赤ひげ王弟と凍漣の雪姫   作:Brahma

10 / 17
オルメア会戦の緒戦を有利に運ぶ『銀の流星軍』とオルミュッツ連合軍。一方援軍要請に向かったマスハスとオージェは....


第8話 援軍要請

オルメア平原での戦場は敵味方入り乱れ、視界が定まりにくい。しかも敵の部隊長の鉄兜は、灰色の曇り空で、ほんのり暗く、さらに雪が降っていて、見分けにくくなっている。

「この状況でよく敵の部隊長を狙えるわね...。」

リュドミラは感心したようにつぶやきながらティグルを見る。

「頭に黒い布を巻いていないのが部隊長。そう考えればわかりやすい。」

アニエスからの連戦で、ティグルはムオジネル軍の軍装を正確に把握していた。

一方でムオジネルの第五軍は、奴隷と思っていた「難民」の逆撃と、ティグルとリュドミラの攻撃で崩壊していく。予定通りだ。

「ティグルヴルムド卿、ご無事ですか。」

馬を寄せてくるルーリックに対し、ティグルは笑みを浮かべながら返事をする。

「お互い、まだ大丈夫みたいだな。」

緒戦はうまく行ったように思われた。

 

さて、しばらく時をさかのぼる。ムオジネルの侵入が判明したときの朝である。

ティグルとルーリックは、ユーグ=オージェ子爵とマスハス=ローダント伯爵のいる幕舎に向かった。

幕舎にはいって、二人は言葉を失った。何枚もの地図と兵棋演習に使用する駒が散らかっている。ずんぐりとした体躯で灰色の髪と髭が印象的な老人は目にくまをつくっている、またやせ気味で温和な文官風の老人は服が着崩れて疲れきった感じがありありとうかがわれた。

「お話があるのですが、お二人ともいかがでしょうか。」

「「ちょっと待ってくれ。」」

二人の老人は異口同音に返事をし、眠気をとばすために水をかぶってから顔と頭をぬぐった。

「「よし、聞こう。話してくれ。」」

「俺は、兵を率いて南東へ向かい、ムオジネル軍と戦います。」

ティグルは想いを一気に吐きだすように言い、マスハスとオージェをみつめる。二人の老人は一瞬視線をかわすと、マスハスが重々しい表情で

「そう言うだろうと思っておったよ。」

その表情は、表面的にはルーリックやリムがティグルに時々向けたものと同質なもので、(また、むちゃをするのか、困ったやつだ)というあきれ顔と声質を伴っていたが、アルサスを民を守るという原点からあくまでもぶれないティグルに対して年長者がたのもしい若者を見守る暖かいまなざしを含んだものだった。

「ますは、理由を聞かせてもらおう。」

「生き延びるため、守るべき者たちを守るためです。」

と赤毛の若者は答える。二人の老人は(やはりそうか)と自分の予想が合致したのを確認したが、それは若者に対しての同意にはつながらない。より安全な策を考えるのが経験豊かな年長者の役目であると二人は考える。そこで今度は温和な文官風の老貴族オージェのほうが赤毛の若者へ提案を述べる。

「このテリトアールで守りを固めるという手もあるが....。それは考えられないのか?」

オージェの表情は真剣そのものである。普段のやさしげな笑みを浮かべる老人の姿はそこにはない。

「二万の軍勢が攻めてきた場合、果たして守りきれるでしょうか....?」

「時間を稼ぐのだ。相手は侵略者だ。ほかの貴族や騎士団にとっても他人事ではない。それにムオジネル軍がこちらではなく、豊かなネメタクムに向かう可能性も充分ある。」

「ほかの貴族や騎士団はいつ来るのでしょうか。その前に俺たちが負ける可能性も充分あります。」

「あるいは、援軍現れず....か。」

マスハスがつぶやくとティグルは驚きを隠せない視線を若者が深い信頼を寄せる灰色の髪と髭をもつ老人に向けた。

「ふん...。」

温和な文官風の老貴族オージェが鼻を鳴らし、兵棋駒を指と手のひらで転がしながら皮肉気な笑みを浮かべて話し始める。

「テナルディエのおかげで、こちらは反逆者の片割れのような扱いじゃ。放置したところでとがめられる理由もない。それにやつらにしてみればわしらのためにムオジネル軍が少しでも疲弊してくれればもうけものくらいに思っているのじゃろう。」

「そこまでお考えでしたか。」

「考えるのはできる。その後の判断と行動をどうするかが重要じゃて。」

マスハスがティグルの肩に手を置いて話を続ける。

「お前がそこまで考えた上で、民を守ることを決断したのはうれしいが...。」

ティグルはマスハスの発言をさえぎるように

「そこで、お二人にはお願いしたいことがあるのです。」

と笑みを浮かべて話し始める。

「二千弱では、二万の兵に立ち向かうべくもありませんが、工夫によっては多少なりとも行軍を遅らせることならできます。その間にお二人には騎士団と中立派の貴族たちに働きかけて、動かしていただきたいのです。」

「そうか....わかった。」

マスハスとオージェの脳裏には幾人かの貴族の顔や軍旗、騎士団の軍旗が浮かぶ。

「それでは、お二人ともお願いします。」

「任せておけ。」というとマスハスは笑みを浮かべてオージェに目配せする。

今度はオージェが笑みをうかべて

「ことがことだけに無理するなとは言わぬが、しすぎてもいかんぞ。逃げの一手でなんとしてももたせるのじゃ。」

オージェは好々爺然とした笑みを浮かべ、、いたずらっぽくウィンクしてみせる。

自領と民を守るためにはいくらでも老獪になってきたしたたかさうかがわる笑みだった。

オージェは、わしの息子をお預けするから好きなようにつかってくだされ、とジェラールをティグルに預けた。たしかにジェラールは有能だった。世知辛い立場を老獪に切り抜けるそういう父親を見てきた彼は、皮肉屋でしゃあしゃあと物を言ってのけ、若いのに達観したような老獪さを持ち、計算高く有能な文官の資質をもつように育ったことをティグルは後に思い知らされることになったのだった。

 

マスハスが最初に訪れたのはティグルたち『銀の流星軍』とクレイシュ率いるムオジネル軍が激突することになる戦場から街道を北へ向かって四日ほどの位置にあるペルシュ城砦であった。東西方向と南北方向に走る街道が交差する交通の要衝に位置している。

城砦にある幕舎には、群青色の地に、ベージュの十字が描かれ、その中心には白い円の中に黒い剣と兜、そして黒と白の盾が描かれているペルシュ騎士団の軍旗が翻っている。

護衛の兵に身分を名乗って、騎士団長レオナールの執務室へ通しもらう。

「おお、これはマスハス卿。」

「レオナール殿。おりいってお話があるのだが。」

「うかがいましよう。」

「ムオジネル軍が、二万の兵を率いてアニエスへ侵入したことはごぞんじか。」

「はい。さらにその後に三万の軍勢が向かっているようですな。」

「なんだと。」

「わがペルシュ騎士団だけではとても兵力が足りず、じくじたる想いですが...。」

「そのことだが、テイグル...ではない、ヴォルン伯爵は単独でムオジネル軍の足止めをすることを決めたのだ。」

「なんと...ヴォルン伯爵のことはうかがっております。テナルデイエ公爵の息子にアルサスに攻め込まれ、やむなくジスタート軍を招き入れたと...。」

「それについてはどうお考えか...。」

「テナルデイエ公爵のやり方には、騎士団としては納得しがたいものを感じていました。一方で、ヴォルン伯爵が外国の軍を招きいれたことについても同様でした。しかし、ヴォルン伯爵はナヴァール騎士団のロラン殿と戦った後、正義を認めた証としてデュランダルを預けられただけでなく、ロラン殿とオリビエ殿より手紙でブリューヌのため、民のために戦うときは彼の元にはせ参じてほしいとうかがっております。」

「ありがとうございます。」

「しかし、この城砦を空にするわけにはまいりません。その代わり、見所のある者に騎士団の一部を割いて率いさせましょう。おい、エミールを呼んでくれ。」

「はつ。」

呼ばれてきたのはティグルより十歳ほど年長であろうか、褐色の髪が印象的な若々しい騎士であった。

レオナールは若い騎士の名を呼ぶ。

「エミールよ。」

「はつ。」

「こちらは、マスハス=ローダント伯爵だ。」

「おはつにお目にかかります。ペルシュ騎士団のエミールと申します。」

レオナールは、エミールにマスハスがペルシュ城砦に訪れた経緯を話し、

「千五百を率いて、ヴォルン伯爵をぜひ助けてほしい。」

と付け加えた。

マスハスは、これまでの戦いの経緯を話し、ティグルが兵力の圧倒的な不利とほとんど利益を見込めないムオジネルとの戦いに民を守るために挑もうとしていることを話す。

「まことですか..。」

エミールは体を打ち振わせた。

「ヴォルン伯爵こそまことの勇者でおわすな。」

「エミール殿、たしかにその通りであるが、あれは気持ちが先にたって無茶をするところがあります。エミール殿も感極まってあれと同じことをなさらぬよう...。」

レオナールを含めた三人は顔を見合わせて爆笑した。

「そこで、わしとオージェ子爵は、このブリューヌの危機に、騎士団と中立派の貴族たちに呼びかけてムオジネル軍を退けられないか考えているところです。」

「「なるほど...。」」

「エミール殿だけが急ぎ戦場へ向かった場合、戦力の逐次投入となり、ムオジネル軍の思う壺となります。援軍となる騎士団がこのペルシュ城砦にいったん集結していっきにムオジネル軍が備えていない部分に突進すべきでしょう。」

「おっしゃるとおりだ。じゃあオージェ子爵の呼びかけに応じた騎士団や貴族の方々と一緒に出撃することとしましょう。」

「そうなさりますよう。わしからその旨オージェ子爵にもお伝えすることにして、ほかの貴族や騎士団にもあたってみます。」

「わかりました。マスハス卿、道中の無事を祈ります。」

 

そのころ、オージェは、リュテス城砦に騎士団長のシェイエの幕舎をたずねていた。赤地に黒い線が上下に二本、中央下に白抜きで月桂樹、その上に赤く三又の麦の穂が描かれた黄色い盾が描かれた旗が翻っていた。リュテス騎士団の軍旗である。

「シェイエ殿。」

「これは、オージェ子爵、おひさしぶりです。自らおこしになるとはなにかあったのでしょうか。」

「シェイエ殿は、ムオジネル軍がアニエスに侵入したことはご存知であるか。」

「はい、存じております。ブリューヌの危機ですが、われわれだけではいかんともしがたく苦慮しております。」

「そのことだがな、わしとヴォルン伯爵とローダント伯爵が手分けして、ムオジネル軍を防げないか手を尽くしているところじゃ。ヴォルン伯爵が二千弱の兵でムオジネル軍を足止めし、わしとローダント伯爵で騎士団や貴族たちに呼びかけて兵力をそろえようと動いているというわけじゃ。今頃ローダント伯爵は、ペルシュ城砦へ行きペルシュ騎士団千五百に援軍をとりつけたころじゃろうし、ヴォルン伯爵の下には、ジスタートのオルミュッツ公国軍四千が援軍に来ている。オルミュッツから十分な補給を受けており、武器武具の補修も可能なものの、寡兵での戦いを強いられているのですこしでも兵力がほしい状態なのじゃ。」

オージェ子爵は話しながら苦笑していた。

(ジェラールめ。わしの息子ながらあいかわらず抜け目のないことじゃ。)

「なるほど、ここへわれわれが加われば全部で八千五百か九千になるというわけですな。それからヴォルン伯爵のことは、ナヴァール騎士団のロラン殿とオリビエ殿から聞いております。よろこんで協力させていただきましょう。」

「ありがとうございます。」

「しかし問題は、騎士団がそれぞればらばら来たのでは....。」

「戦力の逐次投入となりますな...。」

「そのとおりで...。それをどうするか...。」

「シェイエ団長、お客様が....。」

「どなただ...。」

「マスハス=ロ-ダント伯爵の使者とのことです。至急、オージェ子爵と団長にお話があると...。」

「とおしてくれ。」

「はつ。」

「マスハス様から、手紙と地図をあずかってまいりました。」

「ふむ、ペルシュ騎士団千五百に加え、カルヴァドス騎士団二千にも参戦の了解をとりつけた、この地図に示したようにペルシュ城砦へいったん集結して...。」

オージェとシェイエは顔を見合わせて軽くうなづく。そしてシェイエは使者に向き直り、

「なるほど、わかったとローダント伯爵に伝えてくれ。」

「はつ。」

使者は手紙受け取ると馬を駆って去っていった。

「オージェ子爵はどうなさいますか?」

「マスハス卿は中立派貴族の説得のために一緒に来てくれと書いておるな。どれ、わしはいくとするよ。」

「そうですな。お二人そろったほうが人脈も説得力も違うでしょうからな。」

ふたりは軽くうなずいてわかれる。

オージェ子爵は手紙に書かれたマスハスとの待ち合わせ場所にいき、リュテス騎士団は、一路ペルシュ城砦をめざして出発した。




騎士団への援軍要請に成功したマスハスとオージェ。マスハスはさらに中立派貴族からの援軍の確保を試みるべく旅を続ける。

一部加筆修正(4/20,9:00)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。