

それに頷いた機長は、整備誘導員を見る。

MH-60Jアイランドホークのフロントガラス越しに、エンジン起動の許可が下り、機長はエンジンをかける。

「エンジンスタート」

海軍航空隊の装備するSH-60Kと同じT700-IHI-401C2エンジンが、ターボシャフトエンジン特有の甲高い音を立てて、動き始めた。

それに伴い、ローターも回転を始める。

『シャドー・フライトリーダーよりトウキョウ・コントロール。

滑走路への進入許可を求む』

シャドー・フライトの先任機長は管制塔に連絡を入れた。

『トウキョウ・コントロールよりシャドー・フライト。

あ~、え~、うん、はい、今、上空の機体の状況を確認しました。

滑走路への進入を許可します。

離陸許可についても、随時与えますが、飛行管制に関しては、非常事態につき、国防省の管轄になっているので、上空を飛んでいるはずのワルキューレ・ゼロワンを呼び出してください』

管制塔からのそんな声が届いた。

許可を得た機長は、さらにエンジンをふかしていく。

エンジンの回転数が上がっていき、目に見えてローターの回転が早くなる。

第1エプロンの待機位置から、滑走路へと進入していった。

『トウキョウ・コントロールよりシャドー・ゼロスリー』

「こちらゼロスリーです」

『トウキョウ・コントロール、離陸を許可します』

管制塔からの許可が下りた。

「テイク・オフ」

機長の一声と同時に、機体がフワッと浮かび上がる。

それから数十分後、羽田空港に残置しているMC-130R機内にある司令部で、特殊制圧部隊(SAG)第1小隊の小隊長は、戦況の映る電子画面を見つめていた。

「横須賀鎮守府艦隊の設定した警戒線に、敵船は接触した模様です。

戦闘の発生を報告している艦は、みょうこう型巡洋艦"そうや"です」

小隊本部班の兵士が、横須賀鎮守府艦隊からの情報を報告する。

「映像、届きました。

メインモニターに出します」

「パターン青、国籍不明の不審船です」

「交戦位置は?」

「羽田空港沖合、ここの近くです」

モニターを見ながら、本部班の若い兵士が報告する。

「直ちに1班を急行させろ。

これだけの数なら、撃ち洩らしがあるやもしれん」

「了解」

命令を受けたとき、MH-60Jは大きく旋回しながら、上空待機を続けていた。

そこから機首を、羽田空港の方へ向けた。

「みょうこう型を発見。

艦番号は……183、横須賀鎮守府艦隊の"そうや"です」

それから少しして、交戦海域の上空に到着したMH-60Jアイランドホークのキャビンの窓から、必死に海面を睨んでいた兵士が見つけた。

「その奥、目標を捕捉しました。

あれですね」

海面にそびえる巨大な艦は、前後にある主砲を振り回して、敵舟艇部隊を殲滅していった。

第1小隊1班(ボート・ゼロワン)より本部(キャピタル)

応答願う」

『こちらは本部(キャピタル)

どうした?』

「目標群を発見。

上空にて待機、適宜支援を行う」

『了解。

終わり』

本部との通信を終えた機内では、海上での戦いの行方を注視していた。

「これは間に合わん。

直ちに降下する。

ロープを用意せよ」

そう班長が、部下たちに命じる。

ロープの投下を、部下たちが行うべく待機している。

日本皇国海軍特殊部隊として一番有名である特殊制圧部隊(SAG)第1小隊は制圧作戦を開始しようとしていた。

「降下用意。

続けて、閃光弾、投下用意。

投下始め」

「投下始め、よおそろ」

MH-60Jの武器員がディスプレイを操作して、武器システムから投下のコマンドを押す。

機体外のパイロンに吊り下げられていた閃光弾の外殻部分が切り離される。

その中には、手榴弾サイズの閃光弾が数十発入っていて、滞空時間を考慮した上で、時間差をつけて起爆する。

また、外殻部のの合間には、マグネシウム片が大量に差し込まれており、これも一気に誘爆する。

MH-60Jアイランド・ホーク特殊作戦ヘリに分乗した特殊部隊は、ラペリング降下による急襲を基本として訓練を受けているのである。

基本的な手順は、何度も何度も訓練を受けて、身体に叩き込まれている。

頭のなかでそれを確認してから、モニター越しに閃光弾の効果を確認する。

MH-60Jアイランドホークの外側に付けられたカメラが捉えた映像の映る画面が真っ白になり、なにも見えない状態となっている。

「よし、敵は混乱しているな。

各員、降下始め」

「降下始め、よおそろー」

班長の号令と同時に、MH-60Jのキャビンのドアが開かれ、同時にロープが投げ落とされる。

そのロープの状況を確認した部下の兵士たちがロープを伝って、ボートまで降りていく。

第1小隊1班(ボート・ゼロワン)より各方面。

ボート、クリアー』

たった2人だけだった。

外洋に脱出しようとする狭いボートの上に降り立てたのは、そして、敵舟艇の確保にはその2人だけで十分だった。

10秒もしないうちに、敵舟艇の確保に成功する。

「班長、了解。

すぐに迎えが来るから、対象の監視を継続せよ」

『了解』

無線通信を終えた班長は、機内に残る部下たちに告げた。

「後続の存在があるやもしれん。

警戒を厳となせ」

 




遅くなりましたが、明けましておめでとうございます
1月には間に合いました
ダメな私ですが、今年も1年よろしくお願いします

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。