赤ひげ王弟と凍漣の雪姫   作:Brahma

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『銀の流星軍』の指揮官用幕舎では次の戦いのための作戦が練られていた。一方、二回もしてやられたカシムは、怒りを晴らし、「敵」を挑発するためになりふり構わぬ手段に出る。


第4話 アニエスの奇襲戦(その3)

『銀の流星軍』の指揮官用幕舎で軍議が行われていた。

「敵の司令官は?」

ティグルの問いに答え

「大体この位置ですな。先頭部隊三千、本隊がそれに続きます。」

ジェラールが指を地図に走らせて示す。

ティグルとルーリックが顔を見合わせてうなづく

「われわれが少数だから正面から来ると思っていないからこその陣形だな。俺が五百五十騎を率いて敵の前面に出て」

ティグルが指で示す。

「挑発しようとおもう。」

「なるほど、弓を軽蔑するブリューヌ軍がまさか弓使いを将にするとは考えも及ばないでしょうな。」

「敵は二回もしてやられて、そろそろ堪忍袋の糸がきれるころでしょう。奴隷をみせしめに挑発するかも知れません。」

「われわれがここの断崖から黒竜旗をかかげてムオジネル軍におそいかかります。これで再びわれわれの数を誤認させることができます。またジスタートが援軍にきたと印象付けることで、敵を混乱させ、ブリューヌの奴隷を殺しても効果が薄いことをアピールできます。」

ティグルはうなずく。

 

翌朝、カシムは兵から買い取った奴隷を陣頭に並べた。

そして自分で叫んだムオジネル語をブリューヌ語のできる兵に復唱させる。

「岩陰に隠れてこそこそと這い回る臆病なブリューヌ兵どもよ。真の勇士であるなら街道に出てきて正々堂々挑んでみよ。こちらはお前らのつまらぬ小細工につきあっていられぬ。

それでも岩陰に隠れ続けるならこのようになるぞ。」

「斬れ!」

カシムが命じると男たち十人の首がはねられ、血を噴き出し、首が転がる。

それをみて女たちが悲鳴をあげる。

「これより一刻をすぎても姿を見せないなら、次は女たちの番だ、小心者のお前たちがでてくるまでくりかえすぞ。」

これは敵に対する挑発であると同時に、奴隷たちをおとなしく従わせるための見せしめの処刑であり威嚇だった。奴隷の死体を放置してムオジネル軍は進む。このときムオジネル軍の先頭部隊は三千で本隊がそのあとに続く陣形である。

 

太陽が中天にさしかかり昼に近くなったとき、ティグルが彼らの前に五百五十騎を率いて現れる。

「敵です。我が軍の前方に五百から多くて六百騎ほどです。」

「何?五百から六百騎ほどだと...?」

(一千ほどの伏兵がどこかへいるとすれば数は合うが....それともわれわれが把握しきれない伏兵がいるのか??)

と迷いが生じる。しかし思いなおす。

(いや、野営の痕跡があるし、もし少数でないなら隘路にさそいこむとか、昨日のように背後から攻撃するとかしなくてもよいはずだ。)

「敵の指揮官はどこにいる?」

「おそらく先頭にいるあの赤毛の男かと。」

部下が革鎧を着て弓を持つ赤毛の青年を指差して、カシムに答える。

(ぬう、ブリューヌが弓使いを将にするはずがない....どこかに伏兵がいるはずだ....)

(あの赤毛の男を見れば、誰もが伏兵こそ主力とみるはずだ。しかし、そう思わせるのが敵の手だ。伏兵にこちらの注意を向けさせ、正面の敵がしかけてくるだろう。)

カシムは敵の策を見破ったと考えて、軍をそのまま前進させる。

正面の敵は動かず、待ち受けているように見える。

ティグルはムオジネル軍に向かって声をはりあげて叫ぶ。

「粗暴にして野蛮なるムオジネルの兵たちよ。罪もない丸腰の民を殺める貴様らの所業は万死に値する。だが、その首を刎ねる前に前に聞いておく。なにゆえ無法にもわが国に土足で踏み込むのか。」

カシムは嘲笑する。

「笑止な。武器を捨て、はいつくばって奴隷になれ。そうすれば寛大な主人がわかりやすく教えてやるかもしれんw。それから後もなるべく優しい主人に買われるようとりはかってやってもよいぞw。」

ムオジネル兵はムオジネル語とブリューヌ語で叫んで嘲笑を返してくる。

いよいよ矢の届く距離になったときに、彼らは弓に矢をつがえてかまえる。

そのときだった。

「うおおおおおおおお!」

断崖の上から鬨の声が上がる。

カシムは余裕の笑みをうかべる。

(ふふ。ここで伏兵を使ってきたか...)

次の瞬間、カシムは「伏兵」のいる方向を見たときに思わず目を疑った。

(!!黒竜旗だ....なぜ??)

カシムに戦慄が走る。たしかブリューヌにはジスタート軍を引き入れた小貴族がいたという話は軍議でも聞いた。しかし、かなり北方、デイナントの近くの話だったはずだ、そんなものがムオジネル軍をふせぐためにはるか南方のアニエスくんだりまで来る理由がない。

それにジスタートがわざわざブリューヌの守るためだけに血を流すはずはない。

カシムだけでなく兵たちも動揺する。

「突撃せよ!」

ティグル率いるブリューヌ兵とルーリック率いるジスタート軍はムオジネル軍に二方向から斬り込む。両軍の兵士たちの切り刻まれた死体が転がる。しかし、ムオジネル軍は隊列に開いた穴を次の兵士が埋める。さすがに三千の兵のあつみに対し『銀の流星軍』は突破できないように思われた。

(ふふ。戦はしょせん数だ。包囲してすりつぶしてくれる。)

しかし、そんなカシムに一瞬の悪寒がはしる。それは、戦場でたびたび彼を救ってきた一種の直感であったが、それを彼は即座に否定した。もっとも近い敵でも三百アルシンは離れている。この兵の厚みを突破できるはずはない....はずだった。

そしてその直感を否定した次の瞬間に彼は一本の矢に額を射抜かれて倒れていた。

総指揮官カシムのいた場所は直接剣、槍が交えられている場所から至近であり、隠すことができない。

ムオジネル軍に衝撃と動揺が波紋のように広がる。

「ティグルヴルムド卿が敵将カシムを討ち取ったぞ!ティグルヴルムド卿が敵将カシムを討ち取ったぞ!」ルーリックが大事なことなので二度叫ぶ。

「うおおおおおおおお!」

『銀の流星軍』が鬨の声をあげて襲いかかる。我に返り、兵を叱咤しようとした部隊長が次々に射殺され、ムオジネル兵の動揺はますますひろがって、戦意を喪失し完全崩壊して逃げ始めた。

「全軍追撃せよ!徹底的に叩きのめせ!」

ティグルは叫び、『銀の流星軍』も敵を射殺し、斬り殺していく。

ムオジネル軍は大軍であるがゆえに、いったん指揮官が倒れてしまうと烏合の衆と化して全面潰走してとまらなくなる。

そのさまは、津波になぎ倒される建物や強風になぎ倒される麦のようだった。

 

「終わってみると予想以上にぎりぎりでしたな。」

矢を撃ち尽し、疲れた顔で馬上でたたずむティグルにルーリックが馬を寄せて話しかける。

ティグルは無言でうなずいた。ムオジネル軍は全面崩壊し、逃げ惑っている。戦場は視界から南東方向にどんどん離れていく。

「ルーリック、追撃を任せていいか?」

「お任せあれ。」

禿頭の騎士はティグルの心情と意図を察し、ほのかな笑みを浮かべて答えた。ティグルは礼を言うと奴隷にされている者たちのところへいき、とりあえずの安全を伝える。

しかし、そんなティグルたちに対し向けられた言葉は

「どうして...もっと早く来てくれなかった?」

という男の発したなじりの言葉だった。ジェラールや兵士たちは反問しようとするが、ティグルがそれを制して

「すまなかった。」

と沈痛な面持ちで頭をさげる。

男は一瞬息を呑む。何か考えているようだったが、うなだれて座り込んだ。

 

さて、ムオジネル軍は総指揮官とさらに三千以上の兵を失った。アニエスで二回の奇襲を受けて戦死した数をあわせると五千を超え、全軍の1/4以上を失ったことになる。

「そうか。カシムは死んだか。」

金と銀をあしらった豪奢な天幕の中で、派手な色彩の絹服をつけ、頭には虹色の鳥の羽を挿した絹布を巻き、目立つ赤ひげをいじくりながら王弟クレイシュが斥候からの報告を受けていた。

「はい。敵は正面に六百ほどの兵を率いて現れ、こちらを挑発し、戦闘が開始されたところにジスタート軍の横撃をうけ、動揺しているところを、カシム様が矢で頭を射抜かれて...。ほかの部隊長も射抜かれて大混乱に陥り...。」

「どのくらいの距離で射抜かれたのだ?カシムは?。」

「信じられない飛距離でした。弓の名手といっても250から270アルシンが限度なのに、300アルシンの飛距離からカシム将軍の頭を正確に射抜いたということです。」

「むう。そうか。」

クレイシュはにやりと笑みをうかべる。

(敵は少数だ。わしをねらうか、食料、補給をねらうしかない。しかも勝ったとはいえ疲労困憊しているだろう。カシムの軍の兵を再編する前に息をつかせないでたたいておく。)

「カシム様の兵のうち一万がもどってまいりました。我が軍に加わって戦いたいとのことですが....。」

「部隊の再編をするが、その前に敵は連戦して疲れている。こちらが部隊の再編に手間取ると考えているだろうが、休ませてやるつもりはない。直ちに三千から四千くらいの騎兵で追わせろ。」

「はつ。」

 

「ティグルヴルムド卿がムオジネルの将カシムを討ち取って、ムオジネル軍はさらに三千を失い、敗走しました。」

斥候の布告を聞き、ミラは笑みを浮かべてたずねる。

「『銀の流星軍』の位置は?」

ムオジネル国境から北西へ30ベルスタ、わがオルミュッツとの国境から南西へ5べルスタの地点です。」

「彼らの行軍速度から、いまから出撃した場合に接触する予想地点は?」

「奴隷にされた民を連れていることから2ベルスタくらいしか進まないと思われます。一方ムオジネル軍は、三千から四千の騎兵で、『銀の流星軍』を猛追するとともに、カシムが討たれたことによる敗残兵のうち一万を再編し、翌日か翌々日には進軍を開始する模様。」

「さすがね...。」

ミラは抜け目のないクレイシュの戦術にあらためて舌をまくとともに、『銀の流星軍』に高く「買わせる」なら今しかないことを悟る。

「皆を集めて。」

「はつ。」

集まってきた部隊長たちに、ミラは地図を見せ、一点を指差して伝える。

「出撃よ。この地点にある断崖へ向かうわ。」

オルミュッツ軍四千は、馬蹄を響かせて、『銀の流星軍』とムオジネル軍のいる戦場へ向かった。

 

一方、追撃戦を行って十分に敵を追い散らしてもどってきた『銀の流星軍』の兵士たちは陣営につくなり倒れこんだ。テリトアールからアニエスまで進軍し、岩陰に隠れて敵を攻撃してきた。死者は二百人ほどである。

「生存者は1503人、負傷者は、重軽傷問わず462人です。相手の数を考えれば奇跡的な戦果かと。」

ジェラールは感に堪えないという面持ちでティグルに報告する。

ムオジネル軍が潰走する際に、大量の食料、燃料、略奪で得た金品を放置していった。

ジェラールは、『銀の流星軍』が必要とする分を確保しつつ、民がとりあえずテリトアールにたどり着くまでに必要な食料と燃料をみごとに分配してみせた。

「やっぱりテリトアールに送らざるを得ないか...?」

ジェラールは答える。

「彼らから話は聞いているとおもいますが、住んでいた町や村はことごとく破壊され、建物の建材まで持ち去られたということです。もといた家に戻れといっても住む家はなし、冬の寒さの中野宿しながら自力で家を建てろって言えますか?」

「それはわかるが...テリトアールは大丈夫なのか?」

すでに多くの町や村の者が戦火をのがれてテリトアールに向かっている。

テリトアールの領主の息子は肩をすくめ、両手をひろげてはき捨てるように答える。

「二千人もの人間を押し付けられるあてがほかにありません。」

「わかった。そのように手配頼む。」

そういったとき、ルーリックが自分たちのところへ歩いてくるのが視界に入る。

「テイグルブルムド卿、お話があります。」

ルーリックは笑顔であるがどことなくぎこちない。

「どうした?」

「追激戦において何名かのムオジネル兵を捕虜にしたのですが...。」

話し始めたルーリックの表情から笑顔が消え、陰鬱な表情になる。

「彼らは異口同音に『われわれは先遣隊であり、露払いである。』と話すのです。」

寝る間も惜しんで知恵を絞り、犠牲を出してようやく倒した相手が露払いに過ぎないとは...

「彼らが先遣隊というなら...本隊は...?」

「彼らの話ですと三万ということです。確認と情報収集のために偵察隊を向かわせました。」

(さんまん...三万....)

「...いえ三万ではすまないでしょう。」

ジェラールが陰鬱から蒼白な表情になって首を振る。ティグルもその意味を即座に理解して、渋面をつくりうなずく。

「敗走した兵のすべてではないにしろ、一万は本隊に合流するとみていいな。」

「二万の次は、四万ですか...まあ、向こうも軍を再編しなければなりませんから今日明日ということはないでしょうが....。」

「どうなさいますか?ヴォルン伯爵。」

ティグルはジェラールをぼんやりと見つめる。

「これからのことです。あるいは、身軽になって逃げれば助かるかもしれません。」




やっとのことでムオジネル軍二万を撃退した『銀の流星軍』。しかし、さらにムオジネル軍の本隊三万が向かっているとの報告がもたらされる。そこでジェラールが信じられないような提案をする。はたしてどのような意図なのか...

5話投稿に伴い、一部削除(4/7,17:56)



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