赤ひげ王弟と凍漣の雪姫   作:Brahma

13 / 17
テナルディエはムオジネル艦隊が接近してきている情報を得て、港町にすむ船乗りで海戦の指揮官として功績を挙げている甥を呼ぶ。彼の名は、ドン・ファン・デ・アウストリア・テナルデイエといった。





第11話 レパティウムの海戦前編

「どうだ、ムオジネル艦隊は、六百隻で向かってくるが...。」

テナルデイエは息子のような甥にたずねる。

「伯父上、王弟クレイシュとムオジネル王カワードは軍議で論争になったのはご存知ですか?。」

「その話は小耳にははさんだが...。」

「これからは接近して衝角を突き合わせたり、白兵戦で海戦をする時代じゃありません。船を沈めれば勝ちですから。」

「なんだと?どうするというのだ?」

「ブリューヌ人は弓を軽蔑してますよね。」

「そうだ。あんなものは臆病者の武器だ。」

「ただし、弓には何物にも変えがたい長所があります。」

「なにをばかな。そんなものあるはずがない。」

(困った人だ。戦姫の剣の魔力があったとはいえ息子を弓でうしなっているというのに....。)

ドン・ファンは、少し考えて伯父に話を続ける。

「弓は遠くから敵を攻撃できるという利点があります。弓以外に遠くから敵を攻撃する方法があれば船を沈められるということです。」

テナルデイエは、ふん、と鼻を鳴らし笑みを浮かべて黙る。

甥の有能さは認めている悪いことにはならないだろうという無言の承諾だった。

 

ドン・ファンが去ってから、テナルデイエは、最も信用している副官のスティードに話しかける。

「どう思う?」

「甥っ子さんは優秀ですよ。」

「そんなことを心配しているのではない。」

「なるほど。指揮官としては優秀だが、政治的には立ち回れない方かもしれませんな。」

「わかっていたのだろう?」

「リグリアのジョナサンドレア・ドーリアをつけておられたのに加えて甥っ子さんの副官にレグゾス卿をつけました。」

「そうだ。勝ちすぎず負けすぎずだ。ムオジネルには、この場に及んでもわれわれと同盟を結ぼうと言ってこないアルサスの赤毛の臆病者と青い髪の小娘をすりつぶしてもらわねばならん。それから十分疲弊してから退却してもらわねばならないからな。」

もちろんテナルデイエはティグルが同盟を求めてきた場合は先鋒にたててムオジネルにすりつぶさせるつもりである。

(オルミュッツの小娘も死んでもらえば新しい戦姫に代わるだろう。オルミュッツの主がルリエ家でなければいけない理由はないのだからな。)

 

一方、そんなことはつゆも知らないドン・ファン・テナルデイエは、勝つことばかり考えている。ヒタリア半島の東部の港町ヴェネタと西部の港町リグリアの協力をとりつけるのに成功する。この二つの港町は、双方ともムオジネルの海賊になやまされており、十年前のバラベザ海戦でも敗れている。しかし、双方が協力しようとしても艦隊総指揮官をヴェネタが担うのかリグリアが担うのかで争うのでなかなかまとまらない。そこへ、ドン・ファンの提案があったのだ。いっしょにムオジネルを撃退しないかと。公平中立な調停者として神殿のコロノス卿も来てくれているから不公平なことにはならないという念押しまであった。双方の町にとっては、テナルデイエの艦隊が加わる上にとにかく相手の下風にたたずにすむ、ということで同意したのだった。

 

ヴェネタ艦隊の指揮官はアゴスティン・バルバリーグ、リグリア艦隊は、ジョナサンドレア・ドーリアである。

テナルデイエ、ヴェネタ、リグリアの連合艦隊は、シラクサ島のメッシナに集結することとなった。メッシナ港にドン・ファン・テナルデイエが着くと船着場で歓声がわきおこった。

「ドン・ファン!」「ドン・ファン!」

ドン・ファン・テナルディエは、感じのよい笑みをうかべて手を上げてその歓声に答える。

テナルデイエ一族はメデイト海沿岸の港町の守護者であり、しかもドン・ファンは、容姿端麗な貴公子でありつつも海賊退治などで功績をあげている。容姿も実績もある若き提督は、人気も充分であった。バルバリーグもドーリアもその青年の存在感を改めて認めざる得なかった。

 

第一回目の作戦会議がドン・ファンの旗艦で開かれる。

「今回の海戦に参加した船の数は?」

「ヴェネタ艦隊はガレオン百二十隻です。」

「ブリューヌは、二百五十隻をかぞえますがリグリア艦隊はどのくらいですか?」

「百二十隻です。」

その後、乗員数、大砲の数など陣営の確認だった。

 

二回目の作戦会議が行われる。偵察船についてだった。

「リグリアの船をつかっていただきたい。」とドーリアが提案する

「性能ではヴェネタ船だって負けてはいない。リグリア船でなければ行けない理由は?」

バルバリーグが反論する。ドン・ファンはらちがあかないとおもいつつも、この競争心をうまく利用してやろうと考える。それぞれが得意な航路で偵察をすればより確実な情報が得られるだろう。

「では、両方使いましょう。リグリアの皆さんが得意な航路はどのあたりですか?」

ドーリアは、ヒタリア半島を越えて、エステムボルまで至る航路を示す。

「ヴェネタの皆さんは?」

問われたバルバリーグは、クリート島やサイプラ島の航路を指し示す。

「ムオジネルの艦隊は、このあたりを進んでくると思われるのでリグリアさんははここ、ヴェネタさんはここを偵察してください。それからもし敵をそれぞれの知っている航路で発見した場合、得意な航路のほうの港町の司令官を副将に任じるのであらかじめ承知しておいてください。」

ドーリアもバリバリーグも地の利を利用して戦うのが合理的であるのは理解できる。

「「わかった。」」

と返事をする。

 

ムオジネル艦隊の総司令であるメジンザルド・アリーは、海賊ウグリル・ベクに、ヴェネタの港や基地のあるクリート島、コル島を襲わせ、焼き払う。

 

この報告が、メッシナにいる連合艦隊に伝えられる。怪我の功名で、ヴェネタ船がムオジネル艦隊の動きを把握することができる。

「ムオジネル艦隊は、コル島からレパティウムに向かっているようです。」

「ムオジネル艦隊は五百隻です。ただし、火器については、カレブリナ砲で、こちらの15チェートカノネ砲や20チェートカノネ砲に射程でも破壊力でも劣ります。」

「予想通りですね。大ガレオン同士の旧式の白兵戦にこだわっている。また元海賊の白兵突撃力を生かすならそのほうが有利ですから。」

それから艦隊編成と布陣についての話し合いがなされる。本隊は、ドン・ファン・テナルデイエ、左翼はバルバリーグ率いるヴェネタ艦隊、右翼はドーリア率いるリグリア艦隊が占めることになった。本隊の旗は明るい青、左翼は黄色、右翼は緑色、そして予備兵力としての艦隊は白となった。この艦隊は激戦となった場合に救援に赴かせる艦隊であった。テナルデイエ公の与党であって、ドン・ファンも信頼している貴族サンタ・クロス侯が率いることになった。

編成がおおむね決まったところでドーリアが口を挟む。

「ところで。」

「ドーリア殿、いかがなされました?」

ドン・ファンが尋ねる。

「ヴェネタ船の戦闘員は、船一隻につき八十人ですか?不足しているのでは?ほかの船は二百人はいますぞ。これでどうやってムオジネルと戦うのですか?」

「ヴェネタはあなたがたと違って、こぎ手も自由民だ。いつでも戦闘要員に転化できる。」

バルバリーグは反問するものの説得力に欠けている印象だった。

「リグリア船にいるザクスタン兵とわが指揮下のブリューヌ兵を一部配分して乗せるのはいかがですか?」

ドン・ファンは、妥協案を示す。ヴェネタ船にさすがにリグリア兵は乗せられないだろうからリグリア船に雇われているザクスタン兵を乗せようと提案したのである。

ヴェネタはこの案をのんだ。ドーリアはぶつぶつ言っている。

「この場に及んでも何か言いたいことがあるのか?」

「バルバリーグ殿、発言は自由ですが、三人の指揮官のうち二人以上が同意すればあとの一人は従うという条件に同意されているはずです。」

コロノスが代わりに答える。

「それならば、ドーリアに決定権はない。わしは一刻も早く出撃したい。」

「わたしも早めの出撃に賛成です。」

コロノスも同意する。

中央に座っている総指揮官たるドン・ファンに皆の視線が向く。

「出撃する。」

ドン・ファンが宣言するとその場の空気がしまる。

(いよいよ出撃か...)

ドーリアとレクゾスは、冷ややかな目線になる。しかし、ドン・ファンは、

(ムオジネルに完勝してブリューヌと港町を守る。)

という決心といかに指揮すべきかに意識が向けられていた。

 

一方、ブリューヌの港町を襲って、レパティウムに迫りつつあるムオジネル艦隊で意見の対立が起こっていた。総司令官メジンザルド・アリーと海賊出身のウグリル・ベクである。

「敵は五百隻に満たないということだ。我々のほうが優勢だ。十年前は貧弱な艦隊だったが、今度こそ一気にブリューヌ、ヴェネタ、リグリアをたたきのめす。」

「船の数の問題ではありません。いかに船の大きさが大きくても、十年前はクレイシュ様が快速な船と砲撃で敵を翻弄できたのです。今度は敵が大砲を充実させています。ヴェネタのバルバリーグが海戦が得意で、総指揮官のドン・ファンは、優秀な船乗りだけでなく、進取の気風があり、なにを仕掛けてくるかわかりません。」

クレイシュの名前をきいてアリーは嫉妬心をもたげた。そして海賊出のウグリル・ベクを軽蔑のまなざしで見る。

「クレイシュ様にはテナルデイエやザクスタンとの取引があったのではないか?貴殿もザクスタンのヒタリア半島南部の出身と聞いているが。」

ウグリル・ベクは

「後者はその通りですが、前者については、そんなことはありません。いままでのわたしの働きを見れば明らかでしょう。」

しかし、ムオジネル艦隊は、カワード王じきじきに組織した艦隊であり、海賊にたよらない、自分たちこそ正規の艦隊だという意識が強く、ウグリル・ベクの意見は軽視する雰囲気になっている。

(こんなに変わってしまったのか...。)

ウグリル・ベクは失望する。十年前のザクスタンの敗北から何も学ばず全く同じ艦隊をつくるとは...

「ブリューヌ、ヴェネタ、リグリアの艦隊は寄せ集めにすぎん。ヴェネタ、リグリアの仲の悪さは折り紙つきだ。テナルデイエの若造ごときにまとめられるとは思えん。どうどうと打ち破るべし。」

ムオジネルの陣容は、中央にアリー率いる本隊、右翼はメフメト・シャールフ、左翼はウグリル・ベクである。

 

レパティウムの湾の出口で敵を待ち構えるために、ブリューヌと諸都市の連合艦隊は弓なりの陣形をとろうとする。ただし逆風で左翼、本隊、右翼と並ぶだけだが手間がかかっていた。ムオジネル艦隊は六百隻の大所帯であり順風にもかかわらず狭いパトラ水道をぬけるのに時間がかかっていた。

「ムオジネル艦隊を発見しました。」

連合艦隊から見て、視界へ入ってくる敵軍船の数がだんだん増加していく。

 

雲ひとつない快晴であるが強い東風がふきつける。

湾の出口で直接ムオジネル艦隊とぶつかることになるのは、ドーリア率いる右翼のリグリア艦隊だった。ムオジネル軍は、ウグリル・ベク率いる左翼艦隊である。

 

「面舵いっぱい。敵を右から攻撃する。」

ドーリアは、自らの旗艦を右に動かし、彼の艦隊もそれについていく。

 

一方、左翼を固めるバルバリーグの艦隊でも、右端の船の指揮官クイニーから

「敵艦隊発見!」

の報がもたらされる。バルバリーグは手を振ってそれに答えた。

 

正午になって風がやみ、ムオジネル艦隊の帆が垂れ下がる。

「わたしは、 船に乗って皆を叱咤し、直接指揮をとります。」

といって二つの三角帆を連ねた小型の快速船であるレアル号に乗る。快速だけでなく、ちいさいので敵にもめだたない...はずだった。




今回はテナルディエ公爵が、ムオジネル侵攻に対し、南側ににらみをきかせるとともにガヌロンのけん制のために兵力を二分したとしながら、海戦を同時に行なっているという原作の記述について整合性をつけるため、テナルディエに有能な甥がいたという設定で2話設けました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。