WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.41

「陛下は行ってくれたか。

よし、やるか」

走って去り行く陛下の背中を見つめつつ、佐竹中尉はそう言うと、敵の追撃に備えて陛下と移動している最中に、仕掛けておいたC-4爆薬数㎏に繋いだロープを取り出した。

そこの先のには、触発の雷管と手榴弾が繋がっていた。

また、佐竹中尉の小さい頃に伯父である田中大将の知り合いの、陸軍工兵科将校である人に教わったのは爆弾の作り方だった。

終いには、知り合いの化学者を連れてきての爆薬作りである。

その他、人脈を駆使した英才教育を受けた佐竹中尉は、どの分野でも本職以上の能力を発揮していた。

そして、この爆弾の起爆方法は応急措置としての起爆方法であり、時限式の信管やリモコン式の信管が見当たらなかったために、仕方なく行うもので、起爆する可能性はフィフティ・フィフティ、爆発するかもしれないし、しないかもしれないというレベルの話である。

佐竹中尉が見たこの敵兵たちは、危険なことに、迫撃砲を除く大抵の歩兵装備をこのテロリスト集団は所持していた。

「こんなもん持ってるなんて、こりゃあテロリストじゃねぇぜ」

言いながら、手榴弾の安全把からロープを引っ張り、爆薬を起爆させる。

起爆した爆薬の爆発に、隊列の大半が巻き込まれる。

爆発のなかで、佐竹中尉はAK-74を構えて、未だに立っている人物を射撃する。

しかし、続々と後続の部隊が合流してきている。

集結した人影の濃さから、爆煙の拡散具合を推測する。

「煙が晴れてきたか」

先程より幾分煙の薄くなったからか佐竹中尉のいる場所に、銃撃が集まり始める。

そんな場所からは、逃げるが勝ちであると思っていたのだが、状況がかなり悪い。

後退以外の選択肢はなさそうだが、佐竹中尉に言わせれば、その選択肢は論外であった。

「ッ」

未だ経験したことのない身体への着弾の痛みに、佐竹中尉は小さく呻く。

その1発を皮切りに、銃撃が集中し始める。

照準が甘いのか、外れるものも多いが、それでも佐竹中尉の肩に、腹に、腕に、足に、銃弾が命中する。

外れたものもあるとはいえ、数十発の銃弾を撃ち込んで、敵は沈黙したと感じたのか、正門の方へ向かおうとする。

「俺は……」

体を引き摺りながら、一歩前に躍り出る。

右手のAK-74を持ち上げ、狙いを定める。

「俺はここにいるぞ」

そう言ったきり、佐竹中尉は無言で引き金を引く。

傷ついた佐竹中尉の、曖昧な照準で放たれた銃弾は、地面を穿ち、敵兵の体を穿ち、木々を穿ち、至るところに弾痕を残していく。

マガジンの30発を撃ち尽くすまでに、敵の第一梯団の生き残り数名を射殺し、マガジンを交換する間に、第二梯団数十名とピストルで交戦していく。

それも撃ち尽くすと、第一梯団を構成していた敵兵の落としたAK-74やMP-5を拾い上げて、攻撃を継続する。

敵に立ち直る暇を与えない。

そうなってしまっては、多勢に無勢、佐竹中尉に勝利はあり得ない。

その勝利のための銃撃だ。

そして、その勝利の最低条件が、第1歩兵連隊という援軍の参戦である。

その軍靴の音が、佐竹中尉の耳に届く。

「やっと来たか」

全身を銃弾でズタズタにされた佐竹中尉は、そう呟くなり力尽きたように倒れ込んだ。

 

「第二、第三分隊、2列で射撃体勢を整えよ。

各員、小銃を構え。

手前にいるのは、海軍さんだ。

つまり、俺たちの味方だから、絶対に当てるなよ。

1列目、撃て」

進出してきた24人の陸軍歩兵たちは、89式小銃や無反動砲、分隊支援火器であるMINIMI機関銃、ここに来た小隊各員の持つほぼすべてに近い火力を敵兵に向けた。

引き金を引き絞り、ありったけの銃弾を敵兵にお見舞いしていく。

「2列目、射撃用意。

撃て」

小隊長の短い号令のもと、2列目の兵士が射撃準備を整える。

「佐竹中尉を回収する。

無反動砲は煙幕を展開せよ。

1列目の何人かは、ついてこい。

第二分隊長に、指揮権を委譲する。

機を見て、敵を撃退せよ」

そう叫んだ堀北少尉が、匍匐前進で進む。

後ろからは、無反動砲手が煙幕弾を発射して、煙幕を展開する。

「撃ち方やめ。

小銃、着剣。

白兵戦用意、突撃」

煙幕で撹乱されたところを、第二分隊長の命令で一気に歩兵たちが斬り込んでいく。

大声で"歩兵の本領"を歌いながら、第二小隊隷下の歩兵たちは、突撃していく。

恐怖心を投げ捨てるように、大声をあげている。

銃剣を着けた89式小銃を片手に、走り出す。

歩兵たちは近くの敵兵の身体に、銃剣を突き刺し、銃剣の届かない敵兵に小銃を乱射していく。

さらには、陸海空軍共通の日本皇国軍格闘術と呼ばれる近接格闘術を使い、敵兵を締め上げる兵士も見受けられる。

佐竹中尉の身柄を確保した堀北少尉を追い抜いた歩兵たちは、一気に第三線に雪崩れ込む。

89式小銃を乱射し、集団の最後の一兵すらも撃ち殺す勢いに、耐えきれなくなかった敵兵が後退を始める。

後退する敵兵を追撃する歩兵たちが第三線を越え、第四線に踏み込んだところに、増援の戦力が到着する。

同じ第1歩兵連隊第一中隊所属の第三レンジャー小隊である。

小隊長以下50名全員がレンジャー徽章持ちの精鋭部隊である。

レンジャーであることに誇りを持つ彼らは、第二小隊が戦闘中と野性的な第六感で感じとり、一気に突撃してきたのだ。

「三レン小隊、突撃」

第二小隊のあとに続くように、小隊隷下の4個分隊は突撃を開始する。

連戦で疲労の溜まっている第二小隊とは違い、第三レンジャー小隊の兵士は緒戦での疲労が回復していた。

それに押されるように、第二小隊は以前以上の勢いで、第五線付近の敵兵を蹂躙する。

第五線を突破した歩兵の群れは、一気に第六線の敵兵の群れを撃破し、敗走に追い込んだ。

事前に設定していた第七線には、連絡を受けたと思われる敵の第三梯団が集結しており、これとまともに激突した。

後方からのMINIMI機関銃の火線が、敵兵の群れを群れごと薙ぎ払う。

無反動砲手は、榴弾を後方の敵兵に対して、撃ち込んでいく

歩兵たちは文字通りの肉弾となって、敵兵を粉砕した。

見事なまでの歌詞との連携に、最初から最後の部分までをじっくり聴いていた佐竹中尉は、つい堀北少尉に確認した。

「歩兵の本領、茲にありって感じだけども、これって……訓練してんの?」

「他は知らんが、俺としてはこんなアホな訓練するわけなかろう。

少なくとも、小隊以上の単位ではやらんよ」

重傷を負い、虫の息であっても、最初に聞くことが、それである。

この二人の背景では、敵兵の群れを駆逐した兵士たちが、周辺を警戒しつつ、勝鬨をあげている。

「そうか、陛下の身柄は?」

「既に安全な場所に向かっている。

道中はどうかは知らんが」

横たわる佐竹中尉の問いに、堀北少尉は前を見据えながら答えた。

「陛下の身柄は頼んだぞ」

「ああ、分かってる。

俺たち、陸軍はそのために、ここに来たんだ」

「防大の落ちこぼれがでかい口を叩く。

お前の福岡での武勇伝は、叔父を通して聞いてるよ。

前川原駐屯地にある分校での、今の陸軍参謀総長への蛮行はな」

というのも、視察に訪れた前田大将、当時はまだ国防省陸軍部会計監査隊隊長を務めていたはずだが、予算関連の視察に出向いた際に、不審者と間違われ、追いかけ回されるはめになった。

一応、公式には何もなかったことにされてはいるが、若さと体力の絶頂期である青年期の過ぎた前田大将の足腰は、この負いかけっこで完全に破壊されたという。

その間違えた当事者が、当時の少尉候補生兵曹長の堀北少尉だったという。

「それは言わんでくれよ」

2個の歩兵小隊、定数から言うと小隊長以下100名のそこそこ大きい部隊である。

だが、第二小隊は2個分隊を分離しているから、80人にも満たないはずだ。

そんな部隊が2倍近い敵兵の群れを蹂躙しているのは、さしずめ魔王軍が降臨したかのようだ。

「矢島少尉、陛下の護衛は?」

そんな惨状も一段落し、戻ってきた第三レンジャー小隊の小隊長である矢島少尉に、魔王軍もとい日本皇国軍のボスである魔王もとい陛下の所在を堀北少尉が尋ねる。

「お前らのところの第一分隊と第一小隊が守ってる。

ちょっとやそっとじゃ、奴らが目的を達成することは不可能だろうな」

矢島少尉がそう言うと、堀北少尉は安心したようだ。

「佐竹中尉を後方へ、搬送する。

小隊各員は、撤収準備には入れ」

既に、中隊本部の衛生兵が到着して、重傷を負った佐竹中尉の容態を確認している。

「担架はどうした?」

その様子を見ていた堀北少尉が尋ねる。

「第一小隊の負傷者搬送に使われてます。

他の方面でも、応援要請が出てるんです。

恐らくは、というか絶対数が足りてないんです」

「そうか、仕方ないか」

佐竹中尉の身柄は、後で一応連隊付き衛生小隊に引き渡され、旅団野戦看護隊のトリアージを受けずに、最寄りの中央病院に搬送させられる。

『こちらは第1作戦軍司令部第3幕僚部。

皇居内に突入中の各隊に告げる。

直ちに、皇居外周部100メートル以内から撤収せよ。

繰り返す、皇居内に突入中の各隊に告げる。

直ちに、皇居外周部100メートル以内から撤収せよ』

指揮隷下にある部隊の、司令部が把握しうる全チャンネルに、流されたその無線は、事態が最終局面を迎えつつあることを、理解させるには十分だった。

「俺が負ぶう。

第二小隊、周辺を警戒しつつ、撤退せよ」

「第三レンジャー小隊が、殿を務める。

撤退だ」

無線を聞いた二人の小隊長は指示を出した。

そのまま堀北少尉が、佐竹中尉に肩を貸しながら、歩いていく。

 


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