時は少し巻き戻って、SH-60Mシーカイトが千代田区の皇居上空に到着した頃
東京・神奈川県境周辺の東京湾・羽田空港沖
この事態を受けて、沿岸警備法の規定により、警戒海域及び制限海域に指定された東京湾には、沿岸警備部隊所属の多数の艦艇が散っている。
沿岸警備部隊の艦艇群は、艦艇毎の性能差が激しいために、現代の艦隊戦には対応できないが、後方地域におけるこういった数の動員は、沿岸警備部隊の得意とするところである。
「大田区沿岸域より、小型船艇が出航。
方位015、速度22kt、距離17500。
外洋に向けて、進行中」
CIC内にあるレーダー・ディスプレイを監視していた下士官が告げる。
「意外と近いな。
臨検部署発動、対水上戦闘及び臨検戦用意。
直ちに
陸空軍部隊と連携する形で、東京湾に展開した横須賀鎮守府艦隊のイージス巡洋艦"そうや"の艦内は、慌ただしく動き始める。
北朝鮮の核及び弾道ミサイルによる恫喝が相次いで発生する状況にあって、非核保有国は核保有国に対して安全保障を求める必要があると判断した日本皇国海軍と国防省は、
しかし、だからといって予算や様々な問題からすぐには増やせる状況にはなく、あたご型の追加建造、つまり新造艦による取得を諦め、退役したばかりのタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦を購入し、大改装を施すことによって、日本皇国海軍全体のイージス艦の増勢を行った。
アメリカ側の好意によりイージスシステムのベースラインのアップデートが行われた上で、1隻3億ドルという破格の価格で売却された。
ヴァージニア州のノーフォーク海軍基地で、空路からアメリカに入国した回航要員に引き渡され、各艦に日本皇国の海軍籍にある軍艦であることを示す旭日旗が掲げられた。
中継点であるハワイ・真珠湾を経て、日本に到着した各艦は日本各地の造船所に入渠し、大改装を施された。
その再進水の際に、ネームシップであるCG-47"タイコンデロガ"が"みょうこう"、CG-48"ヨークタウン"が"ちょうかい"、CG-49"ヴィンセンス"が"そうや"、CG-50"ヴァリー・フォージ"が"あおば"、CG-51"トーマス・S・ゲイツ"が"きぬがさ"と再命名されている。
建造当初から搭載していた装備のうち、Mk.45 5インチ単装砲2基、Mk.38 25mm単装機銃2基、Mk.15 20mmCIWS 2基と、M2 12.7mm単装機銃4基は性能的に問題がないと見られたため換装されず、ミサイル装備の中核をなすMk.26ミサイル連装発射機2基のみが取り外され、Mk.41垂直発射装置64セル2基が付与された。
ここまでにかかった総予算は約4000億円、新規建造したときの値段は約9000億円前後と見積もられており、大幅な予算圧縮となった。
搭載するイージスシステムのベースラインのアップデートにより、弾道ミサイル防衛能力を得たみょうこう型は、SM-3blockⅡBの配備を以て、各地の要所に配置された沿岸警備部隊隷下の艦隊に配備され、実戦配備に就いた。
"1つの中国"を主張する中国側の圧力によって、台湾にイージス艦の供与ができないアメリカ海軍は、日本皇国海軍のイージス艦戦力を充実させることによって、中国への軍事的圧力としたい構えだった。
自国の領域を守るための
これが、タイコンデロガ級イージス巡洋艦が日本皇国海軍軍艦籍にある理由である。
そして、艦長の発令した命令に従い、立入検査隊の要員に指定されている者は、武器管理を担当している下士官から銃器を受け取り、甲板上に集結する。
その頭には
腰にはナイフとピストルが光り、実戦であることを感じさせる。
その様子は、イージス巡洋艦"そうや"の随所に据えられたTVカメラが捉え、CICのモニターでも確認できる。
「やらなければならないことが、不審船対処なら、この旧式艦にも出番があるさね」
CICのメインモニター、立入検査隊の隊員が映るそれとはまた別のモニターに映されたレーダーの画面を見る。
「距離1000まで接近する。
取り舵15」
海面を滑るように、大きく旋回していく"そうや"の艦体は、発見した小型船艇の方に進んでいく。
"そうや"と該当船舶との距離は、3500まで近づいた。
「該船に船舶記号なし。
明確な沿岸警備法違反です。」
モニターに映し出された目標船舶の画像を見た法務担当士官である砲術士が述べた。
法務担当士官とは、日本皇国海軍における作戦行動に法的な瑕疵がないかを確認し、それを承認することを認められた士官のことである。
覚えなければならない法律の量から、彼らは"歩く六法全書"と揶揄されているのだ。
沿岸警備法第25条の規定によると、日本の領海もしくは排他的経済水域内を航行する船舶に対しては、日本皇国海軍に届け出をし、担当部署より数桁の数字の船舶記号の付与を受け、さらには日本の水域内を航行しているときには、それを確認できるように掲示することを義務付けている。
「方位・速度ともに変わらず。
距離1000」
「停船命令を発令せよ。
停船が確認でき次第、立入検査隊による臨検を開始する」
沿岸警備部隊が活動の根拠法とする沿岸警備法では、現場の指揮官に大きな裁量を認めている。
さらには、沿岸警備法は第27条において、重大な事態が発生した際には、政府の承認なしに沿岸警備部隊は特定海域における民間船舶の航行を制限する命令を発令できると規定している。
今回、沿岸警備部隊横須賀鎮守府艦隊が出動したのも、この規定により東京沿岸が警戒海域として航行禁止に、東京沿岸と近接する東京湾内を制限海域として、指定されたがためにそれを守るように監視するためであった。
沿岸警備部隊は、民間船舶の航行を自粛するよう要請しているが、これは事実上の命令だった。
「該船は、2つの違反か。
パクるには、十分だな」
別件逮捕、日本警察の大好きな言葉であるが、それは沿岸警備部隊も変わらなかったりする。
ある事案における明確な違反行為を確認した場合、警察や沿岸警備部隊は容疑者の他の違反の有無を確認することが多い。
「該船は、本艦よりの停船命令を受信しましたが、それを無視しました」
「3つ目だ…3つ目の違反だ。
このことから、悪質な違反者だと思われる。
適度な範囲での、武器使用が必要と判断される。
以上」
沿岸警備部隊に大きな権限を認めている沿岸警備法には、さらに臨検の忌避に関する条文がある。
これは、武器使用を判断する大きな指針となっているもので、沿岸警備部隊の艦艇より発せられた停船命令を無視した船舶は、直ちに敵対意思のある敵性船舶と判断され、艦載のミサイルを含むありとあらゆる兵器群による攻撃を認めるという条文となっている。
法律論上の議論のなかのさらに極端な意見ではあるが、そこに核があっても、指揮官の判断でそれを使用しても問題ないと判断できるのである。
これは、朝鮮戦争の際に北九州しいては日本全土への難民の大量流入を防げなかったへの反省を含んだ内容となっている。
というのも、朝鮮半島における南北間での戦争勃発の報を受けた日本政府は、時の宰相吉田茂首相のもと、召集された関係機関と協議の上、今後発生するであろう難民を対象とした人道的支援の必要性を確認し、草案として纏められていた朝鮮半島における戦争勃発に伴い発生した難民受け入れに関する特別措置法、これを事前に国会で制定していた。
その基本方針は、言い方は悪いが"難民の強制隔離"である。
難民が大挙して押し寄せるであろう北九州各地に収容所を設置し、日本に到着した難民を受け入れ、戦争が小康状態となり次第、入国管理局の係官の付き添いで、国外に退去させるという穏当な形の案ではあった。
そして、国、地方自治体、警察庁、国防省、法務省、実働部隊である福岡県警と沿岸警備部隊の共同でたてられたその計画の草案によると、難民の無秩序な流入は海上で阻止するとの記述があったのだが、しかし、実際には阻止しきれなかった。
沿岸警備部隊は、海上公安法と呼ばれていた当時の活動根拠法の法律上の問題から、海上での指示に従わない難民船への威嚇も含めた発砲ができず仕舞いで、不法と判断できる難民への摘発が後手後手に回ったのだ。
沿岸警備部隊の警戒線が突破されたときに備えて、北九州や山陰にある港湾を警戒するはずの警察官は、日本全国からかき集めようとも、同じように日本全国の駐屯地から、陸軍の歩兵を動員しようとも、絶対数が足りなかった。
1度、魚に食い破られた網は、使い物にならないように、態勢を再構築し直しても、沿岸警備部隊や警察の敷いた二段構えの警戒線は穴だらけだった。
そして、そのときに入り込んだ難民が、現在の在日韓国人の中核をなすものとなっている。
そのことには、大きな訳がある。
なぜなら、戦前や戦中にやって来た韓国人、当時の言い方で言えば朝鮮人は、戦後すぐに日本への帰化か、僅かばかりの金を渡されての国外退去かを選択させられていたためで、大半の人物が、日本から独立したばかりの南北朝鮮の国籍を放棄した。
その人物らは、日本に帰化するに当たって、自ら善き一市民として、法律を守り、日本への害となる行動を起こさない旨の誓約書にサインをして、日本国民になっていたのである。
「結局、我々は2度目の轍を踏むことはない。
それは、絶対だ」
最大望遠で該船を捉えたモニターを見据えた艦長が言う。
"そうや"乗員に配布されるキャップの上に、さらに
「この仕事を一生の仕事にすると決めた我々には、危機にある国民の生命を、財産を守る義務がある。
それは、いかなる相手であろうとだ」
だからこそ、日本皇国軍はどんな相手だろうと、一歩も引かずに喧嘩を挑む。
その相手が犯罪者や敵軍とは限らないのだ。
例えば、在日米軍兵士による少女暴行事件が発生した際には、政府の命令があり次第、各地にある在日米軍基地を制圧できる態勢で、陸軍部隊が展開していた。
この圧力が効いたのか
いずれの時代であっても、国家の命運よりも、国家の尊厳が優先されるべき時もある。
それが、鎌倉時代の元寇であり、幕末の生麦事件、下関外国船砲撃事件、昭和時代の太平洋戦争である。
大抵の場合、いや元寇以外のその行動の結果は見るも無惨なものに終わっているが、目に見えない成果もあった。
国の命運と尊厳を天秤にかけて、適切な判断ができる人材の育成に成功したからだ。
近代日本の礎を築いた明治維新の原動力となった人材は、各々が生麦事件を原因に勃発した薩英戦争や下関外国船砲撃事件を原因に勃発した下関戦争の時代を戦った薩長の若い青年たちだし、長かった太平洋戦争が終わり、荒廃しきっていた日本皇国の戦後復興を支えた人材もまた、戦争世代である。
無駄に話は長くなったが、ときに国家の尊厳や意思を主張することは、右翼左翼関係なく、政治家には必要なことなのだ。
「撃沈警告を送れ。
該船に対し、警告射撃用意。
弾数4発、弾種は第1射・第2射は徹甲弾、続けての第3射は榴弾、第4射は85弾を使用、弾種変更は5分で完了させよ。
以上、直ちにかかれ」
「了解」
艦長の指示を受けて、砲雷科員たちは忙しく動き始めた。
元はアメリカ海軍の艦艇である"そうや"の主砲であるMk.45のシステムは、他のアメリカ海軍の艦船と同じように、砲塔と船体の構造間にガン・マウントと呼ばれるシステムが介在しており、Mk 45 砲塔のガン・マウントは自動装填で、装弾数は20発である。
Mk 45の砲塔自体は無人化されており、完全な自動管制のもとで射撃がなされる。
そして、最大発射速度で20発を使い果たすのに1分少々かかり、その後の射撃に備えて、ガン・マウントは甲板下で3名のオペレーターによって砲弾の供給がなされる。
露天甲板の下の第1甲板では、ガンマウントさらに砲架から装填されていた砲弾が取り出され、新たな砲弾が込められていく。
艦長の指示通り、弾種変更は5分以内に終了した。
「弾種変更完了。
いつでも、撃てます」
"そうや"の前甲板に据えられたMk.45と呼ばれる5インチ単装砲は、該船に指向していく。
"そうや"のMk.45砲が出しうる最大限の旋回速度を以て、5インチ砲は目標に指向する。
「主砲、
警告第1射、発射用意。
「砲術士、第1射、
艦長の号令に被せるように、砲雷長が命令を叫んだ。
砲雷長の命令に従い、砲術士は引き金を引いた。
そのまま流れるように旋回した"そうや"上甲板の5インチ砲が咆哮する。
その光景をCICのモニター越しに見ていた艦長は、発砲の瞬間、腹にずしりとした衝撃を感じた。
人間の目では捉えきれないが、超音速で空中を飛翔した砲弾は、該船と呼ばれる小型船舶のすぐ脇の海面に突き刺さった。
5インチの砲弾が着弾した海面には、大きな水柱がたつ。
それが終息する頃には、"そうや"の艦影が大きく迫っていた。
「第1射、夾叉」
モニターを見ていた若い砲術士官が報告する。
「続けて第2射、発射用意。
「砲術士、第2射、
さきほどと同じ順序で命令が下り、砲術士は引き金を引いた。
「第2射も夾叉。
繰り返します、第2射も夾叉」
モニターを見ていた砲術士は、そこで信じられないものを見たかのように、また報告をする。
実際に2回連続の動く目標に対しての射撃で、どちらも夾叉を叩き出すのは、不可能に近いことだ。
「第3射は命中コースに乗せ、着弾直前に起爆させよ」
「弾火薬供給所、第3射は装填済みか?
まだ?
分かった。
第3射に使用する榴弾には時限信管を使用し、発射後2秒がたってから起爆するように、設定せよ。
よろしく頼む」
艦長の命令を受けた砲術士が、弾火薬供給所にいる部下たちに命令を下す。
その言葉に込められた艦長の意図は簡単だ。
敵に恐怖を、心からの恐怖をじわじわと与えていくつもりなのだ。
また、相手が韓国人であろうと言う艦長自身の判断もあり、最初の砲撃は4発連続で行うことを決めていた。
だから、韓国のビルの多くには、4階の表示はないらしいと、艦長はそんな話を、韓国の駐在武官だったことのある米軍士官から聞いたことがあった。
「第3射、発射用意。
元々の目的が、嫌がらせのための警告射撃だ。
2発の夾叉弾の着弾は、こちら側は相手をいつでも殺せることを、分かりやすく明示したはずだ。
「第3射、
艦長の号令に被せるように、また砲雷長が命令を下す。
Mk.45 5インチ砲は、火を噴いた。
「全艦、合戦準備。
銃を携帯した兵員は、直ちに露天甲板上に集合せよ。
砲雷長、指揮を頼む」
砲撃の結果を待たずに、艦長は命令を下す。
「了解」
指示を聞いた砲雷長は返事をして、CICから出ていく。
CICのモニターから見た"そうや"の砲撃は、きちんと該船の直前で破裂し、爆炎と爆風を周囲に撒き散らした。
発生した爆炎は該船の甲板や外装を焦がし、そして爆風は甲板上にある備品を吹き飛ばした。
「第4射、発射用意。
艦長の指示は、砲雷長がいないために、ダイレクトに砲術士に伝わった。
発射された85弾は、該船とその周囲に破片を撒き散らした。
その破片群は、該船を沈黙させるには十分だった。
「該船、沈黙しました。
「うん?
ああ、
まだ、構わん。
該船は………まあ、放っておけ。
今、甲板で待機させている
何かが起こるやも知れんからな」
モニターを見ていた砲術士の問いかけに、モニターを流し見て、該船の状態を確認した艦長は答えた。
何かしらの胸騒ぎがしていた。
こういう第六感が全力で警鐘を鳴らしているときは、大抵の場合、碌なことが起こらないと、それなりに長い人生のなかで艦長は身に染みて分かっていた。
そして今、その通りのことが起こりつつあった。
「電探に感。
多数の対水上目標が本艦に向け、接近中。
方位335、距離5000、数は数えきれません」
「やっぱしか」
そう漏れたのは、艦長が腹から絞り出した掠れた声だ。
「該船との共同正犯関係ありと判断。
これより、"そうや"は先制攻撃により、これを撃滅する。
主砲は、多目標同時対処となる。
そうなると旧式の主砲を、酷使することになるだろうが、大丈夫か?」
「大丈夫です。
これが、何回も続くようならば、」
「砲撃戦用意。
現時点で本艦にもっとも近接しつつある目標群、これを第1目標とし、指示あり次第、主砲にて撃滅せよ。
続いて、第1目標の後方にあって、次に近接しうる目標群、これを第2目標と呼称、25mm機銃及びCIWSにて対処せよ。
さらに本艦に近接せし目標群、第3目標と呼称、ブローニング12.7㎜重機関銃を含む、甲板上に展開中の
以上、かかれ」
艦長の指示が飛ぶ。
「了解。
主砲、砲戦用意」
その指示を受けて、砲術士官がインカムマイクに向かって叫んだ。
「主砲、
目標、第1目標中の1隻、選択は砲術士に任意で任せる。
主砲、第1目標、
艦長の指示が出て、砲術士は引き金を引いた。
タイムラグもなく、発射された砲弾は、狙った舟艇を一撃で粉砕する。
「第2射」
CICのなかで、砲術士は呟いた。
さらに、別の舟艇に狙いを定めて、引き金を引く。
"そうや"の5インチ砲から発射されたそれは、先ほどの光景を再現する。
それを何回も、何回も、何回も、何回も繰り返した。
「畜生、敵が減らない。
これじゃあ、きりがないぞ」
人の生命を殺傷することに、疲弊した砲術士が呟く。
「接近してくる該船は第2目標、急速接近中」
「それらの目標に関しては、25㎜機銃及びCIWSで対処せよ。
第1目標以遠の敵を、主砲は撃滅せよ。
CIWS、コントロール・オープン」
対水上電探のモニターを監視していた下士官の報告に、艦長が砲雷科に指示を出す。
対水上電探のモニターの、その方向は小型舟艇の群れで覆われている。
「手加減は必要ないぞ。
自爆船だったら、やばい」
付け加えるように呟いた艦長の、その声はCICに響くことはなかった。
射撃を開始したMk.38 25mm単装機銃とCIWSの射撃は、正確だった。
接近してくる舟艇群を、的確に射撃して、沈黙させていく。
「なおも、て、該船は接近中。
以降、第3目標と呼称する」
「敵船と呼称して構わん。
これは、もう既に戦争に発展している」
敵船と言おうとして、訂正した下士官に、艦長はそう呼称する許可を与える。
「了解。
第3目標、距離1200」
改めて、CICのレーダーのモニターを見ると、第3目標の舟艇群が接近しつつある現状が見てとれる。
「砲雷長、接近しつつある第3目標の状況は確認できるな?
…よろしい。
適宜、発砲して撃退せよ。
以上だ」
艦長は、甲板上にいる砲雷長に指示を与える。
そして、艦長から指示を与えられた砲雷長は、立入検査隊員に指示を出す。
「接近しつつある第3目標に対して、発砲用意」
砲雷長の声に、甲板上にいる全員が銃を構えた。
彼らが持っているのは、必要なときに威力不足で使えない89式小銃ではなく、64式小銃と同じ7.62㎜NATO弾を使用する90式小銃である。
開発時期が被っているため、部品の大半を89式小銃と共用しているとはいえ、7.62㎜NATO弾の強すぎる反動を抑えるための反動抑制装置を組み込んである。
その結果、発射した際の反動は、64式小銃の3分の1程度にまで、軽減された。
同じ7.62㎜NATO弾を使う64式小銃の採用から26年間がたち、その間の技術の進歩によって、90式小銃は64式小銃よりも使いやすく作られているのだ。
「各員、安全装置は外したな?」
砲雷長の問いかけに、甲板上にいる全員が頷く。
「分かった。
各員は目につく目標に対して発砲、
距離200メートルにまで、引き寄せられた舟艇群は、次々と"そうや"立入検査隊隊員により、狙い撃たれて沈黙した。
「まだまだ、奴らは来るぞ」
艦長の出した最初の指示から、数分がたち、それでも敵の攻勢は止まらない。
そのことを考えていた艦長は、まだまだ敵が来ると判断していた。
その考えの通り、この戦場の状況は、混沌としてきていた。
Mk.45 5インチ砲が、Mk.38 25mm単装機銃が、CIWSが、立入検査隊隊員が発砲を続けていく。
そのなかでも、敵はにじりにじり近寄ってくる。
「第3目標、本艦にさらに近接」
"そうや"CICでは、電探を監視していた下士官の報告に、艦長が指示を出す。
「距離100になったら、炭酸ガスシステムを使え」
統一的な海上消防組織が存在しないことから、沿岸警備部隊は消防設備の拡充にも力を入れてきた。
というよりも、入れざるを得なかったのである。
その不断の努力の結晶が、火災消火システム3型である。
技術研究本部と中小企業が共同で開発した特殊な薬品により、空気中の酸素を炭酸ガス化させ、さらにそれを凝固させることによって、発生した火災の鎮火を行うと同時に、火災の周辺における温度の低下を促すものである。
現場の部隊でも、本来の用途である消防用設備として使われたり、さらに今回の場合のように、用途外も甚だしいのが、不審船対処で使われることもある。
このシステムの大きな特徴が、システムの投射能力の向上である。
同じようなシステムである炭酸ガス消火システムは、固定式で設置した場所でしか使えなかった。
そんな旧式に比べて、07式擲弾発射機に40㎜擲弾の弾頭として装填可能であり、遠距離から窓や扉をぶち破るだけの威力とともに、射程も大幅に延長された。
携帯性もあるために、現場では様々な用途に使用されているのだ。
少なくとも対人集団戦であれば、今現在使われている7.62㎜NATO弾や5.56㎜NATO弾よりは威力があると考えられている。
発射された擲弾は、舟艇の船室に飛び込み、破裂した。
弾頭のなかに入っていた薬品は、船室内の酸素を奪い、人員を窒息させた。
それどころか、空気中にあった酸素から変化した二酸化炭素により、エンジンが停止にまで追い込まれた。
行き足の鈍った舟艇は、屠殺されるのを待つ家畜でしかない。
そのなかの乗員は全滅しており、自らの運命を悟り、悲観そして後悔するものなどいなかったのだ。
敵の舟艇が次々撃破されていく現状では、敵の物量にも限界があるはずだ。
意外にも、その限界はすぐに来た。
「電探が捉えていた目標、全滅」
電探担当の下士官が、声をあげた。
「残弾数を教えてくれ。
必要なら交代の艦を呼んで、補給を受ける」
敵の波状攻撃を凌ぎきった"そうや"だったが、それの代償が弾薬の消耗である。
"そうや"はもう既に、満身創痍だった。
次はもう止められない。
そう気づいてしまったのだ。
「はっ、報告します。
主砲弾は元々の搭載数が少なく、残弾はありません。
CIWSも即応弾薬は、既に撃ち尽くしています。
M2ブローニング、90式小銃等は、まだ在庫はありますが、それも心許ない状況です。
補給を受けることを、要請します。
以上です」
砲雷科士官の一人が報告する。
「はあ、そうか。
よろしい。
通信士、艦隊司令部宛に、この旨打電してくれ」
艦長の命令を受けて、通信士は通信室に連絡を取る。
「新たな目標、捕捉。
本艦との距離1000を維持したまま、離脱中。
方位260、速度45kt、以上」
一段落したと思われたところへ、それを裏切る一報が入る。
「主砲、CIWS、どちらも弾切れ。
阻止不能だ」
モニターの画面には、その目標が映っていた。
あれが本命だったのか。
数多くの船が沈んだこの海域には、その破片がまだ散乱している。
それだけの船を捨て駒にして、彼の船は逃げている。
CICのなかに、目に見えて落胆が広がっていた。
自分たちが今までやってきたことは、なんだったんだろうかと。
誰もが無力感にうちひしがれていた。
その次の瞬間、モニターを閃光が包む。
「何だ?」
真っ白になったモニターを見ていた艦長が叫んだ。
画面が回復する頃には、黒い服を着た男たちによって、その船は制圧されていた。
何が起こったのか分からないほど一瞬で、その船は制圧されていたのだ。
「たぶん、江田島の
こちらから内火艇を使って、
「そうしてくれるか?」
砲術士が状況を冷静に判断をし、艦長に提案をする。
そして、艦長はそれを承認した。
ほとんど停止状態に近かった"そうや"であったが、今では完全に停止していた。
甲板上では内火艇要員たちにより、作業が進んでいた。
「うむ。
これでいいのだ」
それを見ながら、艦長は言った。
海よ、私は帰ってきた。
そして、また、陸に帰らねばならん