赤ひげ王弟と凍漣の雪姫   作:Brahma

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ムオジネル軍が迫り、あとがない『銀の流星軍』
そのときにジェラールの意外な提案をする。その真意は?


第5話  凍漣の雪姫参戦

「ジェラール...??本気で言っているのか?」

「....いえ、失言でした。申し訳ありません。」

次の瞬間、ルーリックがジェラールの頬をなぐりつける。

ルーリックは切れたのだが、まさしく幾分かの理性で手加減をしていた。

「....貴様、いつまでティグルヴルムド卿を試せば気が済むのだ。」

ルーリックはジェラールをにらみつける。ジェラールは腫れ上がった顔をさすりながらいびつな笑みをうかべる。

「もうしませんよ。今のが最後のつもりだったんですから。」

「あの口の悪さもわざとだったのか?」

「いえ、あれは素です。」

ルーリックは青筋をたててわなわなとにじり寄ろうとするが、ティグルはそれを制して大きなため息をついてみせる。

「俺は、お前の父上に信頼されていると思っていたのだが。」

「父は父、私は私です。」

ほおをさすりながらジェラールは答える。

「私が恐れていたのは、アルサスを守るためにあなたがテリトアールを切り捨てる事態です。アルサスのことを第一に考えるのならばありえないことではない。だから、あなたという人間を可能な限り正確に知っておきたかった。」

ルーリックは、それなら信頼を得る努力をすべきだと問い返したが、ジェラールは信頼は父が得ているから自分が父に斬られればすむことと答える。さらにジェラールは、

「あなたは、ブリューヌ人でありながら弓に長け、ジスタートの捕虜になったかと思えばジスタートから兵を借りて大貴族であるテナルディエ公にケンカを売る、あなたの人柄を知らない人が聞いたらどう思うでしょうか。」と問うた。

「仕掛けてきたのは向こうだ」、とティグルは反問するものの、考え直す。

「わかった、気をつける。」と答えた。

ジェラールは、ルーリックについて、この禿頭のジスタート人はティグルに傾倒しすぎていて参考にならない、と付け加えた。

ルーリックは腹に据えかねていたが自制心を発揮して

「ティグルヴルムド卿、これからのことですが...。」

と話をもどすとティグルもうなずき、

「兵はともかく、民をなんとか動かせないか?なるべき遠くに逃げてほしいんだが。」

「彼らはずっと鎖につながれ、歩かされてきたので、疲労もかなりのものです。今は難しいかと。」

「じゃあ、男女の数を調べてくれ。男に女を守らせる形にして、テリトアールまで向かってもらう。武器は死んだムオジネル兵がもっていた槍を持たせることにしよう。槍を持つ男たちが大勢いると見れば野盗もおそってこないだろう。」

翌朝、『銀の流星軍』と奴隷になっていた二千の民は街道を進軍するがなかなか進まない。

「予定の半分もすすんでいないな...。」

ルーリックはうなずき、

「仕方ないでしょう。せきたてたところで歩みが速くなるとは思えません。」

昼ごろになって、偵察隊が帰還し報告がある。

「ムオジネル軍の騎兵部隊が突出、その数は三千から四千くらいです。」

「ルーリック、兵の指揮をまかせる。それから矢は残っている分すべてくれ。」

「また無茶をなさるのですか。」

ルーリックは、呆れと気遣いの入り混じった表情で答える。

「今は向かい風だ。いくらかでも敵の足を遅らせたい。」

「では弓の得意な者を何人かお連れください。」

「すまない。」

ルーリックと何人かの弓の得意なジスタート兵は。四半刻ほどいったところでムオジネル軍を発見する。戦神ワルフラーンの大旗をひるがえっているのが見える。

いっせいに矢を射かけ敵兵をたおすもののすぐに穴が埋まり、進軍速度は落ちない。

(まずいな...とても足止めにならない。このままだと本隊に追いつかれる...)

 

そのとき、ひときわおおきな馬蹄の響きが聞こえてきた。

ムオジネル軍も馬をとめる。

馬蹄の響きは左上方の断崖の上から聞こえてくる。

やがて林立する黒竜旗と、槍を十字に交差させた三角形の白い軍旗が見えてきた。

先頭に馬に乗っているのは青い髪を切りそろえた小柄な少女だ。

「久しぶりね。ティグルヴルムド=ヴオルン伯爵」

オルミュッツ公主、凍漣の雪姫と称される戦姫、リュドミラ=ルリエだった。

 

ムオジネル軍にはクレイシュの元に戦況が刻々と伝えられている。

「クレイシュ様、敵が風上から弓を射かけてきましたが、被害は僅少、敵の本隊まで二刻ほどで追いつけるものと思われます。」

「ふむ。」

クレイシュは笑みを浮かべる。

(予定通りだ。あとは時間の問題だな。好敵手だったが、すべて捕らえて奴隷だな。)

その報告があってからどのくらい時間がたったろうか、別の偵察隊から新たな報告が王弟クレイシュの幕舎にもたらされる。

「クレイシュ様」

「何だ?」

「ジスタート軍が...。」

「ジスタート軍だと??カシムのときのジスタート軍とは別なのだな。」

「はい。四千騎ほどが前方に立ちはだかるように...。黒竜旗のほかに槍を十字にあしらった白い三角形の旗です。」

「ブリューヌの辺境のアルサスのなんとかという小貴族にジスタート軍が味方をしている話は聞いていたが...アルサスは北方...こんな南方の国境くんだりで...ふむ。意外だな。」

クレイシュはひとりごとのようにつぶやく。

「数千もの兵を投入する...それだけの理由がジスタートにはあるのか....。ブリューヌからの富を独占するか、それとも大きな貸しをつくるのか...。」

クレイシュはひとまず行軍を止める旨を全軍に伝えた。

「わかった。ジスタート軍に使者を派遣する。この手紙をもたせよ。」

手紙には(我らの目的はブリューヌ南部のネクタクムだ。あなたがたがほかの地域を狙っているならおたがいに不要な干渉はつつしみ、もし同じ獲物を欲しているのであれば、馬乳酒(クミス)でも酌み交わしながら話し合おう)といった内容が記されていた。

クレイシュは赤ひげをいじりながら

「もし戦姫が評判どおりの美人だったら協力をもちかけよ。そうでないなら手ぶらで帰ってきてもいいぞ。」というとカラカラと楽しそうに笑う。

クレイシュは寛容な人柄で知られていたが、それは指揮官として部下が意見や諌言をしやすくし自らがより正しい判断を下せるようにするためであり、また信望を得るためのものだった。王族としての権威にかかわることや外交、戦略的戦術的に必要とあれば即座に部下や他国の使者などを処断する苛烈さ、果断さをもっており、側近や兵はその苛烈さや果断さがどのような形で発露されるか予想できないので真剣そのものであった。このようにしてムオジネル軍の使者がオルミュッツ軍の陣営に派遣された。

 

一方、『銀の流星軍』とオルミュッツ軍の間には、羊の皮を張り合わせた布を二重に使用した幕舎が設置されていた。この幕舎はリュドミラが用意させたもので、床には上質な絨毯が用いられ、冬のアニエスの乾燥した冷気や地面の底冷えを完全に遮断するつくりになっている。

幕舎のなかには、リュドミラが淹れる紅茶の水音だけが静かに響いていた。

「どうぞ。」

コトリ、と木のテーブルにカップの置かれる音がする。ティグルの前に置かれたカップから湯気が立ち上り、紅茶のほのかな香りが彼の鼻をくすぐる。

ティグルはリュドミラに深々と頭をたれる。

「まずは助けてくれてありがとう。」

「減点1」

リュドミラは予想はしていたものの、素直すぎる反応に呆れながら、そっけない声をあびせ、指を一本立てる。ティグルはとまどいを隠せない顔でリュドミラを見る。

「あなたとわたしは特に親しいわけではない。助けに来たと言ったわけでもないのに早合点して礼を述べるのは失敗。相手によってはすかさず見返りを要求されるわ。」

「でも、こうして紅茶を淹れてくれたじゃないか。」

「気に入らない相手であっても淹れることはあるわよ。破談にするとき相手の顔に中身を浴びせるためにね。あなたはどうかしら。ティグルヴルムド=ヴオルン伯爵。そういえば爵位は取り上げられたのだったわね、ティグルヴルムド卿?」

そういいながら、リュドミラは自分の前にあるカップに紅茶を注ぐ。彼女は笑み-好意的とは思えない、どことなく冷たい感じの笑み-を浮かべて自分のカップをゆっくりと傾けてみせる。

テイグルは笑みを返すものの、自分でも自覚できるくらい引きつっていた。

「....勉強になったよ。ありがとう。」

(はあ...あきれた...本当にウブというか...)

「あなたに講義するためにこの場を設けたわけじゃないわ。」

すかさずはねつける。ティグルは困惑を隠せず、思わず赤い髪をかいてしまう。

「じゃあ聞くけど....君はどうしてここに現れたんだ?それも四千騎もつれて。」

「どうしてだと思う?」

リュドミラはするりとはぐらかして、しばらく必死に考えをめぐらす彼女の目の前にいる赤い髪の青年を楽しげに見ている。

そうしておいて紅茶に口をつけて、上目遣いでティグルの顔を見つめながら

(からかってやろw)

「欲しい?」

とたずねる。

たずねられた赤い髪の青年は、うろたえさせられる。身体が火照り、顔は赤く染まる。

(やっぱ、かわいいわね。)

その反応を意地悪く楽しんでから、青い髪の少女は重ねてたずねる。

「私と私の配下の四千を欲しいか聞いてるのよ。」

「欲しい。」

(はあ...もうwそういう素直さはちょっとね)

「減点2」

青い髪の少女は、そっけない口調は同じだが、今度は指を二本立てる。

「気持ちはわかるけどがっつきすぎ。相手に足元見られるわよ。言っておくけど私はバカとは組みたくないの。」

ティグルの額に汗がにじむ。ここでリュドミラに去られたら一巻の終わりだ。

結局、巧言令色とは縁のないティグルには頭を下げる以外の行動は思いつかなかった。

「助けてくれ。」

これまでの状況をリュドミラに説明する。

「今の俺に出せる対価はない。ただテナルディエ公爵との戦いが終わるまで待ってもらえたら報酬が払えるかもしれない。」

「あなた自身はどうなの?」

「俺の所有権はエレンにある。」

赤い髪の青年はただただ頭を垂れた。彼の額からは汗がテーブルに落ちる。彼には青い髪の少女を満足させる言葉は何ら出てこない。彼は、舌に苦味を感じ、頭痛を覚え、頭がくらくらする。

「頭を上げなさいな。」

気の抜けたような声が青年の耳から入ってきた。

青い髪の少女の発言だったが青年には最初それが自分に向けられたものとは思わなかった。

青い髪の少女は、のろのろと体を起こす青年に対し、しょうがないわねとでも言いたげな苦笑を浮かべて続ける。

「バカ正直とバカじゃどちらがましなのかしらね。もともとあなたの誠実さを買ったのだし、おまけで及第点にしてあげるわ。」

「助けて…くれる…のか?」

青い髪の少女は笑顔でうなずいた。

「実はね、聞くまでもなくあなたの状況はだいたいわかっていたもの。テキトーな対価をでっちあげて下手な駆け引きをしようものなら帰らせてもらうつもりだったけど。」

ティグルは引きつった苦笑をするしかない。背中に再び汗が伝う。

青い髪の少女は楽しそうに微笑むが赤い髪の青年は彼女を正視できそうにない。

「安心するのは早いわよ。まだ交渉は終わっていない。こちらから対価を提示させてもらうというだけ。」

リュドミラは空になったカップに新たに紅茶を注ぐ。

「タトラ山は覚えてる?」

ティグルはうなずいた。

「あなたたちは城砦の裏手に回りこんで、城門を破壊したわね。覚えてる?」

ティグルは再びうなずく。その態度には少なからず何かを見破られたことをあせるかのような動揺があるのを青い髪の少女は見破ったが、妖艶な笑みをうかべて、そしらぬ風を装い、そう、とだけつぶやいた。

あどけなさが残る顔にもかかわらず、その笑みは驚くほど似合っており、ティグルはなにかに縛られたように緊張する。背中に再び冷や汗が伝った。

「その城門だけど、誰がどうやったのかまあるくくりぬかれていたのよ。鉄板を三枚用意してその間に樫の板を挟み込んだ城門がね。」

少し間をおいてリュドミラは話を続ける。

「あのあと、城門を修復してから公宮で政務の合間に過去の戦闘詳報を確認したの。もう知ってると思うけど私の母も祖母も戦姫だったから、ライトメリッツとはよく戦っていた。

だから記録はたっぷりあった。あと、城壁の上にいる兵士たちからも話を聞いた。」

ティグルは膝がかたかたと震える。

(あんなに震えちゃってwもうバレバレじゃないのw)

「アリファールにはあんなまねはできない。あなたのしわざね。エレオノーラに口止めされてる?」

「城門に穴があけられたのはみたけど....俺はブリューヌ辺境の弓が少しばかり得意な田舎貴族にすぎないから....」

カップに残った紅茶を一気に飲み干して、冷静さを必死に装い、一見落ち着いたようにみえる態度と口調で答える。肩まですくめてみせた。

しかしそれも幼い頃から政戦両略にわたって鍛えられ、並外れたセンスをもつ戦姫の前には空しい抵抗だった。

(あーあ、必死すぎてかわいそうなくらいねwうそつけないから言葉選んでるしw)

「ティグルヴルムド卿。」

リュドミラはにこりと笑って、空になったティグルのカップに新たな紅茶を注ぐ。

彼女の傍らにおかれた氷の槍から冷気が放たれた。それは、ティグルの頬から耳までをさっと撫でたが、主の意志を反映するかのような(ごまかそうとしてもためにならないぞ)といわんばかりの恫喝じみた凍気だった。

リュドミラはかわいらしく小首をかしげて、微笑みながらとどめをさす。

「あのとき、わたしはあなたの誠実さを買った。ぜひ今回もあなたの誠実さを買わせていただきたいのだけど....いかがかしら?」

ティグルは降参するしかなかった。全面降伏だった。

 




凍漣の雪姫リュドミラ=ルリエが戦場に現れる。
政戦両略に優れる彼女の参戦で、『銀の流星軍』の前途に光明が差し込んだ。

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