WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.32

「これより天皇陛下暗殺予告事件報道等対策本部の第一回会議を開始する。

私は本部長代理の空軍作戦部部長、武藤だ。

よろしく頼む。

隣にいるのが、この件の当事者であり、副本部長代理の大阪警備府海防艦"ひなぎく"先任将校、佐竹中尉だ。

それで情本の藤木少佐、概要を説明してくれ」

国防省本館地下1階に造られた大会議場、ここは大講堂としても使用可能な500人規模で収容できる部屋である。

ここに、天皇陛下暗殺予告事件報道等対策本部が立てられた。

捜査を行っている情報本部や憲兵隊のほかにも、マスコミ等の対応に当たる広報室や各軍部の広報課の兵士たちが集まっている。

「本件認知は、11:01(ひとひとまるひと)頃、場所は京都名古屋間の新幹線、のぞみ10号のなか、状況は当該車両に乗車の海軍尉官の携帯への着信。

ほぼ同時に、内容を傍受していた警察庁公安警察部(チヨダ)国防省情報本部(イチガヤ)により捜査が開始されました。

犯人との通話時間は12秒、発信地点は携帯基地局の範囲から東京渋谷区内と断定、特に録音データを解析した結果、さら渋谷109の店内からだと判明しました」

「渋谷109とは何か?」

「武藤大将。

渋谷109というのは、若い女性向けのファッションのお店が集まったショッピングモールです。

こんな感じの」

若者の行く店であるから、生粋の老人である武藤大将には、分からなくて当然である。

見かねた佐竹中尉が、簡単な説明と共に外観の画像を見せる。

渋谷の街で、これほど特徴のある建物はない。

「ああ、ここか。

ここなら、昼のニュースのお天気カメラで見たことがある。

では、続けてくれ」

武藤大将は納得したようで、藤木少佐に説明を続けるよう求めた。

「発信地点周辺では、憲兵隊を動員しての、ローラー作戦を実施し、不審者等の割り出しを進めており、また改めて宮内庁と海軍の関係者の内偵を進めております」

情報本部から派遣されてきた藤木少佐が説明した。

「そのどちらかが、情報を漏洩したと、特捜本部はそう考えているんだな?」

武藤大将の冷ややかな視線を浴びた藤木少佐は、たじろいだ。

その藤木少佐に、目線で助けを求められた公安警察官は、言い訳を述べた。

「いえ、ただ単の確認作業です」

「では、捜査対象を宮内庁や海軍の関係者本人ではなく、接触した人物に絞ってみたらどうかね?

公安警察部には、左翼系過激派メンバーのリストがあるはずだ」

そのリストは通称:L ファイルと呼ばれ、公安警察部が特別高等警察と呼ばれていた時代より収集してきた共産党・左翼系過激派の構成員、協力者の情報が詳細に記載されている。

これは、盗聴や盗撮、ハッキングなどの非合法的な手段で収集され、千葉の柏にある警察庁科学警察研究所の庁舎内に存在する数基の数十テラバイト記憶可能なハードディスクに集積され、いつでも使用可能なように待機している。

同様に、右翼系の過激派に関しても、R ファイルとして情報が集められており、この L や R の文字は、左(left)、右(right)の頭文字である。

「しかし、そうなると膨大な人数になってしまいます。

人手が足りません」

武藤大将からの提案を、その公安警察官はバッサリと切り捨てた。

それを見た武藤大将は、前にも増して冷ややかな視線を、目の前にいる公安警察官に浴びせかける。

「過激派のリストに名前のある人物と、同じゼミ、同じ下宿、同じ授業、同じ高校、共通点のある人物をピックアップすればいい。

阿呆揃いの外務省とは違って、宮内庁の彼らとて、伊達に国防省主催の情報管理講習を受けていないわけではないだろう?」

武藤大将は、自信をもって告げた。

前田大将に話を聞いただけだが、少なくとも金や家族の命がかかっている程度では、情報を漏洩する人間が出るような内容ではないと、武藤大将は確信していた。

しかし、公安警察官はそうは思っていないようだ。

「しかし、思想に共鳴しているという可能性も……」

「まあ、確かに否定はできん」

この台詞を聞いた公安警察官は、大きく頷いた。

だが、すぐにその顔が歪むことになる。

「だが、君たち公安警察部は御上の身辺に、危険人物をおいたことになる。

これは明確な責任問題だぞ。

とりあえず海軍関係者は、情報本部が身辺調査を徹底的に行っている。

じゃあ宮内庁はというと、公安警察部の担当じゃなかったかね?」

そこまで言うと、公安警察部の官僚主義的なところが発動する。

この官僚主義とは、誰も責任をとりたくないという心理である。

戦後警察を率いた後藤田正晴や佐々淳行といった傑物は、今の警察にはいない。

その点で、究極のジャイアニズムを持つのが、今の官僚組織である。

言ってしまえば、下の手柄は上のもの、上の責任は下のものである。

そこを突かれた公安警察官は、顔色を変えた。

「すぐに手配します」

この捜査方法だと、後々に公安警察部の責任が問われることになるからだ。

身を以て、この責任を取らされるのは、公安警察部を監督する警察庁警備局長ではない。

公安警察部の、いやさらに実務を担う警視庁公安部や道府県警警備部の公安課員、さらには所轄署警備課公安係の警察官たちである。

「この件については、政府部内に箝口令が敷かれていて、まだ詳細は外部に漏れていないはずだ」

武藤大将は断言した。

「この範囲であれば、十分に情報操作可能だと判断できる。

問題は、いつ国民に真相を開示するかだ。

真相自体はねじ曲げても構わん。

真相の着地点として、陛下が狙われたとなると、国民の間に動揺が生まれかねん。

ここにいる全員の知恵を結集して、マスコミに対するカバーストーリーを考えるんだ」

武藤大将の指示に、マスコミ対応に関しては歴戦のはずの広報室員は、前代未聞のこの事態に頭を抱えていた。

確かに、陛下の御身を狙った過激派は、ゲリラ的に襲撃を繰り返してきた。

日本皇国軍や公安警察部が先手を打って、事前に一斉摘発に持ち込めたこともあったし、襲撃を許してしまったこともあった。

その度に、近衛連隊や皇宮警察が奮戦して、文字通り体を張って、守りきった。

過激派はゲリラ的に襲撃を繰り返す以上、事前に予告などしない。

が、今回はいや、今回の犯行グループは、天皇陛下暗殺を明言した。

過去の例がない以上、これはマスコミ対応を一から練る必要がある。

「仕事の時間だ。

総員、かかれ」

こう言って、武藤大将は集合した全員を叱咤した。

 

「まだ言うか?

このくそ野郎」

「なんだと?

お前の母親は、出べそなんだろうが」

「畜生、この野郎。

表へ出ろ。

叩きのめしてやる」

「それはこっちの台詞じゃ、ボケ」

武藤大将たちが頭を捻りあっている間に、貴賓室では田中大将が前田大将と河野大将に無謀な戦いを挑んでいた。

前田大将と田中大将の拳と拳が互いの顔に当たる。

その互いの頬から、嫌な音が聞こえる。

そして、互いの口許の血管が切れ、血が流れ出す。

背後からは河野大将が近づき、腰を蹴り飛ばそうとするが、先手をとった田中大将に蹴り飛ばされる。

周りでは、"ひなぎく"乗員と国防省勤めの軍人が、遠巻きに見ていた。

「何をやってるんですか」

そこにやって来たのは、日本皇国軍統合市ヶ谷基地施設警備隊である。

憲兵隊の出払っている今では、軍の犯罪取り締まりも、彼らの仕事である。

「武藤大将は?」

状況を一瞥した警備隊員は、武藤大将がいないことに気づき、手近の兵士に聞く。

「統合広報室の室員に呼ばれて、別室に出ていかれましたけど」

その兵士は、そう答えた。

「そうですか」

その頃、"ひなぎく"乗員たちは、佐竹中尉がいないことに、気づいた。

 

「天皇陛下への暗殺予告ではなく、海軍軍人個人に対する暗殺予告だと発表するのは、どうでしょうか?」

頭を抱えて、うんうん唸っていた統合広報室員の1人が言った。

「つまりは、事実を一部すり替えるということか?」

「はい。

これでしかも、天皇陛下と面会の予定があった。

この事実だけで、憲兵隊が露骨に動き回る理由付けになります」

統合広報室員の説明に納得した武藤大将は、すぐに指示を出す。

「分かった。

これを軸にマスコミ対応に当たれ。

以上、各自の持ち場にもどれ。

解散」

 

国防省貴賓室のとなりにあるプレスルーム、そこに国内外のマスコミが集結していた。

そこに、報道担当ととなった武藤大将が入室すると、報道のカメラのフラッシュが多数焚かれた。

「日本皇国軍と警察庁より、今回の件に関して、国民の皆様に説明させていただきます」

国防省のロゴマーク、地球のモチーフを囲むように国防省の英訳(Ministry of Defense)の文字が躍っているそんなロゴマークだ。

「説明の前に、国民の皆様に謝罪したいと思います。

今回の件では、憲兵隊の動員によって、国民の皆様にご迷惑をお掛けしまして、申し訳ありません」

そう言うなり、武藤大将はカメラの前で頭を下げた。

「今回の件についての説明を担当する空軍作戦部長の武藤安名です。

今回の事件は、竹島紛争で活躍した軍人を標的としたテロ予告でありました。

ですので、警察庁と憲兵隊、情報本部の要員すらも、動員しての捜査を行っている最中であります。

したがって、捜査の結果等、詳細な情報の報告に関しては、また後日とさせていただきます。

以上で、説明を終わります。

では、失礼させていただきます」

早口で概要を述べた武藤大将は、席を立つ。

そこにある記者が、質問を発した。

腕に旭日の腕章を着けている。

朝日新聞の国防省付きの記者だろう。

そして、腕の腕章はその記者の身分を証明するものであると、同時に機密接触禁止者の証明である。

スーツを着ている国防省官僚や情報本部関係者の多い市ヶ谷には、スーツを着込んでしまえば、正体がばれることはない。

それを見分けるために、腕章装着を要求しているのだ。

未装着で国防省庁舎内を彷徨いていた場合、国防省情報保護に関する省令の3項、国防省関連施設に立ち入る民間人は事前に配布される身分を証明するものを身に付けなければならないに違反することになり、その人物は永久的に国防省関連施設に出入り禁止になる。

「武藤大将。

質問よろしいですか?」

「朝日の記者さん?

何か?」

武藤大将の返答を、よいと判断したのか、記者は聞いた。

「憲兵隊が動員されたのと、ほぼ同時に皇居の警戒警備が強化されたそうですが、何か関係はあるのですか?」

「その海軍軍人と陛下が謁見することが決まっており、いつ襲撃を受けるか分からない以上、皇居への襲撃も想定されうると、我々は判断している。

また、彼らの考えひとつで、我々の対策が意味をなさない場合もある。

以上だ」

「今回の件に関して、テロ対処のイニシアチブをとるのは、警察庁ですか?

日本皇国軍ですか?」

「民間人に対する司法警察権や行政警察権を我々は有していない。

よって、要請が入るまでは事件対処の初動に関しては、警察庁にお任せする形になっています。

ただし今、憲兵隊が活動しているのも、数時間前に入った警察庁からの要請によるものであります」

こうして、説明と質疑応答を終え、カメラが止まったあとで、武藤大将は付け加えた。

「オフレコでお願いするが、竹島紛争で活躍した軍人を標的としている以上、最悪の事態を想定して動くのが軍人だ。

陽動作戦として、別動部隊が同時多発的にテロを起こす可能性もありうる。

その場合の死傷者は、計り知れない」

それだけ言うと、マスコミの反応も見ずに、武藤大将は退室した。

 


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