赤ひげ王弟と凍漣の雪姫   作:Brahma

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『銀の流星軍』はムオジネル軍の部隊三千にその1/3を戦死させる打撃を与える。それに対しムオジネルの将カシムも対策を考え始める。


第3話 アニエスの奇襲戦(その2)

「なんとか上手くいったか...。」

ティグルは、狭い隘路に積み重なるように倒れているおびただしいムオジネル兵の死体を見ながらつぶやく。その顔には疲労の色が見える。

「やつらが戻ってくる可能性がある。迅速に作業を終えるんだ。」

ルーリックの指示で『銀の流星軍』の兵士たちは、ムオジネル兵の武具を外し、使えそうな矢や石を拾って集める。

ムオジネル軍が進軍している街道から離れた自分たちの拠点に戻ってきた兵たちに、ティグルは、幕舎の設営と休息を命じた。

総指揮官用の幕舎でティグル、ルーリック、ジェラール=オージェがいる。三人はじゅうたんに腰を降ろし、何枚もの地図を囲んでいる。

「ひとまずの勝利おめでとうございます。」

「本当にひとまずですけどね。」

ルーリックの言葉にすました顔でジェラールが横槍を入れるように口をはさむ。

ルーリックはむっとする。ティグルはルーリックをなだめるようにうなずいて、ジェラールに向き直ってたずねる。

「ジェラール、戦死者と負傷者の数は?」

「死者はいません。負傷者27人のうち重傷者は3人、ほかは軽傷です。」

ジェラールの報告にティグルとルーリックは安心したように息をつく。

「矢と石の配布は?」

「矢は、弓兵一人当たり56本、石は、騎兵一人当たり11個、歩兵一人当たり5個確保しました。いずれも分配済みです。」

「使用した分の一割が回収、再使用可能と考えた場合、どこかで確保しなければ二戦までが限度です。戦闘の規模が大きくなった場合は一戦でももたないでしょう。とくに矢についてはブリューヌ兵に使い手がいない反面、ジスタート兵に強く影響します。」

ティグルは考え込んだ。エレンたちがいたときは資金に困らず、蹄鉄、武具の修理、食料、燃料の確保にも困らなかったが、今は矢の一本も無駄にできない、道端に落ちている石すら貴重なのだ。

「次はどうします?」

腕組みをしてルーリックがたずねてくる。ティグルは即答できずにしばらく地図をにらんでいる。ルーリックも地図に視線を落とし考え込む。ふと思うところあってジェラールにたずねる。

「相手の進軍速度を少しは落とせたのだろうか?」

「斥候の報告から考えても、彼らの進軍速度は落ちてないですね。」

「ルーリック」

ティグルは信頼する禿頭の副官である騎士に話しかける。ルーリックが地図からティグルに視線を移す。

「敵将のことはどう思う?」

「優秀ですな。」ルーリックはため息をはきだす。

「二百の兵に対し三千の兵を向けてきたってことは、こちらの実数をかなり正確に把握して確実につぶしに来たということです。進軍速度が変化しないのも立ち直りの早さを示しています。ただ...。」

「...ただ?」

「生真面目というか神経質な印象を受けますな。斥候の報告では小さな村でも見逃さず潰してまわってるそうです。今回の戦も反応が異様に早かったですね。全体を見渡す力に欠けるのかも知れません。」

「そうだな。俺もそう思った。」

「できれば...敵がアニエスを出る前にもう一戦か二戦しかけたいな。」

「ヴォルン伯爵。敵とわれわれとの最大の違いは何だと思いますか?」

ジェラールはしかめっ面に疑念をにじませて、ティグルに話しかける。

「まずは、兵力差...だろうな。」

「確かにそれはありますが、私が申し上げたいのは敵はまだ何度か負けることができるが、こちらはそうではないということです。数十人単位の小競り合いで負けることすら許されない。」

「...。」

「勝てばいいのだろうが...。」

ルーリックは憮然とする。

「ジェラール。ウサギとクマのおとぎ話は知っているか?力の強い暴れん坊のクマを小さなウサギが知恵と俊敏さでうち負かす話だ。クマの豪腕をかわしつつ、一撃づつ確実にあたえて相手を疲れさせる...」

「その話は私も知っていますよ。」

ジェラールは小馬鹿にしたような笑みをうかべて話を続ける。

「あれの結末はいくつかありましてね。一度でやめておけばいいのに調子にのったウサギが何度もクマをからかって、ついには運悪くつかまって丸呑みにされてしまうという話もあるのです。一度でやめておけばよかったのに...ね。」

ジェラールはやってられないとばかりに両手を広げて渋い表情になって話し続ける。

「あなたに必勝の策があっても運が悪ければ負けます。戦うという選択をした以上、負ける可能性がついてまわります。さきほども申し上げましたがわれわれには戦える力はあまり残されていません。」

「口達者なのはいいが不満とか文句とかばかりではなく、意見をのべたらどうだ?ブリューヌ人。」

「現状をよくわかっているのか、という意見ですよ、禿頭のジスタート人。」

「ジェラール。余計な言葉は謹んでくれ。さもなければお前を禿頭のブリューヌ人にしなければならなくなる。」

「失礼しました。」

とジェラールは頭をさげるものの、いささかも申し訳ないと思っているようには見えない。

「問題なのは」

さらにジェラールは話を続ける。

「われわれの継戦能力もさることながら、深刻なのは、ムオジネル軍が奴隷にしたわが国の民を連れているということです。彼らを盾にされたら...。」

「わかっている...。」ティグルは重苦しい口調でジェラールに深刻さを認識していることを言外に示した。

 

さて、そのころムオジネル軍ではカシムが血と砂塵にまみれて戻ってきた兵たちから報告を聞いていた。カシムはこぶしを硬く握り締めて怒りを抑えている。

「敵は、われわれを隘路から袋小路にさそいこみ、そこには五千から六千ほどの兵がひそんでいました。」

「....あのときは確か夕暮れ時だったな。」

「はい?それが何か?。」

「そういうことか...やってくれたな...ブリューヌ軍め...。」

もはやあとの祭りではあったが、カシムはティグルたちの策に感づいた。

しばらくするともどってきた偵察部隊があり、報告があるという。

「閣下。」

「何だ。」

「街道からかなり離れた場所で夜営の跡を発見しました。おそらく敵のものと思われます。」

「どのくらいの兵力だと推定できそうか?」

「二千足らずだと思われます。やつらは一日か二日ごとに拠点を変えているものと思われます。」

「上出来だ。これは褒賞だ。よくやった。」

カシムは金貨のつまった袋を偵察部隊の兵士にわたす。

夜明けになってカシムは部隊長を呼び集める。

「そろったか。」

「「「はつ。」」」

カシムは部隊長の顔を見回し部隊の再編を命じる。

「いまから部隊の配置を再編することにする。騎兵隊三千は、先頭に配置。歩兵隊を騎兵の変わりに本隊の左右に配置し、側面からの攻撃に備えよ。昨日の報告のとおり敵は二千いくかいかないかという数であることが確認されている。先日の夕方のように多くいるように見せかけるためさまざまな策を講じて大軍にみせかけてくるだろうがまどわされてはならん。」

「それから敵は少数だ。敵が攻めてきたら直接攻撃せず、退路をふさいで包囲するのだ。以上のことを全軍に通達し、肝に銘じよ。」

「「「はっ。」」」

(とにかくこちらは敵の10倍近い大軍だ、くくたる小細工ごときで負けるはずがない。)

 

『銀の流星軍』の指揮官用幕舎では、斥候の報告が行なわれていた。

「ムオジネル軍は、部隊の再編を行い、左右にいた騎士隊を先頭に、歩兵隊を本隊の左右に配置したようです。」

「なるほど、側面からの攻撃に弱く、砂岩の岩山があっては騎兵は使いづらいからな。側面を固めたということか。」ティグルが話すと

「まあ、順当な判断でしょうね。」ルーリックが相槌を打つ。

「ジェラール、敵の進軍速度から考えて、今日の夕刻にはどのあたりを通過すると思う?」

「おそらく、昨日の場所から6ベルスタ離れたここでしょうね。」

ジェラールは地図の一点を指差した。

「敵も偵察を出しているようだから、野営地のいくつかは把握されていると見ていいでしょうね。」

「その地点になると岩陰とか少なくなるから地形を利用して仕掛ける最後のチャンスかもしれませんな。」

ルーリックがつぶやく。

「敵はこちらの正確な数をおそらく把握しているだろう。だからそれを逆手にとって印象付ける。ここで騎兵500を敵の斜め後方から襲わせよう。このあたりに配置する。」

ティグルが地図の一点を指指す。

「数が多ければ包囲するのは常套手段だから、包囲しようとするだろう。いくつかの場合が考えられるが、動きの速い騎兵を使って包囲しようとした場合に、先日のムオジネルの軍装を着せた騎兵一千を使って横撃する。」

ティグルは街道の脇から街道へ向かって指をなぞらせる。

「う~ん、時刻的に肌の色がごまかせる利点がありますが、昼間に攻撃する場合に比べて同士討ちの可能性も強くなりますが…。」ジェラールが反問する。

「じゃあこうしよう。合言葉を決める。「クマ」と言ったら「ウサギ」と答える。これでどうだ?」

「「!? 例のおとぎ話ですか?」」

ルーリックとジェラールが珍しく一緒に苦笑し、二人とも気が付いて「おほん」と咳払いをしてお互いにそっぽを向いてみせる。

「う~ん、それにしてもおとぎ話ですか…。」

ルーリックはあらためて苦笑してぼそりとつぶやく。

「この際、大事なのはわかりやすさといいやすさだからな。」

ルーリックはしばらく考えた後

「まあ、こちらの数は把握されているし同じ手が通じないとすれば意表をつくしかありませんからな。」と同意する。

「それから、数の多くないわれわれとしては、敵の補給、食料と指揮官のどっちを狙ったほうがいいと思う?。」

「補給や食料の部隊については、それなりに警戒が厳重ですな。なかなか難しいでしょう。」

ジェラールがつぶやく。

「敵の指揮官ですが...」

ルーリックが話し始めると、続きをティグルがうながす。別に意図したわけではなく、指揮官の性格が鍵だと考えていたからだった。

「確かに有能ではありますが、細かいところにいちいち反応して全体の流れが読み取れない人物のように思えます。たしかティグルブルムド卿はご自分の弓の腕前はまだ披露していませんから、うまくひきつければ...。」

「う~ん、とりあえずは目の前の戦いになんとか勝ってからの話でしょう。それから改めて詰めても間に合うのでは...。」

ジェラールが先走ったルーリックを半ばたしなめるように口を挟む。ルーリックはいくらか表情をゆがめる。

「そうだな、ルーリック、自分も指揮官を狙うのがいいと思うが、まず次の戦いをなんとかしよう。後で詰めても遅くないと思う。」

ルーリックは気を取り直してうなずく。

「そうと決まったら早速準備しよう。部隊の配置をつたえてきてくれ。」

ルーリックとジェラールは同意して部隊長に作戦を伝えた。

『銀の流星軍』は予定地点へすばやく移動して、岩陰に隠れた。

 

夕刻となり、ムオジネル軍は、断崖はだんだん少なくなって道幅が広くなるつつある地点にさしかかっていた。二万近い兵のため、進軍速度はゆっくりで前日から6ベルスタほどの位置であった。街道の左右には、『銀の流星軍』がひそんでいた。岩陰に隠れつつ、暗がりにまぎれてムオジネル軍に接近し、斜め後方から襲いかかる。

「敵です!敵の奇襲!斜め後方から騎兵。その数五百くらいです!」

カシムは平然と命令をくだす。

「迎撃せよ!」

歩兵が長槍をずらりと構える。隙間なく槍が並ぶ様子は針ぶすまのようだった。

「撃て!」

長槍隊の後ろの弓兵がいっせいに矢を放つ。矢は長槍隊の頭上を越えて山なりに放たれる。

『銀の流星軍』の騎兵たちは盾をかざして矢を防ぐ。

「撃て!」

今度は『銀の流星軍』が矢を放ち、投石する。ムオジネル軍の隊列が乱れる。

「突撃!」

『銀の流星軍』の騎兵が隊列の乱れを見逃さずに切り込む。しかしその攻勢は長くは続かなかった。

カシムはほくそえむ。騎兵の部隊長は、『銀の流星軍』を直接攻撃せず、退路をふさぐように回り込む。

「ふん。昨日のように隘路へ誘い込むつもりだろうが同じ手は通じぬ。」

「!!」

「あれはなんだ?何事だ!」

厚地の服に革鎧をつけ、頭には黒い布を巻いている千騎ほどの騎兵が岩陰から現れ、ムオジネル軍に横撃を加えた。ムオジネル軍とまったく同じ軍装であり、夕暮れであるために肌の色の区別もできない。

戦闘中に「クマ!」「ウサギ!」「クマ!」「ウサギ!」の声が飛び交う。

ムオジネル軍は完全に意表をつかれ、落馬するものが続出した。

「突撃!」

『銀の流星軍』の騎兵が槍先をそろえて反撃に出て、包囲網は突破される。『銀の流星軍』が戦場を離脱していったときには、ムオジネル軍は、歩兵、騎兵あわせてさらに千人を失っていた。しかもカシムは追撃を命じたくてもできない。歩兵は追いつけないし、騎兵は同士討ちするかもしれないからだ。

カシムは、血がにじまん限りにこぶしを握り締め、暗闇をにらみつける。

「....奴隷だ。」

怒りのこもった低い声でつぶやく。

側近は何のことやらわからず困惑した顔で自分たちの指揮官を見つめる。

「兵たちに伝えろ。奴隷をすぐに金に変えたいものは申し出よ、奴隷を男女十人づつ二十人まで買い取る、早い者勝ちだ、とな。」

 

一方、オルミュッツの公宮では、斥候の報告をミラが受けていた。

「へええ。先日から6ベルスタ進んだ場所でムオジネル兵に化けた騎兵で奇襲し、包囲網を突破?面白いわね。」

「夕刻に後方からおそいかかって、包囲されかかったところを変装した部隊が攻撃、ムオジネル軍は大混乱で追撃すらかなわなかったそうです。」

「先日は隘路にさそいこんで囮で数を誤認させ、今度は夕刻で肌の色さえ区別できない状態で敵をおそったということね。同士討ちを避けるためにどうしたのかしら。」

「変わったことといえば、「クマ!」やら「ウサギ!」やら掛け声がとびかっていたことでしょうか。」

「なるほど、おとぎ話ね。」

ミラはくすりと笑う。

「リュドミラ様?」

「ムオジネル軍がクマ、かれら『銀の流星軍』がウサギってことよ。」

「軍議でそのおとぎ話が話題にのぼったということでしょうか?」

斥候も愉快そうに話す。

「そんなところでしょうね。わかりやすいし、面白いわね。今度わたしたちも使いましょうか。」

ミラと指揮官たちは朗らかに笑った。




二度目の奇襲に成功する『銀の流星軍』。堪忍袋の緒がきれたカシムは強硬な手段にでることにした。

原作を読み直し、加筆修正(3/29,17:39)

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