隠岐の島で陸軍が奮闘していた頃、竹島沖では苛烈な海戦が勃発するところであった。
竹島に接近しつつある韓国海軍艦隊が、日本皇国海軍沿岸警備部隊の手荒い歓迎を受けないわけがないからである。
たった1隻、孤独の艦隊がその行く手に立ちはだかり、果敢な攻撃で、敵艦隊を押し留めるのである。
「チャフ発射用意。
チャフの傘に隠れつつ、ミサイルの影から接近すれば、かなりの距離を稼げるはずだ」
"ひなぎく"には、敵水上艦艇や航空機・ミサイルと交戦する場合のために、前後の76㎜砲を覆うステルスシールド部に20発を1単位にして装着されている。
しかも、箱形のチャフディスペンサー自体は、ステルスシールドから独立して発射口を上下方向に動かせる。
これによって、最大3㎞のところまで、チャフキャニスターを飛ばすことができる。
「針路変更の5秒前に初弾を発射せよ。
射程は3㎞、方位287、発射の指示あり次第、取り舵10にとれ。
以後、15秒おきにチャフを発射せよ。
機関室、機関出力最大。
最大
『機関室、了解』
佐竹中尉の指示によって、CIB内の人間は忙しくなった。
ガスタービンの甲高い駆動音がCIBにまで響いてくる。
と同時に"ひなぎく"が加速していくことを、佐竹中尉は自分の身体で感じていた。
「用意よし」
すべての準備を終えたことを、オペレーターである高山軍曹が報告する。
「チャフ発射」
佐竹中尉の命令と共に、チャフディスペンサーからキャニスターが射出される。
シュルシュルと間の抜けた音で飛翔するその物体は、3㎞もの距離を飛ぶと指定された高度で破裂した。
破裂したその物体からは、特定の周波数帯の電波を乱反射させるアルミ箔がばらまかれる。
「取り舵10、アイ・サー」
それとほぼ同時に、操舵手がジョイスティック型の舵輪を左に傾ける。
「面舵5、針路を修正。
舵戻す。
第2射、発射」
間を開けずチャフを発射するのは、照準の猶予を与えないようにするためだ。
大きく揺れる艦内で佐竹中尉は指揮下にある全員の顔を思い浮かべていた。
1つ間違えば、全員がボカチンを喰らうのだ。
「空軍より通達。
これより第二次攻撃を行う。
敵艦隊の半径20㎞に近づくなだそうです」
「そんなにすぐに近づけるわけがないだろうが」
間髪入れずに佐竹中尉はツッコミを入れる。
"ひなぎく"の最高速度の41ktは、㎞/hに換算すると75.932㎞/hである。
そんな快速艦の"ひなぎく"であっても、50㎞近い距離を十数分で駆け抜けられる訳がない。
「高速飛行物体がF-2より分離。
敵艦隊に殺到していきます」
「分かってるが。
期待はしないぞ」
佐竹中尉は言い切った。
しかし、佐竹中尉の想像は外れていた。
空軍機の攻撃は、韓国海軍艦艇を撃沈には至らしめなかったが、上陸作戦の実施の遅滞には成功していた。
44発の対艦ミサイルは、半分以上が途中で迎撃されたが、残りは艦隊の輪形陣の外周部を守る駆逐艦群はおろか、中心に配された揚陸艦にも対艦ミサイルは降り注いだ。
『よし。
これで一矢報いた。
ミサイルを貰いに、美保に戻るぞ』
空中のF-2飛行隊の隊長はこう言うと、翼を翻して一路美保基地を目指して飛んだ。
残されたのは、"ひなぎく"1隻と300名ほどの陸軍竹島防備隊だけだった。
たったこれだけの戦力で、イージス艦を含む艦隊を相手どるのは、普通に無理である。
「よし。
敵艦隊の足が止まった。
針路を修正、針路286。
取り舵1、舵戻す」
「接敵予想時刻を修正。
"ひなぎく"は自身の出しうる最高速度で韓国海軍艦隊に接近していた。
1時間ほどがたって、"ひなぎく"の視界内に韓国海軍艦隊を捉えた。
「距離33000」
高山軍曹の報告で、佐竹中尉は水平線の向こうの艦隊を肉眼で確認できる距離まで、近づいたことを知った。
貸与品の双眼鏡で敵艦隊を覗く。
限られた視野のなかに、盛大に炎と煙を噴き上げる艦艇の姿をとらえることができた。
先ほど、空軍のF-2戦闘機隊による第2波の対艦ミサイル攻撃が行われ、韓国海軍艦隊の数隻に命中したが、撃沈には至らなかった。
だが、韓国海軍艦隊を構成する艦艇群のうち命中した艦は、いまだに炎を吹き上げている。
対艦ミサイルの命中による火災は、日本海軍の常識であれば、命中後すぐにでも鎮火される。
遅くても30分ほどで完全に消し止められる。
それが出来ていないということは、すなわち練度が低いということの証明である。
「距離23000」
「合戦準備。
距離15000で砲撃開始だ」
高山軍曹の報告を受けて、改めて指示を下す。
「特別臨検部署発動。
艦内各所の乗員は、銃器の所持を命ずる。
場合によっては、敵艦内で戦闘が勃発する恐れがある。
各分隊先任下士官は指揮権を掌握して、敵兵と交戦せよ」
艦内の武器庫は鍵を含めて、分隊先任下士官によって管理されている。
国防監察本部武器管理課程を履修した分隊先任下士官の指紋、虹彩、身分証のICチップによって厳重にロックされている。
指揮官の判断とはいえ、下士官の合意なしに武器を取り出すことはできないのだ。
そこまでして軍が警戒するのは、戦前に頻発した青年下級将校らによる反乱である。
陸海空軍幹部の順法教育は十分に行われているとはいえ、万が一の場合がある。
そして海軍皆歩兵とも言われるレベルで海軍将兵たちは野戦訓練を受けていたから、配られた小銃や機関短銃を肩にかけ、拳銃を腰のホルスターに差し込み、その立ち姿は陸軍歩兵科の将兵のようで、肩にかかる銃の重みなど、まるで気にした様子もなく配置に戻っている。
"ひなぎく"には、口の悪いものはいないが、後に新聞記者が「沈んだときのフカ避けだった」と嫌味たらしく言うものが、世間には広がっていた。
しかし、真実は小説より奇なりとはよく言ったもので、血気盛んな日本皇国海軍士官が、艦を一杯生け捕りにするつもりだったと言うのが正解だ。
そのリストの筆頭が、揚陸艦"
そのどちらかを拿捕できれば賠償金をたんまりもらえて、海軍としてはウハウハなのだ。
その準備段階である今は、CIBでも担当下士官である高山軍曹が、全員に銃を配る。
別で保管されている弾倉には、きっちりと銃弾が詰められていて、ずっしりと重い。
「敵艦隊と接触する前に、対艦用兵装の残弾を確認したい」
「そうですね。
VLS内にはミニ・ハープーンが2発、07式
あとは、武装した兵員44名」
「ミニ・ハープーンは使えないから、10隻までなら喰えるか…
残りは相討ちに持ち込めば勝てるな」
帝国海軍から皇国海軍に再編成される過程では、旧海軍の水雷戦隊関係者が上級幹部として採用されていた。
彼らは3年8ヶ月にも及ぶ太平洋戦争の激闘を最前線で戦い、生き残ってきた猛者たちだからだ。
また戦後の戦力の再編の際、政府の策定した国防方針は、戦艦や空母といった大型軍艦よりも、巡洋艦や駆逐艦を主体とした艦隊編成を以て沿岸防衛海軍としての能力を得ると明記されるに留まっていた。
そこで必要とされたのが、"肉を切らせて骨を断つ"という水雷戦隊の戦い方であった。
1951年のサンフランシスコ講和条約に基づき、日本と連合国側の大半の国との講和が成立した時点で、日本皇国海軍連合艦隊の指揮下には、4個の水雷戦隊が存在するのみだった。
そこから外洋艦隊としての形を整えていった日本海軍は、1972年に大湊警備府を鎮守府に格上げして、連合艦隊麾下に新編した第五艦隊を置くに至って、東西南北そして日本海の各方面艦隊を有することとなった。
話は脱線してしまったが、彼ら水雷戦隊の上は指揮官、下は水兵に至るまで、戦艦だろうが駆逐艦だろうが、戦力や大きさに関係なく見敵必戦の不文律を持っており、そんな彼らから指導を受けた日本皇国海軍のなかでも、それは受け継がれている。
「距離20000」
高山軍曹の報告と同時に、遠くから砲声が聞こえてくる。
ほぼ同時に、"ひなぎく"のかなり前方に水柱がたつ。
狙って撃ったとは思えないほどの距離の誤差だ。
「奴さんたち、砲撃は下手だな。
日本皇国軍なら合格点は出ないぞ」
国防大学校江田島分校に設置されていた砲撃シミュレータによる仮想砲撃訓練では、最低のE判定をとったことのある佐竹中尉でも、ここまでひどくなかった。
しかも日本皇国軍の砲術学校でそんな砲撃をすれば怒られるだろう。
日本最大の演習場である矢臼別演習場内に所在するその砲術学校では、陸海空軍選りすぐりの教官たちによって、砲撃の指導が行われており、東郷平八郎元帥海軍大将の言葉をもじった「百発百中の砲百門は、百発百中の砲一門にも一発一中の砲百門にも勝る」という当たり前のことを合言葉に百発百中の砲兵の育成が目指されている。
またそのために、演習場の広大な敷地内では、射程30㎞の155㎜榴弾砲や射程24㎞の5インチ艦載砲を使用した砲撃演習は年がら年中行われ、軍の平時の使用弾薬量の1/5がここで消費されていると言われている。
「それにしても艦長遅いな。
何かあったのか?」
思い出したように、佐竹中尉が言う。
「まだトイレに籠っているんじゃないでしょうか?
今度は船酔いで」
「まさか。
そんなわけないだろう」
高山軍曹の言葉に佐竹中尉は否定を返す。
潮気の利いた海軍軍人でも船酔いすることはある。
しかも、激しい艦隊機動を行えば、尚更である。
「いまは、各員、やることがあるので、船酔いの報告はありませんが、この機動を行ったとすると、いつもなら半分は船酔いになってるでしょう」
「船酔いか。
昔からそれには出会ったことがないなあ。
よく海には出てたんだけど」
その頃、よく揺れる艦内のトイレの個室では、艦長が便器の前で蹲っていた。
艦長が戻ってこない真実とは、そのまさかであった。
その少し前、痛む腹との激闘を制し、さあCIBまで行こうと言うそのときに、艦の揺れがひどくなった。
元々、船酔いしやすい体質の彼女は、ものの見事に船酔いになり、トイレに逆戻りとなったのだ。
「うぷ、ヴェー。
帰ったら、陸上勤務にしてもらおう。
うぉぷ。
……お※○△□@#☆●▽○△☆◇」
何を言っているのか聞き取れないが、生々しく棘々しい音と共に、便器のなかに吐瀉物が落ちる。
「気持ち悪い………うぷ……………
戦闘中たって、揺れすぎだ」
そして、場面はCIBに戻る。
「敵との距離19000………18000…………17000……」
「まだだ。
落ち着け。
面舵10、続いて取り舵25、続いて面舵25」
"ひなぎく"は単調な回避機動を取り続ける。
照準用レーダーの電波はチャフによって混乱している上に、最大射程に近いところでの砲撃である。
一般に、照準用レーダーではなく、光学照準の砲撃の場合、測距儀を使用しても命中が期待できるのは、最大射程の6割だと言われている。
これでは当たるものも当たらない。
「目標、前部主砲、正面の敵駆逐艦。
艦橋部を狙え」
「距離15000…………」
(敵艦隊の足を止めるのならば、沈めなくとも足を乱させるだけで十分だ)
とは思いつつも、敵艦を殲滅することを考えている海防艦"ひなぎく"の先任将校の佐竹中尉は命令を下す。
その刹那に、砲撃を集中させる。
「
続いて、
海防艦"ひなぎく"は砲撃しながら敵艦隊の輪形陣の中心を走り抜ける。
その周囲に5インチ砲弾の水柱がたつが、そのすべてを際どい操艦術で、回避する。
その間にも狙われた駆逐艦の艦橋に76㎜砲弾が数発命中する。
断続的に命中して爆発した砲弾は、艦橋にいた要員全員を薙ぎ払った。
操舵関係の指揮系統の壊滅した駆逐艦は立ち往生するしかない。
立ち直るには、戦隊司令や艦長、副長なりの上位階級者が状況を掌握し、適切な指示を出さねばならないが、それにはかなりの時間がかかる。
しかも、砲手はかなりの技量を持つようだ。
電探を使わず、光学照準で初弾から命中させている。
惜しむらくは、76㎜砲弾の威力が低すぎることだろうか、そんなことを感じさせない砲撃だった。
後に聞いたところ、砲手担当は砲術学校で教育を受けたという。
実地の砲撃演習以外にも、図上での演習など叩き込まれることは多い。
たとえば、陸軍で言うところの行進間射撃のための数値を計算で割り出したり、その発射のタイミングすらも指示できる熟練兵の存在は、日本皇国軍にとっては大きなプラスである。
「雷撃戦用意。
目標、前方のフリゲート。
右舷発射管、一番攻撃用意。
艦橋が炎上している駆逐艦のそばを通りすぎると、さらには直近の敵に雷撃すらも敢行する。
短魚雷であっても、水線下の防御のない現代の艦船には致命傷だった。
左舷に被雷したそのフリゲートは左に大きく傾きつつあった。
1隻が沈むと、そこには穴ができる。
たった1隻の脱落で、輪形陣は崩壊するのだ。
「目標、前方のヘリ駆逐艦。
左舷発射管、4番攻撃用意。
取り舵いっぱい」
最高速度での急旋回を行ったことで、"ひなぎく"の艦体は大きく傾く。
「傾斜、現在32度」
高山軍曹が、モニターの警告表示と共に表示された傾斜計の数値を読み上げる。
「舵戻す。
4番、
急激に角度が変わり、大きく揺れる艦上の発射管より魚雷が発射される。
元々が小型の対潜艦から発達した海防艦は、対水上戦闘用の兵装が長らく貧弱であった。
第一線の駆逐艦群には、対艦ミサイルの搭載が主流になっている現代でも、2007年に"ひなぎく"が就役するまでは、対水上戦闘用の兵装は対潜兼用の魚雷1択であった。
そんななかで、国境を接する各国の海軍とにらみ合い、時には戦ってきた日本皇国海軍沿岸警備部隊の戦死者数はかなりの人数にのぼる。
それこそ、過去数回にわたって戦火を交えてきた韓国は仇敵であるとも言える。
取りあえずは、"ひなぎく"を離れた魚雷は、狙いをつけた駆逐艦に突き進む。
水中を50ktで進む魚雷を、水上艦艇は避けることができない。
正確には、避ける術を持たないといった方が正解だろうか。
特に輪形陣を構成する各艦は、規定の航行位置を指定されている。
そして今の状況の場合、距離が詰まっているところに位置の乱れた味方艦艇が存在することが、回避行動をより難しくしていた。
右にも左にも動けず、加速も減速も出来なかった駆逐艦の中央部、大体、機関室のある辺りに大きな火柱がたつ。
水柱ではないのは、5式魚雷の得意技であるポップアップがあるからである。
海防艦の主要対水上兵器である短魚雷1発で、敵艦を屠るための機能であり、標的艦の艦底をすり抜けた魚雷は、船の要である
この爆発は、大気圧よりもやや強い程度とはいえ、強い水圧を受けて上方にやや強く出るので、熱風や火炎が機関室の燃料系統に直撃する可能性は高くなる。
燃料系統に引火したら、魚雷自体の爆発によって損傷した
炎上している駆逐艦を放置して、砲撃と雷撃を繰り返した"ひなぎく"がVLAや魚雷を撃ち尽くしたときには、韓国海軍艦隊はイージス艦"
そんな状況では、撤退する他ないのだが、それを許すほど日本皇国海軍は甘くない。
溺者を救助するわけでもなく、敵におめおめと背中を見せる連中である。
情け容赦など必要がない。
「主砲、レーダーを狙え。
照準用のあれだ」
砲手に指で指して示したのは、射撃指揮用の
先任将校の言うことを理解した砲手は、主砲をそれに向ける。
主砲は最後の1隻である"
短時間の砲撃で、イージスシステムの要であるAN/SPY-1Dレーダーを残して、"
敵の接近は分かっても、それに対処する術はない。
そこには、恐怖しかないだろう。
映画のジョーズで考えてほしい。
サメに気づかずに食い殺されるのと、サメに気づいて食い殺されるのでは、後者の方がかなりの恐怖を味わう羽目になる。
それが人間の心理と言うものである。
「CIBより通信室」
『こちら通信室。
どうしました?』
「近隣の友軍航空部隊に通報。
"敵艦は対空目標に対処はできず、航空機の安全は確保された。
本艦はこれより強行接舷して、敵艦を拿捕せんとす。
その間に、周辺に点在する溺者救助を強く要請する"
以上だ」
『了解。
内容を復唱します。
"敵艦は対空目標に対処はできず、安全は確保された。
本艦はこれより強行接舷して、敵艦を拿捕せんとす。
その間に、周辺に点在する溺者救助を強く要請する"
でよろしいですね?』
「頼む」
佐竹中尉は通信室との会話を終えると、前に向き直り言った。
「取り舵10」
舵手にそう伝えると、インカムを取り上げる。
「本艦はこれより敵艦に強行接舷し、敵艦を拿捕する。
接舷の際に衝撃があるはずだ。
総員、耐衝撃体勢をとれ」
言い終わると、少ししてから艦に大きな衝撃が伝わってくる。
縦に横に大きく揺れるなかで、金属同士がぶつかる音が聞こえてくる。
そして、ガリガリという金属の削れる嫌な音もする。
揺れが収まった瞬間に、佐竹中尉は言う。
「各員の半分は、事前の指示に従い、敵艦内を制圧するために集結せよ」
出航後、"ひなぎく"幹部たちは色々な戦況を想定して、指示を出していた。
「砲撃用意。
大穴を開けてやれ」
佐竹中尉の言わんとすることを理解した砲手は前部の76㎜砲を左に90度回した。
照準が定まった瞬間に、引き金を引く。
砲撃を受けて"
砲手はさらに引き金を引き続ける。
命中した砲弾によって"
それでもまだ零距離から叩きつけられる砲弾の嵐に、ついに外板は音を上げた。
「各員、陸戦準備。
かかれ」
大穴が開いたことで、"ひなぎく"を出た突入部隊は、イージス艦に突入する。
「私も向かう。
艦長を呼び出しておいてくれ」
こうした陸戦の場合、指揮権は第五分隊長を務める者が有している。
この場合は、佐竹中尉である。
「了解」
高山軍曹の言葉は明快だった。
彼女のことだから、艦長の尻を叩いてでも連れ出してくるだろう。
「先任将校より各員へ。
第五分隊長としての命令だ。
頭を潰せ」
携帯通信機を通して、乗員たちにそう命令する。
ここでの頭とは、"
優秀な部下たちのことだから、十分にその仕事をこなすだろう。
『了解』
その声を聞きながら、傍らの小銃に手を伸ばす。
ずっしりとした、それでいてどこか安心するその重さを感じながら、階段を下りていく。
突入路を確保して侵入した"ひなぎく"乗員たちと、"
しかも、構造をよく知っているので、時折迂回して背後から襲撃を仕掛ける。
そこには、敵味方の生か死しかない。
日本皇国は世界第2位のイージス艦保有国であり、最初の1隻である"こんごう"が就役して今年で25年を越える。
それだけの期間があれば、大半の乗員が内部の構造に詳しくなっていても可笑しくはない。
そんな彼らを相手にするのは、銃は撃てても、陸戦は知らない海軍兵士なのだ。
「島田兵曹、状況は?」
「佐竹中尉ですか?
ただいま、突入口を制圧。
各隊は第五分隊員の指揮のもと、艦内を掃討しつつ、CICを目指しております」
「ブービートラップには気を付けさせろよ」
未だ銃声はやまず、硝煙の臭いが鼻につく。
『佐伯兵長より報告します。
CICの前通路にて、戦闘が勃発。
支援を要請します』
「五分隊、佐竹だ。
分かった。
すぐに向かう」
突入路から突入した乗員は、20名ほどでその大半が3人から4人の小部隊で行動していた。
その小部隊は艦内を縦横無尽に動き、艦内各部の乗員の連携を分断していた。
急報を受けて、島田兵曹に案内されて向かった先では、激戦が続いていた。
「撃て、撃て」
佐竹中尉は檄を飛ばしながら、銃を乱射する。
射撃の腕は良くもなければ悪くもない。
可もなければ、不可でもない。
なんとも言えない結果ではあるが、韓国海軍兵は頭を下げながら、遮蔽物の後ろに後退するしかなかった。
その遮蔽物というのが、CICの内部であった。
「そのままCICに押し込め」
銃撃がCICルームの扉に集中する。
薬莢の転がる音が連続して響く。
「撃ち方やめ。
1発、1発の値段は安いとはいえ、無駄に撃つな
代わりにこれを使おう」
佐竹中尉が指差したのは、艦内通話用の電話だった。
日本皇国海軍ではインカムと呼ばれているそれは艦内各部から全艦に繋ぐことが可能な機械だった。
操作方法がハングルで書かれているため、読めなかった佐竹中尉が、それをいじっていると、通信が入る。
「佐竹中尉へ。
こちらは小川一水。
我が方に死傷者なし』
艦橋を押さえれば、艦は基本的に動かせなくなる。
人力操舵で操艦するという手もあるが、そこまでの技量を韓国海軍が保持しているかは疑問の余地が残る。
『こちらは土浦兵長。
機関室を制圧。
こちらも死傷者はありません』
機関室を押さえたことは、かなり大きな意義を持つ。
自沈措置をとるのであれば、艦底部にあるキングストンバルブを開いて、海水を流入させればいいが、もっと簡単に行う術もある。
機関室にあるガスタービンエンジンを爆破して、燃料系統を誘爆させればいいのだ。
そういった破壊工作の余地をなくしたという点で、大きく評価できるだろう。
「了解、2隊ともよくやった。
なお、捕虜に関しては、警備の要員を置いた食堂にでも、放り込んで軟禁しておけ。
であとは、どちらかでダメコン室を押さえろ。
また、捕虜への暴行などは、断じて認められない。
決して日本皇国海軍の体面を汚してくれるなよ」
『了解。
すぐに行います』
通信を切ると、艦内通話用の電話を適当にいじるのを再開する。
ボタンを押したり、ダイヤルを回したりしているうちに、うんとかすんとか言うようになった。
「動いたか。
では……マイクテスト、マイクテスト。
全艦に…聞こえてます?」
電話機片手に呼びかける。
片手と耳で通信機を抑えて持ち、片手で電話を持って呼びかける。
数秒してから、続々と報告が入る。
『機関室、聞こえてます』
『艦橋も聞こえてます』
報告を聞き終わると、舌舐めずりを佐竹中尉はしていた。
全艦に聞こえているのを確認できたからだ。
そして胸ポケットから取り出したメモを見ながら、たどたどしい朝鮮語で話し始める。
「我々は、日本皇国海軍沿岸警備部隊だ。
CICに籠城中の韓国海軍兵士に告げる。
既に、我々はこの艦の主要区画の大半を制圧した。
これ以上、無駄な血が流れるのは見たくない。
降伏を要求する。
返答までには、10分の猶予を与える。
徹底抗戦か降伏か、好きな方を選んでいただきたい。
降伏する場合には、扉を開けて両手をあげて出てくるよう要請する」
そういったあとに、迷ったもののこう付け加えた。
「……日韓両国は不幸な哀しいすれ違いのもと、ここに交戦状態に至ったが、近い将来の両国の関係が改善されることを望む。
貴官らは、十分によく戦われた。
その勇気と献身を、我々はよく知っている。
そして、最後にここで失われた
そう言って、佐竹中尉はマイクを置いた。
返答の有無と、その先に待つ未来をこのときの佐竹中尉は知らない。
数分がたって、応答はない。
期限を区切った時刻まで、あと2~3分となった。
扉の向こうから、朝鮮語で罵声が聞こえ、殴打の音が聞こえてくる。
そして、1発の銃声が響いた。
周辺の海軍兵士は、身を硬くして周りを見回す。
異状はない。
それからすぐ、CICの扉が開く音が聞こえる。
そこから続々と現れる人影に、銃を向けたものの、武装の有無を確認した佐竹中尉は銃を下ろす。
そして、周りの部下たちにも武器を下ろさせる。
最初に出てきた人間の制服には、大領の階級章が見える。
韓国軍の大領、日本皇国軍における大佐である。
日本皇国海軍においては、イージス艦の艦長職や連合艦隊麾下の一部護衛隊司令、沿岸警備部隊各分駐所司令などに就任する重要な階級である。
つまり、目の前の人物はこの艦の艦長であると判断できる。
そしてその人間が前に出て、名乗り出た。
「韓国海軍イージス艦"
一歩前に出てきた士官が、敬礼をしながら言う。
そのかおには疲れが、悔しさが、そして敵との差に心が折れたようなそんな感じが滲み出ていた。
「
佐竹中尉は慰めるように、駆逐艦"雷"艦長の工藤俊作艦長の名言を、ほぼそのままの英語で伝えた。
この台詞は工藤俊作艦長が、第二次世界大戦・太平洋戦争での美談の1つとも言われる英軍水兵救助を行った際の台詞である。
また、佐竹中尉は世界に追い付け追い越せと言う感じで、海軍の近代化を急ピッチで進めるさまを見て、そのことに尊敬すら感じていた。
世界三大海軍国として、広く名を知られている日本皇国海軍にとって、海上通商の安定化に寄与する海軍力の強化は、韓国の戦力拡大は不安要素でもあり、歓迎されるべきことでもあるのだ。
「貴国海軍の心遣いに感謝を表したい。
確かにそれは、私も思っていました」
幾分晴れた顔をするようになった
「一旦、乗員たちは食堂に軟禁しております。
島根に戻り次第、何らかの指示があるかと思われますが、それまでは食堂内にて過ごすことになることをご理解ください」
佐竹中尉の言葉に、
「やはり、我が軍は弱い。
思い上がったまま、戦争を仕掛けてこの様だ。
貴官が、そんな我が軍の……海軍のことを尊敬してくれるなど、もったいない話だ」
食堂に着いてから、
「松江に連絡。
敵艦隊を殲滅す。
なお、1隻の拿捕に成功す。
以後の指示を求む。
以上だ。
あとは、警戒態勢を維持しつつ、海上の溺者救助に全力を注げ」
「了解」
そう言うなり、部下たちは隔壁の向こうへ消える。
「戦争は終わりかな。
また、起こるのか起こらないのか、神のみぞ知ると言うところか」
そう言いながらも、佐竹中尉は"ひなぎく"へ歩いていった。
後に、誰かがこのときのことを歌に詠んだ。
その歌がこれである。
若草の 夢見しままに 嵐ふく
外患こそは 消えんとぞ思う
(訳:まだ夢を持っている若者たちが、その夢を見たままに、戦争と言う嵐は吹き荒れ、夢は破れていく
血を流してまで勝利したその敵は、いつまでも消えることはなく、また多くの若い命が消えただけだった)
新聞の歌壇に掲載されたこの歌に、日本皇国軍将兵は涙を隠せなかった。
まさかの10000字越え………
竹島編は一段落といった感じで次からは事後処理話になります