赤ひげ王弟と凍漣の雪姫   作:Brahma

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『銀の流星軍』とオルミュッツ公国連合軍は追い詰められつつあったが...


第10話 オルメア会戦(3)騎士団参戦、戦局二転三転

『銀の流星軍』とオルミュッツ軍の北方半日の地点では、リュテス、ペルシュ、カルヴァドスの三騎士団の陣営があった。三騎士団ともペルシュ城砦にいったん集結した後、救援に赴こうと昼夜兼行でむかっていたが、戦場の位置が特定できたことで作戦を確認するためと兵を休ませるために陣営をはっていたのである。

「シェイエ様、エミール様、オーギュスト様、ヴォルン伯爵とオルミュッツ軍は敵の先頭集団を壊滅させつつある模様。」

「ムオジネルの指揮官はどこにいるのか?」

「前から三番目の部隊にいる模様です。ちょうどよいことにやはり敵は北側の警戒を全くしていない模様です。」

斥候は地図を指し示す。

「というかヴォルン伯爵とオルミュッツ軍の数では北側から敵を攻撃する余裕なんかないはずだからな。」

「そういうことであれば予定通り北側から攻撃しましょう。」

「そうだな。戦況が変化した場合でも混乱しないで敵に打撃を与えられるだろう。」

「よし、そうときまったら出撃だ。」

 

「あれだな。」

「ムオジネルの赤い旗と黒竜旗、白い十字に交差した槍の旗、アルサスの旗と流星の旗と紅馬旗です。」

「よし、突撃だ!ムオジネルの飢狼どもをたたきだせ!」

「うおおおおおおおおお!」

 

『銀の流星軍』とオルミュッツ軍は疲労困憊だった。

ムオジネル軍は第七軍と第四軍に包囲網を築かせつつあった。

((真綿でじわじわ首をしめられているようだな(わ))

赤い髪の弓使いの青年と青い髪の戦姫は疲労の色を隠せず同じことを考えていた。

二人とも必死にきもちを奮い立たせて戦っている。

青い髪の戦姫は、赤ひげの王弟との直接対決に今一歩のところで戦術的に事実上の敗北を強いられていた。しかし、今一歩のところで『銀の流星軍』とオルミュッツ軍自体はふみとどまっていた。

 

一方、赤ひげの王弟は、最後の仕上げとばかり、その赤ひげをいじくりながら

「敵の本隊は確かに善戦したが、それゆえ疲労のきわみにあるはずだ。

そのまま包囲網を縮めよ。」

と伝えていたところだった。

 

両軍に北方から鬨の声が聞こえたのはそのときだった。

「「新手?」」

赤い髪の弓使いの青年と青い髪の戦姫は同じことをぼそっとつぶやく。

しかしそのつぶやきはささやかな安堵と喜色に変わっていく。

新手の掲げる軍旗はどうみてもムオジネルの金騎士ワルフラーンの兜ではなかった。いまにも旗からとびださんとする赤い馬である。

鉄の甲冑、長槍に長盾をもつ五千の騎士が、喚声をあげながら雪を蹴立て馬蹄をひびかせてムオジネル軍に襲いかかった。

「!!」

ムオジネル軍の包囲網は騎士団の突破力に敵せずあっというまに崩れ去った。

「?どういうこと??」

青い髪の戦姫の言葉にティグルは自軍が有利になったことだけは理解できたが、事態が正確に飲み込めず答えられない。

リュドミラもティグルの表情から隠し玉の予備兵力を投入したわけではないことは理解できたが、次のエミールの叫びでそれが確信に変わった。

「ヴォルン伯爵、ヴォルン伯爵はいずこにおわすか。」

「ここよ。」

リュドミラが叫んで、高々とラヴィアスを振り上げる。ラヴィアスからはなたれた冷気は、空中の水蒸気を霧に変えて微細な霧の粒がきらきらと光る。

それで我に返ったムオジネル兵がいっせいにリュドミラに襲いかかる。

しかし、青い髪の戦姫の槍さばきと、赤い髪の青年の放つ矢に貫かれて次々に屍を積み重ねるだけだった。

ティグルとリュドミラのいる位置に騎士団が突撃をかける。すさまじいばかりの機動力と突破力によってムオジネル兵の包囲は蹴散らされ、二人の周囲から一掃されてしまった。

敗走するムオジネル兵を騎士団は追撃する。

そして騎士団の鉄色の甲冑の群れから三人の騎士がティグルへ向かって馬を進めてくる。

ティグルより十歳ほど年長であろう褐色の髪の騎士が息をはずませながら一礼する。

「エミールと申します。マスハス=ローダント伯爵からお話をうかがい、ペルシュ騎士団一千五百を率いて駆けつけた次第です。どうかあなたの指揮下で戦うことをお許し願いたい。」

エミールの隣に馬を並べた剣を持った黒髪の騎士が進み出る。エミールよりも体格がよく、声は太く、顔は厳つい印象を与える。

「戦場にて馬上で失礼する。ユーグ=オージェ子爵の要請を受け、リュテス騎士団のシェイエ以下一千五百参上仕った。ただいまより貴殿の指揮下にはいる。」

「カルヴァドス騎士団のオーギュストと申します。二千の騎士とともにティグルヴルムド卿にご助力いたします。」

最後に名乗ったひげをたくわえた壮年の騎士は、穏やかで親しげな笑みをうかべている。彼の顔については、ティグルは、見覚えがあった。彼がまだ幼い頃父に仕えていた騎士だった。

「オ、オーギュスト、本当にオーギュストなのか?」

「覚えていてくださいましたか、ティグル様」

「忘れるわけないじゃないか。元気そうでなによりだ。」

「これまでは、国王陛下にお使えする騎士という立場ゆえご助力かなわず申し訳ありませんでした。歯がゆい思いをしていましたところ、ナヴァール騎士団のロラン殿とオリビエ殿から手紙であなたのことをうかがったのです。」

「ロラン?」

オーギュストは軽くうなづく。

「あなたがブリューヌのため、民のために戦う時は、その下に馳せ参じてほしいと。そしてこのたびマスハス様からお話を伺い、いまこそと部下を率いて参った次第です。ペルシュとリュテスの騎士団も同様です。」

「ありがとう....オーギュスト。」

「テイグル様、ご立派になられましたな。ウルス様のように。」

ティグルは感極まって答えられない。前髪をかくふりをして目をこする。

騎士団の指揮官たちは互いに軽くうなづきあう。

「では、早速きやつらをけちらしてまいります。」

「皆の武運を祈る。ありがとう。」

騎士団の指揮官たちは今度はティグルに対してうなづくと、はいやつ、と馬に鞭をくれて走り去った。

 

「お話は終わった?」

青い髪の戦姫が馬を寄せてきた。赤い髪の青年は彼女のほうに満面の笑顔をたたえて振り向き、おおきくうなずく。

リュドミラもうれしさと安堵と大事業を終えたときのような最高の部類に入る笑顔を青年に向ける。

「おかげでひと息つくことができたわ。あなたはどう?」

「いや....。まだ弓は引ける。それに助っ人ばかりに任せているんじゃ格好がつかないからな。もう少しがんばってみるよ。」

「そう^^。疲れてるんだからはりきりすぎてかえって醜態をさらさないようにね。」

青い髪の戦姫と赤い髪の青年貴族は馬を並べる。赤い髪の青年は弓に矢をつがえる。戦姫たる少女は槍を構えなおした。二人の全身には、いたるところに血と雪と泥がしぶきのようにかかり、汗まみれで、その服も腕も顔もよごれまくっている。しかし二人ともその瞳には、なすべきことに向かって前進する者のみがもつ輝きに満ちていた。

 

「騎士団だと?ほう、騎士団か...。」

赤ひげの王弟は、あと一歩で完勝をつかもうとした手が払いのけられたのを悟って、怒りを含んだうめきを発するものの、一瞬で冷静な戦略家にもどる。

「なるほど。しかし、しょせん五千はあくまでも五千でしかない。第七軍を後退させろ。それから第六軍に伝えろ。最初の敵の本隊を撃滅するのに専念しろと。」

「はつ。」

ムオジネル第七軍は、ほころびをつくろいつつ整然と後退する。

(みごとな後退ぶりだわ。敗走じゃなくて後退。騎士団のあれだけの突撃をうけてもあんなに整然と後退させられるなんて...。)

リュドミラは感心してしまう。

クレイシュは、騎士団の突進によって乱れた軍の統制をまたたくまに整えてしまった。

「騎士団は化け物じみた機動力と突進力が身上だ。正面からの攻撃はすさまじいが、反面横が弱い。陣形を変えよ。第七軍と第四軍は騎士団の横腹をつくのだ。」

ムオジネルの第四軍と第七軍は陣形を変え、横から弓矢を一斉に放ち、動揺しかけたところを「うおおおおおおおお!」

と鬨の声を上げて騎士団の横腹に槍によるすさまじい一斉攻撃をしかけた。

「敵の本隊はもうすでに疲労困憊のはずだ。騎士団の参戦で一時的に活力を取り戻しているにすぎない。まとめてすりつぶしてくれるわ。」

騎士たちは槍にひっかけられて馬を横転させたり、馬上から引き摺り下ろされて甲冑のつき間を槍に串刺しにされ、馬の悲しげないななき、グサリ、グサリと肉体を貫く鈍い音、そして、騎士たちのうめき声と悲鳴と鮮血がとびちる。甲冑が重いためにようやく立ち上がろうとしたところを数人がかりでたたきのめす。

テイグルもリュドミラも疲労を隠せない。兵士たちも第六軍とようやく戦っているがムオジネル軍のほうが疲労が少なく、じわじわとムオジネル軍の優勢がしだいに明らかになってくる。

(なんてやつだ。)

数だけではない。ナヴァール騎士団やテナルディエ公、ガヌロン公の軍とは違った強さをティグルは感じ、舌をまかざるをえない。「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処」することは言うは易いが行うのは非常に困難であり、机上の兵法を論じるにすぎない者や凡庸な指揮官が主張したところで、その結果がいきあたりばったりと同義というそしりを免れないが、クレイシュの場合はそれをまさしく理想的な形で行っている。

 

後に、テナルディエの副将スティードとガヌロンの副将グレアストがオルメア会戦のクレイシュの戦いぶりについて知ったときにそれぞれ異なった感想をいだいた

という。

両者ともこの王弟には勝てないだろう、という感想を抱いたところまでは同じだったが、前者は、後の憂いを断つためにそれを撃退したティグルヴルムド=ヴォルンは殺さねばならないということを決意し、後者は陰謀については自分のほうが上だと考えた。後者については、客観的に見て「陰湿」という形容詞が抜けていたが。

 

(ここまで来て負けるのか...。)

とティグルが思い始めた矢先、再び北西方向から鬨の声が聞こえる。

それは、紅馬旗をひるがえした小貴族の連合軍だった。先頭には、灰色のひげをたくわえた初老の貴族と文官風の好々爺然とした貴族がいる。

「野蛮な侵略者を叩きだせ。民と大地を守るのだ!」

「ヴォルン伯爵に続けえ!」

「うおおおおおおおおおお!」

歩兵と騎兵合わせて三千の部隊がティグルたちを包囲している第六軍の背後をつき、第六軍は陣形をみだして混乱する。

 

「何?北西から敵の新手だと?」

稀代の名将であるクレイシュもさすがにこれには驚かざるを得ない。

頭をフル回転させ戦術をねる。いくつもの脳内シュミレーションを行い、打ち破る見込みをたてる。

(できなくはない...できなくはないが...。しかし、どういうことだ?偵察隊が見落としたのか...いやそんなことはない。今回も間違いなく働いている。運が悪いということか...。)

クレイシュは得体の知れない気味悪さを感じていた。

(しかし、こいつらは見方によってはテナルディエやガヌロン以上にやっかいだ...。

敵は六千弱だったはずだ。それが倍以上になっている。しかも問題はこれで最後なのかということだ...。)

(テナルディエやガヌロンを最初につぶしたかったな。こいつらに打ち勝ってなおかつテナルディエやガヌロンと戦わなければならない...。それにしてもティグルヴルムド=ヴォルンだったか、長たらしい名前だ、ティグルとか名前を縮めればよかろうに....。)

赤ひげの王弟は、このとき戦姫リュドミラだけでなくアルサスの小領主ティグルヴルムド=ヴォルンを明確に好敵手として意識し始める。そして、同時にこのままブリューヌ国内にとどまることにメリットがあるか真剣に考え始めた。

(時間をかければかけるほど義勇兵になやまされるだろう。少しばかり知恵の働く将がいれば、退路を断たれるかもしれない。ブリューヌ南部の豊かな港町、肥沃な土地、多数の奴隷、そしてそれをおさえているネメタクム。それをとれなければ何の意味もない。)

クレイシュは渋い表情になる。彼の側近や部下たちは、固唾を呑んで上官の命令を待った。

「...全軍後退だな。」

赤ひげの王弟は、ぼそりとしかしはっきりとした声で命ずる。

「しかし、ただでは後退せぬ。わざと隙を見せてやれ。」

渋い顔にわずかばかりのいたずらっぽい笑みをうかべて付け加える。

ムオジネル軍はわざとらしく隙を見せながら後退する。

 

「敵が後退するわ。」

「そうだな...。」

青い髪の戦姫は、ムオジネル軍がわざとらしく隙をつくっているがいつでも逆撃できる体勢にあることを看破して、赤い髪の青年にたずねる。

「敵の意図はわかる?」

「わかるけど...正直言って気力がついていかないからちょうどいい。」

「それもそうね。」

青い髪の戦姫は苦笑する。

 

「マスハス卿、追撃のチャンスでは?」

とある小貴族の質問に老練な伯爵はこう答えて制した

「いや。あれは陣形の乱れを故意にみせつけてこちらの攻撃をさそっているのだ。敵は逆撃できるよういつでも準備している。テナルディエやガヌロンよりも恐ろしい敵だと考えて間違いない。」

 

「つまらんな。勇敢さと無謀さを履き違えて突進してくる者はいないのか。」

クレイシュは遊び相手を捕まえられなかった子どものようにすねた表情になる。

「丘を包囲していた第一軍から第三軍に伝えよ。今回はこれで引き上げる。隊列をととのえ合流せよと。」

「はつ。」

「それから被害報告をせよ。」

「第五軍は壊滅、第四軍と第七軍は騎士団の攻撃、第六軍は最後の貴族連合軍の攻撃で合わせて六千人強の戦死者がでています。」

(戦死者が先遣隊と本隊あわせて一万一千...本隊に加わらなかった兵を加えると三割以上を失ったか...。思ったより多いな。)

「まだ、三万四千の兵がいる。目の前の敵の三倍近くはいる。部隊の長を集めよ。」

「はつ。」

第一軍から第七軍の将と部隊長がクレイシュの前に並ぶ。

「わしは、海戦の報告を待つことにする。ここに陣営を築く。念のために陣営の周囲に堀と柵をめぐらせろ。それから負傷者の手当てと、兵に休暇を与えるのだ。偵察隊だけは敵の攻撃の警戒と情報収集だ。」

「はつ。」

ムオジネル艦隊とブリューヌのテナルディエが盟主となっているメデイト海沿岸の港町の連合艦隊との海戦の帰趨がさだまりつつあった。もし負けたら補給が完全に絶たれることとなり、占領政策もままならず、つぎつぎと現れる義勇兵になやまされることになる。

(港町は情報がはやい。勝てれば問題ないが、わしの予想があたったら退却しかないな。)

クレイシュは、海戦で敗れた場合にどうするか思索をめぐらせていた。




オルミュッツ軍とブリューヌ軍は、負傷者を後方に下げ、難民たちをさらにその後方において待機していた。負傷者を手当てさせ、兵に休暇を与える。
「ムオジネル軍はアニエスまで後退していきました。」
「順当なところね。戦わない以上、無駄に補給線が長いのはなんのメリットもないから。」
「反撃してくる可能性はないのか?」
「あるわね。何か待ってるんじゃないかしら。」
「ティグルヴルムド卿、ムオジネルは陸からだけでなく、艦隊を送ってきているようです。」
ルーリックがティグルに話す。
「ムオジネルは、陸だけでなく海戦で勝つことにより港町を押さえたいために、陸路、海路から同時に攻め上ってきているのです。」
ジェラールがルーリックに対し(読みが浅いぞ、ジスタート人!)という視線を向ける。
「なるほどね。」
リュドミラはうなずく。
「リュドミラ様。偵察の者がもどってまいりました。」
部下の一人がミラに話しかける。
「通してあげて。」
「はつ。」
「ブリューヌ艦隊とムオジネル艦隊は、レパティウムで戦闘をはじめたということです。ブリューヌの艦隊指揮官は、ドン・ファン・デ・アウストリア・テナルデイエで、ムオジネルの艦隊指揮官は、メジンザルド・アリーです。」
「ドン・ファン・デ・アウストリアは、テナルデイエ公爵の甥っ子でザイアンとは違ってキレ者というわ。有能な者は取り立てるテナルデイエ公爵だからザイアン亡き後の後継者と考えて海戦の指揮官にとりたてたようね。」
「テナルディエ公爵と協力しあっていることになるのか...。」
「ここは前向きにとらえましょう。ヴォルン伯爵。」
ジェラールが珍しく明るい顔でいう。
「楽観論なんてお前らしくないな、ジェラール。」
「どういう風の吹き回しなんだ?悲観論者のブリューヌ人?」
「悲観論じゃなくて現実論です。それよりももうちょっと兵器の勉強をしてくださいよ。ジスタート人。戦姫様はわかっておられますよ。」
「うぐぐ。」
「ルーリック、おちつけ。リュドミラ、テナルディエの甥っ子が勝つ可能性が高いのか?」
「ええ、わたしの予想ならね。ヒントは、十年前のバラヴェザ海戦のクレイシュの勝因よ。」


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