WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.36

「長くて使いにくいな」

とあるビルの屋上に射座を確保した狙撃兵は、今持っている銃器、SVDドラグノフについて、そう漏らした。

旧ソ連軍制式銃器の特徴である堅牢さは、これまで扱ってきた狙撃銃を凌駕しているのは間違いない。

彼の覗く狙撃銃のスコープには、皇居正門前にある近衛連隊詰所を捉えていた。

観測手(スポッター)の話によると、ここから標的までの距離は、200メートルと少しくらいで、十分な精度を持って、狙撃できそうだ。

韓国軍の狙撃兵(スナイパー)として数年、警察の特殊部隊の狙撃手(シューター)としてさらに数年務め、遠近どちらの狙撃であっても、対応できるという自信があった。

そして、正門前にある詰所には、日本皇国陸軍の分隊、12名がいた。

9人が外に出て、周りに目を光らせている。

いつまでたっても彼らは油断なく、周囲に視線を走らせていた。

しかし、その視線は200メートルほど離れているビルの屋上には届かなかった。

「アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコー、フォックストロット、ゴルフ、ホテルの各チームは配置に着いたそうだ。

狙撃担当のインディアチームは、このペアも含めて、配置に着いたのは確認できた。

12時になれば、攻撃開始だ」

そして、短くない時間が流れて、時間が来た。

「12時まで5秒」

大きく息を吸って、引き金に指をかける。

「詰所のなかにいるやつを狙え。

正面、距離は225メートル」

指示通りにスコープのなかに、敵兵を捉えた。

大きく息を吐きながら、引き金を引く。

1人が倒れる。

再起の隙を与えずに、2人、3人と狙撃する。

「スナイパー・グッド」

相棒の賛辞を聞き流しながら、眼下で繰り広げられている戦闘を眺める。

戦闘の大勢は我々が押さえているようだ。

既にトラックから下車した味方が正門前を制圧している。

見た限りでは、味方に被害は出ていないようだ。

味方の損害がゼロのまま、事態が進めばいいと、楽観的には考えていたが、その一方で早々上手くはいかないとも思っていた。

「味方の攻撃は苛烈だな。

まあ、先祖の数百年に及ぶ恨み、ここでしか晴らせないから、当然だ。

まあ、日本の警視庁が来たところで、狙撃してやれば、尻尾巻いて逃げ出すだろう」

日本皇国陸軍狙撃兵のモットーである"沈黙こそ最大の美徳"は万国の狙撃兵共通の認識である。

だから、このおしゃべりな相棒を疎ましく思っていた。

それを忘れるために、正門に爆弾に仕掛けた味方をスコープ越しに見ていると、味方が仕掛けた爆弾が爆発し正門に突破口が開かれた。

煙のなかで、大穴が空いたのが確認できた。

今回は同じ規模の敵とはいえ、不意討ちは通用しないだろう。

その穴から味方の部隊が突入しようとすると、敵の弾幕が激しいのか、次々に味方が倒れていく。

先程の爆発の煙が晴れてくると、状況が理解できた。

防弾盾を遮蔽物代わりに、敵兵が射撃していたのだ。

「正面、射撃中の敵、距離は240メートル」

それを脅威と判定した観測手(スポッター)は射撃を指示した。

その指示通りに、敵兵を射撃する。

防弾盾を遮蔽物代わりに、射撃していた敵兵を盾ごとズタズタにする。

ドラグノフから発射された7.62×54R弾は、十分な威力をそこに刻んでいた。

セミ・オートによる自動装填によって、毎回射撃するためのボルトを動かす煩わしさから、解放された狙撃兵は敵兵の連携を寸断していく。

複数の敵兵が倒されて、敵兵が怯んだ隙に、味方が怒濤の勢いで侵入していく。

それはまさしく、虐殺と言わんばかりの勢いだった。

 

同じ頃、国防省地下にある統合作戦指揮所(IOCP)

「皇居に敵兵の攻撃を確認。

多摩に避難中の警視庁からの出動要請です」

陸軍参謀本部作戦1課第2部(G2)の参謀が告げた。

「先の命令に従い、直ちに第1旅団(首兵団)第6空挺旅団(空兵団)第10空中機動旅団(乙兵団)は出動。

その他の部隊は、非常呼集を発令し、如何様にでも動けるように待機させておけ」

前田大将は声を張り上げる。

ちなみに、首兵団とは第1旅団のことであるが、このように日本皇国陸軍隷下の旅団には、その旅団にちなんだ漢字一文字が与えられる。

首都東京に旅団管区を持つ第1旅団は、首都から首を取って、首兵団と呼称されているし、第6空挺旅団は空挺だけに空兵団、第10空中機動旅団は"地獄の黙示録"という映画のなかのキルゴア中佐率いるヘリボーン部隊が流していた"ワルキューレ"の騎行"という曲にちなみ、ワルキューレを日本語に訳して戦乙女から乙兵団、日本皇国海兵隊を自認する第4水陸機動旅団は自身の活動場所である海浜から浜兵団といった具合である。

「神奈川の第14旅団(防兵団)、朝霞の第18即応旅団(動兵団)司令部より出動の是非についての問い合わせです」

第14旅団は旅団管区内に、国防大学校が存在し、そこから防の文字を拝借している。

また、第18即応旅団は緊急展開指定部隊ではないが、野戦、市街地戦、空中機動、水陸両用戦、空挺作戦何でもござれのプロフェッショナルな集団でもあり、北から南からすべてへの増援としての動員を予定しており、"命令があれば、どこにでも"をモットーとしている。

だから、どこにでも動くから動兵団である。

「できるのなら、やらせろ。

環七包囲線は兵力が必要だからな」

「了解」

「陸海空軍の次席指揮権は、先に策定された命令通りに、円滑に進めよ」

前田大将の指示と同時に、河野大将の指示が飛ぶ。

沿岸警備部隊司令部(霞が関)を通して、横須賀鎮守府艦隊に出動命令。

東京湾を海上から封鎖せよ」

田中大将は上の空ながらも、指示を出した。

何となく、なにも手につかないのだ。

親類縁者のことが心配なのは、人間として当然だろう。

「統合参謀本部長、河野だ。

今回の事件に出動する全部隊に告げる。

状況の詳細が不明であり、相手の武装も人数も布陣も不明のままだ。

これでは、諸君らの命をどぶに捨てるようなものだが、情報を送ってくれるはずの、いや情報を送らねばならないはずの近衛旅団(宮兵団)の精鋭(笑)と評される第1近衛連隊のボンボンたちとは、連絡が取れないためである。

彼らに野武士だと、血統もない雑種だと嘲られてきた諸君らが、彼らより精強であること証明するチャンスが来たのだ」

近衛旅団は、旧陸軍の頃から武家筋や公家筋の人間の巣窟だった。

名門出身の彼らはプライドだけは高いが、選民思想というものに取り憑かれていた。

しかも、武家筋や公家筋であっても本当に優秀な人間は、配属希望に近衛連隊を避けるので、穀潰しの集まりが近衛連隊の正体なのだ。

例えば、今代の陸軍参謀総長である前田利光大将は、近衛連隊勤務を嫌って情報本部勤務に進んだのだ。

皇居は後方地帯であるとの認識から、この状態でも放置されていたのだ。

ぬるま湯に浸かっていた彼らは、危機管理云々以前に銃を持たせるのすら不安であった。

しかし、国内外で戦闘を戦うことになる軍の一般部隊や特殊部隊に数年勤めていたら、気温が40度近い南の熱帯、零下40度にも迫る北の雪山、標高3000メートルの山岳地帯、海中や川辺などの水際地帯、ビルが乱立する市街地や広大な砂漠などの日本皇国陸軍の想定する戦場すべてを経験させられる。

そこで自然と戦い、そしてそれに打ち勝つ術を学ばされる。

また、一般部隊ではなくとも、情報本部勤務の情報要員となった場合、権謀術数の世界にどっぷりと浸かることになる。

それには、庶民も武家も公家も関係ない。

その強大で偉大な自然のなかや自分以外は全員敵とも言える状況で、訓練を受ける一般部隊の将兵、戦ってきた情報要員は、エアコンの効いた場所で仕事をする近衛連隊のぼんくらとは、一味も二味も違う癖のある人間に育つ。

しかも、練度も士気も一般部隊に劣る近衛連隊は、過去の演習でも一般部隊に皇居の守りを破られている。

純粋に小銃と小銃で、撃ち合ったという想定のもとでである。

しかし、彼らは嘯く。

奴らは、ルールを無視して戦うと。

だが、実戦に身を置く一般部隊の将兵は、正々堂々と戦うなどという単語は頭にない。

なぜなら、杓子定規な作戦では敵に見破られ、味方の部隊が損害を被ることになるからだ。

よって、そんなことも分からない近衛連隊は最弱のレッテルを張られた集団なのだ。

「第1近衛連隊は全滅するだろう。

そうなれば、陛下の御身は我々一般部隊が護ることになる。

総員、戦闘開始だ」

「紀坊、無事でいてくれよ」

基本的にこの事件に出る幕がなく、さらには佐竹中尉と親交のある海空軍首脳は、佐竹中尉の無事を天に祈っていた。

 


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