「我らここに励みて国安らかなり……か」
皇居内の松の間にいた佐竹中尉は呟いた。
その言葉は日本皇国陸軍第7機甲旅団が駐屯する東千歳駐屯地の正門に、掲げられたスローガンである。
日本皇国軍の全部隊が、目標とすることでもある。
先程から周囲で銃声が、散発的に響いていた。
既に皇居は、戦場だった。
「陛下、退避しましょう」
冷静な思考を持つ佐竹中尉は、そう陛下に提案した。
「朕は、このような事態から逃げるわけにはいかぬのです。
それが、特権階級である皇族に産まれた者の責務です」
全ての生活費を国費で賄われる皇族は、名誉役職としてしか現存していない貴族よりも、国民一般に尊ばれる存在として認知されている。
「あなたは、いえ陛下はご自分が、軍にとって、いえ国民にとって、どのような存在か分かっておられるのですか?」
佐竹中尉は、
「あなたが思う以上に、あなたの存在は我々には大きいのです。
例えば、陸海空軍観閲式を観閲されるだけで、我が軍の将兵は大きく勇気付けられているのです。
あなたが特権階級であるからといって、あなたのその命、軽々しく扱わないでいただきたい」
佐竹中尉の説教に、ハッと頭をあげた陛下は、言葉を綴り出した。
「私のような老人に、そのような価値があるとでも?」
「人命とは、老若男女等しく価値のあるものです。
だから、日本皇国陸軍は既に救出のために兵を出しているでしょうし、派遣されている将兵も、全員が身命を賭して、ここに向かってきているでしょう。
あなたが命を救うために、命を賭けて、ここに向かっている。
あなたは、その兵士たちが持つその純粋な気持ちを、そして今回失われるであろう若い命たちを踏みにじるおつもりなのですか?」
佐竹中尉は、日本皇国海軍中尉として、そんな陛下の態度が許せなかった。
「ほら、行きますよ」
とは言ったものの、佐竹中尉の耳は目敏く、いやこの場合は、耳敏くと言うべきか、廊下の前に4人の人間が立っていることに、気付いていた。
「ここに伏せていてください。
あと、顔を上げずに、耳を塞いでください」
腰に着けていたグロック17を取り出した佐竹中尉は、壁際に陛下を伏せさせていた。
それを庇うように、姿勢を低くして、侵入者を待つ。
編上靴独特の音は、ゆっくりと室内に侵入してくる。
まずは、1人目。
グロック17を2発、どちらも頭部に命中し、周囲に脳漿をばら撒いた。
その後ろにいる3人に対し、残りの拳銃弾を乱射する。
何となくではあったが、手応えはあった。
「
AK-74、東側の小口径突撃銃の代表格であり、今でもロシア軍が参戦した紛争で、使用されているのを確認できる突撃銃だ。
特に、使用する5.45㎜弾は、人体に命中した際、比較的、転倒弾が発生しやすいことで知られている。
転倒弾とは、人体に着弾した際に貫通せず、体内のなかで回転してしまった弾丸のことを言う。
それは人間の臓器をズタズタに切り裂くので、致命傷を与えやすくなる。
一応は国際条約で禁止されているが、意図的ではなくとも発生する場合があるので、それを狙って設計されていることも多い。
死体が落としたそれを拾い上げた佐竹中尉は、廊下に向け乱射する。
このときの自分は、自分でも驚くくらいに冷静だった。
廊下に向けて、1つの弾倉を撃ち尽くすと、慎重に死体に近づき、使用できるものを剥ぎ取っていく。
「陛下、一応は大丈夫です。
顔を上げて、立ち上がってください」
特徴的な紅い弾倉を交換しつつ、廊下方面を警戒する。
AK-74の使用する5.45㎜弾は、AK-47が使用する7.62㎜弾よりも反動が弱い。
最初から力を込めて、抑え込めば、少なくとも、右手と右肩の2点で支えただけでも撃てるのだ。
その状態で廊下に出ると、妙に静かだった。
「出てこないで」
直感的に佐竹中尉はそう怒鳴ると、横っ飛びに飛び、竹の間のなかに退避する。
さっきまで立っていたところに、銃撃が集中する。
佐竹中尉も応戦するが、火力の差は如何ともし難かった。
「ちっ」
舌打ちをしながら、弾倉を交換する。
セミオートでは、AK-74の火力を活かしきれない。
互いが互いを撃ち合って、膠着状態に入った。
そんなときに、ゴロンという何かが転がる音がした。
見ると、パイナップルと呼ばれる球形の手榴弾だった。
もう既にカラシニコフの間合いではない。
仕方なく、グロック17を抜いて、撃ち抜く。
その刹那、佐竹中尉の頭のなかで、何かが弾けた。
グロック17の弾速が350メートル毎秒で、弾頭部の重さは8g、それだけの威力を纏った弾丸が手榴弾を襲い、それを押し退けさせた。
その刹那に、手榴弾は起爆し、周囲に熱風と破片を撒き散らす。
「○☆×○●△◇#」
それをまともに浴びる形となったその2人は、何かしらの言葉を口にする。
早口で捲し立てるその言葉は、佐竹中尉の耳に聞き馴染みのある言葉だった。
それは国防大学校の講義ではなく、鹵獲したイージス艦"
たったの2日間という短い期間だったが、有意義な時間だったと思っても、すぐに現実に戻る。
戻らざるをえないのだ。
彼らは手榴弾をまともに浴びたとはいえ、爆心地から距離が離れているが故に、死にはしない。
「
さっきの叫び声から確信した佐竹中尉が大声で叫ぶと、明らかな動揺が見られた。
なぜか、知られてはいけないことを知られたかのように、動揺が見られたのだ。
その隙を見逃すほど、佐竹中尉はお人好しでもない。
一瞬の動揺に、一気に勝負をつける。
銃を乱射して、相手の行動を釘付けにしつつ、手榴弾を投擲する。
奴らに手榴弾に対応させないために、牽制の射撃も忘れない。
手榴弾は、1拍おいて爆発する。
爆発の勢いに乗った佐竹中尉が、一気に蹂躙する。
そうなると抵抗もできずに、総崩れになる。
廊下の安全を確認した佐竹中尉が、陛下を呼ぶ。
竹の間から廊下に出てきた陛下は、佐竹中尉にこう言った。
「私にも銃を貸していただけますか?
これでも陸軍の射撃場で、小銃射撃と拳銃射撃なら経験しています」
ヘッケラー&コッホ社製の傑作サブマシンガンであるMP-5A2を拾い上げる。
この銃は世界で最も入手が容易で、世界で最も優秀なサブマシンガンで、後継銃の普及もあり、テロリストの手に渡る確率の高いサブマシンガンである。
取得を誤魔化したい場合、小国の調達関係の職員を抱き込んで、調達させるだけさせて、理由をつけて廃棄処分にしたものを横流しさせてしまえばいい。
そうすれば、最終使用証明はその国止まりの銃器が生まれる。
そんなMP-5と30発入りの予備弾倉を数個、死体から奪う。
それらを一纏めにして、陛下に渡す。
「無理には撃たないでください。
あくまでも自衛手段の一つだということを忘れないでください」
「分かりました。
肝に銘じます」
建物のなかには、これ以上の敵はいないようだ。
逆に味方もいないが。
それを確認した佐竹中尉は陛下を連れて、廊下を慎重に進む。
AK-74の長い銃身を突き出しながら、廊下を進む。
周辺を警戒する佐竹中尉の視線と同じように、AK-74の銃口は前後左右至る方向に向いている。
竹の間から脱出した佐竹中尉らは、皇居正殿の正面玄関脇の警衛所に辿り着いていた。
「これから正門に向かいます」