WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.2

海防艦というのは日本皇国海軍のみに存在する艦艇区分で基準排水量1000tクラスの艦艇の事を言う。

昔であれば、除籍寸前の旧式戦艦や巡洋艦の事を指す言葉であったのだが、第二次世界大戦の折りに中型の対潜艦艇というふうに対象が変わっていった。

ちなみに大阪警備府所属の海防艦"ひなぎく"のカタログスペックは、それなりである。

基準排水量 1050t 満載時排水量 1200t

全長 50.96m 全幅 12.7m 喫水 2.5m

機関出力 60000馬力 速力 41.85kt 乗員 45名

兵装 オットー・メララ62口径76㎜速射砲 2門

   Mk-41VLS 8セル

   ハープーン 2発 VL-A  4発

   ESSM 8発

   CIWS 2基

   三連装短魚雷発射管 2基

   M2ブローニング12.7㎜機関銃 2丁

見た感じから重武装のごつごつした艦である。

というかバランスがおかしい。

転覆事故を起こさないか心配である。

これでも最新鋭の海防艦で、対水上、対潜、対空のすべてに対応可能という触れ書きである。

佐竹中尉の頭に入っているスペックというのは、この程度だ。

埠頭に停泊中の"ひなぎく"を見ても同じ事しか思いつかなかった。

「結構立派なんですね」

「こう見えても、最新鋭艦だからな。

立派でなくてはな」

二階堂雪少佐の口調には自嘲が見えた。

「それにこちらとしても、驚いたよ。

国防大学校のハンモックナンバー上位の者が沿岸警備部隊を希望するなんてな」

「何ですか?

駄目だったんですか?」

「そんなことは無い。

むしろ大歓迎なのだが、たいていの人間が連合艦隊を希望するのだ。

こっちに来るのは問題児ばかりだったから、拍子抜けしたんだよ」

(いやいや、問題児ばかりでも無いと思う。

たいていの奴は礼儀正しく節度ある人間だと思ったんだが、そうでもないらしい)

「ここが君の職場であり、住居でもある"ひなぎく"だ。

"ひなぎく"へようこそ、佐竹中尉」

「お世話になります」

艦内に入ると意外に広いという印象だった。

「今日はゆっくりするといい。

明日については夜にまた連絡する」

 

「出航用意。

もやい放て。

帽振れ」

矢継ぎ早にだされる指示に従い、帽子を振る。

「即訓練なんて聞いてないんですけど、昨日の晩も連絡なんて無かったですし」

「すまない、連絡先を聞くのを忘れていた。

そろそろX時アワーだな。

封緘命令書を開けて見ろ。

面白い事が書かれてるはずだぞ」

(面白い事って、何だ?

この人達の事だから、かなりの無茶振りのような気がする)

「宛、"ひなぎく"先任将校

想定、大阪湾内に不審船あり。

速やかにこれを排除せよ。

ただし、艦長は急病に倒れ休養中である。

標的艦"?"

訓練艦"ひなぎく"

発、大阪警備府司令部」

(はい来ました、ただのイジメです。

何か相手にはとてつもない物が来そうです)

「演習開始。

じゃ、ここで見てるから」

日本皇国海軍配備の海防艦には戦闘情報センター(CIC)と艦橋が統合された戦闘情報艦橋(CIB)が設置されている。

理由としては、海防艦が小型過ぎて設置するスペースが無いこと、駆逐艦以上に装甲が無いために何処に設置しても同じだからである。

二階堂少佐の声とともに、佐竹中尉は奈落に突き落とされた。

(こんな急に言われても、困るんです。

目で急かさないでください)

見た目は中肉中背の普通の人である佐竹中尉は、肝っ玉の大きさも普通であった。

「戦闘部署発動。

教練対水上戦闘用意。

繰り返す、教練対水上戦闘用意。

見張り員は艦内へ退避せよ」

仕方なくお決まりの言葉を告げ、艦内が緊張に包まれたようだ。

(ダメだ、胃がキリキリする。

後で胃薬もらっておこう)

「対水上電探に感。

方位 195、距離 100000m、数 1、速力 21kt。

反応から、ふぶき型駆逐艦と断定されます」

「駆逐艦が相手なら、普通はこっちが相手の姿を見る前にデストロイされますね」

誰かに聞かせる訳でもなく、一人つぶやく。

「仕方ないか。

停船命令を送れ」

手順通りの命令を送る。

日本皇国海軍作成の不審船舶対処要項によると、二段階の警告(停船命令、撃沈警告)を無視した場合、即座に船体への攻撃を認めている。

今はその第一段階だ。

鉄帽(テッパチ)を被り直し、前を見据える。

「停船命令を無視。

航行を継続中、針路、速力そのまま」

"ひなぎく"に一人だけ配置されているオペレーターが淡々と報告する。

「警告を送れ。

教練対空戦闘用意」

(まあ、無視して来るのは分かってますよ。

駆逐艦だから普通に近づいて来るだろうな)

「警告を無視。

対空電探に感。

目標より高速飛行物体の発射を確認。

距離、85000m、数、2」

「取り舵いっぱい」

意外に知られていない事実ではあるが、海防艦は舷側から見ても レーダー反射断面積(RCS)が小さい。

大半のミサイルが舷側から接近することは、よほどの馬鹿でも分かることだ。

それに合わせるように、たいていの艦艇でも、対空火器は舷側に向けて最大の火力を展開するように配置されている。

海防艦が駆逐艦殺しを達成するには、この辺の事も利用しなくてはいけない。

発展型シースパローミサイル(ESSM)発射用意。

弾数、4 」

データ・リンクシステムの応用による仮想空間での戦闘(くんれん)は21世紀という時代を感じさせる。

「18000mです」

オペレーターの声がESSMの有効射程に入ったことを告げる。

「ESSM一斉発射(サルボー)

"ひなぎく"における対空戦闘の虎の子である発展型シースパローミサイル(ESSM)を惜し気もなく投入する。

「命中、2

全弾の迎撃に成功」

「ハープーン発射用意。

弾数、2」

これらは海防艦に搭載されている対艦ミサイルのすべてである。

この訓練においてはハープーンはESSM以上に出し惜しみ出来ない兵器である。

通称ミニ・ハープーンと呼ばれている海防艦用の対艦ミサイルは通常のものより射程が短い。

それでも小型軽量な本体は、海防艦の対艦用兵装として欠かせない物となっている。

撃てぇ(テェ)

続いて面舵いっぱい」

「面舵いっぱい」

マイクを取り出し、機関室に繋ぐ。

「機関出力いっぱい、最大戦速(さいだいせんそぉ)

「機関出力いっぱい、最大戦速(さいだいせんそぉ)

よおそろ」

返答を聞いてマイクを置く。

右舷(みぎげん)砲撃戦用意」

時速77.5kmで猛進する"ひなぎく"は標的の駆逐艦"ふぶき"に一時間半ほどで接敵出来るだろう。

有利な点は相手もこちらと同じオットー・メララ62口径76㎜速射砲しか搭載していない上に、砲門数も一対二であることが挙げられる。

それに小型だから、被弾する確率も低い。

この戦い、冷静に戦えば海防艦に有利であった。

 

"ふぶき"戦闘情報センター(CIC)

定期修理の為に横須賀鎮守府に入港していた"ふぶき"は紀伊水道を抜け、大阪湾に入るところであった。

ここで咄嗟の演習が開始されることとなっている。

「停船命令を受信しました」

生真面目な副長が伝えて来る。

「演習の始まりだな。

で、"ふぶき"と"ひなぎく"の距離は?」

恒例となっている新人の試験の仮想敵に"ふぶき"が選ばれるとは思わなかった。

「およそ、95000と言ったところだと思われます。

こちらが駆逐艦である事を意識しているようですね」

副長の言うことは正しい。

「意外と冷静だな。

油断もしていない。

パニックになってくれた方が、こちらには有利なんだが」

パニックになったり、油断していたりする者は、こちらに近い地点で警告を発してしまった時点で、仮想敵を演じる艦艇から集中砲火を浴び、撃沈判定が下ったこともあった。

他にも、警備府や鎮守府に逃げ帰ってしまった例もある。

どれも不合格であり、後々まで部下にナメられる原因であった。

この時点で十分に合格点と言える。

「ふっ」

自然と笑みがこぼれていた。

「撃沈警告を受信しました。

って、どうしたんですか?」

「いや、何でもない。

ハープーン発射用意。

片舷の全火力を投射する。

と言っても、たったの二発だけだが」

そう言って、苦笑する。

撃てぇ(テェー)

距離が85000mつまり85kmまで近づいたところで、対艦ミサイルをお見舞いする。

もちろん種類は、純正のハープーンだ。

一発命中しただけで、海防艦には致命傷となり得る。

「命中まで、あと5秒、5、4、3、2、1、時間(じかーん)

命中判定確認できず、全弾迎撃されたもよう」

コンソールにかじりつく砲雷士の報告が入る。

対空捜索用レーダー (OPS-14) に感。

ハープーンが2、接近中。

距離、80000」

「海防艦"ひなぎく"が転針。

本艦へ最大戦速(さいだいせんそぉ)で接近。

本艦主砲射程に進出するまでに、一時間半ほどだと思われます。」

電測員二人からの報告が入った。

左舷(ひだりげん)砲撃戦用意。

ハープーンと同時に対処する。

本艦も最大戦速(さいだいせんそぉ)

最大戦速(さいだいせんそぉ)、よおそろ」

矢継ぎ早に指示を出しつづける。

「ハープーン、距離、15000」

「シースパロー発射用意。

一斉発射(サルボォー)

「撃墜判定、1、もう一発はさらに接近。

距離、10000」

「主砲撃ち方始め(うちぃかたはじめ)

飛来しているミサイルには強力な弾幕が展開されるであろう。

「CIWSコントロールオープン」

「迎撃間に合いません。

本艦に命中判定、ヘリ格納庫大破炎上中」

「ダメージコントロールを開始せよ」

 


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