赤ひげ王弟と凍漣の雪姫   作:Brahma

1 / 17
テナルディエ公爵はティグルとエレンを排除するため陰謀をめぐらし、刺客を放った。


0話前編 陰謀

七鎖(セラシュ)か。」

「...。」

大柄でかつ鍛え上げられた体躯、険しい目にひげ面の精悍な男が豪奢な屋敷の一角の陰に向かって声をかけているように見える。

「この者たちの顔を覚えておけ。赤い髪の男はティグルブルムド=ヴォルン、白髪で赤い瞳の女は、ジスタートの戦姫エレオノーラ=ヴィルターリア。ブリューヌの地をふみにじる国賊だ。こやつらを暗殺するのだ。」

「....。」

「近くに誰かいた場合はどうするか?か。仕方ないな。事故ということだ。」

テナルディエは笑みを浮かべる。

「...。」

刺客もにやりと微笑む。無言はすなわち承諾だった。

「よし。いけ。」

刺客は姿を消した。

 

刺客たちはライトメリッツとブリューヌの国境に近いエレンの別荘キキーモラの館にしのびこむ。

(いたぞ。)

(そうだな。)

(あれが白銀の髪の女、赤い髪の男もいるな。)

なにやら白銀の髪の女は吐き捨てるように話す。

「口を開けばやれ礼儀だの品性だのやかましいくせに、自分がジャムをぶら下げて歩くのを嗜みだとぬかす、...なんというか...芽の伸びきったジャガイモのような女だ。」

(かなりひどいな。ククク。)

バターーーン。

ドアが勢いよく開く。

「--黙って聞いていれば...だれがジャガイモですって!」

青い絹服を着た青い髪の少女が怒鳴り込むようにして部屋に入ってくる。

(....)ニヤリ

(もう一人来たな。)

「リム!!」

白銀の長髪の女は部下と思われるつやのない金髪の青い瞳をした女を怒気を帯びた口調で呼ぶ。

「なぜ私の館にそいつが足を踏み入れるのを許した?」

「戦姫たる方を追いかえすわけにはまいりません。」

それからは、二人の戦姫同士の罵倒の応酬。

刺客たちもあきれていた。

(どうする?)

(ここでは無理だな。警戒される。)

「ついてらっしゃい。ティグルヴルムド=ヴォルン伯爵。」

「お...お前何のつもりだ?」

「私がここにきたのは彼に会うため。ここに、あなたの別荘があることを思い出して念のために寄ってみたの。ここへ来てみて正解だったわ。」

「俺に何の用だ。」

「少し話をしたいだけ。嫌かしら?」

「ご免だな。」

ティグル本人ではなくエレンが返事をして言い争いが再開される。

「場所を変えよう。予定より少し早いがロドニークへ行くぞ。」

(どうやら場所を変えるようだな。)

屋敷を出て、エレンとリムが馬を並べ、その後にミラとティグルが並んでついていく。

 

ロドニークの町へ入ると小麦の粥の食欲をそそる香りがただよってくる。

「ちょっと食べていかないか。」ティグルが話すと

「うん。そうだな。お前が言うならそうしよう。」とエレンは同意する。

「わたしはいらないわ!。戦姫が露店でものを食べるなんて...それに空腹というわけでも...。」

リュドミラは強い口調でいうものの、彼女のお腹が、くぅぅぅぅという小さな音をたてる。

ティグルとリムはなにも聞いてないように装うが、エレンだけは肩を小刻みに震わせ、笑いを抑えるような表情である。

「そーかそーかw。誇り高い戦姫であるリュドミラさまは、露店の麦粥ごときは食えないかぁ~。」

エレンは、わざとミラの近くに来て、スプーンで粥をこれ見よがしに口に入れてみせる。

((((...大人気ない....))))ティグルと気配を悟られぬよう遠くからみている刺客たちは同じ感想を抱いた。

ミラは、目を細めて、唇をとがらせ、あさってのほうを向いてみせる。その表情はかすかな羨望とそれについての恥ずかしさと大部分の怒りを押し隠して平静を装おうとするものだったが隠しきれていない。

「エレオノーラ様!」

リムが眉をひそめて諌めるが、エレンはそっぽを向いて耳を貸さない。

「俺も腹が減ったから買ってきていいか?」

エレンがうなづいて承諾を示すと、自分とリムの分をよそってもらい、

「よかったら、すこしどうです?男だからか多めに盛ってもらえたので。」

「...それなら、いただくわ。」

ミラは椀を受け取り、粥に封ふうふうと息をふきかけて、一口スプーンですくって口に運ぶ。素朴であるがなんともいえない木の実と鶏肉と旨みが口いっぱいにひろがる。

「...悪くないわね。」

ミラの顔がぱあっと明るくなる。

「そいつはよかった。」

ミラは微笑をうかべ

「今度、わたしの紅茶をご馳走してあげる。」

するとむんずとエレンがティグルの襟首をつかみひきずっていく。

「お前!なんであんなことをする!」

「それはこっちのセリフだ。」

「お前はわたしのものだろう。だったらあのくらい...。」

露店で麦粥を食べて言い争っている若い男女をみて隣国のやんごとなき戦姫とか貴族だとかみなさない。

(痴話げんか?よくやるわね。)

(三角関係?)

(痴情のもつれかしら?)

ぼそぼそと小声のうわさ声が聞こえてエレンは赤くなってうつむき黙り込む。

「どうしても好きになれなかったり、嫌いなやつがいるのはわかる。でも角突き合わせてばかりだと疲れないか?」

「....もうちょっと大人になれといいたいのか?」

「...もうちょっと気楽にいかないか。怒っている時間よりも笑っている時間が多いほうがいいと思うんだが。」

「...わかった。」

エレンはため息といっしょに吐きだすようにつぶやいてから、笑みをうかべる。

「笑っている時間が多いほうがいいというのは賛成だ。お前やリムに心労かけさせるのも本意じゃないしな。だが。」

いきなりティグルの鼻をかるくつまんで引っ張った。

「あの女に粥をくれてやったのはやっぱり気に入らない。このくらいは許せ。」

しかし、「これくらい」ではすまなかった。

四人は宿にとまることにして、ティグルはエレンに教えてもらった浴室へはいろうとすると、青い髪の少女が浴室からあがろうとするところだった。

ティグルは驚きのあまりかたまってしまう。青い髪の少女-ミラ-も一瞬固まるが、我に帰るのは早く、ラヴィアスを握るとティグルに突きつける。

「身体を隠してくれ。恥ずかしくないのか。」

「犬や猫に身体を見られて恥ずかしいと思うの?」

「....。」

「その様子だと私を辱めにきたわけじゃなさそうね。」

「偶然だよ。誰かが入っていると思わなかったのはこちらの落ち度だ。」

「何かもうひとつ忘れてない?」

「申し訳ありません。」

次の瞬間ティグルは槍で頭を痛打されたのだった。

 

翌朝、四人はロドニークを出る。

ミラは、冷ややかな怒りで押し黙る。エレンは苦笑している。ティグルはばつが悪くて押し黙っている。リムはティグルに同情の視線を向けるもののわずかに呆れや軽蔑が含まれている。

 

(ククク...)

(面白いが任務を忘れるな。)

(うむ...)

(ライトメリッツの公宮に行く道はここだろうとおもってわなをはっておいた。)

(なるほどな)ニヤリ

標的を含む四人は荒野を通過し、周囲は草原になり、細い街道になる。前方に森が見え、それを通過すると公宮に通じる街道につながるように思われた。

(そろそろ来るな。)

銀髪の娘から笑みが消える。彼女の武器が反応しているようにも見える。

(気づかれたか。さすがにするどいが...ここでやめるわけにいかん。)

銀髪の娘の部下であるつやのない金髪の娘も気配を感づいたようだ。

青い髪の娘と赤い髪の青年も警戒しはじめる。

「...囲まれたな。」

銀髪の娘がつぶやく。

「暗殺者ですか。」

つやのない金髪の娘が問いかえす。

「野盗にしては出てくるのが遅すぎるな。だれが狙われているものやら。」

「わたしかあなたのどちらかでしょう。」

青い髪の娘が銀髪の娘に答えるように話すが、銀髪の娘は笑顔で首を振る。

「ティグルだっていまでは立派な標的だ。ティグルを殺せればテナルディエ公爵あたりは小躍りして喜ぶだろう。私をブリューヌから追いはらえるしな。」

「いくつもの意味でありがたくない話だな...。」

「引き返しましょうか?エレオノーラ様。」

(ククク...一見賢明そうな選択だがそんなことは織り込み済みよ)ニヤリ

(そうだ。そうしろ)ニヤリ(ククク...)

「こんな細くて荒れた道でか?馬首をひるがえした瞬間にやつらは襲ってくるぞ。」

「矢を一本くれ。」

赤い髪の青年が銀髪の娘の意図が読めずに矢を一本手わたす。

銀髪の娘が放り投げた矢がたくみにしかけた鋼糸にあたってあたかも空中でいきなり裂けたように真っ二つになる。

「やはりな。」

「何だ?今のは?」

「鋼糸って言って糸状のよく研いだものだ。足元に張れば脚が切れる。首に当たれば首が落ちる。これ一本だけじゃないだろうな。」

「そういうことね。...この連中、先回りして前方に張っていたってわけね。道理でここまで接近を許したはずだわ。」

「すぐにしかけてこないのは、わたしたちがやつらを振り切ろうと馬を飛ばすのを待っていたってことだろう。かなり前からこちらの様子を探っていたと見える。」

「エレオノーラ。あなたの「竜技」でまとめて吹き飛ばしなさいな。」

「地面がえぐれて馬で進めなくなるぞ。回りの木も巻き込むしな。」

赤い髪の青年は「竜技」とはなにか聞きたそうにつやのない金髪の娘に視線を向けると、金髪の娘は「竜技」について説明する。銀髪の娘が赤い髪の青年に話しかける。

「ティグル、何か案はないか。この女は面倒くさくて働きたくないとぬかした。」

青い髪の娘は反論する。

「捏造はやめなさい。捏造は!まずはあなたが力を尽くすようにいっただけでしょう。」

ティグルはあきれを取り越して感心してしまう。暗殺者がすぐそばにいるというのに平気でにらみ合いなんかしている。

ティグルは水筒をとりだして、中の水をぶちまけるように振りまく。

ぱしゃり、という音がして地面に黒いしみができるが、空中でいくつもの直線に無数の水滴がならんで日に照らされてきらきらと光る。

「明かりがあれば、それに反射してもっと見やすくなる。ところでこれを切ったらまた別のわなが...なんてことはないよな?」

「さすがにそんな余裕は向こうにもないだろう。今日ロドニークを発って、この街道を通ることがわかってから仕掛けただろうからな。」

 

(死ね!)

赤い髪の青年は矢を番おうとするが

(おそいわ!)

間に合わないことをさとる。

直感的に足を鐙からはずして馬上から転げ落ちる。

(よくさけたな)ニヤリ

太矢が馬上を通過して木の幹に刺さる。

太矢が飛んできた方向へ。ティグルは矢の狙いをさだめようとする。

(今度こそ、死ね!)

指くらいの細さの筒をくわえて吹き矢を放つ。

(!!)

そのときティグルを正確に狙ったはずの吹き矢は地面をすべるように吹いた風にあおられて全く何もない地面に落ちる。

(ぐつ...)

ティグルの放った矢は、眉間に突き刺さる。

(やられた...)

銀髪の娘が赤い髪の青年に笑顔で話しかける。

「安心しろ。大岩でもない限り針だろうが矢だろうがわたしたちには当たらない。」

「助かる。冗談抜きで。」

「この連中...。」

冷然と暗殺者の死体をみていたミラがつぶやく。

七鎖(セラシュ)ね。」

「七鎖?」

リムが問いかえすと

「必ず七人で行動するという名うての暗殺者集団よ。遭遇するのははじめてだけど。」

暗殺者の左腕をラヴィアスで指し示す。

「ここに鎖の刺青があるでしょう。これがやつらの証とされているわ。」

「ずいぶん詳しいな。おまえは。」

「当然でしょう。わがルリエ家には代々の積み重ねがあるもの。ぽっと出のあなたとちがって。」

銀色の髪の娘はむっとしたようだった。

(あのじゃまな金髪の娘を殺ってやる。)

毒を塗った短剣を真上の死角からリムにつきたてようとする。

しかし、リムは真上から襲いかかる暗殺者に感づくと、短剣をなぎはらい、返す刀で暗殺者の首を切り落とす。

(ふつ。死ね。)

毒蛇が降ってきてリムの胸にかみつく。

「リム!」

蛇は銀色の髪の娘の娘が振るった剣の一閃で切断されるものの、リムの額と顔は毒で蒼白になり、汗がにじむ。

ティグルは、リムの右胸に咬まれた牙のあとを見つけ、リムの服の胸の部分を引き裂き、口で毒の入った血を吸い出して吐く。

(ふふ...終わりだ)ニヤリ

暗殺者たちは四人いっぺんに襲いかかる。ティグルとリムは身動きできない。エレンはリムの負傷で動揺していて反応がにぶい。冷静なのはミラだけだった。

ミラは

「ラヴィアス。」

と彼女の竜具の名をつぶやく。

槍の柄はぐぐっと伸びる。そしてミラは

空さえ穿ち凍てつかせよ(シエロ・ザム・カファ)

とつぶやいて、槍を垂直に地面に突き立てた。

(!!)

すると冷気が爆発するようにわき起こり、たけのこ状の無数の氷の槍が放射状に生み出される。

(くつ...。)(ぐはっ...。)

たけのこのような氷の槍はぐんぐん伸びて暗殺者たちをあっという間に串刺しにした。

 

ミラは槍を地面から引き抜くと氷の槍もあっというまに崩れ去って消える。

たった一人生き残った暗殺者はその姿を現さないまま行方をくらました。

「エレオノーラ。あなたは戦姫失格よ。部下一人のことでここまで取り乱だすなんてね。」

ミラは、吐き捨てるようにいうと、馬にまたがり、はっ、と叫んで鞭をくれて走り去っていった。

 

オルミュッツの公宮に戻ってミラはしばらく考え込んでいた。

(あの男のどこに価値を見出したのかしら...もし情だの恋だのという理由だったら困ったものね。己の感情を国事より優先させるようならやはりあなたは戦姫失格よ。エレオノーラ。)

どのくらい時間がたったであろうか。コンコンと扉をノックする音がしてミラは我に返った。

上品な白磁のカップに残っていた紅茶はすっかり冷めていた。

「入りなさい。」

初老の侍従が告げる。

「テナルディエ公爵の使者が参っております。」

ミラは眉をひそめた。正直あまり会いたくない相手である。ミラはエレンなどから見れば「傲慢ではなもちならない態度がでかくて恩着せがましい箱入り娘」だったが、言い換えれば、それだけの努力に裏付けられた自信と誇りからくるものと彼女なりの善意から来るもので決して悪意があったわけではなかった。戦姫は、名君であり、優れた交渉者であり、名将でなければならない。だからこそ真摯に戦姫としてのつとめを果たそうとするミラにとっては、民をしいたげて外面だけはよく武力と陰謀ですべてを解決しようとするテナルディエ公爵は内心で嫌悪感を抱かざるを得ない。

(このあいだは、テリトリアールで野盗にオルミュッツ製の甲冑を着せてたって話もあったわね。ほんとにふざけてる。まだ、エレオノーラのほうが礼儀知らずで不愉快な相手だけど陰湿さや狡猾さがないだけ嫌悪感がすくないわ。)

ため息をはきすてると

「謁見の間へ通しなさい。」

ミラは侍従に命じて、椅子から立ち上がった。




テナルディエ公爵の使者がオルミュッツに来る。ミラはあまりあいたくなかったが謁見の間に通した。

ルビ等の修正、感想で書かれたことを参考に表現を一部修正してみました(4/1,23:28)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。