WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.8

日本皇国国防省統合参謀本部海軍軍令部総長執務室

「紀伊半島沖の我が国領海内にて、不審船が発見されたとの、通報あり」

報告を受けた男は軍令部総長で、船乗りらしい黒スーツをピシッと着こなしている。

胸元の従軍記念章の数もかなりの数で、その中に勲章の略綬が多数混じっている。

これを見ると歴戦の雄というやつだろう。

「現在、大阪警備府の海防艦が追跡中。

高知のP3Cが緊急発進しました。

最新の情報が入るのも、時間の問題かと思われます」

「高知と言うと、第51飛行隊だな?」

「はい、発進した機体の機長は、高知少佐であります」

「フム、奴なら大丈夫だな。

報告ご苦労」

「はっ、失礼します」

敬礼をして立ち去っていく。

報告に来た軍令部員が去ったのを見届けて、部屋の固定電話を取り上げて秘話回線に設定して電話を掛ける。

相手は統合参謀本部長そして陸空の参謀総長の3人である。

「緊急事態です。

至急、国家安全保障会議(NSC)の開催を要求します。

状況はコード・オレンジ。

放置すれば、大問題となりえます」

『分かった。

今すぐ首相官邸に向かうぞ。

少なくとも、官房長官が勤務しているはずだ』

 

「全員の武装を完了しました。

これより、右舷ハッチにて待機します」

『了解。

十分、敵には注意するように』

「了解」

ここにいる兵士は、佐竹中尉以外は充分に訓練を受けた精鋭である。

その上で、全員が小銃を携行していた。

『距離、3000。

停船命令発信、受信された模様』

スピーカーから流れるのは、CIBの様子である。

全艦に伝えておくことで、無用の心配をさせたくないのだろう。

『停船命令への返答。

"誰が止まるかァ、ボケェ"以上です』

『本気で痛い目に遭いたいようだな。

撃沈警告送れ。

次いで、76㎜砲威嚇射撃用意。

沈める前に散々にいたぶってやる』

本気で怒っているようだ。

スピーカー越しに迫力が伝わってくる。

『沈めるのは冗談にしても、少々いたぶらないとこっちの気が済まないしな』

『P3Cが接近中。

偵察目的だと思われます。

不審船よりP3Cに向けSAM発射されました。

まぁ、回避は簡単でしょうが』

『うむ、そうだな。

それに、奴らは太平洋の真っ只中に出ない限り、我々の包囲網に捕まるからな』

『距離、1000』

「突撃準備。

分隊長、ハッチを頼みます」

分隊の唯一の下士官が言う。

しかし、この中での最上位者は佐竹中尉ではある。

しかし、TPO、つまり時と場所と場合によっては、上官に指示を出すことが認められる。

その唯一の例が、戦時もしくはそれに限りなく近い時、最前線さらには敵の襲撃を受ける可能性のある場所、そしてその上官よりの指揮権の委任があったという3つの条件が満たされた場合である。

①と②までなら、簡単に満たすことができる。

しかし、③の条件を満たすのが難しい。

「分かった。」

『距離、400』

「外に出ます。

スリー・カウントを取ったら、開けてください」

スリーで、ハッチの鍵を解く。

ツーで、ハッチのレバーを下ろす。

ワンで、外開きになっているハッチをゆっくりと開く。

ゼロでハッチを外に固定する。

ハッチの裏で待機する。

その時にダダァンと、低く乾いた音が連続して響いた。

その直後にはカーンという金属と金属のぶつかり合う音が聞こえた。

よく見たら、ハッチやその周辺に血が飛び散っている。

「総員、艦内へ退避せよ。

佐伯兵長、分隊長を頼むぞ。

深川二水(二等水兵の略)、ハッチを閉めろ」

「分隊長、大丈夫ですか?」

佐伯兵長が佐竹中尉を半ば引き摺るようにして艦内に引き込む。

追撃の銃弾は飛んでこない。

「弾が掠めただけだ。

大丈夫。

島田兵曹、続いての指揮を頼む」

「了解。

第五分隊よりCIBへ」

『CIBより第五分隊へ。

状況を報告せよ』

「分隊長、負傷。

意識ははっきりしており、軽傷と思われます」

インカムを通じて、情報のやり取りが進む。

「使用されたのは、旧ソ連の14.5㎜機銃と思われ、ハッチを完全に貫通しています」

『了解。

佐竹中尉を手当て後、CIBまで連れてきてくれ』

「了解。

佐伯兵長、佐竹中尉を手当てしろ」

 

「あっ、撃った」

窓から覗いていた音探員が言った。

それを機長が嗜める。

「本機は戦闘状態にある。

報告は明瞭にせよ」

「はっ、不審船が追跡中の海防艦に発砲。

命中を確認しました」

P3C哨戒機はSAMを回避した後、不審船の上空を低空で旋回していた。

「ハッチ付近に命中したので、死傷者が出ているかもしれません」

「チッ、どれだけ重武装なんだよ?」

戦術航空士(タコ)がぼやくのも仕方がない。

携SAMに、かなり大きな重機関銃、武装漁船が日本にもないわけではないが、それでも猟銃1挺が関の山である。

「市ヶ谷へ連絡。

不審船に重機関銃が据えられている。

海防艦に対して発砲、海防艦が被弾、損傷は軽微なれども、死傷者の可能性あり」

 

「作戦に変更はない。

但し、敵船への制圧攻撃は充分に行う。

距離は2000を取れ。

面舵いっぱい(おーもかじいっぱーい)

砲雷科、主砲弾を85(はちごー)弾に換装。」

「不審船との距離、600、700、800、900、1000………2000です」

「主砲弾換装完了しました」

「照準修正+5。

第一斉射、テェー」

85弾とは制式名称を85式対人制圧用榴散砲弾と言って、目標周辺で破裂し、十数センチ単位の破片が周辺に撒き散らされる。

いわば、爆発しないクラスター弾で、飛び散るのが破片なので不発弾が存在し得ないために、陸空軍にも採用されたという。

日本の海軍は旧軍時代からこの手の砲弾の開発を熱意を持って行ってきた。

旧軍の零式弾しかり、三式弾しかりである。

「艦長、只今戻りました」

「うむ、無事で何より。

昔の話だが、アレに腕の1本や2本持ってかれた兵士もいるからな」

「はあ、そうですか」

 

「敵艦が遠ざかります。

本船からの距離、700………1000…………2000です」

「甲板にいる奴は、全員、船室に入れ。

榴散弾が降ってくるぞ」

船長である趙が怒鳴る。

韓国海軍大尉として退役するまでは、ミサイル艇艇長として指揮を執っていた彼は、その経験を買われ中国系多国籍密輸団"黒虎(ヘイフー)"の実働部隊の1隻を任されている。

今回の仕事は、人を運ぶことだ。

運ぶ人物に関しては詳しくは知らない。

見たところ、自分と同じ韓国人であると見える。

韓国国家情報院(NIS)もしくは韓国軍情報部の工作員だろうか。

日本の紀伊半島沿岸で荷物を拾うと、そのまま太平洋に出るだけだ。

わりかし、簡単な仕事だと思う。

日本海軍に見つからなければの話だが。

しかし、運の悪いことに、敵の海防艦(フリゲート)に見つかった。

こちらは特別、エンジンが強力な以外、特に目立つところのない漁船である。

戦闘準備を下命しつつも、ナイフ等は置いておくが、小銃は隠すように伝えた。

だが、人選を間違えたのか、通信担当が停船命令に対し、DQNな返答を返しやがった。

仕方がないので、甲板の銃座に14.5㎜重機関銃を据えるように指示を出した。

こうなれば、交戦して撃退するほかない。

RPGを発射可能な状態で、待機させる。

相手は一回の武装漁船が相手取るには、随分と格上の相手だ。

そうしてる内に、重機関銃手が指示も出してないのに撃ちやがった。

選択肢は怒鳴る1択だろう。

「誰だ。

撃ちやがったのは?」

「担当は中国人(チャンッケ)の李です」

「後で鉄拳をぶちこんでやる」

そうしたなかで、海防艦は距離を取り、すぐにでも砲撃を開始せんと砲口をこちらに向けている。

「敵艦が遠ざかります。

本船からの距離、700………1000…………2000です」

「甲板にいる奴は、全員、船室に入れ。

榴散弾が降ってくるぞ」

そこに砲声が聞こえる。

1発、2発、この漁船を襲ったのは、大きな揺れと破片であった。

甲板上の備品は、重機関銃含め全滅。

さらに一部の破片は窓を突き破り、船室内を暴れまわった。

「損害を報告しろ」

「死者、3名、チャンッケの李とキムそれにチェです。

負傷者、客と船長以外の全員」

「分かった。

全速で逃亡する」

しかし、この判断は間違っていた。

この漁船の速度は、早いと言っても、36kt、しかし、海防艦は41kt出せるのだ。

はなから、勝負は着いていたのだ。


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