特殊設定、捏造設定有。
ヒロイン未定。
【セラムン】オリ主転生物
月の王国、シルバーミレニアム。『幻の銀水晶』を持つクイーン・セレニティを中心に纏まる平和な国で、盛大な宴が催されていた。クイーンの子、いずれクイーンの座に就くことになるプリンセスの誕生祭である。月の民はプリンセスの誕生に沸き立ち、挙って祝いの言葉と品を送る。
そんな幸福の輝きに満ち溢れた場に、一人の招かれざる客がやって来た。黒い影を引き摺り現れた闇の女王は、クイーンに封印される間際にプリンセスへと呪いという名の祝福を贈る。『月の王国はやがて滅び、美しいプリンセスは王国を継ぐことなく死ぬ』という
だが、それはプリンセスに与えられることは無かった。ある者が、代わりにそれを受け取ったのである。それは、プリンセスと同じく、クイーンの腹より産まれた双子の兄であった。月の王国を継ぐのは女児のみであるために王家の者としては認められぬその赤子は、早々に実の母の手より離れ教育を施し、プリンセスの剣となり盾となる
自我の無いはずの赤子がそのような行動を取ったことで、彼の存在を知る者達は、その子に騎士の才を見出だした。本能的にプリンセスを護ったのだ。きっと、歴代を越える最高の騎士となってくれるだろうと、皆がその子に期待したのである。
しかし、結果は残酷だった。
本能的に力を解放し、呪いを受けた結果、彼は身体機能が他よりも圧倒的に衰えていたのである。騎士になることは愚か、普通に生きるにしても成人を迎えることは無いだろう。その診断にキングとクイーンは悲しみ、他の者は彼に同情した。
そして、余命幾ばくもない彼は、王国の中枢の者以外入ることが赦されない区画の一室で、静かに暮らすことになったのである。
(ま、ぶっちゃけ俺のことなんですけどね)
運ばれてきた食事をベッドの上で摂りながら、俺は小さく息を吐いた。別に食事が美味しくないわけでも、この軟禁染みた生活に嫌気が差しているわけでもない。寧ろ前世の死因が死因なだけに、若干の制限があるものの働くことを強制されず自由に好きなことが出来るこの環境が、心の底から有難かったりする。
そう、前世。俺には、前世の記憶がある。
とは言え、この世界のものではない。こことは違う別の世界、今から遠い遠い未来の地球のパラレルワールド。そこで生きていた記憶がある。幼少期から学生時代まで姉に振り回されながら過ごし、就職氷河期でどうにか内定を取った会社がブラック企業であり、辞めようにも辞めることが出来ず勤めはじめて十年で過労死したという、波瀾万丈ではないが何とも不運な男の記憶だ。
それがあるだけに、このいたせりつくせりな生活に一小市民として若干恐縮するものの、不満なんて一切感じない。満足に体を動かせないといっても、少し体を動かしただけで疲れて動けなくなるといった程度のもので、体全体が急に痛くなったり、発作に苦しんだりといった状態にはなったことがないから、元々インドア気質の俺は苦になることもなかった。
(問題は、周りの対応なんだよなぁ)
俺の世話をしてくれる人達や、偶に見舞いに来てくれる今世の両親であるキングやクイーンの、俺を見る時の痛々しい表情というものは。籠の鳥のような生活から脱却しようとしない俺の姿が、どうにも幼い子供が生きることを諦めている姿に写るらしい。どれだけ今の生活に満足していると言葉にしても、周りに心配をかけさせないように気丈に振る舞う優しい子供としか捉えられず、皆哀しそうな表情をする。
正直、居たたまれないにも程があった。
(それさえなきゃ最高なんだけどなぁ)
食べ終わった食器を部屋の出入口にあるカートに乗せるために、俺はベッドから降りた。本来ならベッド脇に備え付けられているサイドテーブルに置けば事足りるのだが、全く動かないでいるのも体に良くない。部屋の本棚に並べられてある本も取りに行けて一石二鳥だと、俺が動いて体の調子を崩さないかハラハラしている周りの様子を黙殺している。
(今日は銀河の伝説に関する本でも読みますかねっと……)
そう思って本棚に向けて背伸びをしていると、不意に部屋の扉が開く音がした。ノックも無しに一体誰がと振り向いた瞬間、思わず固まる。
「貴方はだれ?」
白金に輝くような髪のお団子頭に、額に王家の証である三日月マークをつけた、純白のドレスを身に纏った少女。今世の俺の双子の妹にして、この世界の主人公である月野うさぎの前世――プリンセス・セレニティが首を傾げてそこにいた。
前世では、セーラームーンという、世界的に大流行した漫画が原作のアニメがあった。多くの子供達に夢と希望を、多くの乙女達には愛とロマンスを与えハートを鷲掴みにしたそれは、例に漏れず俺の姉をも魅了し、その姉に強制される形で俺もまたそのアニメを見ていた。男の俺が見ていても充分面白く楽しめたため文句はなかったが、高校時代タキシード仮面のコスプレをさせられコミケに連れ回された時は流石に絶望した。
ともあれそんな世界に何故か転生し、しかも原作にはいなかったプリンセス・セレニティの双子の兄という重要な立場に生まれてしまった俺は、だからこそプリンセスや内部セーラー戦士達に会うことがないこの状況を良しとしていたのだ。俺という存在が彼女達に変な影響を与え、物語を悪い方へと向かわせないためにも、主要人物達との接触は無いに越したことはないと考えたからだ。
(そうだっていうのに、何でこの娘はこの部屋に来たんですかねぇ!)
この部屋は、国を動かす中枢の人間と、守護騎士を育成する立場である外部太陽系の戦士しか立ち入ることが出来ない区画にある。当然、まだ国の政に関わっていない彼女もそれを守護する内部太陽系セーラー戦士達も入ることの叶わない場所なのだ。
だというのに、こうしてプリンセスは俺の目の前にいる。その事実に頭を抱えたくなった俺は、しかしそれを悟られないように記憶の映像と変わらないプリンセスを見上げて微笑みかけた。
「このへやに住まわせてもらっているただの子どもですよ」
「私もこのお城に住んでるけど、貴方には出会ったことないよ?」
「まぁ、わたしはこのへやから出たことがありませんからね」
「あら、どうして?」
「生まれつき、からだがよわいんです。へやの外へといっぽでも出てしまえば、そのばからうごけなくなります」
「それ大丈夫なの!?」
「このへやの中ならもんだいありません。それに、少しくらいはうごかないと、ぎゃくにからだに悪いですし」
「そ、そうなんだ……良かったぁ」
初めて会った、名前すら知らない相手を心配するその優しさに、逆に心配してしまう。人を信じることは美徳だが、悪い人間にあっさり騙されそうだ。この性格のままでも大丈夫なようにセーラー戦士が四人も守護に付いているのだろうが、いくら安全な城の中と言えど、こうも容易くプリンセスに撒かれる戦士達に、本当にこの娘を守護することが出来るのだろうかと会ったことが無いのにも拘わらず懐疑的になる。
尤も、アニメを思い出す限りでは、その心配も杞憂に終わるのだが。
「ところで、なぜあなたはここにいるのですか?」
「え?」
「ここはいちぶの人たち以外の立ち入りをきんしされているくかくにあるへやです。いくらあなたがプリンセスとはいえ、ここいらを歩くことはダメだと言われているはずですが」
「!? どうして私がプリンセスだって分かったの?」
「おでこに月のしるしがあるだけで分かりますよ」
とんとんと俺自身の額を指し示して答えると、プリンセスは自分の額に手を当て成る程と言わんばかりに頷いた。
「で、なぜここに来たのです? クイーンにしかられますよ?」
「…………だって、ここがどういう場所なのか気になったんだもの」
好奇心旺盛なプリンセスらしい言葉に思わず脱力する。いくら気になったからとはいえ、国民の象徴となるべき王族が決まりを破るのは頂けない。
「プリンセスが決まりごとをやぶるのはダメですよ。ほら、人が来ない内にこのばしょからはなれてください」
「年下みたいなのにマーキュリーと同じことを言うのね」
「だいじなことですから…………ひとが来ないうちに出てください。あなたのせんしがさがしていると思いますよ」
「もうっ、今からそれだと、頭の固い大人になっちゃうわよ?」
プリンセスのからかい混じりの言葉に、一瞬どう言おうか悩んだのは仕方がなかった。だって俺はどう足掻いたって、成人する前に死ぬことが決まっている。
「べつに、わたしがどんなおとなになってもいいでしょう?」
「良くないわ。真面目なのも大事だけど、息抜きが出来ないと大変だもの」
「わたしにとって本をよむことはいきぬきそのものなのでもんだいありません」
「…………本当に、貴方ってマーキュリーみたいな子なのね」
(違います)
クスクスと笑うプリンセスに、心の中で即座に否定した。確かに俺はインドア気質で、外で遊ぶよりも本を読むのが好みだが、IQ300以上のセーラーマーキュリーと同類認定されるのは恐れ多すぎる。
「ともかく、クイーンのきょかをえていない方は、どうかおかえりください」
「もう……分かったわ。今日はこの辺で帰るわね」
聞き分けのない子に向けるような微笑みを浮かべたプリンセスは、漸くこちらの言葉を聞き入れてくれ、部屋の出入口へと足を向ける。
「じゃあ、明日もまた来るわね」
「ひとのはなしきいてましたか!? あなたはここに来てはいけないんですよ!」
「別に良いじゃない。貴方に会いに来るだけで、危険はないんだから」
その言葉を即座に否定しようとして、辛うじてそれを飲み込んだ。目の前の無邪気なプリンセスは何も知らないのだ。俺が血を分けた双子の兄だということも、そう間を措かずに生き絶えてしまうことも、自分を護ったことでそうなってしまったことも、何一つとして彼女は知らない。
だから、下手なことを言って俺との関係性をバラしたくは無かった。
思わず無言になった俺の態度を肯定と取ったのか、彼女は満足そうに頷いてこの場から立ち去った。遠くなる足音が完全になくなってから、思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。
(どうしてこうなった……)
この世界に生まれてから今まで会うことは無く、そして命の潰える残り数年間も会う予定が無かったプリンセスに、何の因果か出会ってしまった。クイーン以下国の中枢を担う人達も俺とプリンセスを会わせる気は無かったはずだから、この邂逅は仕組まれたものじゃないのは分かってる。
(どんだけザルなんだよこの城の警備……)
歴史書を読んだところ、この城は建国以来一度も攻め込まれたことが無い。シルバーミレニアムに所属する戦士達が、敵を早々に倒しているかららしい。だから仕方がないのかもしれないが、それでも自分達が決めたことくらいはきちんと守ってほしいのが正直なところだった。
(ああぁ……どうやったらあの娘に変な影響与えずに済むのかな)
だが、過ぎてしまったことを責めても意味がないため、意識を切り替える。出会ってしまったからには、今度はいかに興味を無くしてもらうよう誘導するかだが、そんな話術なんて持ち合わせてないし、友達作りの天才相手では壁を造っても無駄な気がする。
(…………聞き役に徹するのが一番無難か)
そう結論付けて漸く俺は立ち上がり、読もうと思っていた本を取ってベッドに座る形で入り本を読み始めた。文字を目で追ってはいるものの、内容が頭に入ってこないのは、あの天真爛漫な片割れの姿を思い出しているからだった。
(しっかし、随分と成長に差がついたもんだ)
目が見えるようになる前に離されて育てられたため、生まれて初めて見た彼女は、記憶の中の映像と寸分違わない十五歳前後の姿だった。それに対して俺は、五歳前後の姿でしかない。恐らく、この部屋には時間の流れを遅くする術式が組まれているのだろう。それもこれも、全て俺のためだ。俺が少しでも長く生きられるように、呪いを解く方法が見付かるまでの時間稼ぎだ。
(別に、良いのにな)
ぶっちゃけた話、俺の体がこうなってしまったのは単なる自業自得であって呪いではない。
当時の状況はこうだ。
クイーンの腹にいる時からうっすらと意識があった俺は、一緒に大きくなる片割れに深い情を抱いていた。どうしてなのか、その理由は分からない。ただその子が嬉しそうだと俺も嬉しくなるし、悲しそうだとどうにかしたいと思っていた。
自分が兄の立場として産まれたことで、それは顕著になった。多くの部屋を隔てていても、片割れの感情を何故か感じ取れていた俺は、片割れが何かに対して怯えていることを察知し、まだこの世界がセーラームーンの世界で、自分がどういう立場に生まれた存在だということを把握できて無かったこともあって、つい強く念じてしまったのだ。
『何人様の片割れ恐がらせてんだ消え失せろ!』
過剰反応にも似た強い願いによって俺の中に眠っていた銀水晶が極限まで解放され、片割れの恐怖対象――それがネヘレニアの呪いであると知ったのは随分と先のことだが――へと干渉し、完全に浄化したのだ。ろくに体の出来上がっていない赤子の状態で、宇宙一の力を持つと言われている銀水晶を形振り構わず解放したことで、俺の体も銀水晶もボロボロになってしまった。
(体の方は残っていた銀水晶の力で必要最低限の回復はしたけど、銀水晶は機能停止しちゃったからなー)
全体に亀裂の入った自己修復が出来なくなった銀水晶は、端っこから砂時計のようにさらさらと崩れていっていることが、見ていなくても感じ取れる。これが完全に崩れ去った時が、俺の命が終わる時であるという確信があった。
だから、ありもしない呪いの解除方法なんて、見つかるはずはないのだ。
(しっかし、銀水晶の使いすぎで起きた結果なのに、呪いのせいだと勘違いされているとは思わなかったなー)
確かに銀水晶は完全に輝きを失い、黒色に染まりながら崩れていっているし、クイーン譲りの銀髪もくすんだ灰色に変化した。だから勘違いするのも分からなくもないが、それでも誰よりも銀水晶のことをよく知っているクイーンくらいは気付いてもおかしくないと思う。
(ま、俺としては勘違いしてもらったままの方が精神的に有難かったりするけどさ)
俺の体が良くなる方法は実に簡単だ。俺の銀水晶に、自己修復が可能な状態になるまでパワーを送り込めば良いだけ。
ただ、そのパワーが問題だった。再起不能になった銀水晶は、俺に合わない力にほんの少し触れたり、大丈夫な力でも種類が違うものを注ぎ込まれたら呆気なく崩壊してしまう程脆くなっている。俺が拒絶反応を起こさず、更にはそれ一個だけで強大なパワーを秘めたものなんて、幻の銀水晶ただ一つしかない。
銀水晶を持っているのは、俺以外ではクイーンとプリンセスの二人だけ。プリンセスはまだ銀水晶の力を発揮できないから、実質クイーンただ一人だ。
でも、どれ位の力を注ぎ込めば俺の銀水晶が復活するのかなんて分からないし、銀水晶の力を解放することは持ち主の体に負担がかかる。俺を助けたせいでクイーンが不調になってしまえば今後の展開的に詰むし、何より俺自身がそれの事実を背負って生きていける気がしない。
自分の人生を放り投げてまで人の人生を大切にしようとは思わないが、人の人生を犠牲にしてまで自分の人生を取り戻そうとは思わない。不当な扱いを受けていたならともかく、こうして自由に過ごさせてもらっている以上、更にクイーンの人生を犠牲に生き長らえても、きっと罪悪感や後悔ばかりで幸せになれっこないのだ。
(あーもう、何か面倒臭くなってきた)
積極的に死のうとは思わないが、周りの様子を考えると、さっさと死んだ方がお互いのためなんじゃないかと思ってしまう。
「もう良いじゃんこのままで。つか、このままの方がぜったい良いって」
だからもう俺のことは放っとけよこのやろー、但し、食事や身の回りの物の提供は除く。
そんな俺の呟きは、部屋の中に響くことなく掻き消えたのだった。
●オリ主君
ブラック企業に勤めて十年、結構ガタが来ていたところで一週間徹夜した結果過労で死亡した青年。そのせいか死んだ年齢の割に達観しており、自分に死の気配が近付いているのが分かっても、悲観することなくありのままを受け入れている。と言うか、前世の死因が死因なだけに今の引き籠りニート生活を堪能しまくっている。
セーラームーンの世界に転生したと気付いた時に思ったのは、「そんなこともあるもんなんだ」といったところ。自分の存在が物語にどう影響を及ぼすか分かったものじゃないため、主要原作キャラに遭遇できない現状にホッとしていたが、今世の双子の妹であるプリンセス・セレニティとの邂逅で頭を抱える事態に陥ることになる。
前世のことを覚えているせいか『セーラームーンの世界である』という意識が強く、月のキングやクイーンが自分の両親だと認識することが出来ないでいる。ただ、プリンセス・セレニティに対してだけは、妹だという認識を無意識下でしているようだ。
●リヴァイアッシュ
プリンセス・セレニティがオリ主君に付けた名前。オリ主君の髪の色が灰色であることと、不死鳥の死と誕生(不死鳥は死んだら灰になって再び生まれ変わる)に肖り、例え不治の病であっても必ず治るようにという願いを込めた名前。直訳すると『復活する灰(revive ash)』。
愛称はリヴァイ、或いはアッシュ。プリンセスは前者、オリ主君は後者を推している。
因みに、現世での名は『