赤ひげ王弟と凍漣の雪姫   作:Brahma

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アニエスの荒野を進むムオジネル軍。それに対抗すべく「銀の流星軍」は軍事行動を起こす。一方それを見守るミラは...


第2話 アニエスの奇襲戦(その1)

ムオジネルの大軍は砂に礫が散らばるアニエスの荒野を進んでいる。

ムオジネルの軍旗は赤地に軍神ワルフラーンを象徴する角を生やした金色の兜と剣を描き、旗竿には金箔を貼った太い鉄の棒を用い、他国のものよりも一回り大きいので遠くからでもよく目だつ。そのため威嚇効果も十分であった。

兵士たちは頭に黒い布を巻き付け、厚地の福の上に革鎧をつけている。腰には三日月状の反りのある剣を吊るし、弓をもつ者と自分の背の倍以上もある長槍と楕円形の盾をもっている者とがいる。部隊の長と思われるものは鉄の兜をかぶっている。歩兵が多く、狭い街道をぞろぞろと埋めつくすように進軍していた。

 

その様子を高い砂岩の岩陰から眺めている数名の者がいた。そのうち一名は、くすんだ赤い髪をしている。はるか下の街道を進むムオジネル軍はまったく気づかない。むしろ気づかれて困るのは岩陰に隠れている者たちのほうだから彼らは巧妙に隠れながらムオジネル軍の様子を観察していた。

「あれがムオジネル軍か...。」

赤い髪の青年はぼそりとつぶやき、顔など武装のわずかな隙間からのぞく褐色の肌をみとがめて

「本当に肌の色が違うんだな...。」

と口にだす。

「実に素朴な感想ですな。ティグルさんらしい。」

刷毛のような茶色の髪に海狸(カストール)のような愛嬌のある丸顔をした若い兵士アラムがぼそりと感想を述べる。彼はライトメリッツの戦姫エレオノーラの部下であるが、ティグルと呼ばれた青年-元アルサス領主だったティグルブルムド=ヴォルン-がエレオノーラに捕虜となってからいつのまにか仲良くなり、ティグルのために対ムオジネルの偵察に来ていた兵士たちの一人だった。

「仕方ないだろう。俺もムオジネル軍を見るのははじめてなんだ。」

「アルサスにはこなかったのかい?ムオジネル人には商人が多いそうだが...?」

「...う~ん、うちに来たところで、商売になるとは思えないし...。」

そう言いつつ、ティグルの目は、ムオジネル軍二万の後方にいる集団に向けられている。縄で手を縛られ、身体中に傷跡や暴行を受けたと思われるあざがある。板きれを重ねたものを背負わされ、着ている服はぼろぼろで、女性の倍は半裸になっているものも珍しくない。憔悴しきった表情でとぼとぼとムオジネル軍のあとを着いて歩いている。

(ムオジネル軍をただ追い払うだけじゃだめだ。全員は無理かもしれないができる限り助けるにはどうしたら...。)

そのとき脇から声がしてきてティグルは我に帰る。

「ここから狙ってみるかい?ティグルさんなら当てられるだろう?」

期待半分冗談半分な口調は、アラムだった。

ティグルは首をふって

「う~ん、難しいな。ここは風が荒れすぎている。」

(それともこの弓の力を使ってみる機会なのか....?)

ティグルは一瞬自分がもっている黒弓をみつめる。

もしかしたら、総指揮官だけでなくその周辺の兵士をまきこんで数十人ものムオジネル兵を倒せるかもしれないという考えが脳裏をよぎる。

(しかし....)

ティグルはその考えを振りはらうように頭を振る。

それはこの弓には未知の部分が多すぎ、夜と闇をつかさどる女神テイル=ナ=ファと関係ありそうなこと、テイル=ナ=ファの神殿でティッタに憑依したことなどが思い出される。

モルザイム平原やタトラ山の戦いでは威力を発揮したが、それは、エレンがいて、アリファールがあったからで、ロランとの戦いでは気を失ったこともある。ここで自分が気を失うようなことがあれば、『銀の流星軍』は統制が取れなくなるし、うまく敵の指揮官を倒したところで、恨みが奴隷たちに向けられる虞が高い。

「引き返そう。ルーリックたちも準備しているだろうし。今日は無理かもしれないが、明日こそはやつらにしかけよう。」

ティグルとジスタート兵たちは顔を見合わせて軽くうなずくと、音をたてずに断崖からはなれて、そろそろと馬をつないである場所をめざす。

ティグルのすばやく、しなやかな身のこなしにアラムは微笑みながら感嘆が入り混じった軽口をたたく。

「ったく...ティグルさんの親は、どっちか山猫か何かだったんじゃないか。」

「それならお前の両親は海狸(カストール)だな。」

ティグルがそう返すと、いっしょにいる兵たちにくくっと小さな笑いが起こる。

「ティグルさん。一度、こいつの親に会ってみてくださいよ。海狸(カストール)が人間に化けているかと思うから。」

「それも両親ともだから。この親にしてこの子ありって思うから。」

ティグルと兵士たちは軽口をたたきながらも慎重さを忘れない。ムオジネル軍が進む街道から十分離れたことを確認し、馬をつないである場所に戻った。

この直後、ティグルはかすかな物音から、ムオジネル兵4名に追われている旅人風の者に気づくことになる。ムオジネル兵をたちまちのうちに射殺し、旅人を助けてみると少女であった。

「こいつらが、なにか持っていないか調べてくれ。それから武器はいただいていこう。」

「おいはぎそのものですな。」

ティグルと兵士たちは苦笑して、ムオジネル兵の懐を探るが何もみつからない。

死体を見つかりにくいようにひっぱっていって岩陰にかくすとティグルたちは数刻後に自分たちの陣営に帰還する。

「ずいぶんでかい土産ですな。」

それがティグルたちを出迎えた禿頭の騎士の口をついて出た第一声だった。

 

その頃、ジスタート王都シレジアでは...

王宮では、青い髪の少女が正装して玉座まで続く赤いじゅうたんをゆっくり進んでいく。少女の頭を白と赤の花冠がかざっている。青い髪は結い上げられ、水色と純白のドレスは肩を露出させていたものの、赤や金の装飾がドレスの白を引き立てて、艶かしさよりも無垢さ、清純さを印象付ける。肘まで伸びた白い手袋には袖口に微小な金片をあしらい、腰に巻かれた白い帯は大きく広がって羽根のように見える。

少女は小柄ではあるがオルミュッツの地を治める公主であり、一見童顔のような愛らしい面立ちでありながらもりりしい威厳を感じさせる。自領であるオルミュッツへ帰れば名君といってもいい有能な統治者であり、兵を率いれば諸国に聞こえるほどの防御に定評のある優秀な指揮官である。

その彼女は玉座から一定の距離でひざまずき、竜具たる凍漣の短槍をおき、頭をたれる。

「面を上げよ。」

「『破邪の穿角』が主、リュドミラ=ルリエよ。用向きを申してみよ。」

「陛下のお許しを得て申し上げます。ライトメリッツ公主エレオノーラ=ヴィルターリアのブリューヌ介入についてでございます。エレオノーラ..」

といいかけて彼女は一瞬言葉煮詰まったが続ける。

「姫がブリューヌに介入したのはアルサスへテナルディエ公爵が軍をすすめたことによる混乱がライトメリッツをはじめとするわが国に及ばないようにするためでした。」

「そのように聞いておる。」

「しかし、エレオノーラ..姫は、先般レグニーツアにルヴーシュ軍が侵入したとの報を受け、帰国し、レグニーツア軍に加勢するという行為に出ました。」

「ふむ。先般ルヴーシュのエリザベータから一応の報告を受けているが、実のところはテナルデイエとガヌロンの差し金であろう。困ったものじゃ。」

「はい。私戦ともとれるこういった行動をなされては陛下の権威にもかかわることと存じます。しかもブリューヌにはムオジネル軍が先遣隊二万が侵入し、本隊三万が国境地帯に集結している状況です。」

「そのとおりじゃ。エリザベータといい、エレオノーラといい、余をなんと心得ているのか。」

「このようなことであれば、ブリューヌの安定とエレオノーラ姫のブリューヌでの行動については、国益にかなうものか監視する必要があるかと存じましてその任にあたろうかと愚考いたした次第です。」

「ふむ。リュドミラよ。おまえはエレオノーラとはあまり友好的な関係でないことは知っている。一方、おまえのルリエ家は代々戦姫を継ぎ、おまえ自身戦姫のなんたるかをよく心得ていることと思う。エレオノーラの行動について有利に判断せず適切かどうか判断できるだろう。よろしい...監視の任にそなたに任じよう。監視を有効ならしめるため一定程度の兵を率いることもゆるそう。」

(ライトメリッツとオルミュッツの力をそぐことにもなろう。好きに行動するがよい。)

「ムオジネルのブリューヌ侵入についてはいかがいたしましょうか。」

「南部にあるおまえのオルミュッツにも影響のあることゆえ、必要とあればムオジネル軍を排除することも許す。しかしエレオノーラにも命じたようにジスタートの国益を第一に考えることを肝に銘じよ。」

「御意を得ます。」

戦姫リュドミラことミラは、王宮を退出し、自領のオルミュッツに戻った。

 

「陛下の許可は得たわ。ムオジネル軍の動きと、『銀の流星軍』の動きを把握して。」

「はっ。」

「リュドミラ様。」

「なあに?」

「ムオジネル軍本隊の指揮官が判明いたしました。」

ミラは息を呑みうながす。

「王弟たるクレイシュ=シャーヒーン==バラミールでございます。」

「...そう...。」

(やはり...でてきたか。やっかいな相手ね。武勇だけでなく、知略にも長けている。兵站管理にも隙がない。)

「わたしの指示したタイミングで出撃する。準備を整えて。」

(そう、アルサスのあの赤毛の伯爵に恩を売れる最もよいタイミングで)

「はっ。抜かりなく。」

ミラは満足そうに微笑を部下に向けて軽くうなずいた。

 

「それにしても….本当に何もないところだな。」

ムオジネル軍前衛部隊二万の指揮官であるカシムは、アニエスの砂塵まじりの乾いた風を馬上で浴びながらぼそりとつぶやく。

アニエスの荒野は戦略上の要地に要塞が点在し、たまにオアシスがあるとそこに村や町ができるがほかにはまさしく「何もない」場所だった。

だがムオジネル軍はそんな荒野を念入りに偵察して進み、地図を作成し、小さな村であっても見逃さずにつぶしてゆっくりと進軍していく。

「町や村をつぶして進むのがわれわれの役目とはいえ....目的地についたときに奪うものがないということにもなりかねんな。」

カシムは不機嫌につぶやく。進軍速度が遅いためにムオジネル侵入の報が先に伝わって実際からっぽの村や町もあった。

(そろそろ夜営の準備でもするか...)とカシムが考えたとき先頭部隊より報告がもたらされた。

「閣下、敵が現れました。ブリューヌ軍かと思われます。」

「数と兵種は?」

「百から二百ほどですべて騎兵です。距離をとって我が軍の右側面を投石と弓矢で攻撃してきました。負傷者もでています。」

「その程度の数、矢を射掛けて追い返せなかったのか?」

「そうしたのですが....逃げたと思ったら、しばらくすると戻ってきて同じことを繰りかえすのです。」

(どうやら城砦にいた連中とは違うようだな。こちらのおおよその数は把握しているだろう。その連中はおそらく囮だな。)

カシムは考える。

「三千ほど向かわせてその連中をつぶせ。」

「三千はいくらなんでも多すぎるのでは?五百ではダメなのでしょうか?」

「わからぬか。連中は囮だ。どこかに本隊がいる。それから妨害するものは徹底的につぶすのがわれわれの役目だ。さっさと向かわせろ。二度はいわぬ。」

「はつ。」

(大軍が近くにいれば、斥候を放っているからその痕跡もあるはずだし、相手もかくす必要はないはずだ。それがない以上、百から二百程度の囮なら本隊は二千くらいだろう。)

ムオジネル軍は千の弓兵と二千の槍兵で、ブリューヌ兵を追わせる。ブリューヌ兵は逃げ出し、岩場の狭い通路をたくみに走り抜けていく。ムオジネル軍はそれを猛然と追いかける。ブリューヌ兵は、左右が絶壁に囲まれた隘路に、ムオジネル軍をさそいこんだ。

ムオジネル軍は長蛇の列となっていた。先頭部隊は隘路を抜けた開けた場所に出るが、そこは袋小路で正面と左右は砂岩の急斜面な丘に囲まれている。

ムオジネル兵は、正面と左右の丘の上に、無数の旗が林立し、数多くの兵士と思われる人影が埋め尽くさんばかりであるのを見た。

「五千....いや六千はいるぞ。」

「うおおおおおおお!」

西の空を背にいっせいに鬨の声が上がり、弓が射掛けられ、騎兵が怒涛のごとく駆け下りてくる。

「ひけぇ~!ひけぇ~!。」

「無理です!後ろから来る兵が前進をやめません!」

ムオジネルの部隊長たちは青ざめた。次々に矢を射掛けられ、石を投げつけられ、斬り伏せられる。前進しようとする兵と引き返そうとする先頭部隊の兵とがぶつかりあい転んだりたおれたりして大混乱に陥った。

ティグルは声をからして指揮しようとする部隊長を目ざとく見つけて射倒していく。

もはやムオジネル軍は逃げ惑う烏合の衆と化してお互いにぶつかったり押しのけたりして必死に逃げ惑う。ムオジネル軍は全軍崩壊状態で逃げ惑い、隘路からもどって一定の距離になったときに落ち着きを取り戻したが、一千の戦死者を出していた。

 

オルミュッツの公宮では、ミラと部隊長たちが自分がティグルだった場合にどうするか兵棋を用いての模擬戦をしていた。

「わたしだったら、戦う場合、囮をつかって、このように仕掛けるけどティグルヴルムド卿はどうしかけるのかしらね。」

地図を見せながら駒をうごかして部隊長たちに説明する。彼らはうなづき

「それが一番効率的でしょう。少数なのですから。」

「そうですね、戦うんだったらそうするでしょう。」

と答える。

「戦わないという選択肢もあるんでしょうけど。」

「ルリエ様は、ティグルヴルムド卿が戦うとお考えなのでしょう。」

「そうね。彼は反逆者の汚名もあるからムオジネル軍と戦う姿勢をみせて国内から共感を得なければならない。そうすることによって味方が集められる。危険な賭けだけれどそれをしないと先細りになる。」

そのとき斥候が帰ってくる。

「リュドミラ様!」

「なあに?」

「リュドミラ様の予想通り、ティグルヴルムド卿がムオジネル軍にしかけ、三千の兵を...。」

「隘路に誘い込んでたたいたということね。」

「はい。」

「これからどうするつもりかしらね。矢の数も限られる。敵兵の装備を奪ったり、石を拾い集めるしかないわね。」

「まあ、あと一、二戦でしょう。」

「そうね。エレオノーラが帰国してしまったから補給が問題でしょうね。」

ミラと指揮官たちはおたがいの顔をみてうなづく。

現実世界の20世紀、21世紀には、子どもの頃から楽器を弾かされて天才と呼ばれる少年少女がいるが、ミラの場合は子どもの頃から政治と軍事を叩き込まれて、オルミュッツをいかに豊かにし、民の生活を保障して満足させ、いかに兵站を管理して、地形や敵の情報を利用して有利に戦いをすすめるか鍛え上げられた生まれながらの戦姫なのであった。




緒戦の奇襲に成功した「銀の流星軍」。それを見守るミラ。カシムは戦況報告を受けることになる。

感想でご指摘いただいた部分を修正(3/24,19:00)

ミラの正装を11巻を参考に加筆(3/30,3:00)

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