WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.33

そして、世更けすぎの会見が終わり、陽が昇って翌朝の7時。

国防省の本館前にある儀仗広場では、海軍主催の式典が行われていた。

音楽隊の演奏と共に、海軍市ヶ谷地区で勤務する海軍兵士らで編成された特設儀仗隊が行進し、その後ろを"ひなぎく"乗員たちが続く。

全員の入場が終わると、司会の兵士は言った。

「総員、回れ右」

各自が右足を1歩後ろにずらし、全身を右向きに回転させる。

真正面に、国旗用の旗竿が見える。

「国旗及び軍艦旗が掲揚されます。

各員、敬礼」

挙手礼を全員が行う。

国歌である"君が代"が演奏されるなかを、旗竿を国旗が、軍艦旗が昇っていく。

最上位に到達したらそのまま折り返し、少ししたところに固定された。

戦死者への哀悼の意を表した半旗の掲揚である。

「なおれ。

回れ右」

全員が再び前に向き直る。

「ただ今より、海軍栄典授与式典を行いたいと思います。

今回は竹島紛争の勲功者たちを表敬します」

司会を担当する兵士が、口上を述べる。

「まず最初に、国歌を斉唱します」

音楽隊の演奏とともに、この場にいる全員が国歌である"君が代"を口ずさむ。

式典の進行役である司会者の背後には、海軍軍令部総長の田中大将が、海軍部部長の山本助六海軍名誉元帥が、文官である海軍次官の古賀峰温大将待遇といった海軍上層部のお歴々がいた。

そのとなりには、椅子にお座りになった陛下の姿が見える。

「ここで、天皇陛下からの御言葉を賜ります」

司会の兵士が そう言うと、椅子から立ち上がった天皇陛下が、壇上に登壇した。

「朕はここにいる貴殿ら、ひいては最前線にて戦っている陸海空軍将兵に深く感謝している。

皇族が皇族と呼ばれていなかった時代も含め、日本と呼ばれていなかった頃から、独立国家として確立されて、早くも2000年以上が経とうとしています。

時代によって、領域の大きさに差はあれど、先祖である神武天皇の代から脈々と受け継いできたこの国を……この国を守ることができたのは、貴官らのお陰です。

朕は、世界が平和で溢れることを祈ってはいるが、その願いを情勢が許さないことも理解しています」

天皇陛下の御言葉に、息を飲む。

「そして現実を知らない身勝手な者の、身勝手な主張もあるかもしれない。

そして、君達は軍人として軍に在職中であっても、これから決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく日本皇国軍を退役するかもしれない。

きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。

御苦労なことだと思います。

しかし、武力の象徴である軍隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは

外国から攻撃されて国家存亡の時とか災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのです。

言葉を換えれば、貴官達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのです。

どうか、耐えてもらいたい。

そして、これからも皇国の盾として、日本の平和のために力を尽くしてほしい」

そう言うと壇上の上から、眼下のすべての兵士に頭を下げた。

この様子を見た兵士たちは、面食らった。

天皇陛下は国家統合の象徴たる国家元首である。

そのような人物が無闇に頭を下げることなどないからだ。

それが、自分達のような武芸にしか取り柄のない蛮人に頭を下げた、その一点が軍人たちの頭を真っ白にさせた。

「天皇陛下に敬礼」

あまりの事態に、呆然とする将兵たちに、司会の兵士が号令をかけた。

頭は働いていなくても、体に染み付いた癖は、抜けないものだ。

すぐに全員が、挙手礼を行った。

「なおれ。

この戦いで倒れた陸海空軍戦死者に哀悼の意を込め、弔銃を行う。

各員、左向け左」

全員が左足を後ろにずらし、左に向く。

「安全装置を外せ。

儀仗隊、構え」

その目線の先の儀仗隊の儀仗兵が、89式小銃を上空に向ける。

その指先が、引き金にかかる。

ふうっと、息を吐く。

「この戦いで散った仲間の御霊に捧ぐ。

撃ち方用意。

撃てー」

号令がかかり、順繰りに儀仗兵3名が引き金を引く。

1発が1分の間隔で、小銃の銃声が周囲に響いた。

そして2発目、3発目、4発目、5発目、6発目、7発目、8発目、9発目、10発目、11発目、12発目、12発の連続した銃声のなかには、重厚な静寂があった。

上空に向けた89式小銃の銃口からは、うっすらと白煙が立ち上っている。

「撃ち方やめ。

提げ銃、休め」

その号令を待っていたかのように、儀仗兵3名は89式小銃の構えを解いた。

「各員、右向け右」

全員が元に戻ると、今日最大のイベントに入る。

「ただ今より戦功表彰に入ります。

呼ばれたものは、壇上に登壇するように」

音楽隊の演奏をBGMに、司会の兵士が言った。

「部隊表彰。

海軍部部長表彰、大阪警備府艦隊海防艦"ひなぎく"。

代表して、艦長の二階堂雪少佐。

前へ」

呼ばれた二階堂少佐は、登壇する。

緊張しているのか、階段で躓きかけたのはご愛嬌だ。

壇上に上がり、山本助六予備役名誉元帥の前に出て、一礼する。

それを見届けてから、山本助六予備役名誉元帥は、賞詞を読み上げる。

「大阪警備府艦隊海防艦"ひなぎく"は竹島において、他に並ぶことのない戦果を挙げた。

この功により、海軍部部長表彰を授与する。

平成29年5月、海軍部部長、山本助六。

よくやってくれた」

そう声をかけられた二階堂少佐は、涙でグシャグシャの顔をハンカチで拭き、

「ありがたく頂戴します」

賞詞を右手で掴み、遅れて左手でも掴む。

1歩下がりながら、間合いをとり、適度な距離で一礼する。

「これからも頑張ってくれ」

「ありがとうございます」

壇上から下りてくる二階堂少佐を拍手が包む。

そのあと、何個かの部隊に表彰が授与されるが、さすがに全員は来ていない。

彼らは"ひなぎく"乗員と違って、未だに最前線で戦っているからだ。

「個人表彰に移ります。

海軍部部長表彰は該当者はありませんでした。

続きまして海軍軍令部総長表彰、大阪警備府艦隊海防艦"ひなぎく"先任将校、佐竹紀一中尉。

前へ」

「はっ」

佐竹中尉は、心のなかでリラックス、リラックスと唱えながら、壇上に上がる。

途中の階段の1段、1段に、ずっしりとした重みを感じる。

喉の奥が乾き、足が重い。

自然と呼吸が浅く速くなる。

田中大将の前に出て、一礼する。

それを見て、頷いた田中大将は賞詞を読み上げる。

「大阪警備府艦隊海防艦"ひなぎく"先任将校、佐竹紀一中尉は先の戦いにおいて、体調不良の艦長の代理として指揮を執り、未熟な身ながらも勇猛果敢な指揮にて敵艦隊を殲滅せしめた。

その功により、海軍軍令部総長表彰を授与する。

合わせて、海軍特殊権益者に任命する。

また、今回の戦功を鑑みて、功五級金鵄勲章を合わせて授与する。

平成29年5月、海軍軍令部総長、田中覚治。

おめでとう」

この「金鵄」という名前の由来は、初代天皇であるとされる神武天皇の東征の際に、神武の弓の弭にとまった黄金色のトビ(鵄)が光り輝き、長髄彦の軍を眩ませたという日本神話の伝説に基づいていて、日本皇国軍の軍人もしくは軍属にあって、戦闘や災害派遣等でたてた武勲の象徴としてこれを授与されるのだ。

「ありがたく頂戴します」

賞詞を受けとると、もらったばかりの勲章を、右胸に佩用金具を取り付け、勲章を装着してもらう。

民間人であれば左胸につけるのがマナーではあるが、軍人はそこに徽章と従軍記念章を装着するので、スペースがない。

よって、右胸に装着することを特例で認めている。

「よしできたぞ」

「ありがとうございます」

1歩下がったあとに一礼する。

そして、ゆっくりと壇上から下りる。

そのときの心中は、安堵の2文字であった。

次々に"ひなぎく"乗員が呼ばれ、表彰される。

沿岸警備部隊隊長表彰に、徳山少尉と下士官全員が選ばれ、所属長表彰に、残りの兵たちが選ばれる。

「全員もらったな?」

佐竹中尉の問いかけに、全員が頷くが、

「体調不良だった艦長の分はないものな」

と、肩を落としているのは二階堂少佐である。

それを慰める言葉を、佐竹中尉は持っていなかった。

だから、スルーした。

そのことで起こる影響を計算した上ではあるが。

「以上で、海軍栄典授与式典を終了します。

一同、礼」

最後の司会の締めの言葉で、全員が敬礼すると、音楽隊の演奏のなか、退場する。

退場したそのあとは自由解散となる。

 

「よし、今晩は飲み会だ。

知り合いの店を予約してある」

退場したあとに、佐竹中尉は全員に向かって、そう言った。

 


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