特殊設定、捏造設定有。
ヒロイン未定。
の、続き。
「リーヴァーイ、遊びに来たよ」
そう言いながら、出入口からひょっこりと顔を出したプリンセスに、俺は深く溜息を吐きながら本を閉じる。
「また来たんですか、ヒマ人ですね」
「ううぅ酷い。折角リヴァイが寂しくないようにって思って来ているのに」
「本があるので、プリンセスがいなくても平気です。あと、リヴァイじゃなくてアッシュってよんでくれませんか?」
「全く、素直じゃないわねリヴァイは」
俺に名前が無いことを知ったプリンセスは、不便だからという理由で名前を付けてくれた。
リヴァイアッシュ――復活する灰、という意味があるらしい。不治の病に犯されている(ということになっている)俺が、不死鳥のごとく復活するようにという願いを込めたのだそうだ。名付けてくれたプリンセスは俺のことをリヴァイと呼ぶが、正直、アッシュの方で呼んでほしい。
「だからアッシュってよんでと言っているでしょう、人のはなしをきいてください」
「いーや。だって、リヴァイの方がカッコいいじゃない」
「名まえまけするからイヤなんですよ」
だって俺、人類最強じゃないし。
「『名前負け』?」
「いえ、こちらのはなしです……で、きょうはなんのはなしなんですか?」
「ふふふ、やっぱり私のお話を心待ちにしていたのね」
話さないと部屋から出ていかないから本題を急かしているのであって、別に楽しみにしている訳ではない。全くないとは言わないけど、それを口にすれば調子に乗るだろうから絶対に言わないが。
「…………もうそれで良いので、さっさとはなして出てってください」
「はいはい」
微笑ましそうに俺を見るプリンセスに、微妙な気分を覚えながらも、彼女の話に耳を傾けた。
あれからプリンセスは、毎日のように一人で俺のところに遊びに来るようになった。時に身近な出来事を話し、時にジュピター手製の菓子や、綺麗な花を持ってくる妹に、最初はどうしたものかと思ったものだが、部屋の中にいるだけでは分からなかった数々を知ることができ、今までの怠惰なニート生活に驚きと新鮮味を感じるようになった。
「でね、その夕日に照らされた湖がとっても綺麗だったの!」
「そうなんですか?」
「うん、リヴァイにも見せてあげたかったなぁ」
「さすがにえいしゃきをここに持ち込めませんからムリですね」
地球の光景を映すことが出来る映写機は、装置の全てを揃えるとこの部屋の半分は確実に埋まる程大きい上、設置するにあたって大掛かりな術式を利用する。それに、総数もかなり少ない稀少な代物だ。そのひとつを、ただ死に逝くだけの子供に独占させるようなことは、いかに優しいクイーンでもしないだろう。…………しない、よな?
と、ともあれ、映写機が駄目ならば、この部屋から出られない俺には、妹が見せたい光景を見ることが出来ないのだ。
そう思っての返答は、しかしプリンセスのお気に召さなかったらしい。彼女は不満そうに頬を膨らませた。
「…………はしたないですよ、プリンセス」
「だって、リヴァイが子供らしくないこと言うんだもの」
「『子どもらしくない』ですか?」
「普通こういう時は、『実際に見てみたいなぁ』って言うところじゃない。なのに映写機って、この部屋から出ないこと前提に話してる」
プリンセスの言葉に、思わず首を傾げる。
「だって、わたしがこのへやから出られないのは、じじつですし」
「それがダメなの! そんな考え方をしていたら、治る病気も治らないのよ?」
俺に関する暗黙の了解を知らないだけに、プリンセスは応えに困る言葉を言ってくる。そこさえなければ、俺が関わっている人達の中で、一番気楽に接することが出来るのだが。
「…………そのはっそうはなかったです」
「どうして?」
「生まれてからずっと、このへやから出たことがなかったので」
素直に答えたら、プリンセスは目を見開いた。
「…………『ずっと』?」
「はい」
「この、何もない部屋で?」
「しっけいな、このかべいちめんの本だながあるじゃないですか。それにほら、まどの外からキレイなけしきが見れますし」
そう言って、俺は窓の外を指す。窓から見えるのは、色とりどりの花が植わっている花壇がある庭だ。時期によって咲く花は違うため、飽きが来ることなく目で楽しめる、素晴らしい場所だ。毎日眺めているが、人を一切見掛けないことから、恐らく、俺が産まれてから出来たのだろう。たかが死に逝くだけの子供のために随分と無駄なことをするなと思わなくもないが、愛されているのだと目に見えて分かるだけに、嬉しい気持ちにもなる。
「わぁ……! 本当にキレイね!!」
窓に近寄ったプリンセスは、一角に広がる花々に表情を輝かせる。
「王宮にこんな場所があるなんて、知らなかったわ」
「そうですか」
「ええ! これから暫くは、地球を眺めるんじゃなくて、王宮を探検しようかしら?」
そう楽しそうに笑うプリンセスに嫌な予感がして、俺は一応釘を刺す。
「立ち入りきんしくかくでなければ、良いんじゃないですか?」
「もう、またすぐそうやってマーキュリーみたいなことを言う……それを守っていたら、いつまで経っても新しいものに出会えないわ」
子供らしく頬を膨らませるプリンセスが少し心配になって、俺は問いを投げ掛けた。
「…………ねぇ、プリンセス。決まりごとは、どうしてあると思いますか?」
その問いにプリンセスは目を瞬かせ、不思議そうに首を傾げる。
「どういうこと?」
「クイーンはプリンセスがにくくて、むやみやたらにせいげんしているわけではないんですよ」
立ち入り禁止区画は、公に出来ないものを隔離している、シルバーミレニアムの秘中の秘だ。その秘密の中には俺という存在のような、今のプリンセスには抱えられないものが沢山ある。
クイーンはプリンセスの成長に合わせて、それらのことを教えるつもりでいるのだと、キングは言っていた。だが、今までのように勉強から逃げたり、決まり事を守らなかったりと子供で居続ければ、何時まで経っても教えられない。
「知りたいのなら、せいちょうしてください。体だけでなく、心も。そうすればきっと、こうしてコソコソとしなくても、わたしに会いに来れるようになりますよ」
そう言って微笑んでやれば、不意に、プリンセスは大人びた表情を浮かべた。
「それは、リヴァイが私にひた隠しにしている事情も知ることが出来るってこと?」
――――一瞬、時間が停まったような感覚に陥った。勿論それはただの錯覚で、俺はプリンセスが目の前にいるにも拘わらず、大きく息を吐いてしまう。
普段の無邪気で子供らしいプリンセスの様子のせいで、随分と気を抜いていたらしい。悟らせるつもりは無かったのだが、彼女の人の本質を見極める目はこの時期から顕在だったようだ。
自嘲と、諦め。それを内心に押し留め、俺はなるだけ優しく微笑んだ。
「そうですね、プリンセスがそれに見あうせいちょうをとげたなら、きっと、おしえられると思いますよ」
その時には、もう俺はいなくなっているだろうけれど。その言葉は、決して告げはせずに、もう会うことは適わないだろうプリンセスの姿を、目に焼き付けた。
プリンセスが部屋から去り、ドアがきちんと閉まるのを確認して、俺はベッドに体を預ける。
「うあぁぁ……」
仰向けの状態で、自分の顔を両手で覆い、小さく呻く。
何が「成長すれば俺の事を知ることが出来る」だよ、何言っちゃってんの馬鹿だろ俺この大馬鹿野郎。何なの何いっちょ前に「成長しろ」なんて言ったんだよ。プリンセスに変な影響を与えないように聞き役に徹すると決めてただろホント何やってんの俺ぇぇ…………!?
自分が仕出かしてしまった言動に一頻り悶え、俺は大きな溜息を吐く。
「もう、このかんけいもしまいだな」
プリンセスの空気に気圧され、僅かとは言え口を滑らせてしまった。このままでは、何時ポロッと俺の事情を話してしまうか分からない。
俺の存在は、絶対にプリンセスに知られてはならない特秘事項なのだ。それを言いかねないのなら、もう二度と会わないようにするのは、当然の既決だった。
「ん……?」
ふと、枕元が濡れている気がして、俺は体を起こす。その際、自分の目元から雫が散ったのに気付き、俺は驚きのあまり目を見開いた。
「……ははっ」
自分が泣いていることを自覚したせいか、拭っても拭っても涙が溢れ出す。そんな自分に、思わず苦笑した。
どうやら俺は、クイーンに自ら告げ口し、この秘密の会瀬を終わらせることが、思っていた以上に堪えているらしい。それ程までにプリンセスに心を開いていた自分に、ばーか、と静かに泣きながら呟くのだった。
●リヴァイアッシュ(オリ主君)
プリンセス・セレニティの双子の兄。だがその正体をひた隠しにして、秘密の話し友達として接していた。
次期クイーンの片鱗を見せたプリンセスに気圧され、隠し事をしていることを告げてしまったため、これ以上自分から話さないようにもうプリンセスに会わないことを決める。その際泣くほど悲しんでいる自分に気付き、そんな自分に思わず呆れた。
プリンセスのことは、大事な妹のように思っている。
●プリンセス・セレニティ
『美少女戦士セーラームーン』の主人公、月野うさぎの前世。天真爛漫な勉強嫌いで、好奇心旺盛なためつい王家の決まり事を破りがちだが、それでも周りに愛されるだけの何かを持っている。
立ち入り禁止区画の一室で出逢ったオリ主君に名前を付け、ちょくちょく遊びに行くようになった。生きることに執着していないオリ主君を心配しており、生きたいと思わせるために自分が感動したことを沢山話して、外の世界に興味を持ってもらおうとしているが、中々成果が出ずにちょっと不満気味な模様。
今回の一件で、オリ主君を助けるためにはオリ主君のことを知る必要があると考え、嫌いな勉強を進んでするようになり、守護戦士から風邪でもひいたのかと心配され、複雑な気分に陥った。
オリ主君のことは大事なお友達だと思っている。
尚、プリンス・エンディミオンとはまだ邂逅していない。