六本木駐屯地、第1歩兵連隊第1中隊本部
『参謀本部より出動命令が発せられた。
場所は………皇居、皇居だ。
連隊隷下の各部隊は、陛下の御身を保護するために進出せよ。
これは未曾有の事態だ。
日本皇国軍創設以来初めてのタイプの、そして最大の危機だ。
各員は緊張感をもって、この危機に対処するように要請する。
以上だ』
「面子ばかりを気にする近衛連隊は当てにならん」
腰に着けた無線機から延びるコードを伝って、咽頭マイクを取り上げ、通信を開始する。
「
送れ」
士魂中隊とは、第1歩兵連隊第1中隊の無線呼称である11中隊をもじったもので、旧陸軍の戦車第11連隊の愛称である士魂部隊はこの十一を「士」と読ませたことに由来する。
つまり、武運長久の験担ぎとして、この愛称がついているのだ。
「連隊本部、了解。
終わり」
通信を終えた中隊長は、回線を中隊隷下部隊に切り替えた。
「11中隊長より隷下の各部隊。
本部隊は、皇居周辺での状況の掌握と避難誘導に当たる。
敵の人数や武装など、不明な点も多いが、各員の薫陶努力を期待する。
以上」
通信を切ると、中隊長は運転席にいる部下に発進を命じた。
「では、行こうか?」
「イェーガー・ゼロワンより各機。
我が隊は直ちに離陸する」
『イェーガー・ゼロツー。
ラジャー』
『イェーガー・ゼロスリー。
ラジャー』
イェーガー・
「事前に指示があった通り、待機していたが。
まさか、本当のこととはな」
木更津駐屯地のヘリポートには、4個小隊、12機のAH-64DJアパッチ・ロングボウが待機していた。
その機体には、木更津4姉妹と呼ばれるキャラクターが描かれている。
各編隊長機には、木更津茜中尉が、二番機には、木更津葵少尉が、三番機には木更津若菜軍曹がそれぞれ描かれている。
ちなみに、四番機の位置に相当する観測ヘリであるOH-1Aに描かれているのは、木更津柚子兵長である。
『木更津タワーよりイェーガー、ハンターの各編隊へ。
離陸を許可する。
南関東空域における民間機の飛行は許可されていない。
飛行の障害となる物体はない。
各機にあっては、自由な飛行が許可されている。
以上』
「イェーガー・フライト、ラジャー」
『ハンター・フライト、ラジャー』
『プレデター・フライト、ラジャー』
『レンジャー・フライト、ラジャー』
無線機からは僚機の編隊長の声が聞こえてくる。
「イェーガー・ゼロワンより各機。
エンジン始動、離陸準備に入るぞ」
『ゼロスリーよりゼロワン。
状況はどうなってるんですか?』
「
私にも一切分からない」
イェーガー・ゼロワンに乗る小隊長も、なにも聞かされていなかった。
『士魂中隊は、正門に向けて進行中の第一、第二小隊の各隊は、正門近辺を制圧し、皇居内に突入せよ。
レンジャー小隊は周辺を警戒しつつ、突入を援護せよ。
中隊本部も続くぞ。
いけっ、突撃』
89式歩兵戦闘車を先頭に、士魂中隊隷下の部隊は攻撃を開始した。
「目標、正門前にいる敵兵。
効力射、撃て」
レンジャー小隊からの指示に従い、89式歩兵戦闘車の35㎜機関砲が火を噴いた。
その1発、1発が人体を四散させる威力を持つ砲弾だ。
そんな砲弾を、軽やかな発砲音と共に、遮蔽物の後ろにいるテロリストに叩きつける。
89式歩兵戦闘車の車体を盾にして、歩兵部隊が正門に近接していく。
皇居正門前にて抵抗を続けるテロリストを、銃撃していた兵士が倒れる。
「狙撃兵!」
どの兵士か分からなかったが、誰かの声が聞こえた。
進行が停滞した士魂中隊目掛けて、斜め上方から7.62㎜狙撃銃が火を噴くたび、兵士が倒れていく。
「
敵狙撃兵を排除しろ」
89式歩兵戦闘車の車体の影に、身を隠した分隊長が大声で指示を出す。
未だ治安出動の範囲での対処があり、分隊の全火力を投射することは、政治的な都合で憚られたのだ。
89式小銃に、狙撃用スコープを取り付けたマークスマン・ライフルを片手に持った将兵が、射撃位置に着こうとする。
すると、猛烈な射撃を喰らって、位置に着けないでいる。
それに業を煮やした分隊長は、無線機から小隊本部に支援を要請する。
『士魂ヒトヒトより士魂ヒトマル。
敵狙撃兵を確認。
至急、支援を要請』
「士魂ヒトマルより士魂ヒトヒト。
了解、付近の部隊に問い合わせてみる」
環状7号線、
「全隊、前へぇ、進めぇ」
皇居含む都心を囲むように、環状7号線は敷かれている。
そこに横1列に並んだ将兵たちは、少しの裏道にも入り込み、包囲線を圧縮していく。
出動前に、
機動戦闘車から派生した機動装甲車を装備した第3中隊は、そのフレキシブルな火器運用能力を生かして、大通りを慎重に北進していた。
「
偵察部隊用に設計された機動戦闘車から、これまた派生した指揮通信車の車内、これは元々、戦時に編成される師団司令部用に調達された物だが、それを拝借している。
その車内に設置されている50インチモニターと部隊間通信システムのスピーカーからは、前線の状況が伝わってくる。
「
敵味方の識別に注意。
環状7号を最終阻止線とし、
小隊いや分隊単位で、部隊間隙を突いてくる敵兵の攻撃には要警戒。
以上」
無線機に情報を流しつつ、状況を整理する。
日本皇国陸軍参謀本部内では、対遊撃戦やら、対浸透作戦行動やら、対ゲリラコマンド作戦やらと呼称される一連の作戦行動の戦術の常道を行く作戦を実施している最中だ。
基本的には包囲と圧縮、ある地域内にいる敵性勢力を完全に封じ込めるのが作戦の第一段階だ。
「
繰り返すが、
指揮通信車の車内で、中隊長はそう指示を出した。
『イェーガー・ゼロワン、応答せよ。
こちらは、ワルキューレ・ゼロワン。
上空統制任務を受け、管制業務に就いている』
木更津駐屯地のヘリポートを発進したAH-64DJアパッチ・ロングボウは、東京の上空に差し掛かっていた。
「こちらはイェーガー・ゼロワン。
第1対戦車ヘリコプター隊の先任小隊長機である。
詳細な情報と、次の指示を乞う」
さらに言うと、ワルキューレのコールサインは第10空中機動旅団隷下の第10ヘリコプター飛行隊が運用する旅団司令部幕僚乗務のヘリコプターに与えられるものである。
『ワルキューレ・ゼロワンよりイェーガー・ゼロワン。
司令部よりのオーダーを伝える。
門前で、戦闘中の各中隊を援護せよ。
最前線で活動する兵士の生命の保全が、今作戦の最優先事項である。
そのための必要な措置を取ることを認める。
以上だ』
首都東京上空を飛行するUV-22Cオスプレイには、旅団航空幕僚が乗り込み、上空監視を行っていた。
「イェーガー・ゼロワン、ラジャー。
すぐに向かう」
上空数百メートルの高度を、アパッチはかなりのスピードで飛行していく。
しかも、徐々にスロットルを開いて、エンジンの出力をあげている。
「
パイロットが、前席に座るガナーに告げる。
「ガンですか?」
「そうだ。
どうせ、すぐに救援要請が来る。
今のうちに、準備しておけ」