「3番4番、撃て」
艦長の号令一下、"安重根"の魚雷発射管より、2本の必殺の魚雷が海中に放たれる。
「魚雷発射を確認。
雷数2、距離、1800。
本艦には、およそ2分後に接触します」
「取り舵いっぱい。
距離、500で囮を射ち出せ。
魚雷は食らいつくはずだ」
山口艦長は、指示を出した。
「距離、1500」
「舵戻せ。
続いて、面舵いっぱい」
「距離、1000を切ります。
距離、950」
「まだまだ遠い。
我慢だ、我慢」
山口艦長は自分に言い聞かせるように言う。
「続いて、取り舵。
1番、発射用意」
「距離、500、450」
「1番、
"みゆき"艦体右舷中部、ハープーン発射筒が据えられた場所の下にある3連装短魚雷発射管から、
「1番2番、デコイに食いつきました。
距離離れていきます」
「舵、そのまま。
2番4番、発射用意。
次に来る魚雷が本命だ」
「距離、1000です」
「5番6番、撃て」
潜水艦"安重根"は、"みゆき"の油断しているであろう背後に忍び寄り、雷撃した。
「7番8番にUSM天竜を装填、発射準備。
また3番から6番まで、魚雷の再装填急げ」
「魚雷発射確認。
距離、1000」
「距離、500まで待て。
本艦は面舵。
SH60は距離をとってからの
発射後は迎撃を許可する」
「艦内ダメコン班、魚雷の命中に備え、艦内隔壁を最終確認せよ」
「対魚雷用爆雷投下準備。
信管及び深度調定急げ」
「そんなにぼk……痛っ」
後ろから、かなりの勢いで振り落とされた拳に、水雷士はコンソールに頭をぶつけた。
「米村ァ、戦争でもおっぱじめるつもりかァ。
こっちは何も許可しとらんぞ」
何か寝言のようなことを口走った水雷士は、副長の鈴木大尉に殴られて正気を取り戻した。
「はっ。
一体、ぼくは何を?」
「米村水雷士、アスロックにデータを入力せよ。
艦長の命令あり次第、発射せよ」
「了解」
「鹿屋のP3Cがスクランブル。
もうすぐ上空に到達します」
「魚雷、距離、500」
「取り舵。
2番、発射用意。
コンソールを操作して、水雷士が魚雷を射ち出す。
「敵魚雷、デコイに引っ掛かりません。
距離、300」
「爆雷をバラ撒け」
艦長の指示を受けて、水雷士が爆雷を投下する。
「爆雷投下始め」
"みゆき"の航行する後方、そして魚雷の針路上に爆雷が投下される。
重さ40㎏ほどのこの爆雷は、魚雷迎撃に特化した構造であり、どちらかと言えば、機雷に近い。
磁気、触発、時限という3つの信管を持ち、確実に爆発するよう工夫されている。
大きな水柱が2本立つと、数秒遅れて連続した水柱が立つ。
その直後、"みゆき"艦内に、アラートが鳴り響いた。
「総員何かにつかまれ」
艦長の声と共に、"みゆき"は上に下に右に左に大きく揺れる。
おおよそ260㎏の魚雷の炸薬2発分とおおよそ20㎏ほどの爆雷の炸薬10発分、合わせて720㎏の炸薬の爆発が、基準排水量2950tの"みゆき"を翻弄する。
「艦内各部、損害を報告せよ」
『こちら、舵機室。
多少の浸水があるものの、被害ありません』
『こちら、機関室。
特に問題ありません。
現在、要員を艦底各部に派遣、被害状況を調査中です』
「了解。
詳しい状況が分かり次第、報告せよ」
『こちら、艦橋。
負傷者2名。
それ以外に被害なし』
『こちら、ダメコン室。
艦内に異常ありません』
全ての報告を聞き終えて、副長の鈴木大尉は山口艦長に報告の概要を報告する。
「大阪警備府より通信。
不審船を拿捕す。
以上です」
「内容は以上か?」
山口艦長が、通信士に聞き返す。
通信士はそれを肯定する。
「はっ、以上です」
「そうか、ならいいんだ。
九十九少将も中々なお人だな」
山口艦長の顔に、笑みが浮かぶ。
『艦橋からCICへ。
潜望鏡を確認。
方位、094、距離、1000』
「ふむ。
副長、次は、こちらから仕掛けるぞ」
その頃、不審船の戦闘海域は紀伊半島沖から高知県沖に移っていた。
と同時に、一部の第五分隊員が艦橋脇で何やら準備をしていた。
「距離、300」
「攻撃開始だ。
弾幕を張れ」
艦長の檄と共に、機銃は敵船を穴だらけにしていく。
「敵船より発砲を確認。
幸いにも今のところ、損害はありません」
敵船よりの射撃は、勢いと数だけはあるものの、命中しなかった。
「このまま、強行接舷に持ち込むぞ」
呉鎮守府艦隊の駆逐艦"みゆき"が、潜水艦と交戦している間に、沿岸警備部隊は各地の艦艇を不審船の周辺に配置させることが出来た。
「突撃用意」
「距離、150」
じりじりとにじり寄るにつれて、敵が放つ銃弾の精度も上がってきた。
カンと、海防艦の装甲を銃弾が叩く音がしても、貫通はしない。
7.62㎜の小銃弾は、海防艦といった装甲を持つものには威力不足なのだ。
「距離、100……50……0」
鈍い衝撃が、"ひなぎく"に伝わる。
「かかれ」
艦長の短い号令がかかると、第五分隊員が艦橋脇からラペリング降下を開始する。
接舷したら、そのまま乗り移るだろうという常識を打ち破る奇襲攻撃だった。
その隊員と同時に残りの隊員が、舷側より乗り移る。
『島田より艦長へ。
制圧を完了、敵さんは死者数名、負傷者多数。
こちらに被害ありません』
「了解。
拿捕した漁船は、土佐清水分駐所に曳航する。
準備に入れ」
P3Cは悠然と海防艦の上空を飛行していた。
「すごかったなぁ」
呑気に機長が漏らした。
それに応える
「小銃や榴弾程度で済んで良かったですよ。
それ以外なら、海防艦が吹き飛んでしまう」
「そうだな。
そういや、音探員、ソノブイは積んでたか?」
「6個までなら積んでますが」
「対潜哨戒を開始するとしようか?
マグロをサメに食わすわけにはいかんから。
取り敢えずは、
「了解。
探索を開始します」
機内のディスプレイには、日本皇国海軍水路局が60年の年月をかけて、作り上げた海図が表示されている。
そこにMADの索敵データが重ねられる。
円を描くように飛行を続けると、タコより報告が入る。
「周辺に潜水艦の影はありません。
異常の異の字もありません」
「了解。
ソノブイ投下用意。
座標は、海防艦の周辺海域の手前。
投下のタイミングは、斎藤中尉任せたよ」
「了解。
音探員、1番シューターにソノブイを装填」
「了解」
音探員が、ソノブイを装填する。
「ソノブイの装填完了しました」
「了解。
指示あるまで待機せよ」
窓の外には、いつの間にか青い空が広がっていた。
「ナウドロップ」
コンソールを操作して、ソノブイを落とす。
重力に引かれたソノブイは、直後にパラシュートを開くと、そのまま海面に着水した。
「ソノブイにも、他の反応ありません。
この海域に潜水艦はいません」
「了解。
高知航空基地に帰投する。
以上」
「魚雷発射用意。
内火艇は出せるな?」
山口艦長の問いに、鈴木大尉は首肯する。
「よし、拿捕するぞ。
潜航されると、厄介だな。
牽制も含めて、右舷発射管全弾発射用意」
「えっ、全部ですか?
確かに、1番も2番も再装填は完了していますが」
「そうだ。
敵さん、ビビってしっこ漏らすかもな」
山口艦長は笑いを誘うような、言い方をする。
「アスロック発射用意も急げ。
場合によっては、バラ撒きゃなならん」
「日本海軍の通信を傍受。
目標は狩られた模様……」
「そうか、目標は捕まったか」
韓国潜水艦"安重根"は雷撃したあとに、複雑な機動を織り混ぜて、"みゆき"の追跡を振り切ろうとしていた。
通信士の報告を聞き、"安重根"の艦長は言う。
「ならば、長居は無用。
即刻、反転退避する」
しかし、尻に帆をかけて逃げ出すには少し遅かった。
既に、"安重根"は"みゆき"の山口艦長が張った網の中であったからだ。
「後方に音源。
魚雷です。
数、3」
「1番、撃て。
取り舵、15、ダウントリム、30」
艦長の指示で、囮魚雷が正面に射ち出され、"安重根"の艦体は左に滑るように旋回し、深度を下げていく。
「敵魚雷引っ掛かりません。
有線で誘導されているものと思われます。
魚雷は我々より深いところに到達しました。
本艦との距離、500……300」
ソナー員が、努めて冷静に、それでも少し上ずった声で報告する。
距離、300を切ったところで、魚雷は全て自爆した。
魚雷は、"安重根"を中心に正三角形を描くように位置していた。
先ほど、"みゆき"を襲った以上の衝撃が、"安重根"を襲う。
その衝撃に、艦長は浮上を決断した。
「アップトリム、40。
急速浮上だ。
艦内各部、被害を報告せよ」
『はっ、艦内各箇所にて、小規模な浸水が発生。
現在、補修中です』
「分かった」
「本艦は海面に到達。
敵主砲に照準されています」
「了解。
相討ちに持ち込めるか………」
艦長がそこまで言ったとき、上の方から轟音が響いた。
「ゲームオーバーだ」
「魚雷1番から3番発射用意。
誘導は有線で行う。
ボートダビッドから内火艇を下ろせ。
敵潜水艦内を制圧だ」
「了解。
特設臨検隊員は甲板上に集合せよ」
山口艦長は、鈴木大尉に目線を向ける。
その視線を受けた鈴木大尉は、臨検隊員に命じた。
「武器の使用を許可する。
抵抗する場合は、容赦なく撃ち殺せ」
『了解』
「1番から3番、
「機関停止。
内火艇準備」
既に甲板上には乗員が集まり、内火艇の準備を終えていた。
『準備完了しました』
「発進。
副長」
「対水上砲戦用意。
目標、浮上してくる潜水艦」
「ハッチを爆破しろ」
駆逐艦"みゆき"の臨検隊長である砲術士が指示を出す。
内部から固く閉められたハッチに、プラスチック爆弾が仕掛けられる。
ハッチの一部に、ロープを括り付けておく。
もう一方は、潜水艦のもうひとつのハッチに取り付けてある。
こうしておけば、爆破してハッチが吹き飛んでも、回収できる可能性が少しでもあるからだ。
「突入」
ハッチを吹き飛ばすと、間髪入れずに隊員が突入する。
ドイツ系の潜水艦の艦内は狭い。
元々のサイズが小さいからだ。
これは韓国海軍タイプ214潜水艦にも、言えることである。
よって、制圧するのに時間を必要としない。
事実、突入後5分もたたずに、臨検部隊は制圧していた。
「艦内、オールクリア」
「了解。
捕虜は全員、呉に着くまで、ここの食堂に監禁する」
「こちら"みゆき"CIC。
宮島砲術士か?
ふむふむ、そうか。
それで?
了解」
無線のスピーカーに耳を傾けていた鈴木大尉は顔をあげて報告した。
「臨検部隊は潜水艦内に突入、制圧に成功しました。
主だった抵抗はなく、敵味方に死傷者は出ていません」
「そうか。
鎮守府司令部に打電。
"我、敵潜水艦を拿捕す。
これより、呉に曳航せんとす"
以上だ」