WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.29

佐竹中尉の話を聞いていた田中大将たちは、ただ頷くばかりであった。

「なるほどな。

そのルートであれば、情報が漏れてもおかしくはないが、それでもこんな短期間に、ここまでの的確な情報を得られる可能性は低いと、わしは思うが?」

「正確な情報のすべてであれば、難しいと思います。

しかし、陛下が功績のあった海軍将校と個人的に面会するらしいという情報があったとします。

そんな断片的な情報を色々なところからいくつも集めれば、真実に限りなく近い推論にたどり着けるはずです」

田中大将の疑問に、佐竹中尉は丁寧に回答した。

「確かに、それは諜報の基本だな」

そして佐竹中尉のその推測に口を挟んだのは、前田大将である。

情報将校である前田大将は、何度もそれを行ってきた経験を持つ。

その活動は世界各地に及んでおり、英国秘密情報部(SIS)英国保安局(MI5)では前田大将に偽情報(ディスインフォメーション)を掴まされるなど、煮え湯を飲まされてきた。

だからこそ、この2つの組織、英国秘密情報部(SIS)英国保安局(MI5)は前田大将に、ミスター・M・ジュニアとコードネームを付け、警戒していた。

そのレベルは、前田大将が一度英国に入国すると、英国保安局(MI5)の所属と思われる数台のセダンに露骨に追尾され、訪問先には黒服で一目で監視と分かるような人間がこれでもかと配置されて、滞在先のホテルの部屋には盗聴器と隠しカメラが数十台据えられるほどだという。

ちなみにジュニアだけにシニアの方もいて、そちらは、前田大将の祖父である前田利為陸軍大将だったと言われている。

そんな経験豊富な情報将校である前田大将が断言したのだ。

田中大将たち、4人に緊張が走る。

そう気づかされるようなことを、言った本人ですらだ。

憲兵や情報軍人が定期的に行う軍人と国防省職員の素行等の監視だけでは、情報を守りきれないことに気づいてしまったからだ。

友人間の接触を制限することは、どの人間であっても無理だからだ。

「特にこんな状況ですから、その……陛下と会う予定の海軍将校の特定は容易ですし、情報の確度が数日の誤差であれば、錨マークの入った公用車が入るのを確認してから、行動を起こしても十分に間に合います。

相手の武装にもよりますが、最悪の場合は、近衛連隊と皇宮警察は磨り潰されかねません」

そこまで言うと、佐竹中尉はバーカウンターで受け取ったウイスキーの水割りを一口飲む。

「今のところ、我々と警察の捜査網には、未だに犯人の影すら映っていない。

いや目星はついているが、法令上、そのグループを片っ端から逮捕することなどできないからな。

それに違法ではあるが、市ヶ谷の情本の電脳作戦部と三沢と那覇、富士山頂に日本が独自に設置した通信傍受施設(象の檻)、朝霞、百里、横須賀、厚木、習志野、練馬、立川の通信部隊を総動員して、通信の傍受と逆探知、ハッキングによる捜査を行っているが、尻尾は捕まえられず無駄だったようだ。

こうなってくると、そういうのに疎い左翼だけではないというのは、わかるさ……」

いくら電子工学の講義を受け、博士号や学士、学位を取得して、電波に詳しくなったからといって、電波や電脳空間で日本皇国軍及び日本の公安警察が独自に構築してきた通信情報傍受網(囁き)の全貌を理解するものはいない。

とくに富士山頂にある特号機材(犬の耳)は表向き、気象庁の天候観測用施設として運用されている。

ここでは、最新鋭の通信傍受装置に常に更新が続けられており、今では電脳空間上の情報TwitterやLINEといったものすら、公然と傍受できるようになっている。

しかし、それを知るのは一部の軍人と公安警察官とそれを調査したスパイのいる国だけだ。

監視と警戒を担当した情報保全隊によると、米国、中国、ロシア、韓国といった各国のスパイが確認されたというが、これの詳細を知る者は日本ですら一部なのだ。

彼らがどこを突こうと、埃はでない。

本来は否定的な意味でとらえられるが、まさしく文字通りの火のないところに煙はたたない状態にあった。

だから大抵のスパイが諦めて、本国に帰還するか、別の任務に降り向けられている。

それでも諦めない人間は、情報本部の公安部隊によって、口封じされた。

しかも、過去に起こった左翼系の過激派組織の事件は、大半が未然に阻止されている。

無線封鎖という概念のない左翼系の過激派組織は、通信のなかで計画をペラペラと喋ってくれるから、決行直前のアジトを公安警察が急襲することで、リーダーから実行者、爆弾等の危険物を一網打尽にできたからだ。

「だが、もし国家単位の支援があるのなら、相手にするのはとてつもなく厄介だ」

苦渋の表情を浮かべているのは、田中大将をはじめ、4人全員だ。

「陸空軍の常識から言えば、航空機を使えば、歩兵用の武器はすべて輸送できる。

人員の輸送ですら、税関で見逃されているのだ。

相当量の武器弾薬が搬入されていると見て、間違いないだろう。

遠距離から、迫撃砲や対戦車擲弾(RPG)を撃ち込まれたら、小銃しか持たない近衛連隊は手を出せない。

重装備の一撃で近衛連隊に大打撃を与え、皇居内に侵入、圧倒的な火力で皇宮護衛官ごと、陛下を暗殺するつもりなのか?」

5人の話は深刻さを増していた。

「そうなったら、まさしく近衛連隊も、皇宮警察も磨り潰される。

そうなると、我々は陛下に合わす顔がない」

武藤大将の一言が、空気を重くする。

5人の周りには、陰鬱な空気が漂っていた。

「そして、最後に犯人の目的ですが。

竹島で活躍した軍人つまり私と陛下の暗殺だと思われます。

わざと私に予告することで、私を誘い出しやすくするつもりなのでしょう」

「なるほど、佐竹中尉と陛下を暗殺することで、我々の動揺を誘う作戦ですか。

やることがせこいですね」

佐竹中尉の話した敵の目的には、田中大将たちもうなずく他ない。

今回の場合の陛下や日本皇国軍人を狙ったテロは、東京を壊滅には追いやらないだろうが、日本皇国国民には戦略核兵器が使用された以上の動揺をもたらすだろう。

それを阻止できうるのは、当日皇居にいるはずの佐竹中尉以外にはいない。

「となると、最後の砦は佐竹中尉しかいないわけだ。

明後日の午後に佐竹中尉、君は陛下と面会するという予定が入っている。

予告から察するに、このときが一番危ないだろうな。

拳銃を持っていけよ」

4人の物騒な会話の背景では、兵士たちが歌えや踊れのどんちゃん騒ぎを起こしていた。

しかし事前に人払いを申し付けていたお陰で、こちらに近寄ろうとする人間はいないし、もし近寄ってきても、ウェイター役の兵士によって、さりげなくそこから遠ざけられる。

「了解」

「第1旅団と第6空挺旅団、第10空中機動旅団の3個旅団を待機させる。

さらには特殊作戦群、空挺教育隊を派遣し、警察とも連携して、1度緩急があれば、東京都心部の環七を完全に封鎖し、その内部にて掃討作戦を実施する。

我が国はテロリストを断じて許さないし、完全に撃滅する。

こうなれば、総力戦だ」

前田大将は覚悟を見せた。

3個旅団合わせて16000人にも及ぶ将兵が、首都のなかで戦闘行為を行うという前代未聞の事態だ。

特に、第6空挺旅団内には空挺教育隊が設置されており、特殊部隊たる特殊作戦群ほどではないが、精鋭といわれる第6空挺旅団のなかでも最強と呼ばれる部隊である。

戦闘単位としては170人規模の空挺兵中隊を1個と空挺訓練兵中隊いわゆる学生隊1個を基幹に編成された大隊戦闘群である。

通常は、空挺レンジャー課程の降下課程の教育を担当しており、最終課目の模擬戦では訓練兵を追い詰める勢子としての役目を担い、数多くの訓練兵を脱落させてきたのである。

「増援部隊が駆けつけるまで、陛下の御身を頼む」

いつの間にか、空になったグラスのなかで、氷の弾ける音がした。

カランという高い音を聞いて、佐竹中尉は現実に戻った。

「この命尽きようとも、陛下をお守りいたします」

そう言って、頭を下げた。

「頼んだぞ」

何も出来ない田中大将たちは、そう口にすることしかできなかった。

 


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